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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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原作パロですが、鳴海が勝やしろがねと出会う時期がズレている世界線のお話です。





もしキミが100歳まで生きるとしたら、ボクは100歳の誕生日を迎える一日前まで生きたい。そうすれば、キミなしで生きなくて済むでしょ?
(アラン・アレクサンダー・ミルン)





あなた無しの人生





「しろがね、ほら、もう始まってるよ」
「お坊っちゃま、そんなに急がずとも」
イチョウが色付く並木道を勝に手を引かれ、早足で行く。歩く先には閑静な住宅地に囲まれた大きめの公園、その入り口の広場に一台の白い小型トラックが停まっていた。車の周りには幼稚園に入るか入らないかから小学生くらいまでの子供たち幾人かが石畳に腰を下ろして同じ方へと顔を向けている。
ウィングボディのバン側面が跳ね上がり、荷台に作りつけられた本棚が外からもよく見える。あれは子供向けの本をぎっしりと積んだ、移動図書館だ。子供たちが居並ぶ前に、逆さまのジュースケースを椅子代わりにして、ガタイのいい若い男が絵本を手にして何やら話している。
「ほら、もう読み聞かせが始まっちゃってるかも」
急ごう、と急かされてしろがねのスーツケースのキャスターが回転音を早くした。


   とくいなトランプでも……オオカミはおおまけしました。『お、おれがこんなにまけるなんて。そうだ、おまえがズルしたからにちがいない!これはいんちきだ!』」
太く低く、それでいて伸びやかな明るい声。時に怖い声、時に戯けた声、その度に子供達の周りに笑いの花が咲く。遅れて読み聞かせの輪に加わった勝もまた可笑しそうに笑っている。
しろがねは、自分自身が上手に笑うことが出来なかったから、勝のことも上手く笑わせてあげることが出来ない。幼いながらに辛いことばかりの勝にはニコニコとしていて欲しいけれど、自分の力では叶わない。しろがねが、あんなに楽しそうに屈託無く笑う勝を見られるのは、ここを置いて他になかった。
視線を転じて、読み聞かせをしている男の面差しを見つめる。男は今日の陽光のようにキラキラとした笑顔をしていた。





しろがねと、彼、との出逢いはたまたまだった。勝が新しい小学校に転校したばかりの今年の春、学区内ではあるものの、自宅とは方向の違うこの公園に立ち寄ったのは、その時に感じていた怪しい気配を撒くためだった。向こうも人目のある場所で迂闊なことはしないだろうと、公園利用者に紛れる、それ以外の目的はなかった。
公園には移動図書館のトラックが停まっていた。そこにいた男は服の上からも筋骨隆々としているのが見て取れた。その所作から何かしらの格闘技を嗜み、体を鍛えていることが知れたので、いざと言う時には盾に出来ると踏んで近づいた。勝には借りる本を選んでみたらどうかと提案し、しろがねはその間、辺りの警戒にあたった。
それが功を奏したのか、その日は結局何事もなく、追跡者の気配は消えた。


ただ、しろがねにとって想定外だったのは勝と、その移動図書館の男がとんでもなく親しくなっていたことだった。
トラックに掲げられたポスターからは毎週、月曜と木曜にここへやって来る移動図書館だということが知れた。そのボランティアをしている男が「ナルミ」であることはエプロンの胸元のネームバッチから分かった。ただ「ナルミ」が姓名どちらなのかは不明だったけれど訊ねることはしなかった。彼女にとってどちらでも良かったからだ。そして、少し接しただけで、そのナルミとやらが『お節介』な『力自慢』であることも分かった。初対面のしろがねはそれをかなり、鬱陶しいと思った。


