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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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(17) 盈盈一水 5/8





真夜中、と言うには若干早いけれど、良い子の幼稚園児はとっくに眠っている遅い時間だった。
勝を寝かしつけたものの、諸事情によりまんじりとも出来ない鳴海がリビングでひとり持ち帰った書類に目を通していると突然、ゴン、と物音がした。最初はラップ音かと身構えた鳴海だったがどうにも音は壁の向こうからした。壁を挟んで反対側は、シンメトリとなった隣家のリビング、つまりはエレオノール宅のリビングだ。怪訝そうに壁を見つめていると再び、ガンっ、とさっきより大きな音がした。
「おいおい、穏やかじゃねぇなぁ」
泥棒とか変質者とかが入り込んだんじゃねぇだろうな?
以前ストーカー被害に悩まされたエレオノールだから何があってもおかしくないと鳴海は考えている。スウェットの下に縒れたTシャツというくだけた格好のまま表に出た。加藤家の合鍵を持っているエレオノールと違い、鳴海はエレオノールの家の鍵を持っていない。遅い時間にチャイムを押すのが何となく躊躇われ、その前に何となくドアノブを回してみる、すると
「なんで開いてんの…?」
カチャリと小さな音を立てて扉は開いた。
「マジで誰かに押し入られたりしてねぇだろなぁ」
そっと中に滑り込む。人気は特にない。団欒と言えば加藤家と相場が決まっているため、鳴海も滅多にエレオノールさんちにはお邪魔したことがない。ちょっと興奮する。
どこも明かりは落とされているが、リビングを覗くと中に置かれたカウチ脇の間接照明だけがほんのりと橙に染まった光を放っていた。となるとあの物音はなんだったのか。
「エレオノール、物騒だぞカギ開いてた…」
リビングに一歩踏み込んだ途端「う」と鳴海の動きが止まる。下戸の鳴海には非常に辛い匂いがする。
カウチに優雅に腰かけるその人は
「ナルミ…一体何の御用…?」
大虎に変身していた。


ワイングラスの中で深紅の液体をユラユラさせながら、鳴海を見上げてくる瞳はやたらと潤んで煽情的で、そして据わっている。サイドテーブルにはボトルが載っていて、見れば殆ど空だった。エチケットに見覚えがある。今日、鳴海が土産として手渡したワインだ。
どれくらいのピッチで飲んでいたのか、幾らワインの国の人だと言ってもこの細い身体で1本空けたわけで。
鳴海はエレオノールが深酒している姿を見たことがなかった。近寄るとエレオノールの吐息に酒気が混じっているのが分かる。
そして、鳴海が石のように固まってしまうくらいに、酔っぱらったエレオノールはひたすら破壊的に、色っぽかった。
肩紐のやたらと細いタンクトップの上にもこもことしたカーディガンを羽織っているが、それはしどけなく肩が落ち、酒で桜に染まった柔肌を惜しみなく男の目に晒してしまっている。
エレオノールのでかい胸のせいで限界まで膨らまさせられているタンクトップの小さな布地は、かなり相当際どいところまで刳れていて、まかり間違って指をほんのちょっと引っかけたら乳首が飛び出てしまうのでは?、と鳴海にハラハラともソワソワともワクワクともつかない落ち着かなさを与える。
しかもノーブラで。
数時間前の風呂場での出来事が強制的に思い起こされ早速、危険な状況に置かれたものの必死で心頭滅却を試みる。師父のドジョウ掬いを想像し、なんとか場を凌いだ。


「ずいぶん遅い時間の来訪ね」
エレオノールは上目遣いに、唇にワイングラスを押し当てる。鳴海は柔らかく歪む唇に見とれつつ
「いや、その、おまえんトコから物音がして…」
舌を縺れさせながら答えつつ、そうだアレは何だったのかと自宅方向を眺めてみれば、床にワインのコルク栓と文庫本が一冊転がっていた。
「おまえがアレを壁に投げつけた音?」
エレオノールは鳴海の問いには答えず、グラスの中に視線を流し、淡く笑った。
「何やってんだ、酔っ払いが」
「私は酔っぱらってなんかいないわ。それに、酔っぱらっているからって何だって言うの?」
ああ、思いッきり酔っぱらってるじゃねぇか。
酔っ払いは酔っている自覚がないものだ。
行きがかり上、今日はまともにエレオノールの目を見れないかもしれないなんて思っていた鳴海だったけれど、本人が正体不明な有様なら問題もない。
酔いどれのエレオノールは素面じゃ在り得ないくらいの色気を放出して、妙に絡んでくる。でもそれは甘えているようにも思えて、何だか可愛い。とはいえちょっとかなり、鳴海には酒の香気がキツイ。そのためエレオノールの体臭が掻き消されてるのは今の鳴海には助かるが。


「まったくよ…。この部屋すげぇ酒くせぇぞ?」
「私が臭い、と?」
「そうは言ってねぇだろ」
エレオノールはグラスを煽って、中身を全部飲み干すと、空いたそれをサイドテーブルにいささか乱暴に置いた。
「もお…酒飲むのは終わりな!」
鳴海は、ともするとエレオノールに叩き落されて割れそうなワイングラスとボトルを掴んでシンクへと運んでおく。
「ちょっと逃げるの?」
「逃げねぇって」
「ナルミ、ここに座りなさい」
と、エレオノールはカウチの、自分のすぐ傍を指先でトントンと指し示した。有無を言わせぬ据わった目力に鳴海は大人しく、エレオノールから充分距離を取ってそろそろと腰を下ろす。
「私が酔っ払ったことを叱りに来たの?」
「そうじゃねぇよ」
「じゃあ何よ」


