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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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(4) 秋の気配 - Narumi side -





祖父の通夜には、碁仲間やら店の常連やら昔馴染みやらが集まってくれて賑やかだった。昨夜のうちにあらかたの挨拶は済まされたため、告別式は閑散としていた。
鳴海は親族席に座りちらほらとやって来る焼香客に頭を下げながら、しんみりと祖父の遺影を眺めていた。
遺影の中ではあんなにニコニコしてるのに、もう二度と会えねぇんだ、と思うと心が沈んだ。
読経が流れる中、告別式だから元々静かだった室内が更に水を打ったように静まった瞬間があった。耳に届く違和感に遺影から視線を外した鳴海の視界に思いがけないものが飛び込んで来た。
銀色の後頭部。
記憶の中で背中の中ほどまでの長さがある銀糸は、頭蓋骨の小ささを際立たせるショートカットになっている。確かに黒いワンピースではあるが、日本の葬式では非常識な部類に入る物凄くスタイリッシュなワンピースだった。彼女は手にした花束   白色ではなく秋色のブーケ   を焼香台の上に置くと、仏前で十字を切った。外国人で、後ろ姿だけでも抜群のプロポーションであることを知らしめる腰の高さ、等身の高さ、そして振り返れば絶世の美女ともあれば、日本人の誰が彼女の非常識を咎められようか。第一、彼女の国の葬式では彼女の故人の悼み方は間違っていないのだから。
顔を上げた彼女は真っすぐに鳴海と目を合わせた。
エレオノール。
ああ、葬式に託けてオレに会いに来てくれたんだと思った。例えそれが自惚れだったとしても、そう思ったのだから仕方ない。


彼女は今どんなになっているだろう?
毎日考えた。
高校生の彼女ですら綺麗だったのだから、大人の彼女はさぞかし綺麗だろうと。
何となく、彼女と連絡を取るのは躊躇われた。
新しい生活を楽しく送っているだろう彼女に未練を残しているように思われるのは何だかカッコ悪くて嫌だった。思われるも何も、未練たらたらなくせに。
彼女は一切のSNSをやっていないようで、エゴサーチで引っかかるのは既に削除されたものの痕跡だけ。だからギイのページを皿のようにした目で読み込むけれど、いつも肩透かしを食らわされた。あいつは女とワインのことしか語らない。


5年ぶりのエレオノールは本当に綺麗だった。すっかり大人の女性になっていた。ただ見惚れるしかできないくらいに。
声を掛けたかったけれど、今は式の最中だから踏んで我慢した。きっと式の終わりを待ってくれるだろう、そう当たり前のように考えてた。そうしたら思う様話が出来ると。
「おとうさん、あのひときれいだねぇ」
傍らで声がした。そのあどけない瞳とまるっと同意な言葉に応えて、再び目をあげるとエレオノールはいなくなっていた。
外で待ってくれているんだと思った。


でも、エレオノールは葬儀場のどこを探してもいなかった。子どもを母親に頼み、あちこちを走り回って探したけれど見つけられなかった。階段の踊り場で、加藤家の香典返しの紙袋がひとつ転がっていた。
踊り場の窓からは強い雨と、タクシー乗り場が見えた。雨のせいでタクシー待ちの長い列が出来ている。別の会場での大きな告別式が終わったせいもあるだろう。
鳴海が見守る先で、タクシーに乗り込むために女性が傘を閉じた。
銀色の髪が雨にくすんだ景色の中でも艶やかに光る。
鳴海は身を翻した。階段を飛び降りるようにして2歩で駆け下り、タクシー乗り場のある出口へ急ぐ。
雨は建物の中から見るよりも強く、傘を持たない鳴海をあっという間に濡らした。
彼女の乗ったタクシーは既に乗り場にはなく、車道手前でウィンカーを出していた。


「ちょっと待て!そのタクシー!」
鳴海は全力で駆け出す。
駐車場を真っ直ぐに突っ切って、ぶつかりそうになった他の車にクラクションを鳴らされる。
謝るジェスチャーをしながら、振り仰ぐと手前の信号が赤になったのが見えた。
車列が途切れ、タクシーが車道に滑り出す。
「エレオノール!」
鳴海は彼の人の名を叫んだ。
「エレオノール!」
鳴海のあらん限りの大声も、無情の雨音が掻き消した。







