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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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(19) 盈盈一水 7/8





エレオノールは夢を見ていた。鳴海の夢を見ていた。
傍らに眠っている鳴海が愛おしくて堪らなくて、彼が欲しい気持ちを抑えきれなくて、襲ってしまう夢。
その剛直を一心不乱に咥えていると、そのうちに鳴海が目を覚ました。驚きを隠さない、黒く艶やかな瞳がエレオノールを捉えた。
淫らな自分を鳴海に見られてしまった、きっと嫌われてしまうに違いない、エレオノールは慄いたけれど、鳴海はやさしく笑うと抱き返してくれて、そして、硬く尖った槍でエレオノールを深く深く抉ってくれた。
嬉しくて、気持ちが良くてヨクテ、全身を鳴海に絡みつかせて。
情欲に濡れた鳴海の瞳に射貫かれ、それだけで頭が真っ白になってカラダが大きく跳ねた     


「ナルミ…!」
恋しい名前を口にしながら跳ね起きる。その衝撃で酷い頭痛に襲われて、エレオノールは頭を抱え呻き声を上げた。額に手を当てて、周りを見回して自分がリビングにいることを知る。
「やだ…いつの間にか、眠り込んでたのね…」
顰め顔で浅く息をついた。アルコール限界を自己管理できるエレオノールが深酒をすることはない。
なのに、鳴海にもらったワインに纏わりつくミンシアのイメージが堪えられなくて、いっそ流しに捨ててしまおうかと思ったけれど、鳴海が買ってくれたものには違いなく、だったら飲んで消してしまおうと遅い時間から杯を重ねてしまった。どうしたってミンシアの『武勇伝』を思い出すから飲まずにいられなくて、二日酔いの頭痛に悩まされている。
しかも見たのは、ミンシアの話を自分に置き換えた夢だった。意識の無い鳴海にフェラチオを仕掛ける件なんて、ミンシアの『武勇伝』の導入部分そのものだ。
「サイテイ…私、嫌なはずなのに」


本当に嫌だった。激しい自己嫌悪に陥るくらいに。
「でも…」
見た夢自体はいい夢だった。とても暖かな、嬉しくて、切なくて、甘酸っぱい苦しさが胸に込み上げるような、そんな夢だった。逞しい腕に強く抱かれ、深く口づけを交わし、鳴海は苦しいくらいにエレオノールを求め欲しがってくれたのだ。現実には叶わない、儚い夢だけれど幸せだった。夢ですらこれほどまでの幸福感が得られるのだ、ならば実際に抱かれたミンシアはどれほどだろうかと思えば、タールのような黒々とした想いで胸の中が塗り潰される。その堂々巡り、思考の迷路に囚われている。
どんなに否定しても、鳴海と関係を持ったことのあるミンシアを羨ましいと思う自分が浅ましくて、唇を噛む。
エレオノールは自分の唇に指で触れ、その手で自分の肩口と胸を撫でてみた。ふと、自分の物ではない体温が、まだそこに残っているような気がした。それと、やけに生々しく腕に残る、男の肉体を抱いたような重たい感触。そして、身近くに覚える鳴海の匂い。ハッとする。
「もしかして、ナルミ…」
来てた…?
きょろきょろと室内を見渡して、サイドテーブルにあるはずのワインボトルとグラスが無くなっていることに気付く。片付けた覚えはない。自分のカラダさえリビングに放置していた自分が、割れ物だけを律義に片付けたとは思えない。
「今日中に飲み切ってしまおうと……カウチで読みかけの本を読みながら……ワインを含むたびにミンシアさんの話が思い出されて堪らなくて……それで……それで……?」
覚束ない記憶を懸命に手繰る。お酒で記憶を飛ばしたのなんて初めてだ。
「ああ、そうだ…。ナルミはここに来た…。そして私は…?私は……ナルミの服を掴んで…?」
頬が、鳴海の体温を覚えている。そして胸板の硬さも。その後のことは
「分からない……思い出せない……」
何となく、鳴海に因縁をつけたような……だとしたら?相当、見苦しい姿を晒していたことになる。エレオノールはガンガンとした吐き気を伴う痛みの他に、羞恥心で頭を抱えた。
「何か、変なことしてなければいいけれど…」
自信がない。ワインを半分開けたあたりから、記憶が斑なのだ。


肌に残る、誰かの感触。鳴海の感触。
「私…」
酒の勢いで何か、取り返しのつかない何かを仕出かしてしまった気がしてならない。ずしりと存在感を訴える胃の腑から酸っぱい何かが込み上げてくるのは、けしてお酒だけが起因じゃない。
ミンシアの話に触発されて見た夢のように襲い掛かったり、淫らな姿を見せたり、
心の奥底に閉じ込めた本心を、愛を口にしたり……そんなことをしていないとは
「否定できない…。どうしよう…」
襲い掛かる云々はまだ酒の乱行ということで収まるけれど、問題は告白していたら、だ。
知られてはならない事柄だからこそ、酔って箍を外してしまうと簡単に吐露してしまう。心に無いことを人は言わない。心に有ることだから咄嗟に口をつくのだ。
エレオノールは抱えた膝に顔を押しつけた。カタカタと身体が小刻みに震え出す。この震えは冷えた夜気のせいだけではないと、彼女は知っている。
「どうしよう…」
懸念事が、多過ぎて。
心が脆く崩れてしまいそうだった。







