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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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(21) レディ・ラック 1/3





「ええと……どこにしまったっけなァ…」
休日、鳴海は納戸部屋の隅に積まれた段ボールをひとつひとつ開けては中を検めていた。
「おとうさん、何してるの?」
部屋を出て行ったまま戻って来ない父親を捜して、先日晴れて一年生になったばかりの勝がやって来た。
「んー…?中国で働いてた時に使ってたファイル…、の書類が必要で…、データがもうねぇってから紙…の …これじゃねぇ。次の段ボールかなァ…」
引っ張り出したものを段ボールに戻していく。勝もトコトコと寄って来て、しまうのを手伝ってくれた。鳴海は中身をすっかり詰めると蓋を井桁に組んで、見るからに重たそうな段ボールをひょいと持ち上げ次の箱を床に下ろす。
「こっちに引っ越してくる時に持ってくるモンを、本当にいる大事なものだけに選別したから絶対に在るんだけど、それがどの箱なのかが分からねぇ」
「ちゃんとハコに書いとけばよかったのに」
「おまえの言う通りなんだけど。オレは根が大雑把だからなァ」
「うん。キチョウメンなおとうさんておとうさんじゃないからいい」
「だろ?……これじゃねぇ、これもちがうー…、あ、あったコレコレ!」
箱の一番下で潰れている目当てのファイルを見つける。喜ぶ父親に「よかったね」と労いをかけた勝の視線の先、箱の底に小箱があった。段ボール箱の中の小さな小さな段ボール箱。勝はそれをそっと持ち上げて外に出すと、蓋を開けてみた。中のあるものが勝の目を引いた。


「おとうさん、コレなあに?」
「うん?」
勝の手には古い型の黒い携帯電話。
「おまえ、それ…ああ、その小せェ段ボールは…。それもここに入ってたか…」
鳴海はノロノロと携帯に手を伸ばし、受け取った。ボディに貼られたレディ・ラックのシールを親指の腹でそっと撫でる。数年前を嫌でも彷彿とさせる、懐かしい重み、この携帯に記憶されているモノの、重み。
箱の中には他にも、この携帯のための充電器やらアルバムやらが入っている。
勝手に動悸を速める心臓に困惑している父親は、何も事情を知らない息子の声で我に返った。
「わー、これエレオノール?きれいだねえ!」
見ると、勝はアルバムを勝手に開いている。
「エレオノールのかみが長い!」
勝はその写真を次々とめくっては見入り「きれい」を繰り返していた。
鳴海も苦い笑みを口元に浮かべて、覗き込む。
幼心にも分かるのか、コイツの綺麗さが。
時を越えて、艶やかに淡く微笑む可憐な少女。


「エレオノールは元々、うちの隣に住んでたって言ったろ?その頃に撮った写真だ」
基本的には鳴海の家で過ごすことが多かったけれど、こうやって写真を眺めるとそれなりに一緒に出掛けていたんだなぁ、と気付く。その度に、何となく、と言いながらカメラを持って出た。
「おまつりの写真だー」
一緒に地元の夏祭りに行った時の写真。彼女の、初となる浴衣姿に興奮して狂ったようにシャッターを切った自分の、赤面モノの記憶がしっかり思い起こされた。チョコバナナを頬張るエレオノールの写真の枚数が妙に多い意図に勝が気付くのはまだ先のことだろう。
「みんな、エレオノールだね」
「まあな」
殆どカメラマンは自分で、撮影目的はエレオノールだったため、それは当然のこと。私も鳴海の写真が欲しいから、と何枚か彼女が手ずから撮った写真数枚は、彼女がもらっていったっけ。
携帯にも隠し撮りしたエレオノールの画像がいっぱいだし、彼女からの留守録も全部消さないでとってある。だから何代も前の携帯なのに捨てられない。
それらを思い出して、感情が昔に立ち還り、鳴海は胸が苦しくなった。
好きで好きで堪らなくて、でも、隣人以外の関係へと進展することを彼女が望んでいるのかが分からなくて、毎晩、胸を引き裂きたいような甘い疼きに七転八倒した。写真の中で微笑む彼女に対しても、今現在のエレオノールに対しても、鳴海の胸の内には変わらない恋情が克明に存在していた。







