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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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(5) Love or Lie ? 3/3





売却を断る理由はエレオノールとの思い出が消えるのが嫌だったからだ。
これからはその場に本人が居るというのなら拘る必要が無い。交渉の決裂はイコール、退路を断って臨むエレオノールを放り出すことだ。
そして何より色々訊ねはしたけれど、買い手がエレオノールだと分かった段階で鳴海には「売らない」という選択肢が無くなっていた。最初からエレオノールへの売却は決定事項だった。売値も出来得る限り下げてやろうと思う。
ただそうなると。
鳴海は手の内側で眉間に深い皺を寄せた。





5年ぶりに再会したエレオノール。
やっぱり好きだった。
もう会うことはないんだと諦めて、時間を薬にして想い出に出来たと思っていたのに。


エレオノールに対する愛情は健在だった。
それに気付いてしまったこの先はおそらく、もっともっと想いは大きく深くなっていくだけだろう。当座とはいえ再び隣人として暮らすのならば尚更だ。日を追うごとに彼女への想いを持て余すに違いない。
彼女がすっと傍にいるというのなら、もう国に帰らないというのなら、5年前に置き去りにしてきた気持ちのままに手を伸ばしてみたい。想いを吐き出して、愛情を吐き出して。


でも。
それは出来ない。
今の自分には子どもがいる。
これから手のかかるサイズの子どもが。


自分は覚悟してこの道に踏み込んだからいい。
確かに言えるのは、未婚のシングルファザーは彼女には相応しくない、ということだ。
一緒になる前から苦労が見えている男に、彼女は勿体が無さすぎる。
鳴海はエレオノールを愛しているから誰よりも幸せになってもらいたかった。そのためには、彼女の隣に立つのが自分でなくてもいいと思う。
結局は我慢…か。
鳴海は自嘲した。我慢は慣れてる。今度はどれほど大きな我慢を強いられるのか、想像もつかないけれど。
そうと決まれば、エレオノールから距離を置かなければならない。隣人以上にならないための、心理的な距離を。





テーブルの上には小さなガラスの花器が残されていた。女郎花や竜胆、吾亦紅などが生けられたままドライフラワーになっている。ケンジロウの庭で見かけた秋の花だ。他のテーブル席にもカウンター席にも、同じものが置かれていた。
「じいさん、しまうの忘れてたのかな…」
飛ぶ鳥跡を濁さずで、店内や厨房は綺麗に片付いているのに。指先で触れた花はカサカサと音を立てた。
「忘れたんじゃなくて、いつも通りのお店のままで閉じたんだと思う。おじいさん、こうやってお庭の花を飾ってたもの」
私も庭で花を摘んだことがあるの、と思い出し笑いをするエレオノールが本当に愛おしい。
「本当に、後悔しねぇ?」
「しないわ。覚悟はできてるもの」
緩んだ頬をキリっと引き締め、馬鹿みたいに真面目な顔でエレオノールは答えた。
なら、オレも覚悟決めなきゃな。
「分かった。ここはおまえに任せる」
「ありがとう、ナルミ」
エレオノールは深々とお辞儀を寄越した。


「ナルミ?」
「うん?」
「訊いてもいい?」


頭を下げたまま、エレオノールは小さな声で言った。鳴海には彼女が何を訊きたいのかが分かり切っていたから
「式の時、オレの隣にいたガキのことか?」
と自分から切り出した。
「……そう……あなたのこと『おとうさん』って呼んでた……」
エレオノールの瞳はどこか苦しそうに揺らいでいる。そんな目で見ないで欲しい、今度は鳴海がテーブルの木目に視線を落とした。
「あなたの、子ども…?」
鳴海はこくんと首を前に倒した。
「あなたの、実の…?」
鳴海は両目頭を指先で押さえた。


これから鳴海は一世一代の嘘を吐く。
嘘を吐くことの苦手な、自他共に正直者と認める自分が、果たしてどこまで突き通せるものか知れない。
けれどこれはエレオノールのため、エレノールが手に入れる幸せのため、
己を自戒させて彼女から距離をおくために必要な嘘。
大きく息を吸い込んで、鳴海は、こくんと首を前に倒し、ひとつ目の嘘を吐いた。
「マサルって言うんだ」
「幾つになるの?」
「六つ。来年、小学校に上がる」
「むっ、つ」
生まれたのが6年前、相手が妊娠したのもエレオノールがまだ日本にいた頃の計算になる。ふたりで友達以上恋人未満を地で行った生活をしていた頃の。いっそ軽蔑してくれればいい、と思う。
「当時、付き合ってた彼女の」
「わ、私が隣に住んでた、頃に、彼女、いたの?」
ふたつ目の嘘。馬鹿だな、と思う。
エレオノール。そんなもんがオレにいたように、見えたのかよ?


