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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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(24) マザー・グース





「エレオノール、いっしょに本読もう?」
取り込んだばかりのお日様の匂いがするフカフカの敷布団に寝転んで、勝はエレオノールに向けてズイと本を突き出した。
「小学校の図書室でかりてきたんだー」
「マザー・グース、ですね」
「ねえねえ、エレオノールもこっち来てよ」
ぽんぽんと自分の隣を叩いて、傍らに膝をつくエレオノールを呼ぶ。ふ、と微笑んだエレオノールは勝の誘いに応じてころんと転がると、受け取った本をぺらりと開いた。
「ねえ、おとうさんもこっちこっち」
リビングで新聞を開いている鳴海のことも呼び、布団の反対側を叩く。
先日、鳴海と男の約束をした勝だけれど、それはそれ、エレオノールに新しいおかあさんになってもらう計画を諦めたわけじゃない。約束は「父親がエレオノールのことを好きだってことを内緒にする」「エレオノールに父親が好きか訊ねない」だったから、それにさえ触れなければいいわけだ。自分が間に入ってふたりが近くで一緒に過ごす時間を増やすきっかけを作ることはちっとも構わない。
「みんなでいっしょに本読もうよ」
「しょうがねぇな」
なんて言いながらもにこにこさくさくやって来る父親を幼いながらに微笑ましく感じたりもする。川の字に寝転がった三人は頭を突き合わせて中を覗き込んだ。







「月曜日の子どもは美しい
 火曜日の子どもは品がいい
 水曜日の子どもは淋しがり
 木曜日の子どもは旅ばかり
 金曜日の子どもは恋をする
 土曜日の子どもは苦労する
 元気がいいのも気立てがいいのも
 お祭りの日に生まれた子ども」


エレオノールの静かな声が響く。
落ち着いた、女性にしては少し低くて綺麗な声。
滑らかに、水が流れるように、言葉が形を成していく。
「エレオノールは何曜日生まれ?」
と勝に質問され、エレオノールは
「分からないけれど…水曜日な気がするわ?」
と苦笑する。
水曜日の子どもは淋しがり、確かにな、と鳴海は腹の中で思う。エレオノールの本質は淋しがりで甘えたがりだ。それはきっと今でも変わらない。ただ素直に鳴海から見れば、エレオノールは月曜日か火曜日か、その境目辺りで生まれている。
「ぼくは何曜日かなー」
と言う勝には
「きっと、日曜日。お祭りの日よ」
と言う。
「マサルさんは元気がよくて、やさしいコだもの」
エレオノールに褒められて勝は「えへへ」と照れ笑った。
「ナルミも、そうね」
エレオノールの声に聴き惚れ癒されていた鳴海は自分に話を振られて目を上げた。
「ナルミも同じね。元気があって、とてもやさしいもの」
そう笑いかけられ、少し見惚れた。
「そ、そうかね」
だとしたら多分、土曜日から日曜日にかけて生まれたんだな。
胸が苦しくなったので、鳴海は本の頁に目を戻した。


「ばらはあかいよ
 すみれはあおいよ
  おさとうのあじ
   きみとおんなじ」


「ひともおさとうみたいな、甘い味するのかな?」
勝の頭の上にクエスチョンマークがぽぽんと浮かぶ。
「そうね。好きな人のことは甘く感じるのよ」
「ふうん」
鳴海の目がちらり、とエレオノールを見た。するとこっちを伺っていた勝と目が合ってしまい、素知らぬ顔をして視線を泳がせた。
マサルにはまだ分からねぇだろな、鳴海は思う。
オレには分かるけどな。
エレオノールは、甘い。
匂いも、笑顔も、キスも、エレオノールを想うと湧き上がる苦しさも、存在の全てが甘い。
「例えば…マサルさんは甘いもの好き?」
「うん好き」
「甘いもの食べると、幸せでしょ?」
「うん」
「好きな人といるとね、幸せな気持ちになるの。甘いものを食べた時と同じように、幸せになるの。だから、好きな人は甘いのよ?気持ちの問題なの」
「じゃあ、なめたら甘いんじゃないんだね」
ぼうんやりと紙の上の文字を彷徨う鳴海の目が、あの日のエレオノールを思い出す。
いや、甘かった。舐めても。舌で触れたエレオノールの肌もキスも吐く息も、全部甘かった      