以来、月曜と木曜は遠回りして家に帰るのが習慣になった。勝がナルミに会いに行くことを望んだからだ。しろがねが勝とやって来る頃が、読み聞かせの時間らしい。それを聞いて、本の返却と貸出を行うと、勝はその場で他の本を読みながらナルミとお喋りに興じた。
ナルミは中国拳法を嗜んでいるとかで、それを聞いた勝はいつからか拳法の型を教えてもらうようになった。それを見た他の子供達も興味を持ち今や恒例となり、ちょっとした教室のようになっている。
勝にとって護身術を楽しく学べるならそれに越したことはないと静観しているしろがねだけれど、となると、しろがねも諸々に付き合うこととなり、必然的にナルミとの接点が増えた。
勝にやたらと構うナルミとは口喧嘩もしたし、勝が公園にやって来たクラスメイトと遊んでいる間はナルミとふたり、個人的な話もすることもあった。そして少しずつ少しずつ、しろがねが最初に感じた鬱陶しさは違う感情に置き換えられていった。
いつしか、しろがねにとっても月曜と木曜が待ち遠しい日になっていたが、その心情の変化に特別な理由があるなんてことは思いも寄らなかった。





「こんにちは!ナルミ兄ちゃん!」
「よう、勝」
勝の挨拶に気さくに笑顔を見せる。続いてしろがねが
「こんにちは」
と挨拶すると、勝のそれよりは落ち着いた笑顔で
「こんちは」
が返った。この笑顔の差は一体どこから来るのだろう、としろがねは思う。ナルミは勝や他の子供達、それからその保護者達に対して開けっぴろげな笑顔で接しているのに、どうしてか自分に向けるそれだけが何かニュアンスが違うのだ。
(私が笑えないからだろうか)
だから、距離を測られているのだろうか、そう思うと胸の奥底がチリチリと小さく痛む。何故胸が痛むのか、に関しては、しろがねは自分で自分が分からない。


「はい、こないだ借りた本。面白かったよ」
勝が本を差し出すと
「そっか、そりゃ良かった」
武骨な手がそれを受け取った。
「返却ありがとうございます…っと。あ、そうだ」
ナルミはキョロキョロと他の子供達が充分離れていることを確認すると大きな身体を屈め、勝の耳元で
「おまえが好きなシリーズの新刊、入ったぜ?」
と囁いた。
「ホント?借りたい借りたい」
「取り置きしといた…内緒だぞ?こっそり持って帰れよ?」
コソコソとやり取りすると、ナルミは勝のスクールバッグに真新しい本を二冊入れた。
「大丈夫なのか?そんなことして」
しろがねもまたヒソヒソと訊ねると
「まぁ、エコヒイキしたのがバレたら大丈夫じゃねぇけども。おまえらが黙っててくれりゃバレねぇさ」
と、悪戯っ子の顔で勝の頭を撫でた。前髪がくしゃくしゃになる勢いで撫でられて、勝はとても嬉しそうに
「内緒だね」
と笑った。


「ありがとう。お坊っちゃまを気にかけてくれて」
しろがねが礼を述べると、ナルミは少しびっくりしたような目をこちらに向けた。その瞳の意図が分からなくて
「何だ?」
と小首を傾げると
「いや、何」
と、ナルミは今度は瞳を眩しそうに細めた。細めた、いや、顰めたのかもしれない。
「マサルー!一緒に遊ぼうぜー!」
勝が通りすがりのクラスメイトに誘われた。
「お坊っちゃま、荷物はしろがねがお預りしますから。どうぞお友達とお遊びください」
「ありがとう。じゃちょっとだけ行ってくるね」
勝はスクールバッグをしろがねに手渡すと、ランドセルを地面に下ろして駆け出して行った。


この公園に初めて来た頃は遊びの輪に入れずに、はしゃぐ友達を尻目に寂しそうに薄く笑っていただけの勝だった。それを思うとこの成長ぶりは感慨深い。勝と、子供達と、その間を取り持ってくれたのが移動図書館とナルミだ。ふと、
「礼を言いてぇのはオレの方だよ」
勝を見守るしろがねの耳にそんな言葉が届いた、ような気がした。振り返ると、ナルミは本を手にした小さな女の子の相手をしていて、その言葉の理由をついつい訊きそびれてしまった。