ああ、エレオノールて絡み酒なんだ…
初めて知った。
「そんな飲み方、身体に良くねぇぞ?ほら、力の加減も狂ってるじゃねぇか。何があった?」
「誰が狂ってるって?酷いじゃない」
「だから、そんなこと言ってねぇ」
エレオノールの細い腕が伸び、鳴海のシャツの襟ぐりを掴んだ。
制御しきれていないエレオノールの腕は止めるべきところで止まらず、鳴海の左肩を思い切り肌蹴させた。
勢い余ってエレオノールも鳴海に激突し、彼の胸に額をつけた形で止まった。
弾みでカーディガンがパサリと落ち、鳴海の眼下には真っ白な背中の中程までが無防備に広がる。
「おい…大丈夫か?エレオノール…」
冷えるぞ、と目に毒な背中を落ちたカーディガンで覆った。
エレオノールは何を思ったか、鳴海に頬を摺り寄せ瞳を閉じた。
鳴海の心臓が慌しく鳴り始める。肌と肌が重なっている箇所が、火傷したみたいに熱を発する。胸に直接触れる、エレオノールの体温と肌の滑らかさに、鳴海の身体に鳥肌が立った。


エレオノールの身体から力が抜け、腕に抱く彼女の身体が重くなった。じわり、と鳴海の下腹部の奥底に熱が溜まる。これはあまり、良くない状況だと思う。
「ちょっと、エレオノール…そんなにくっつくと…」
硬くなって動き辛くなっちまうんだけど。
でも、エレオノールは離れない。こんなにくっつくと彼女の体臭を嫌でも嗅いでしまう。プルースト現象、先の風呂場でのあれやこれやが蘇って来る。それに付随したエレオノールへの想いが、彼女で自慰をしたことが、その自慰がいまだかつてないくらい気持ちよかったことが、彼女を姦してしまいたい本心が、鳴海の中で頭をもたげる。
エレオノールの呼気が、鳴海の肌にかかる。
熱い。
熱くて甘くて、酒が混じってて。
鳴海も酔ってしまいそうだった。
酒になのか、エレオノールになのか、分からないけれど。
繊い指が、鳴海の首筋を這う。
陽に焼けた色の肌と、透き通るように白い指。
昂る胸の鼓動は、頬をつけているエレオノールには聞こえている筈。
それはそのまま、鳴海がエレオノールを欲しがる度合の音だ。
「エレオノール…」
鳴海がエレオノールの身体を抱き締めたがる腕を懸命に堪えていると、エレオノールの尖った爪が、ぐいい、と鳴海の首に食い込んだ。


「いいいってえええ!」
鳴海は思わず悲鳴を上げた。
「な、何すんだよ!」
触ると、肌が三日月の形に凹んでいる。
「キスマーク」
「は?」
「キスマークがついてる」
「え?マジで?」
「ミンシアさんと、首筋にキスマークつけられるようなコトしたのね?」
首筋を手の平で覆う。気がつかなかった。確かにいきなり首にキスされて何すんだヤメロとそんなヤリトリはしたけれど。キスマークを付けられていたとか。
「いや、オレは何もしてない。一方的にされただけで」
それもホテルに入ったとかじゃなく、何の脈絡もない道端での別れ際だ。責められる理由なんてどこにもない。
さっきまで胸の中で寄り添ってくれていた存在は、冷たい瞳でカウチのクッションに寄りかかっている。
「所有印」
「は?」
「この人は私のものよ、ってことでしょう?」
エレオノールは眉を険しく顰めた。


「あのヒトね、言ってたわ?あなたと寝たことあるって。ホント?」
「は?」
エレオノールの口からまさかの発言が飛び出した。あのアマなんてことをエレオノールに言いやがったんだと拳に震えが来るくらいに腹が立つ。鳴海はどうにか急場を凌げないかと上手い言い訳を考え巡らしてはみたものの
「ホント?」
エレオノールは時間をくれないし、やっぱり嘘は吐きたくないしで
「…は、はい…」
と認めざるを得なかった。
「あなたのバージンもらったって。ホント?」
「……そうです……」
「さっき買い物と一緒に、セックスもしてきたの?」
「してねぇって!それに姐さんとしたのは一回だけだ」
それも大学入る前にぐでんぐでんに酔わされたところ逆レイプされたって話で、筆おろしの相手には違いないがそこに鳴海の意思はまるで介在しない。なのに、ミンシアはそこんとこをカットして吹聴して回るから質が悪い。相手は酔っ払いとはいえ、そこんとこはきっちり否定せねばなるまい。


何でオレ問い詰められてるの?と釈然としない気持ちを抱きながらも、鳴海は言い訳がましく答えている。エレオノールは鳴海の弁解を聞いているのかいないのか、太い首筋に好戦的につけられたキスマークに、じと、とした視線を縫いつけると、再び爪先でグリグリと穿った。
「痛ってぇってば!」
「私に対する挑発…?」
「何言ってんだよ、もーやめろって」
鳴海は酔っ払いに執拗にタゲられている個所を再び手の平で覆った。
「所有印。こんなのつけて。つけるなら見えないところにしなさいよ」
「や、オレに言われても」
「ナルミに言ってないわ。ミンシアさんによ」
エレオノールは憤慨しているようだった。
脳ミソがアルコール漬けになっているからだろうか?昼間しれっとしていたエレオノールからは予想外の反応。そんなことをぼんやりと考えていたら突然、エレオノールが鳴海の膝に乗り上げた。鳴海の胸板にでっかい乳が、むぎゅ、とも、ふにゅ、ともつかない擬音でもってバウンドする。
「いっ」
反応が遅れた鳴海は、つい数秒前まで思ってもみなかったエレオノールとの対面座位の体勢に筋肉一筋も動かせないでいた。



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