翌早朝、結局その後は眠れないまま、エレオノールはいつも通りに加藤家を訪れた。朝食と勝のお弁当作り、時間が来たらふたりを起こす。頭は痛いし気分も悪いけれど、いつも通りの朝だった。
いつもと違ったのは今朝は家主が起きていたこと。
ダイニングチェアに腰掛けている鳴海と出合い頭に目が合って、エレオノールの心臓は破裂したかのような音を立てた。ノートPCと向い合う、鳴海の手元には書類が散らばっていた。
「…おはよ」
鳴海もまた、くたびれたような顔をしていた。らしくなく、力のない声と笑顔だ。
「おはよう、ナルミ…。どうしたの?眠れなかったの?」
鳴海の顔は見るからに寝不足で、両目は真っ赤に充血していた。
「……ちょっと、眠れなくてよ……そういうおまえも酷ぇ顔してるぞ?」
「……これは、その…二日酔いのせい……」
エレオノールはまだ痛む額に手をやった。たぶん顔もむくんでいる、あまり鳴海に見せたい顔ではない。
「二日酔い…か。なら辛ぇだろ?無理して朝の支度するこたぁ…」
「いいの。コレは私が好きでやってることだから」
「…好き…」
エレオノールの発したその単語に、耳と心が吸い付けられてしまうのは自分ではもう如何ともし難く、鳴海は書類に目を落とした。ダイニングテーブルに仕事場を移してから、一行たりとも頭に入って来ない文章の上を滑べる視線が行きつ戻りつを繰り返す。エレオノールが小さくスリッパを鳴らす音に、彼女がキッチンに入ったのを知る。


「おまえでも二日酔いになるような飲み方するんだな……結構、おまえって自分にも厳しいから、そういうのってしねぇのかと思ってた」
パタンパタンと冷蔵庫や食器棚を開閉する音に向かって、鳴海は独り言のように話しかけた。
「もしかして、」
姐さんに言われたことが深酒の原因か、と口に上せかけたもののエレオノールの問いに上書きされた。
「ねぇ?ナルミ」
「うん?」
「夜中、うちに来たわよね…?」
淀みなく回っていた鳴海の口が止まる。カウンターキッチンの内側にいるエレオノールからは見えてないと思うけれど、鳴海の身体は今、不自然なくらいに大きく引き攣った。
「なんで」
「ワイングラスとボトルがキッチンに戻されていたの」
そう言えば、割れたら危ないと思って引っ込めたことを思い出す。
「私、そんな覚えがなかったから…」
「……おまえの部屋から物音がして……何事かと。ほら、おまえは女の一人暮らしだし、だから様子を見に行った…。そうそう。カギ、開いてたぜ?気を付けろよ、物騒だ」
「私、戸締りしてなかった…?やだ…」
怒り心頭で帰宅したせいで、戸締りを失念してしまったのだろう。どうやって鳴海が自分の家に入れたのか、なんてことも疑問にすら思わなかった。
「……結局は何もなかったんだけど、おまえんちのカギを勝手に持ち出すわけにもいかねぇしさ。でも、おまえんちを開けっ放しで出て来ちまったし……ここで耳を澄ませとけば異常に気付けるかと」
「ナルミ、それでずっと起きてたの?それで寝不足なの?」
エレオノールがキッチンから飛び出して、目の前に突進してくるものだから、鳴海はぎょっと身を引いた。
「私のせいね」
「い、いや…」
「……莫迦ね。そんな赤い目をして、仕事に差し障りが出るじゃない」
心配を隠さないエレオノールもまたウサギのような目をしている。柔らかい頬が挨拶をくれた。甘い体臭、鳴海の背筋をぞくっとした震えが駆け下る。椅子の座面に両指を圧し折る勢いで食いこませ、必死で数時間前の記憶と衝動を抑え込む。お互いの鼻先にある耳の裏に、お互いの残した所有印が在ることを鳴海だけが知っている。


「だったら。言ってくれたら良かったのに。カギのこと」
「オレ、伝えたんだけどなぁ」
「そ、そうなの?」
「話してるうちに……おまえは寝ちまって……。覚えて、ねぇの?」
「分からない…。ナルミに言われたこと、知らないもの」
「知らない…?」
「ええ」
「おまえ、昨夜の記憶が、なかったりする…?」
その時、鳴海の声色と表情に違和を覚えた。
どこか構えて、どこか硬い。
見返してくる黒の瞳の中に何かしらの怯えが見えるような気がするのは何故だろうと考えて、ああ、と悟る。
やはり自分は何かを仕出かしたのだ、と。
それが何かは分からない。
鳴海は、私がそれを記憶しているかどうかが気になっているんだ、と。
それはそうだ。
自分の答え如何では、それは『なかったこと』になる。
だからエレオノールは「そうなの」と全力で肯定した。


エレオノールとしても、酔っ払いの自分が仕出かしてしまった醜態がなかったことになるのに越したことはない。
アルコールで勢いづいて、鳴海に対し痴態を晒したのだとしたら。想像しただけで顔から火が出る、穴があったら入って、永遠に出て来たくない。
それどころか、愛している、と秘密を吐露してしまっていたのだとしたら。もうこれまで通りの顔で隣人を続けていくことが難しくなる。
だから、何が何でも、自分が何をしたのか分からなくても、昨夜のことは『なかったこと』にしなくてはならない。何があっても、酒のせい、にしなくてはならなかった。



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