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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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(5) Love or Lie ?  1/3





鳴海を「おとうさん」と呼ぶ小さな男の子は、名を勝と言った。
鳴海の母方の遠縁筋に当たり、どこぞの金持ちの愛人だった母親が未婚で産んだ、認知もされていない子だった。その母親が病死して、引き取られた先の親戚の家で虐待を受けて、その後は親戚中をたらい回しにされていた。
改めて親族会議が開かれた。『誰が勝を引き取るか』。その会議には親と一緒に鳴海も参加した。欠席裁判を恐れ大勢が集まったが勿論、手を挙げるものは誰もいなかった。
鳴海は部屋の隅っこで小さく縮こまる勝が気になって、途中から一緒に遊んでいた。鳴海が構うととてもいい顔で笑う可愛らしい男の子だった。でも苦労した生い立ちからか、大人の顔色を窺い、鳴海の機嫌すら窺い、聞き分け良くあろうとする姿が切なかった。
結局は施設に入れるしかないと結論が付いた。


「血縁者がいてこんなに大人がいるのに何でだ?」
と、鳴海は噛み付いた。煮え切らない大人たちに腹を立てた。血の繋がらない子どもを引き取ることが並大抵の苦労じゃないことは鳴海だって理解している。綺麗ごとじゃないから虐待を生んだわけだし、自分が可愛いのが人間だってことも分かっている。けれど誰一人心を砕くこともなく、右から左へ勝が施設に送られるのがどうしても許せなくて、鳴海は
「じゃあ、オレが勝を引き取る」
と宣言した。
「結婚もしていない20代の若造が幼子を育てられるものか」
と口々に言われた。自分を心配しての言葉だって重々承知の上で
「だったら何で、夫婦で雁首並べているおまえらが育ててやらねぇのか」
と言うと、誰もが黙った。親からは当然反対され
「その年で未婚の父親になるって意味分かってるの?コブが付くことでいらぬ憶測を呼ぶのよ?結婚自体が出来なくなるわよ?」
と母親に泣かれ
「オレの結婚なんざどうでもいいよ」
鳴海は吐き捨てた。


実際、本当にどうでも良かった。本当に惚れた女には手が届かないのだから、それ以外の女とする結婚に意義を見出せなかった。何人か付き合った女もいたけれど幾ら身体を重ねても、彼女と一度だけ交わしたあのキスほどに気持ちよくもなれなかった。だから一生独身でも構わなかった。
以上が、勝が鳴海の息子になった経緯だ。
来年度は小学校に上がる勝のために、鳴海は生活の拠点を再び日本に移すことにした。頑固者の息子がどんなことでも有言実行すると身をもって知っている両親は説得を諦め、自社の東京支店への転属を認めてくれた。
勝と養子縁組をしたのは鳴海自身の覚悟だった。親子は同じ苗字がいい。お節介の虫が騒いだ結果だ。確かに慣れない子育てに毎日四苦八苦している。でも勝は鳴海にとても懐いてくれて、ずいぶん明るくなった。


前に住んでいたマンションに居を移し、鳴海はケンジロウに勝を紹介した。ケンジロウは以前エレオノールにしてくれたように、勝のことを実の曾孫のように可愛がってくれた。
「おまえも馬鹿だな。いらん苦労を引き受けて」
と言われた。
「性分だから仕方ねぇや」
と答えると、ケンジロウはただ笑っていた。
それから間もなくだった。ケンジロウが店を畳み土地を売りに出したのは。
「土地の代金はおまえんとこに行くように手配しといたからマサルのために使え。子育てってのはおまえが考えるよりもずっと金がかかるもんだ」
そんなことを言うケンジロウに鳴海が意固地に「受け取れない」と言い張っているうちに、ケンジロウはぽっくりとあの世に旅立ってしまった。意地を張らずにちゃんと「ありがとう」と言えば良かった。今はもう、悔やんでも悔やみきれない。
だからケンジロウの爺心に報いるために今の鳴海に出来ることは、父親業に専心すること。