その夜、夢を見た。
儚い銀色の面影を夢に見た。


「エレオノール!」


鳴海は自分のあげた大声に驚いて目を開けた。
部屋の中は真っ暗で、虚空に突き上げた自分の腕が薄ぼんやりと見えた。
近くで小さな子どもの寝息が聞こえる。
心臓がバクバク言っている。
頬が濡れていた。


彼女が帰国する前夜、「私の日本名はしろがねって言うの」と囁くように教えてくれた。
「誰にも教えたことない名前よ?家族の他にはナルミしか知らないの、私にはそれくらいしかナルミに感謝を伝えられない。ごめんなさい」
そう言って涙を堪える彼女が余りにも愛おしくて、ずっと我慢した気持ちが抑えられなくてくちづけてしまった。
本当は手放したくなかった、抱いて自分のものにしてしまいたかった。でも我慢した。
だから今度こそはと掴まえようとして夢の中で差し伸べて、でもやっぱり掴まえられなかったこの手が滑稽で、噎び泣きのような自嘲が勝手に零れた。


ああ、あの子を起こしてしまう。
鳴海は丸めた掛け布団に顔を突っ込んで、綿を噛み締めた。
瞳を閉じる。
懐かしくて悲しくて温かくて寂しい夢だった。
自分の頬を濡らすものが涙だと分かっていたけれど、その悲しくて寂しい夢にもう一度戻りたかった。
悲しくて寂しくてもいいから。
とにかく、彼女に逢いたかった。







翌日、鳴海は子どもの小さな手を繋ぎ、買い物に出かけた。夢を見て起きてからはまんじりともせず、ぐずぐずと泣き続けたせいで目が思いっ切り腫れた。こんなツラで買い物になんぞ行きたくもなかったが家には何も食べるものがない。背に腹は変えられない。
途中『曲馬団』の前を通った。
喫茶店の扉に貼られた「いままでご愛顧ありがとうございました」の文字。
その下には『売地』と不動産屋の連絡先をくっつけた看板。
ケンジロウは自分の命数が分かっていたのか、少し前に喫茶店を閉めて土地を売却に出していた。流行りの終活というヤツだろうか、いきなり死んだ割に身の回りは身ぎれいで遺書なんてものもきっちり書かれているようで
「世話のかからねぇいい死に様だったよなぁ」
なんて思う。
ただ閉まったままの店の前を通る度、自分の思い出まで閉じ込められてしまったような気がして鳴海はどこか物悲しかった。あの場所で、懐かしい少女の面影と青年時代の自分の幻影をもう見ることは出来ない。
湿っぽい気持ちになるのはシトシトと止む気配のない、ここ数日続く雨のせいばかりじゃないはずだ、鳴海は半透明のビニル傘を傾け、曇天を見上げた。
溜息が出る。


「おとうさん、かなしいの?」
手を繋ぐ、小さな存在が語りかけてくる。
「うん?ちょっとな」
鳴海は膝を折って低い目線と合わせる。
「ないたの?」
ちっちゃい指が鳴海の目元を擦る。やさしい子だ。
「泣いちまった」
「おじいちゃんがしんじゃったから?」
「それもあるけど。ずっと会いたかったひとに会えたのに、逃げられちゃったからかな」
「にげられちゃったの?」
「……たぶん、な」
逃げると言うか、諦められたと言うか。
おそらくこの子の発した「おとうさん」という言葉が彼女の耳に届いていたのだろう。
追いかけて事情を話したところでどうせ結果は変わらない。


「ごめんな」
鳴海は息子に頭を下げた。父親に謝られている理由が分からないまん丸い瞳は
「どうしてごめんなさい?」
と訊ねてくる。鳴海は黄色い雨合羽のフードごと、小さな頭をぐりぐりと撫でた。
初めて父親になったことを後悔してしまった。こいつがいなければエレオノールは立ち去らなかったかもしれない、なんて思ってしまった。覚悟を決めて選んだ道だったのに。
「いいんだ、分からなくて」
鳴海は膝を伸ばし、袖口でぐいと目元を拭いた。
「よし、昼飯はどっかでラーメンでも食うか」
「うんっ、ぼくラーメンだいすき!」
「おーし。温かいもん食って腹膨らまそうぜ」
そうすれば必ず、このしみったれた気持ちもどこかに吹き飛んでくれる、鳴海はそう思うことにした。



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