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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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(39) 死滅回遊 5/8





肉厚の舌がエレオノールの手の中の見えない汚れを舐め取っていく。暗がりで間近に見る鳴海はいつもと印象を異にして見える。甚く真剣な表情の鳴海は、エレオノールが熱っぽく見つめる中、彼女の心に刺さった氷の棘を舌先で融かす。薄い皮膚の上を鳴海の舌や唇が掠め、エレオノールの悪夢を掬い上げるのと引き換えに、官能の熱を残して行く。
鳴海が指の腹を甘く噛みながら、全ての指にも舌を這わせた。
「…ん…ッ…」
ぞくぞくする痺れが、エレオノールの手首から二の腕へ、柔らかな肌を選んで伝っていった。それはエレオノールの喉元に甘酸っぱい何かを押し上げて、背筋に沿って腰に落ち、違わずに彼女の芯を融かし出す。エレオノールは堪らずに膝頭を合わせた。
鳴海の腿と、その上に腰を下ろしているエレオノールの腿とが擦れ合う。衣服越しとはいえ普段、普通に接していたら、触れることがまずあり得ない部位だ。自分の物ではない誰かの温もり、厳然と存在する自分の物とは明らかに異なる筋肉の束。厚い胸板に寄りかかる肩も、大きな手の平に包まれる手も、そして重ねる脚も、鳴海の体温とすっかり馴染んでいる。
全身に与えられる大好きな人の熱、それから手の内側に落ちる、官能の熱。
それだけで、蕩け堕ちて行く。脳も身体も心も、懸念も、想う人と結ばれない未来も、彼女の忌まわしい悪夢も。


鳴海は指の股も丹念に舌でなぞる。
唾液は滴を作り、手首の内側を肘まで垂れ落ちて
「う…」
声が突き上がってしまうのを懸命に堪える。
捩れてしまう身体を必死に押さえ込む。
鳴海はただ『掃除』をしてくれているだけ。
なのに、こんなあられもない声を聞いたらきっと呆れてしまう。気持ち良さに身悶えているなんて淫らな女だと思われたら、きっと嫌われてしまう。痴漢に遭ったことを嘆いて泣いていたことも、本当は悦んでいたのを誤魔化していたんじゃないかと思われてしまう。
でも。
好きな人に愛撫されて、感じないではいられない。
好きな人の体温に包まれて、心地よく思わずにはいられない。
もう、ここから離れたくない。


ナルミになら、
ナルミにだったら。
ナルミが欲しいと思ってくれるなら。
私は私の何もかもを差し出せる。
私には私しかあげるものがないから。
歪な私、狂い出した私を、あなただったら止められるのに。


エレオノールの身体が融けていく。
震えるほどに膝を合わせていても、蜜液はその内側を垂れ落ち、肌をしとらせていく。淫らな蜜が鳴海を汚してなければいいけれど、それに鳴海が気付いてなければいいけれどと思う。
でもエレオノールは知らない、自分の身体から滲み出た蜜が甘い匂いを濃く発していることに。大きな花を咲かせる片鱗が見え隠れする淫らな匂いは、鼻の利く鳴海の記憶から彼女に纏わる欲情を浮き上がらせる。
小さな手を包む大きな手に、細い肩を抱く太い腕に、次第に力がこもった。エレオノールを覆う熱量が上がっていく。鳴海の眉間に刻まれる皺が深くなっていく。鳴海が時折、苦しそうな息をついて、何かを堪えて目を瞑る。
突然、口元からエレオノールの手を剥ぎ取るようにして、鳴海が身体の距離を取った。途端、手の中の温度がみるみる下がる。鳴海は、はああ、と肺の中の空気を全て吐き出して、エレオノールを抱えたまま、深呼吸を繰り返す。大きな手の平で自分の顔を何度も擦って、顔を覆う長い髪を梳き上げた。
「まだ、やった方がいいか?」
結構ベトベトだぞ?と苦笑う鳴海に、名残惜しい本心を押し隠して、エレオノールはふるふると首を振った。


「ありがとう」
「落ち着いたか?」
エレオノールは左手を抱き締めるようにして胸に押し付けると、小さく頷いた。あんなに厭うていた手に触れることが出来るようになったことが分かり、鳴海はホッとする。
「自傷行為は止めろよな…キモ冷やしたぜ…」
もしも自分が泊まり込んでいなかったら、泊まりこんでいても熟睡してしまっていたら、エレオノールの凶行を阻止することは出来なかった。そうしたら彼女の左手は落ちていた。下手したら冷たくなった彼女を発見する羽目になっていたやもしれない。
最悪を想像して鳴海は身震いする。
「酷く悪い夢を見たの…。それで夜驚症みたいなことに…、本当にごめんなさい…」
「謝らんでいいよ。無事で何より、さ、手を洗って布団に戻ろう。カラダが冷えちまう」
促しながらも腿に乗る心地良い重みに立ち去り難い思いに囚われていると
「ナルミ…?」
と声を掛けられた。薄明りに、どこか思いつめたような深刻そうな声。
「…どうした」
「ナルミ…。もう少し、私に手を、貸してくれる…?」
懇願される、どこか切羽詰まった声、放っておいたら狂ってしまいそうな声で。
「…おう。オレに出来ることなら」
けれどエレオノールは
「でも…。いえ、いいの…ごめんなさい…」
と、また謝って、潤んで光る瞳を伏せた。


