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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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(23) レディ・ラック 3/3





さっき父親が指し示した写真には、エレオノールと父親が仲良さそうに、フレームに収まっている。エレオノールは恥ずかしそうに笑っていて、これまた嬉しそうに二ヤけている父親は、その細い肩を幾分ぎこちない手付きで抱き寄せている。勝から見ても、ふたりはとても『仲良し』に見える。
だから訊いた。
「おとうさんはエレオノールと仲良しなんでしょ?」、と。
すると、鳴海は勝が見たこともない、やさしい、けれど幼い彼には表現の出来ない表情で「そうだな」と一言、写真に見入った。
「それで、おとうさんはずっと、エレオノールが好きなんでしょ?」
「ああ」
今にも泣くんじゃないか、と勝がハラハラするようなそんな瞳を、鳴海はしていた。
「じゃあさ。どうしておとうさんが、いちばん好きなエレオノールとケッコンしない理由ってなに?」
「あ?」
「だって、このエレオノール、おとうさんとおんなじに、いっしょに笑ってるよ?エレオノールも、おとうさんのことがいちばん好きだってコトでしょ?」
勝は小ちゃい指をエレオノールの笑顔に差す。すると勝が驚くほどに鳴海の顔が真っ赤になった。
「そ、そんなコトはねぇよ…エレオノールがオレと同じように一番に好きでいてくれたのかは、もう分からねェし…例えそうだったとしても、今は…違うし…」
鳴海は頭を掻きながら苦笑った。
「なんで今はちがうって分かるの?」
「何でって…言われてもそうだ、としか…」
「エレオノールにはきいたの?おとうさんのコト好き?って」
「マサル、おまえ頼むからそれ、絶対にエレオノールに訊くんじゃねぇぞ?オレがエレオノールが好きだって話も、絶対にすんな」
「どうして?」
「どうしても、だ」
勝には分からない。賢くても、大人の心の奥底の、深い事情までは。


「もしも、だ。エレオノールがオレを好きじゃないのに、オレがエレオノールを想ってるってバレたら、エレオノールはオレのことが嫌になる。そうしたら、あいつはオレ達の前からいなくなるかもしれねぇ。それでもいいのか?」
「え、エレオノールがいなくなるのは、いやだよ…。でも、何でいなくなるの?」
「欲しくない愛情からは逃げたくなるんだよ」
ストーカーに悩まされていたエレオノールが相手を鳥肌が立つほどに毛嫌いしていたことを思い出すにつけ、自分はああはなりたくないと思う。
「でも、それじゃおとうさん…」
「勝も大きくなって、誰かのことを本気で好きになったら分かる。自分の好きって気持ちが相手に届かなくても、相手の一番の幸せが別にあるなら、それでいいって」
「でも…でも、ぼくは…」
エレオノールに、おかあさんになって欲しいのに。
だからエレオノールにもおとうさんを好きになって欲しいのに。
「オレはエレオノールがいなくなるのは嫌だ。近くで笑っててくれりゃぁそれでいい」


鳴海の大きな手の平が、両側から勝の頬を包んだ。
力強くて、温かな、勝の大好きな手。拳法を嗜む、分厚くて、頼りがいのある手。
一生懸命、足りないもうひとりの分まで、血の繋がりを越えて自分を愛してくれる父親のことが、勝は大好きだった。
「そんなわけでな。『一番好き』だから『結婚する』って話にはならねぇのよ」
「……」
「…いいんだよ。オレはエレオノールと結婚出来なくても。オレにはおまえがいるからな。おまえと出会って、オレの息子になってくれて、それで充分なんだよ。お陰で寂しくねぇしよ」
「うん…」
「なら男の約束だ。今の話はエレオノールにも、誰にも内緒だ」
「うん」
勝はニコと笑ってその真摯な言葉に応えると、鳴海の膝に乗り込んだ。コックピットみたいな、どんな不安も寄せ付けない、何の心配もいらなくなる、勝の安全地帯。
ふと、鳴海の膝元に置いてある、メカニカルな物体に男の子の目が止まる。
「そうだ。おとうさん、それなに?」
「ん?オレのむかーしの携帯だ。ガラケーってヤツだ」
「へええ」
鳴海は手を伸ばして携帯を取り上げると、目をキラキラと輝かしている息子の手に、それを乗せてやった。パチン、と音を立てて開くと鉄の塊は電話の形に変化して、勝は「わあ!」と歓声を上げた。今は携帯といえばスマートフォンだから、昔馴染みの携帯が彼にはかえって新鮮に映るんだろう。
「昔、携帯っつったらこれだった時代があってな」
「かっこいー」
「かっこいいか?」
勝は開いたり閉じたり、耳に当てたり、その形状を指で辿ったり、楽しそうだ。確かに、無駄を全て削ぎ落したスマートフォンよりも、この頃の携帯の方がフォルムとしては面白い。そのうちに、ボディに貼られた大きなシールに勝の目が行った。
長い銀髪で、猫のような大きな瞳の、ナイスバディな美女のシール。