公園の歩道に沿って植えられたイチョウ並木は見事な金色に輝いて、橙に染まる太陽にハラハラと葉を落としている。子供達は栞用の綺麗な落ち葉を探す。中には一抱えもある落ち葉をナルミにぶつけに来る悪童もいて、ナルミはさりげなく本に被害が出ないように位置を誘導していた。しろがねも一度落ち葉爆弾を食らって閉口した。そんなしろがねを見てナルミは大笑いをしたが、不思議と嫌な気はしなかった。
「あなたは子供あしらいが上手だな」
と言うと
「オレ、子供が好きだからな」
と返った。
「自分より年下はみんな、弟妹だと思ってる」
そう言って、生まれて来ることが叶わなかった兄弟と、それを悲しむ自分に掛けてくれた師父の言葉の思い出話をしてくれた。


町の広報無線から『夕焼け小焼け』が流れ出した。それを合図に公園にいる誰も彼もが帰り支度を始めた。それはナルミも例外ではなく、図書館の店仕舞いに腰を上げる。そこへ勝も戻って来てしろがねから差し出された上着に袖を通し、ランドセルを受け取った。
「お坊っちゃま、そろそろ帰りましょう」
「うん」
「ずいぶんと日が短くなりました」
勝は身支度を終えると
「ナルミ兄ちゃん、またね」
と声を掛けた。ナルミは片付けの手を止めて
「ああ、気をつけて帰れよ」
と笑った。しろがねは夕日を受けるその優しい笑顔に、自分の心が朱に染まる心地がした。
「じゃまた木曜日に来るね」
「おう、待ってるぜ」
「本、ありがとね」
内緒の、に含みを持たせた笑みをお互いに見せる。


「ではナルミ、また。お坊っちゃま、参りましょう」
勝のランドセルに手を添え、歩き出す。すると
「しろがね」
とナルミが後ろから名を呼んだ。ナルミは小走りでしろがねの隣に立つと唐突に、彼女の頭に手を伸ばした。ニアミスする手の平からナルミの体温と匂いを感じ、ドキと胸が鳴る。ゆる、と髪に指を挿し入れてくるナルミの意中が全く図れず、しろがねは思わず身を竦めた。
「髪に、葉っぱが付いてた」
潔く引っ込められたナルミの指には小さなイチョウの葉。
「さっき落ち葉の塊、ぶつけられたからな」
後頭部はさすがに自分では気づけなかった。何を私は、ひとりで意識しているんだろうと恥ずかしくなる。顔が熱くなっている自覚を持ちながら、自分でも髪を撫でて確認する。手の平の下にナルミの手がまだあるような気がして落ち着かない。
「でもま、おまえの銀髪にはイチョウの黄色より、モミジの紅の方が映えそうだな」
なんてことをナルミが重ねて言うから、もっと落ち着かなくなる。
「またな」
「じゃあね、ナルミ兄ちゃん」
お陰でしろがねはまともにナルミの顔が見られず、別れの挨拶は勝に任せて帰路に着いた。







鳴海はふたりの後ろ姿が見えなくなるまで身動ぎせずにじっと見送った。夕日を照り返す眩しい後ろ姿が見えなくなって、ふぅっ、と深く息を吐く。彼らとの別れ際に吐き出す溜息に、苦しさや切なさや甘さ、焦燥感といった様々なものが綯交ぜになっていると気付いてずいぶん経つ。
手に視線を落とすと、小さなイチョウの葉っぱがあった。さっきまで銀糸を飾っていたのだと思うと、それだけで鳴海には非常に貴重なものに思えた。扇型の葉を指先でクルクルと回転させると、目蓋の裏で銀色眩しい彼女の、今日の面影もまたクルクルと思い描かれた。


「次に会えるのは…明々後日かぁ…」
ナルミはトラックへと引き返し、本棚から一冊、分厚いものを選んで引き抜いた。そして、その間に小さな黄色い木の葉を大事に挟むと、助手席にそっと置いてほろ苦そうな笑みを浮かべた。



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