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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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(16) 盈盈一水 4/8





鳴海はどこかウキウキと洗面所で服を脱いでいた。何故なら今日の風呂にはエレオノールが入ってまろんだ湯が張られているのだ。父親業に精を出していると言っても、鳴海だって若い男だ。たまにはこんなささやかな褒美があったっていいじゃねぇかと浮かれる彼を誰が責められようか。
全裸になり、お待ちかねの風呂場を開ける。ぺた…と一歩足を踏み入れた瞬間に、鳴海の鼻腔を花の香りが満たした。グラリ、と目眩がする心地がする。「おんなじせっけんなのに、なんであんなにいいにおいしたんだろ」と勝は言った。それに激しく同意する。
今日の風呂場は甘い匂いがして落ち着かない。それがエレオノールの残り香だと分かるから尚、落ち着かない。
「エレオノールの匂い…」
嗅覚が記憶野をダイレクトに刺激する。刹那、跳ね出る性欲の象徴。
「なんで…いきなり…」
何も考えてはいないのに怒張したそれは天を仰ぎ、ビクビクと脈を打っている。
鈴口には透明な汁が今にも垂れ落ちそうなくらいに盛り上がっていた。鳴海は眉間を寄せて、唇を噛み締めた。
確かに鳴海はエレオノールを性対象として見ている。自慰をする時に思い描くのは必ずエレオノールだ。だからこんな露骨な生理現象が起きるのも理解は出来る。でもこれは鳴海の意思とは無関係に、無意識下で引き起こされた。鳴海は自分にショックを受けた。







「プルースト現象って知ってるか?」
どういう話の流れだったかは忘れたが、ある時、女ったらしの友人が言った。
「特定の匂いがそれに纏わる記憶を呼び覚ます現象のことさ。嗅覚ってのは他の感覚とは違って、直接情報を大脳辺縁系に送る。そこは感情を司る脳でな、要するに 嗅覚の情報処理を行う場所と、感情を司る場所が同じなんだ。だから、匂いによって記憶や感情が呼び起こされる、なんてことになるわけだ」
それが一体何なんだよ?と訊ねると、ヤツは
「だから僕は女性と会う時は意識的に匂いを覚えることにしている。同じ香水でも女性一人一人の体臭によって変わって来るし、一緒に過ごした部屋のルームフレグランスでも、一緒に飲んだティーの香りでもいい。香りを印象に残せば、思い出も自然と浮かび上がってくる」
へええ、と気のない返事をしたら
「僕は女性を確実に思い出すための手段のひとつとして活用してるんだ」
と得意そうに言った。
その話をした時には「そんなもんかね」と特に興味も湧かず、話半分だったのに。







今はそれが良く分かる。
匂いがエレオノールを強制的に連想させる。
熱い塊が下腹部を突き上げ、肉茎を揺さぶった。
鳴海は蛇口に飛びつくと、シャワーから冷水を出し、頭から被る。
「なんか…これはやべぇ…」
嗅覚を刺激されただけで意思に関係なく勃起するなんてことはあってはならない、エレオノールを近くに感じるだけで一方的な性欲に支配されるなんて言語道断だろう!
逆上せた頭も、ドロドロしたマグマを吐き出そうとしている身体も、冷却して鎮静化させないといけない。ボタボタと冷たい雫が髪を滑り、身体中を伝い落ちて行く。だが、全身が幾ら冷えても、ソコだけが熱を含んだまま。


「やべぇ…このままじゃ…ホントに…」
エレオノールを穢してしまう。性欲の権化と成り果ててしまう。
鳴海は風呂場の壁に両手をついて、そのひんやりしたタイルにも熱の吸収を幾らかでも手伝ってもらおうと試みた。
「冷静になれよ、オレ…」
ギリギリと歯噛みをしながら内圧の膨張を治めようと躍起になる。
けれど、甘い花の香りが纏わりついて離れてくれない。それはまるでエレオノールに背後から抱き締められているような錯覚に陥らせ、頭から彼女の姿を消し去る努力を無にしてくれる。
匂い立つような
という言葉は、まさにエレオノールの美しさを形容するためにあるのだろう。
自分や勝の入浴時には残らない、芳しい香気。この、得も言われぬ残り香は、合成香料なんかではなくて、きっとエレオノールの体臭そのもの。