「あの頃色々あったろう?おまえがストーカーに遭ったり、とかさ。結局、すれ違いからフラれたの、オレ」
「わ…私のせい…?」
「違う。オレのせいだ。おまえは関係ない」
そう、エレオノールは何も悪くない。ここは嘘に嘘を重ねないといけない。慎重に言葉を選んでいく。
「別れた時にはオレの子、お腹にいたみたいで」
「その人は…」
「…ひとりで生んで…ひとりで、育てて…。マサルの母親は、もういない…死んだんだ」
これは事実。
「オレが父親なんだ、オレがひとりでも育てるって決めた」
これも事実。本当のことを言うのは何て気が楽なんだろう。


「ナルミは…そのヒトのこと、好きだったの…?」
真実を織り交ぜた嘘をエレオノールは信じてくれたようだった。普段、絶対に嘘を吐かない男だから、一生に一度の大嘘が武器になる。鳴海はエレオノールの視線を真っすぐに受け止めると、噛んで含めるように言った。
「オレが惚れた女は世界でただひとりだ。これまでも、この先も、そいつだけだ」
作り話の存在しない女なんかじゃなく、目の前にいるエレオノールのことを話す。
嘘なんかじゃない、真実の。
「オレはそいつのことしか、愛せない。愛す気が無い。オレが他に与えられるのは『情』ってヤツだ。本当に好きな女と一緒になれないんだ、だから独身でいるって決めた」
ふ、と肩で息を吐く。
振り返ってみると嘘より真実の方が話した量が多かった。懺悔を終えた罪人のように心が軽くなる。
エレオノールは話を聞いて自分に幻滅をしただろう。無責任に子どもを作る真似をして、数年後にそのツケを払っている男のことを。
彼女は自分に想いを寄せてくれているから母国を離れてまで縁を繋ごうとしてくれたのだろうに。
きっとこの話は御破算になる、鳴海は確信していた。


「ナルミの事情はよく分かったわ?」
「そんなわけだ、おまえは…」
「愛した彼女の忘れ形見を男手ひとつで…慣れない子育てに奮闘してるのでしょう?手伝う、私」
「は?」
予想もしてない方向から斜め上の答えがやって来た。
「おまえ、人の話聞いて」
「またお隣同士なのだもの。あなたにはたくさんお世話になったのだから、恩返しできるいい機会だわ」
エレオノールは、ぐ、と拳を握りやたらとやる気を見せている。


あれ?と思う。
なんかマジで予想してたのと違う。
こいつ、オレが思ってたほどマサルの存在を気にしてなかったんじゃ?
オレの決死の独身宣言もさらりと流されているような?
オレとか関係なく純粋にじいさんの店を守りたかっただけ?
葬式も爺さんへの挨拶が終わったから単に帰っただけ、とか?
た、確かに、式の終わりを待っててくれる、てのがオレの勝手な思い込みなのは認めるけれど?
オレんちの隣に住むのも、単に住み慣れてるからって話だったりする?


まーさーか。
深刻に受け止めていたのオレだけ?
根本的に自惚れてた?


「うわー…マジかぁー…」
耳まで熱くなる。穴があったら全力で入りたい。
「ホントにどうかしたの?」
「いや…なんでも…」
一世一代の大嘘とか何だったのか。もっとも、エレオノールにコブ付きの自分が相応しくないのは事実だから、彼女から自分を遠ざけるための自戒として、勝は自分の実の息子、加藤鳴海は独身主義者のシングルファザーって設定でいいんだけど。
エレオノールのこの軽さ、あんなに大仰に芝居掛からせる必要はどこにもなかった。
「なんでもねぇ」
「だったら帰りましょう、久しぶりに、一緒に」
薄暗くなった喫茶店で微笑むエレオノールはやっぱり綺麗で、その分、何だか落胆が大きい。
なんだかんだ言いながら、エレオノールに好きでいてもらいたかった自分が女々しくて嫌になる。突っぱねるしか、術がないくせに。


「これからよろしくね」
エレオノールに差し出された細い手に手を重ね
「よろしくな」
と鳴海はぎゅっと、握った。
例え我慢を重ねる道行だとしても
近くでおまえを感じて生きていけるならそれでいい
悲しくても寂しくても、おまえに逢いたかったんだから
握る手に、そう想いを込めた。


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