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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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(5) Love or Lie ?  2/3





自宅に戻ると、朝の恒例ルーチンワークを終えた家の中はひっそりと静まり返っていた。付けっ放しのテレビを消すと更に家の中は黙り込む。今度は仕事場に向かうために自分が支度をする番。
「さぁ、シャワー浴びてさっぱりしてくるかぁ」
と服を脱ぎ出した途端、携帯が鳴った。
「ずいぶん朝っぱらから…誰…?」
画面には不動産屋の名前。ケンジロウの家の売却をお願いしている不動産屋だった。
電話に出て朝の挨拶を交わし、早速本題に移る。用件はあの土地を買いたいと申し出た人がいて、売り主の鳴海と直談判がしたいと言っているとのこと。


「は?今日の夕方?拝見も兼ねて売地で?いきなりですね」
鳴海はボソボソと頭を掻いた。
「でもほらオレ。売るに当たっての条件、談判されても変える気ねぇしさ」
鳴海を思ってケンジロウが売る算段を付けた家土地だけれど鳴海自身に未練があって、売却条件にひとつ注文を付けていた。それがネックで、これまでにも何件か問い合わせがあったのだけれど全て不成立になった。
「だからそこんとこクリア出来ないってなら、そっちで断って…は?居抜きで使いたいって?」
「もっともリフォームは入るでしょうけど。向こうさんが言うにはそのまま喫茶店を続けたいと」
「へえ…」
鳴海の付けた注文は「上物を潰さずに喫茶店を続けてくれる人に売る」だ。そんな酔狂な人間なんていないと思っていたのだが。買いたいという人物に興味が湧く。
「何でも、加藤さんのおじいさんにお世話になったんだとか。提示金額で購入するそうですよ?」
「マジすか?」
変な条件の付いている土地とはいえ駅近の都心の物件を言い値とはどんな金持ちだよ?という感想しかない。


「で、買い手さんにも条件というか…お願いがあるみたいで、これも奇妙なんですが」
「何?」
「喫茶店の中にある古物…あのたくさんのアンティーク、あれも一緒に譲って欲しいと」
「マジで?」
「それで売り主の加藤さんに直接お話したいと」
じいさんに世話になって喫茶店を引き継ぎたいなんてのは、店の常連客の誰かに違いない。金に困ってない年配のイメージ。
「分かりました。時間作って伺いますよ」
細かい時間は後ほどと言って電話を切った。携帯をソファに放り投げて脱衣に戻る。
「奇特な人間ているもんだなぁ」
どんなツラか拝みに行くのを楽しみにする反面、自分は何だかんだ理由をつけて断るんだろうな、と予想する。喫茶店として復活させてくれるにしても、エレオノールの残滓が香るあの店には誰にも手を付けて欲しくない鳴海だった。例えそれがただの感傷だと他人に笑われても、譲れない一線なのだった。





夕方、仕事を早退してきた鳴海が到着した時には『曲馬団』の扉が開いていた。例の買い手とやらが既に来ているようだった。
それにしてもこの店の扉が開くなんて、何か月ぶりのことだろう?
懐かしさと好奇心が、店の中をそうっと覗かせる。依然と変わらない、店内をびっしりと埋めたサーカスグッズ。そのアンティークから発せられる独特な匂いと雰囲気。入口を開けて空気を入れ替えてからしばらく経つのだろう、それほど空気が籠っている感じはしなかった。
レジにも、椅子にもテーブルにも、アンティークグッズにも、埃が白く溜まってはいたけれど。舞い上がる埃が窓から射し込む光に反射して、どことなく幻想的に目に映った。
鳴海はついさっきまでそこにケンジロウがいたような、不思議な錯覚に囚われる。
鳴海の傍らを、自分とよく似た青年と綺麗な女子高生が笑いさざめきながら通り過ぎた気がした。


「あ、加藤さん。どうも」
名前を呼ばれて我に返る。
店の奥から不動産屋が顔を見せた。
「ああ、遅くなってすみません」
「お客さんが奥の部屋も見てみたいというので拝見してたところです」
ケンジロウの店は自宅の一階を改装したもので、他は普通の住居空間になっている。他は他で、立派に古い昭和建築だ。はっきり言って住み辛い。
「居抜きで使うって言っても大規模修繕は必要でしょ、ここ」
「ま、古いお宅ですからね。住み慣れたひとならともかく、これから新しく住もうって人はかなり手を入れないとキツイと思いますよ?階段も急だし…」
原形を留めないくらいに改造が必要ならば、もう少しはこのままにしておこうか、そんな考えが鳴海の頭の中を過った。
「で?買い手のひとってどこ?」
「今、二階を見学して……ああ、こちらへ!加藤さん見えました!」
不動産屋が奥に向かって手招きする。階段を下りてくる、トタトタと軽い足音。思ったより若い人かも、それも小柄の……と相手の容貌を推理する。そしてカウンター向こうからひょっこり現れた白い顔に鳴海は飛び上がるほどに驚いた。