     うさん、おとうさん?」
「お、おう、何だ?」
エレオノールに働いた狼藉を思い返していた鳴海は、勝の声でわたわたと我に返った。
「おとうさん、寝てた?」
「え?あー、うん、少しウトウトしてたかな?」
「ね、おとうさんもどれか読んでよ?」
「え?オレが?」
「ふふ、私も聴きたいわ?」
エレオノールに微笑み付きで言われると弱い。鳴海はパラパラと頁を繰ってみる。
「結構……見覚えのあるのがあるな。『ロンドン橋』とか『きらきらぼし』もマザー・グースなのか…『コマドリの死』有名だな。……お?『恋人』って…」
「パセリ、セージ、ローズマリーにタイム?」
「うん。『スカボロー・フェア』だな…これもマザー・グースなのかぁ…」
「よくケンジロウおじいさんのお店でレコードが流れてたわね」
「サイモンとガーファンクルな。じいさん、好きで良く聴いてたっけ…

 ……Are you going to Scarborough Fair?
 Parsley, sage, rosemary and thyme……」

冒頭分だけで歌うのを止めた鳴海を勝の真ん丸な目が見つめる。
「ん?どうした?」
「おとうさんすごい!」
英語の歌を滑らかに歌った父親に尊敬の目を向ける。
「ね、続き歌ってよ、もっともっと!」
「私も聴きたいわ、ナルミの歌」
「そう構えられると恥ずかしいんだがなぁ」
でもやっぱりエレオノールに言われると弱い。んじゃあまあ、と開き直って歌い出す。

「Are you going to Scarborough Fair?
 Parsley, sage, rosemary and thyme
 Remember me to one who lives there
 She once was a true love of mine……」

深く低い声が伸びやかに歌う。第2連からはエレオノールが詠唱部分を重ねてくれた。ふたりの声が絡み合うように詩を紡いでいく。
ほら。ふたりはやっぱり仲良しだ。そんでもってすごくオニアイ。
見るからに楽し気なふたりの表情に、勝はにっこりと笑った。


「どういう意味なの?」
歌い終わったふたりに訊ねる。
「サイモンとガーファンクルの『スカボロー・フェア』は反戦歌。戦争に反対する歌詞が付け加えられてるんだけど。元は…」
「あくまで一説によればだけれど。元の歌詞は、エルフィン・ナイト…要するに死んだ男の霊が、スカボロー・フェアへ向かう旅人に『そこに住む愛する女性にこれこれを伝えて欲しい』とお願いごとをしているの。でも、死んだ者と口をきくとあの世に連れて行かれてしまうから、旅人は『Parsley, sage, rosemary and thyme』とおまじないを唱えて答えないようにしているのよ。死んだ男のお願いはどれも実現不可能なものばかり。本当に愛する女性に応えられても困るから。だって自分はもう…死んでいるんですもの」
死者と生者は共に歩めない。あなたがそれに気づいてくれたら。
でもあなたは死者を遠ざけるまじないを決して口にしないのでしょう。
私は唱えたい。
唱えて、あなたの心を死霊の束縛から解放できるのなら。
「Parsley, sage, rosemary and thyme…」
エレオノールが口の中で魔除けを呟いていると、勝が
「ぼく、おとうさんの歌好きだ」
と言った。鳴海は見るからに照れて「そうかあ」と頭を掻いている。


