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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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(3) 秋の気配 - Eleonore side -





「ただいま」
ギイが仕事から帰って来ると麗しい妹はダイニングテーブルでノートパソコンを開いていた。
「お帰りなさい、兄さん。晩ご飯は?」
「軽く食べて来たからいい。父さんは?」
「まだよ」
ギイはチェストの上に飾られた亡き母の写真に「ただいま、ママン」とキスをして、ネクタイを外しながらさりげなくノートの画面を見遣る。そして呆れたような溜息を吐いた。
「また僕のアカウントでSNSを覗いているのかい、エレオノール?」
ちょっとだけ罰の悪そうな顔をしたもののいつものことらしく、エレオノールは
「別に構わないでしょう?」
とマウスをカチカチ鳴らしている。
「そんなに頻繁に覗くなら自分のアカウントを復活させたらどうだい?」
「いや。もうあんな思いはたくさんよ」
エレオノールがアカウントを取った途端、見ず知らずの男達から一斉に友達申請が届いた。その中にはかつてのストーカーもいて、アップした画像から様々なことを特定され非常に怖い思いをしたのだ。それ以来、彼女は極度のSNS嫌いになり、今に至る。
「前の時にはナルミがいてくれたから怖くなかったけれど…」
「それで僕のアカウントからナルミのページをチェックしているのかい?」
それは今日だけに限らない。エレオノールがギイのアカウントで覗くのは彼のフレンドである鳴海のページをチェックする以外の目的はない。
「いいじゃない、別に…」
エレオノールは赤く染めた頬を膨らませた。


日本を離れて早や5年目の秋、エレオノールが鳴海と音信不通になっても5年と半年。
エレオノールはフランスで社会人となり、鳴海は中国で家業に入った。学生時代のエレオノールにとってこの距離は如何ともし難く、自由が利く今となっては5年という年月が大きな隔たりを作っていた。
今、彼はどんな生活を送っているのだろう、と毎日思う。
帰国して以来、鳴海と音信不通だった自分と異なり、ギイは鳴海と友人関係を継続していたらしい。
「でもナルミのページは動向を探るのに全く向かないだろう?全く更新ないし、仲間内との連絡用に開設したのがアリアリだ」
ギイの言う通り、鳴海は必要最低限の連絡事項しか上げてこない。ただ鳴海のフレンドを辿っていくと時折鳴海の情報が落ちていたり、画像が載っていたり、彼がコメントを残していたりするからエレオノールはむしろフレンドのチェックを行っていた。
エレオノールが気にしているのは、9割以上は男という鳴海のフレンド欄の中でいかにも会社関係の匂いがなく、明らかにプライベートな知り合いである女性ふたりの存在だ。
『リャン・ミンシア』と『ファティマ』。次点で職場関係者の『エリ』ってのも気になる。


極々稀に書き込まれる鳴海のコメントに、他とはちょっと違う力の入れようを見せるふたりの返信に、エレオノールは彼女たちから鳴海に向けた秋波を感じる。
例えばちょっと前のミンシアの記事『久し振りの実家』に鳴海が「師父によろしく」とコメントを寄せていた。すると長文の返事がついている。「今度マサルと一緒に遊びにおいで」なんて言葉で締めて。
「マサル……誰だろう……?」
エレオノールのいない5年間で育まれた鳴海の新しい交友関係。実家を行き来するような親しい女性の存在。もうずっと途方に暮れる程の焦燥感にエレオノールは悩まされていた。
ふう、と溜息を吐いて鳴海のページに戻り、更新ボタンをクリックする。どうせ新しい記事なんて上がらないけれどどうしてもやってしまう、習性に近い。すると
「お、珍しい。久し振りの更新だ」
ギイよりも早く、エレオノールはそれに気づいていたけれど。そして記事の内容にショックを受けた。
鳴海の祖父ケンジロウの訃報だった。


後に知ったことだが、碁仲間の町医者菅野先生がケンジロウの元を訪れた時、彼は既に亡くなっていたそうだ。布団の中でぽっくりと、誰にも面倒をかけることなく鬼籍の人となったのだという。
通夜と告別式の場所と時間が淡々と書かれていた。
時を置いてギイ宛てにコメントも届いて、フランスとの距離と旅費を考えたらどだい来るのは無理なので、遠い空からお悔やみの気持ちだけでもくださいと締め括られていた。
「ケンジロウおじいさんが亡くなったなんて…」
散々お世話になったエレオノールは甚く悲しんだ。
ケンジロウとは節目節目に挨拶のやり取りをしていた。鳴海とはメールのひとつもしたことないけれど。今夏も、息災を知らせる手書きの暑中お見舞いが届いたのに。心を引き裂くような衝撃だった。だからエレオノールは躊躇なく、直接お悔やみを言いに日本へ行くことに決めた。ギイは
「本気か?」
と訊いたけれど
「本気よ」
と一言、エレオノールは翌早朝、家を飛び出した。時差を考えたらあまり猶予が無い。フランスから日本へ、空港から葬儀場に直行して告別式にギリギリ間に合うタイトさに、エレオノールはずっと気を揉んでいた。





