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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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(22) レディ・ラック 2/3





「幸運…チャンスはいつも傍にいるのではなくて、一瞬で脇をすり抜けて行くものだから、気がついて慌てて振り返って手を伸ばしても遅い、幸運の女神には後ろ髪がないから掴む場所がないからって」
「女神なのに後頭部ハゲなの?」
何かソレやだな。シールの女神には髪の毛あんじゃん?と太い指が携帯を突く。露骨に嫌そうな鳴海の顔つきにエレオノールは可笑しそうに「うふふ」と笑って
「イメージでは後ろの髪を前で束ねてる感じ?」
こんな感じ、と後ろを向いて、両手で長い髪をポニーテールにして持ち上げた。


エレオノールはいつも長い髪を背中に垂らしている。
だから、こうやって髪を掻き上げる仕草を追加されると、どうしたって鳴海の下ッ腹に熱く突き上げる物が現れる。日に焼けていない白い細首、乱れた長い髪がかかる横顔も、くねる背中から腰に流れるラインも、何だか色っぽい。
鳴海がぼうっと見蕩れている間にエレオノールは再び前を向いた。
「だから幸運の女神を見つけたら、すぐにその前髪を掴んで掴まえろ、って言う諺…」
エレオノールの言葉は途中で消えた。
エレオノールの視界が暗くなる。
鳴海の手の平がエレオノールの目の上に置かれ、その指先が、くしゃ…、と彼女の前髪を掴んだ。
「は…」
突然のことに驚いたエレオノールは、身を竦めて動きを止めた。
何をしてるんだ、オレ
本能的、反射的に動いてしまった手に、鳴海は自分で戸惑う。
彼女の白い顔に覗くのは、柔らかそうな唇。
ハッと息を呑んだままのそれは誘うように開いていて。
このまま奪ってしまおうか、
そのワンフレーズで鳴海の頭の中がグワンと揺れた。





エレオノールを抱きたい、エレオノールとセックスしたい。
ずっとずっと考えていること。
でも、いきなり、キスなんかしたら、押し倒したりしたら。
絶対にエレオノールに嫌われる。
私はそんなつもりでここにいるのではないと、嫌われてしまう。
会ってもらえなくなってしまう。
だって、彼女は自分のことを『隣人』『友達』だと思っているわけで。
信用されているから、だから安心して、隣にいてくれるわけで。


いっそ、「好きだ」と想いを告げてしまおうか。
本当に、好きで好きで堪らないのだから。
エレオノールの全てが欲しくて欲しくて堪らないのだから。
でも、優先すべきは、エレオノールの気持ち。
エレオノールにはずっとずっと隣にいて欲しい。
だから時期尚早と思う間は、おいそれと手を伸ばせない。


好きなんだ、エレオノール。
他の誰とも全然違う、特別な「好き」なんだ。
エレオノールの視覚を閉ざしている間に、震える唇で繰返し、無音で伝える。
好きなんだ、エレオノール。
鳴海の指が、もどかしく、エレオノールの前髪を掻いた。





「掴まえた」
前が見えないエレオノールの耳に届いた、鳴海の明るい声。
「なッ、何なの?」
「オレにとっちゃ簡単だなー。ラッキーキャッチ」
鳴海の手の平が離れ、光が戻って来る。
「オレの幸運の女神は、いつも近くにいるからな」
いきなり明るくなったから、鳴海の笑顔が殊更眩しく見えるのだろうか。
エレオノールは、さっきまで鳴海の手が置かれていた場所に、手を当てる。
熱を持っているみたい。心臓が壊れそうなくらいにドキドキしている。
「だから、私は…」
まだ否定を試みようとするエレオノールに
「いいの。オレがそう決めたんだからそれで」
と鳴海は言い切った。
「エレオノールと一緒にいれば、オレは…」
そこまで言って、「さあさ、作業作業」と本を片手に床に寝そべる。
しばらくの静けさの後、鳴海の元に
「ありがと」
と小さな感謝の声が届いた。
鳴海は事も無げに首を振って、頬杖の影で「好きなんだ、エレオノール」ともう一度呟いた。


エレオノールが高校卒業とともに、長い帰国の途に就くとは知らなかった頃の話    








「ねえ、おとうさん」
「は?」
息子の声で現実に引き戻される。
「どうしてエレオノールの写真ばかりあるの?」
「え?あー…それは、なぁ…」
鳴海は唸った。最初から最後までエレオノールでぎっしりのアルバムを勝に見られたのは拙かったのではないか、と今更ながらに思い当たる。
「おとうさんさっき、『本当にいる大事なものだけにセンベツした』っていってたよね?てことは、このハコに入ってたエレオノールのアルバムも『本当にいる大事なもの』なわけでしょ?」
「……」
最近、鳴海は勝を賢く思うことが間々ある。引き取った当時から賢い子ではあったのだけれど、小学校を前にして就学前学習とか読書とかを始めてからの伸びが半端ない。とにかく記憶力がべらぼうにいいのだ。口も立つからこうやって退路を断たれる形で攻め込まれることがたまにある。嘘も舌戦も苦手とする鳴海にはちょっと先行きが恐ろしい。
「オレの写真もあるぜ、ほら」
この話題から逃れたい鳴海は、さりげなく話題を変えようと試みた。
太い指が選って突いた一枚に、勝の目が丸くなる。
「おとうさん、ぜんぜん変わんない」
円らな瞳が父親の顔と写真の上とを行ったり来たりする。
「エレオノールは女の子から大人のひとになってるのに。おとうさんて昔からフケてたんだね」
「な、なんだよ…」
老けがちに見られていた自覚はあるけどよ。てことは今は、見た目年齢が実年齢に追いついたってコトで問題ねぇじゃねぇかと鳴海の口が尖る。


「ねえ、おとうさん」
「おう…」
「おとうさんて、エレオノールのコト好きでしょ?」
「……」
話題を変える作戦は見事に失敗したことを悟る。それどころか小学生になりたての息子に図星を刺されてしまった。
「好きだから、本当にいる大事なもの、だったんでしょ?」
「あの」
「うそはダメだよ?おとうさん、うそつくと顔に出るから分かるよ?ぼく」
「……」
ちょっと前までは鳴海の拙い嘘にだって盛大に引っかかってくれてたのに。勝の成長が速いのか、鳴海の成長が無いのか。勝の聡い瞳は鳴海を逃してくれそうにない。
「はー…腹ぁ括るかぁ…」
鳴海は諦めいっぱいの溜息を太く長く吐くと
「そうだ。オレが一番好きなのは、この頃からずっと、エレオノールだ」
と白状した。
「やっぱり?」
勝は小さな手をパチンと打ち鳴らす。


「だったらさ、おとうさん?ぼく、ギモンに思うことがあるんだけど」
本の虫の息子は、ちょっと大人びた言い回しを使ったりしてくるので、面白い。
「何が疑問だ?」
「いちばん好きなら、エレオノールとケッコンすればいいんじゃない?」
答え辛いことを無邪気にサラリと訊いてくれる。
「ケッコンていちばん好きなドウシでするんでしょ?」
「うーん…。確かにそれが理想だけどよ。一概にはそうとは言えねぇんだ」
「なんで?」
「勝も大人になりゃァ分かると思うがな。『一番好きだ』ってのと、『結婚する』ってのは別の話なんだよ」
鳴海の説明はさすがに勝には難しかったようで、小さな頭が右に左に傾げられた。



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