鳴海はハアハアと肩で息をつきながら、股間にそそり立つ己自身を情けない面持ちで眺めた。
「何でそんなに張り切ってんだよ…」
まだ勝が起きている時間、この年になって父親になって、セルフコントロールが利かないなんて在り得ない。己を律する厳しい修行だって散々したのに、この体たらくは何なんだ?
「くっそ…痛ェ…」
萎える気配が全くない。それどころか、徐々に内圧は高まり、出口を与えられない昂りで張り裂けんばかりの肉茎は痛みすら訴え始めた。
自分の興奮材料はエレオノールの体臭である。
原始的な感覚が、原始的な欲求を刺激し続ける。
だからここにいてはならない、この匂いから離れればこの興奮も治まる、と理解はするものの、身体が言うことをきいてくれない。自分を抱き締めてくる、エレオノールの匂いを振り払えない。足が動かない。脳ミソが匂いに酔ってくる。欲求に従ってしまえ、と悪魔が耳打ちをする。


絞首縄に首を差し出す死刑囚のように、鳴海はノロノロと男根に手を伸ばした。
握る手の平に、それは馬鹿みたいな熱量と硬度を伝え    
鳴海は終に、諦念の境地を受け入れた。
「く……ふぅ……」
ゆっくりと自分を擦り上げる。
纏わりつく花の香りは、ねっとりとした粘度で鳴海の思考を支配していく。
理性は埋没し、ただただ、エレオノールの裸体を想像する。
あのおっぱいはどんだけ柔らかいんだろう。
彼女の乳首はどんな色をしてるんだろう。
そんな、セックスをしたことも、生で女の身体を見たことも触ったこともない中学生のような疑問しか浮かんでこない。そんな幼稚な妄想でも、肉茎は気持ちいいと声高に叫ぶ。エレオノールの前では如何に自分も矮小な存在か、と一瞬思い浮かんだ感想もあっと言う間に快感の波に押し流されていく。


愛撫したら彼女はどんな声で啼くんだろう?
行為の最中、彼女はどんないやらしい顔をするんだろう?
どんな目で見つめ、どんな甘い声で名前を呼んでくれる?
あの唇との深いキスはああ素晴らしかった……?


己を扱く速度が上がっていく。
眉根に深く皺が刻まれる。
タイルの目地を掻く指が鷲の爪のように曲がる。
「ぅぐ…ぅ…う……はァ…ッ」
壁に額をつけ、唸るように喘ぐ。
快感の濁流、その波間から時折、溺れる理性が小さく顔を覗かせる。
自慰をするんじゃない!と死に瀕しながら警告する。
そんなちっぽけな理性を押し退けて、きつく閉じられた目蓋の裏で、エレオノールの舌が鳴海の亀頭に伸びた。


ああ、きっと。
エレオノールの口の中は、柔らかくて、温かくて、
たっぷりと湿ってて、
気持ちいい


「エレオ…ノール…ッ…!」
エレオノールの口の中に自分の肉欲が根元まで咥え込まれる絵がフラッシュした瞬きの間。
鳴海は射精した。
勢いよく射出された精液は風呂場の壁面タイルに貼り付いた。なかなか止まらないそれが落ち着いた頃には、大量の白濁した粘液がタイルを汚していた。ゆっくりと垂れ落ちていく。鳴海は荒い呼吸のまま、冷めた目でその様を見つめた。
精液に汚された滑らかなタイル。
それはまるで、大事なひとの白い肌を汚しているようで、欲望を吐き出しても今だ面を上げている自分自身が浅ましくて。
鏡から見返してくる自分は酷い顔をしていた。
「サイテイだ…オレ…」
鳴海はノロノロとシャワーヘッドを掴むと、精液を流した。精液は未練がましくタイルから離れると、渦を巻いて排水溝に吸い込まれていく。
自分への失望も一緒に排水溝に吸い込まれればいいのに、鳴海は思った。
そして忌々しそうに風呂の栓を抜くと、今度は火傷しそうなくらいに熱いシャワーを浴びて自分を呪った。



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