「このシールとにてるね」
勝はシールと写真のエレオノールを交互に指差してみせた。
「分かるか?」
「うん」
「……エレオノールに似てたからこのレディ・ラック、貼ったんだ…」
端の方の色が剥げかけて心許ない輪郭を、そっと指で押さえるようにしてなぞる。
「れでらっく?」
「幸運の女神のことさ」
「コウウン?メガミ?」
「うーんとな。ラッキーを運んで来てくれる女の神様のこった」
鳴海は、少女時代のエレオノールの笑顔に、懐古とも憧憬ともつかない瞳を昏く向けた。
エレオノールは正真正銘、オレのレディ・ラックだ。
彼女がいなくなったらきっと、オレの好転は止まるんだろう。
そして、彼女を失った後のオレの気持ちを奮い立たせてくれるのはおまえの存在なんだろう。
「オレには勿体無ぇ、出来た息子だよ…」
鳴海はそう囁くと勝の温かな身体を両腕でぎゅっと抱き締めて、過去と現在と未来の狭間でガタガタと騒ぎ出した心を宥め癒した。


「マサル、覚えとけ?」
鳴海はマサルを抱えたまま、記憶をなぞるようにして語り出した。
「幸運の女神ってのァ、前髪しかねぇんだと」
「でも、このケイタイのれでらっくには髪の毛、あるよ?」
「うーん…」
「ホントは後ろはハゲなの?女なのに?」
「うーん。…何て言ってたっけな?後ろの髪の毛はぎゅっと前の方で縛ってあるんだと」
「へえ」
小1には難しかったか…いや、オレが話し下手なのか…と思いつつ、エレオノールだったら上手に説明するんだろうな、などと苦笑う。
「『幸運の女神には前髪しかない』って諺なんだよ」
「ことわざ?」
「ほら、マサル。いろはかるたあるだろ?アレの仲間だ。『いぬもあるけばぼうにあたる』とか『はやおきはさんもんのとく』とかよ」
「『びんぼうひまなし』とか?」
「おまえ…。例えで出てくるのがソレっての、どうかと思うぞ?」
勝の身体が、鳴海の笑いで揺すられる。


「チャンスやラッキーってのはな、隣にあっても気がつかねェモンで、ソレだ!って気がついた時にはとっくに通り過ぎちまってるんだと。慌ててその後ろ姿に手を伸ばしても、後ろ髪がねェから掴めなくて逃がしちまうんだってさ」
「ちょうちょみたいだね」
「だからよ、『お、ラッキー発見!』ってなったら、こう」
鳴海は大きな手の平で勝の前頭部ごと前髪を、がしっ!、と勢いよく鷲掴んでやった。
「やってソッコー前髪を掴まえろってさ」
勝は「きゃあ」と大声を上げた後、太い指でわしわしされてゲラゲラと笑った。
「かみさまを、ブレーンクローでつかまえるの?」
「まァ、それくれぇの勢いで掴まえろ、って話だな。でだ!そのまま押し倒してピンフォール狙っちまえ!」
鳴海は勝を床に転がして、彼が「ギブアップ!」を連呼するまで、思いっきり脇腹をくすぐってやった。半ば強制的だけど、子どもの笑い声ってのはいい。


「さあ!探し物も見つかったことだし、次は片付けだ」
床の上でヒーヒーと笑いの余韻に悶絶している勝の尻を叩く。
「とっとと手伝わねぇと、もっとくすぐるぞ?」
鳴海は両手指を曲げてわきわきと動かしてみせる。
「やだ!」
勝はひょいと立ち上がると、段ボールにがしがしと荷物を戻す。
「もっと丁寧に頼むぜ」
鳴海は小さく笑って肩を揺らすも、携帯に目を落とした瞬間、表情を寂しげなものに変えた。そこに貼られたシールを見遣る。
「マサル…。おまえは幸運の女神に出会ったら、喰らいついてでも放すなよ?」
唯一無二のレディ・ラック。
オレは、一度、自分から見送っちまった。
今またチャンスは巡って来ているけど、やっぱりオレはまた、見送るんだろう。
小箱を引き寄せ、その中にアルバムと携帯をそっと置く。鳴海は想い出の詰まった箱を段ボールに戻そうと持ち上げて、止めた。そして部屋の隅に積み上げた段ボールの天辺に、小さな箱をそっと載せた。



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