飛行機は若干の遅れでもって到着した。エレオノールは葬儀場最寄りのターミナル駅周辺のホテルに飛び込み、チェックインした部屋で黒いワンピースに着替えた。三年間の日本生活の中で、日本のお葬式は真っ黒け、という知識が残っていたから。急いで着替えるとタクシーに飛び乗った。
東京は雨が降っていた。ここしばらく雨続きのぐずついた天気のようで、これを涙雨と言うのだろうかとエレオノールはぼんやり思ったがそれ以上は5年ぶりの日本に感慨を抱く間もなく、運転手を急かしまくった。
エレオノールが式場に着いた時には読経が終わり、既に焼香も終わりかけていた。親族だけのこじんまりした告別式、あちらこちらに彷徨わせていたエレオノールの瞳は最前列に座る広い背中の後ろ姿に釘付けになった。




ナルミ




喉元に切ない塊がせぐり上げて、必死にそれを宥めた。
昔と変わらない長い髪をひとつに括って、鳴海はケンジロウの遺影を見つめていた。
ナルミはおじいちゃん子だったから。今、彼がどんなに胸を痛めているかと思うと、エレオノールも苦しかった。苦しかったけれど、自分の胸は不謹慎な理由で甚だ苦しいのだと、エレオノールは理解していた。
無人の焼香席へと厳かに進んでいく。脇目も振らず、否、怖くて脇目なんて振れない。
日本式葬式の焼香の作法などエレオノールは知らない、だから宗派違いは承知の上で震える指で十字を切った。ゆっくりと振り返り頭を下げる、顔を上げると鳴海と目が合った。鳴海は心底驚いた顔をしていた。自分がフランスからやってくるなんて夢にも思わなかったのだろう。
瞳をキラキラさせて唇に言葉を上せ掛けては呑み込んで。自分との再会を喜んでくれているように思えた。話したいことがたくさんあった。またあの大きくて温かな手で頭を撫でて欲しかった。あの笑顔を間近で見たいと思った。
そして訊いてみたかった。あの別れ際のキスには「ハナムケ」以外の意味はあったの?と。
でも今は式の最中で彼は中座出来ない、だから終わるまで待っていようと思った。




もしも鳴海の隣の席に座る、幼稚園児くらいの小さな男の子が、鳴海のことを「おとうさん」と呼ばなければ。




気が付くと。エレオノールはまたタクシーの中だった。
いつの間に式場を出たのだろう。通るべき道は通って来たのだと思うのだけれど。
雨脚強い秋雨にタクシーの窓も泣いてるように景色を歪める。車窓を流れる街路樹はどことなく黄色みがかって秋の到来を告げていた。
ぽろ、と涙がこぼれた。堰を切ってしまった涙は止め処もなく、ころころと黒いスカートの上を転がった。
「おじいさん、ごめんなさい…」
おじいさんのお別れに来た筈なのに、彼と再会することを楽しみにしてて、ごめんなさい…
だからきっと、罰が当たったの
おじいさんとのお別れが悲しくて泣いている筈なのに、彼に子どもがいることに泣いててごめんなさい…
エレオノールは両手で顔を覆い、さめざめと泣いた。


考えてみればあれから5年、鳴海だって自分だって結婚していてもおかしくない年だ。
SNS上での女性のコメントから独身だと思い込んでいた。ギイも知らなかった鳴海の家庭。きっと、お祝いとかで他人に気を遣わせたくなかったに違いない。
式場の鳴海の傍には奥さんらしき人はいなかったけれど、上の子が幼稚園に通っているのだとしたら、もっと小さな兄弟がいるかもしれない。きっと奥さんは小さな子をあやしに席を外していたに違いない。
だって、ナルミは子ども好きだったもの。
自分だけが時間を止めていた。
自分だけが遠い初恋を大事にしていた。
「どうしよう…」
鳴海に再会したことで自分の本当の気持ち、本当に欲しいものに気付いてしまった。出口を見つけた気持ちは一秒ごとに膨らんでいくのに、欲しいその相手はもう結婚して家庭を持っている。
「どうしたら…」
胸の中が切り刻まれる。切り刻まれながらも、鳴海を想う気持ちは肥大化の一途を辿った。



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