エレオノールが高校2年生の夏、ふたりは一緒に夏祭りに行った。
鳴海の家で寛ぐことは当たり前になったし、殆どの空き時間を共有して長いけど、初めて醸した、デートっぽさ、に鳴海はエレオノールへの気持ちを再確認した。
だからまず。
すべきことは告白。
なんだけど。
とりあえずは、エレオノールが高校を卒業するまでは待つと決めていた。
告白して運よくOKをもらった場合、浮かれて箍を外してエレオノールを抱き潰してしまうのが目に見えているから。というのは建前で、振られた場合の身の振り方が分からない、というのが本音だった。
だからその前に。
必要なのはエレオノールにも自分と同じくらい、自分を好きになってもらうこと。


「まずは…『友達』から一段階進んで…ひとりの男として意識させる、だな…」
「なあに、ナルミ?何か言った?」
床に転がって本を開きながらブツブツと繰り返していた独白を、エレオノールに聞き拾われる。
「い、いや、何?エレオノールにとってこの部屋は、過ごしやすい環境…かなー…と」
「ふふ。とても快適。ありがとう」
宿題をこなしているエレオノールは見るからに寛いだ様子でにっこりと笑うと、ゆるっと小首を傾げた。
……可愛い。
「ま、いくらでも居ついてくれよ」
何をおいてもエレオノールが傍にいてくれること、それが大事だ。
「ね、ナルミ?」
「んー?」
「ナルミ、私が毎晩いて、邪魔じゃない?」
大事だって思ってる先から部屋から離れようとする発言に、鳴海が「どういうこと?」といった目を向けるとエレオノールは少し下を向いて、指先でシャープペンシルをもてあそんだ。
「ナルミ…やさしいもの。彼女、いるんでしょう…?私がいたら、ほら」
「オレ、そういうのいねぇから。今」
そう言うと、エレオノールの瞳がゆっくり上がって、鳴海のそれと合った。
「そう、なの…?」
エレオノールの透き通った瞳には見るからに安堵の色が広がって、揺れていて。鳴海の胸の奥がぎゅっと締めつけられた。


どうしておまえ、そんなにホッとしたような顔をする?
オレに彼女がいちゃ困るって意味か?
どうして困る?
もしかしておまえも、オレのことを好きで     


脳内を席巻した自惚れた妄想を、無理矢理堰き止める。
鳴海はエレオノールに目の奥でドロドロと渦巻き始めた感情を読み取られるのが恐ろしくて、彼女の真っすぐな瞳を見ていられなくなって、うろたえて視線を外した。あまりに急な動きを、エレオノールが不審に思ったかもしれない。
何か上手い言い逃れはないか、と考えを巡らせて、手元に落ちていた携帯を咄嗟に取り上げた。
「そうそう」と間を繋ぎながら、「ほら、見て」と携帯をテーブルの上に置いた。
メタルブラックの鳴海の携帯。
そのボディには銀髪の綺麗な女の子の大きなシールがべったりと貼られていた。
「可愛いだろ?このレディ・ラック」
エレオノールは細い指先でシールを触って、「うん」と素直に頷いた。
「おまえに似てるだろ、これ」
「私?」
「店でこれ見た時『エレオノールに似てる!』って思って衝動買いしちった。まァ、比較になんねぇくれぇ、おまえの方が断然いいんだけどさ」


鳴海の褒め言葉に、エレオノールの肌が、カッと火が付いたように真っ赤になった。素直に自分の考えを述べている鳴海には、相手を褒めている自覚がまるでない。ナルミって性質が悪い、とエレオノールは赤い顔の下で思う。自分に似ているというレディ・ラックを鳴海の指が愛おしそうに撫でているのも、どうにも落ち着かない。
けれど、あえてエレオノールと目を合わさないようにしている鳴海が、彼女の様子に気付くことはなかった。
「わ、私なんて、『幸運の女神』と似ても似つかないわよ」
「そんなコトねぇよ」
否定するエレオノールに否定をし彼女に一瞬目を走らせてようやく、どうしてか彼女は茹でダコになっているのに気付く。
自分に似てる、と言われたレディ・ラックがほぼ半裸でセクシポーズを取っていたのが原因だな、と間違った断定をしつつ、鳴海はエレオノールが自分のレディ・ラックである持論を展開し、滔々と、エレオノールと出会ってから起きた良い事を指折り数えて語って聞かせた。
「そんなこと言われたことない…。人形みたいで気味悪い、って言われることはあっても…。幸運の女神の顔をして近づいた、疫病神、だとしたら」
あまり持ち上げられると、鳴海のラッキーが減った時が怖いとエレオノールは思う。
「おまえは自分をもっと高く評価していいと」
自分を窘めようとした鳴海を遮るように
「知ってる、ナルミ?」
エレオノールは淡い微笑みを取り戻して
「幸運の女神には前髪しかないんですって」
と言った。



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