「私も。ナルミの歌は好きだわ?昔から」
「ホント?」
「ええ」
勝がぱあっと嬉しそうな顔をした。
「オレが褒められて何でおまえが嬉しそうな顔すんだよ」
「エレオノールはおとうさんの作る料理も好きだよね?」
「え?ええ、好きよ?だってナルミは何を作っても美味しいんだもの」
よしッ、と勝は思う。こうやってひとつずつ、エレオノールの中に「カトウナルミの好きなトコロ」を増やしていけばいつか、パズルのピースがきっちり埋まるようにして全部が好きになるハズ!ぼくはそのお手伝いをしよう!
だってぼくはおとうさんが大好きだもん。ぼくの大好きなトコロをエレオノールに教えて行けばきっと、エレオノールはおとうさんを好きになってくれる!
「じゃあおとうさん、もうひとつ何か歌ってよ」
「は?そんなに知らんて。マザーグース」
「『ロンドン橋』と『きらきらぼし』は知ってるんでしょ?とりあえずそれでいいよ」
「とりあえずって。おまえなぁ…」
「いいから!歌ってってば!ねぇ、エレオノールも聴きたいよねぇ」
「そうね。聴きたいわ、ナルミ」
「うう…」
困り顔の鳴海にエレオノールがくすくす笑う。
「おとうさんはねっ、やさしいから大丈夫!」
子は鎹、という諺を体現する勝だった。





少し肌寒さを覚えた。
ふ、と瞼を持ち上げると勝の後ろ髪が目に入った。勝も寝入っている。
鳴海と交互に詩を朗読しているうちに心地よくなって、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。勝の頭越しに同じくぐっすりと熟睡している鳴海の寝顔が見える。エレオノールの目元がやさしく細まった。
三人でお昼寝をしてしまったのね…
窓から射し込む太陽の光はずいぶんと傾いている。あんまり遅くまで昼寝をすると夜に障るかもしれないと、ふたりの名を呼んで起こそうかと考えた時、自分の胸元に鳴海の手が落ちているのに気が付いた。鳴海は勝の身体を抱き抱えるように長い腕を回していて、その手先が、エレオノールの近くまで届いていた。


大きくて、厚くて、武骨で、温かなやさしい手。
エレオノールが触れたくても、触れることが出来ない手。


鳴海と手を繋いだのは一度だけ。帰国する前の晩にキスを交わした時、エレオノールの求めに応えて鳴海は指を絡めて手を繋いでくれた。合わさる手の平の内で熱を蓄えた小さな鍵が存在感を訴えていた。
あのキスに「ハナムケ」以外の意味があるのかとずっと自惚れた疑問を持っていた。今は知っている。あれには深い意味などなかったことを。物欲しそうな瞳をしていた自分に鳴海が情けをかけてくれただけ。だって、あの頃の鳴海の心は既に、あのひとのモノだったのだから。
まるで気が付かなかった。
鳴海の心の中にもう誰かが居場所を見つけていたなんて。
もう一度、鳴海を盗み見た。深く、眠っているようにみえる。多少の悪戯をしたところで目を覚まさないくらいに。エレオノールは眠っているフリをして偶然を装って手に手を重ねてみた。温かい。泣きたくなる。するとしばらくして鳴海の手が反転し、寝惚けているのだろう、エレオノールの手を掬うようにして緩く握った。
寝返りを打てば簡単に解れてしまう甘い縒り、手の内側のただ一点で体温が交換される。


ああ。
今日はもう夕飯の支度なんてしなくてもいい。
このまま夜までこうしていよう。
ナルミが起きるまで、寝たふりをしていよう。
汗ばむ私の手の平を、ナルミが不快に思わなければいいのだけれど。


エレオノールはどうせ眠っている間の行動なのだからと大胆になって、猫のように背中を丸め鳴海の手に額も押し当てた。鳴海の匂いがする。大好きな鳴海の手、この一時は自分だけのもの。細やかな幸福感に浸って、うっとりと瞼を下ろした。
「Parsley, sage, rosemary and thyme…」
勝を挟んで、鳴海もまた狸寝入りを決め込んでいるなんて夢にも思いもせずに。



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マザー・グース / 訳・和田誠
♪Scarborough Fair / Simon & Garfunkel
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