放っておいたら狂うのは、
エレオノールなのか、
それとも、オレなのか。
ああ、そうだな、それはエレオノールだろう。
だってオレはもう、とっくの昔に
狂ってる。


「遠慮すんなって。言いたいコトあるなら言えよ。幾らでも頼れって言ったろ?」
「……」
「オレの手を、どう借りたい?オレは…何をすればいい…?おまえのためなら一肌でも二肌でも脱ぐからよ」
そっ、と夜気に声を溶かすように言うと
「嫌いにならないで、聞いてくれる…?」
心細そうな声が返った。
「嫌いになんかならねぇよ。何だ?」
「そう…言ってくれるなら…。あの、最初に左手、ありがとう…手の中から消えてくれない感触を、ナルミが上書きしてくれたから…もう大丈夫…」
「…そうか。それは、良かった…」
「それで…」
「うん」
「私……痴漢に汚されたの、左手だけじゃなく、て…」
「……」
エレオノールの言わんとしている場所は分かる。調書を取る時に隣にいて、全てを聞いていたから。
「もう…、一箇所…」
鳴海の視線が、煌めく瞳から艶かしいラインを下へと流れて行った。
「それで…?」
エレオノールの意図することは既に察した上で鳴海が話を促すと、エレオノールは甚く話し辛そうに俯いて、けれど暗闇を味方につけて懸命に言葉を綴った。
「…そこも、ナルミに指で触れて…上書きして欲しい、の…」
そうきたか、鳴海はエレオノールに気付かれないようにして、荒れ始めた心臓を御するために静かに深く息を吐いた。
「触られてから、何だかカラダがおかしく、て…落ち着かなくて…。それで…」
耳を澄ましても聴き取るのが難しい、消え入りそうな声。エレオノールの指がシャツドレスを掻いた、その、淫らな場所の、真上の。粘度を増してしまった視線をエレオノールに合わせると、ガンガンと鳴る心臓の音に鳴海の思考は遠く、押し出された。
「今も、あの人の指があるような、そんな気持ち悪さがあって、その、だからもしもナルミが…あ…こんなことをお願いするのは自分でもおかしいって…分かってるの…でも…」
潤む、エレオノールの瞳。
「でも…自分では…。私、ナルミしか…頼れなくて…」
見上げる透明な銀色の瞳が鳴海の心を吸い込み、奥深くへと沈めていく。


真珠色の肌の人魚はウロコを銀に光らせる。
人魚の瞳に見つめられてしまったら、魅了されて、前後不覚になって、精気を絞り取られて、溺れ死ぬだけ。
触れたら手放せなくなる。
触れなくても、手放せそうにないのに。
でも。
最後までヤらなきゃまだ平気か?
手で触れるだけなら、何とか堪えられるか?
オレじゃコイツに幸せをくれてやれないことも、
意気地もねェクセにヤれるトコまでやりてぇなんて卑怯な方便だってことも、
分かってるケド。
だけど。


「エレオノール……何でオレ…?」
「え?」
「昨日あんなことがあって熱に浮かされて、悪夢で前後不覚になったおまえは正常な判断ができねぇんだろう。それでもおまえの頼みならオレは応えるつもりだ。その上で」
鳴海は一度、息をついた。
「例えば…リシャールは元彼なわけだろ?そっちのが、そういうことなら、頼みやすいんじゃねぇか、なんて思うわけよ」
「私…リシャールに頼んだ方がいい…?」
銀色の瞳が暗がりでも分かるほど艶を失くしていく。
「それは、オレが決めることじゃなくて」
「リシャール、なんて考えもしなかった。ナルミしか、思い浮かばなかった」
「……」
「でも、ナルミがそっちの方がいいって言うのなら、そうするわ…?明日にでも、彼に、頼んでみる…」
「……」
「変なことをお願いしてごめんなさい。忘れて…」
エレオノールは身体を引き摺るようにして起こし、鳴海の膝から下りた。


「本当に、ごめんなさい」
「エレオノール」
「おやすみなさい」
「手を、貸してやるよ」


エレオノールが鳴海の言葉を理解するよりも早く、長い腕が伸び彼女の手を捉えた。よろめいた彼女は再び鳴海の胸にとまる。
「あ」
初めて振るわれる、鳴海の有無を言わせない強い力、初めて覚える『雄』としての鳴海の男臭さ。カタカタと身体が小刻みに震えてしまう。
「リシャールじゃ、上書き、だけじゃ済まねぇだろうしな」
エレオノールは自分を信頼しているから、頼んだ以上のことは絶対にしない男だと思っているから、こんなことを口にする。どんなことでも頼れと言った鳴海はそれに応え有言実行しないといけない。
「オレに背中を向けて」
「は…」
「痴漢はおまえを背後から嬲ったんだろ?同じようにして、上書きしてやるよ」
エレオノールは言われた通りに背を向ける。激しい羞恥心と未知の行為への恐怖が先立って、勝手に制止を述べようとする唇を必死に噛み締めた。
こうなることを、私はずっと望んできたでしょう?
ここでナルミの気を萎えさせたら私は、二度と相手にしてもらえない。ナルミにだったら、私はどうにでもされていい。
はしたない、乱れた姿を鳴海に眺められるのだと思うと、それだけで新たな蜜が湧いた。恥ずかしさに、振り返って鳴海を見ることも叶わない。
エレオノールの背に、厚い胸がひたりと添った。
「あ…、あっ…」
それだけでビリビリと甘い痺れが、合わさる肌の上を駆け巡る。鳴海の手が、呼吸もままならないエレオノールの内腿に触れ薄筋を撫で上げた。



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