「ええっと。体操服も帽子も袋ん中入れただろ?…で、水筒にも茶ァ入れた、と。これで忘れモンは…ああ!上履き、上履き!」
鳴海は慌てて風呂場に飛び込み、浴室乾燥にかけておいた上履きを取り上げると、その中に太い指を突っ込んで湿気を探る。昨日の寝しなに出され、何で今出すんだよ!と急いで洗った上履きだが
「……っと。おっし。何とか乾いてるな?」
と満足な出来に口角を上げた。洗面所に置いといた上履き袋を回収し
「やべ…園バス来ちまったかな?」
小さな上履きを袋の中に突っ込みながらチラチラと時計の針を気にして、自分のデカイ足もサンダルに突っ込んだ。上がりかまちの体操袋と水筒も引っ掴んで、鳴海は表に飛び出す。
「おう、マサル。待たせたな」
玄関前で壁に貼り付いている虫を夢中で観察している息子に声をかける。通路に放り出されているスクールバッグを拾い上げ、体操袋やら何やらを全部放り込んだ。
「さ、行くぞ」
「うん」
勝と手を繋いでエレベーターホールに向かう。朝ってのはただでさえ時間がないってのに、更にそれが月曜日となると色々と用意する物があって忙しなくていけない。


バス停地点に着いても園バスはまだ来てなかった。若干の遅れが出ている模様。
「おやすみのつぎのひは、バスにのるとき、なくこがいるから」
「ああ…。休み明けってのぁ、仕事やガッコに行きたくなくなるからなぁ」
何となく、その気持ちは分からないではない。
「ほれ」とバッグを差し出すと勝は「ありがと」と受け取った。
「ないたってしかたないのにねぇ。それがぼくらの『しごと』なんだから」
ずいぶんと達観したことを言う。確かに父親と遊べる休みは好きだけど、幼稚園は幼稚園で友達と遊べるから待ち遠しい、との旨を懸命に語る息子に、鳴海は瞳を細くした。片親な上に新米であるために様々な苦労をかけているのに、小さな息子は何も文句を言わない。おそらく、父親に心配をかけまいとその小さな胸に色んな我慢を溜め込んでいるに違いない。


我慢か…。
自分に置き換えると『我慢』と聞いて連想するのはあの三年間。
エレオノールに手を出さないでいるのに要した忍耐は筆舌に尽くし難い。
絶対に歯止めが利かなくなる自分の欲求から彼女を守るためには、最初から何もない状態、でいることが必須だった。
よくぞキスだけで堪えたと思う。
あのキスだって終わらせるのに渾身の力が要ったものだ。
半月前、ケンジロウの葬式で一瞬だけの再会を果たして以来、この世の何もかもにエレオノールを絡めて考える傾向が加速している。


    …うさん!おとうさん!バスきた!」
息子の声で我に帰る。
「お、おお。すまねェ、考え事してた」
彼女のことを考えるといつもこうだ。
鳴海は頭をガリガリと掻きながら苦、苦と笑った。
ボディにデカデカと幼稚園の名前が書かれた黄色い園バスがやってきて、鳴海親子の前に停まった。
「遅れてごめんなさーい!おはようございまーす!」
若い教員がにこやかにバスのステップを降りてきた。
「おはようございます、せんせー!」
「おはよう、マサルくん」
勝は先乗りしている友達とニコニコと挨拶を交わしつつ、自分の座席へと駆けて行く。
成程、バスの中からはグズグズとした泣き声が聞こえてくる。
「すんません。よろしくお願いします」
頭を軽く下げた。
「はい。それではお預かりしまーす」
バスの扉が閉められる。窓から「いってきまーす」と小さな手を振る勝を見送って、鳴海はマンションに引き返した。


「マサルもすっかり幼稚園に慣れたなぁ」
ここで一緒に暮らし出した頃は引っ込み思案で鳴海にも自分の意見を言えずにいた勝だったから、新しい幼稚園に馴染めるか心配していたけれどどうやら杞憂だったようだ。ほんの1,2カ月でちゃんと友達も出来、近所の子とは遊びに行ったり来たりの関係を築けている。
「大事なのは環境だな。とりあえずは肩の荷が下りた…」
「あ、加藤さん」
マンションの管理人に呼び止められる。
「あ、おはようございます。何すか?」
「加藤さんのお隣、今日のお昼に引っ越しが入りますので少しうるさくなるかと思いますが」
「ああ、いいですよ?どうせ仕事で留守ですし」
鳴海の住むマンションは分譲なのだが、加藤家の隣宅は、買ったはいいけれど転勤続きで戻って来れずの家主が、その間空き家にしておくのも勿体ないから賃貸にしている、そんな部屋。エレオノール達も賃貸物件として住んでいた。この秋、前の住人が異動で引っ越して空き部屋になっていたのだが、もう次の住み手がが決まったのかと思う。
エレオノールがいなくなってもう何回住人は入れ替わったことだろう。隣人の顔が変わる度に匂いが薄れていく。鳴海は時の移ろいに非情さを覚えた。



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