「エレオノール!」
「あ、ご存じの方でしたか」
不動産屋は、鳴海と美女の客とが顔見知りである事実に少しガッカリしたような顔をした。
鳴海は口をぱくぱくと動かすものの、肝心の言葉が出てこない。出た、と思ったら
「何でおまえがここにいるのよ?」
と勢いよく転げ出た。
「私がここにいるのは私がここの買い手だから」
褪せた色のジーンズに生成り色のニット、それに辛子色のオータムコートというとてもラフな格好でも、エレオノールが綺麗なのは損なわれなくて、そんな風に、はにかんだように微笑まれるとどうしたって、ああオレってホントにこいつが好きなんだなぁ、しか考えられなくなる。
「私、ここで喫茶店やろうと思って」
エレオノールが驚くことを言うけれど
「え?エレオノールがここの店を買うってことは……おまえは…つまり…」
彼女に見惚れた脳ミソが話題についてゆかない。
「不動産屋さんに売る条件も、あなたがここを売るのを渋っているのも聞いた。あなたの思い入れは理解しているつもり。私じゃダメかしら」
でっかい銀色の瞳が突き上げるように鳴海を射抜いてくる。鳴海は様々な感情を長嘆息で押し出して、不動産屋にちょっと話し合いをするから席を外して欲しいと頼んだ。不動産屋が出て行くと、鳴海はちょいちょいと太い指でテーブル席を指差して、二人向かい合って座った。
すぐに己の失策を悟る、カウンター席にしとけば良かった。眩しくてまともに見られない。


「あー…ええと…とりあえず、久しぶり…」
「そうね、久しぶり…。ナルミはちっとも変ってないのね」
「そうかもな。おまえは…」
前を向くとやたら近距離でエレオノールとびたっと目が合った。くる、と横を向く。とてもじゃないが、正視出来ない。やばい、心臓がバクバクする。鳴海は茹だった頭を抱えて何度も何度も息を吐いた。
「ナルミ?どうかしたの?」
様子のおかしなナルミにエレオノールは心配そうにオロオロする。
「あの…私の申し入れ、あなたにとって嫌なことだった?」
「そ、そうじゃなくて…」
大きな手の平で顔を覆う。顔がやたらと熱い。
「ちょっと…待って…落ち着かせてくれ…」
思考も感情も表情も混乱して、まともに喋れそうもない。何だろう、いいトシして男子中学生みたいなこの余裕の無さ。何度も何度も深呼吸して、どうにかこうにか精神統一を図る。
「この間は…どうも。じいさんの式に来てくれてありがとな」
「え?あ、ううん…」
「じいさん、寝てる間に逝っちまった。苦しまねぇで逝けて何よりだったよ」
エレオノールは少し言い淀んで目を伏せた。おそらく勝のことで質問をしたいのだろうとは思ったが、鳴海はあえて取り立てて問題はない風を装った。


「そんじゃ早速本題。…何でまた、ここを買おうって思ったわけ?」
「あの時、久しぶりにこっちに来て…思い出の場所を歩いて回ったの。そうしたらここが売家になってて。ここは私にとって物凄く思い出深い場所だったから…。誰かの手に渡ったら、きっとここは壊されてしまうでしょう?私、無くなるのが忍びなかったの」
「だからここで喫茶店を?」
「うん…」
人付き合いがあまり得意でない自分に客商売が出来るかとても不安だけれど、と言うエレオノールに鳴海は首を横に振ってみせた。
「おまえ、仕事は?向こうで仕事してんだろ?」
「私、向こうの仕事を辞めて来たの。この町に、ずっと住もうと思って」
この町に?ずっと住む?
「辞めて来た?そりゃまた思い切りのいいことを。ギイや親父さんは反対したんじゃねぇの?」
「うん。でも説得した。最後は好きにしなさいって。おまえの人生は、おまえのものだから、って」
「ここ買う資金って?」
「母が私に遺してくれたものを全部現金化してきたの。それで支払っていけるわ」
「……」
「私は、あなたが首を縦に振るまで諦めないつもりよ?フランスから荷物をこっちに送っちゃったし、この家のリフォームの間、あなたの隣の部屋借りちゃったし」
「はあ?ウチの?前におまえが住んでた?」
「そう」
管理人が言ってた転居者ってこいつかぁ
鳴海は思わず頭を抱えた。



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