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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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(15) 盈盈一水 3/8





「エレオノール…笑ってたけど、あれ絶対に怒ってるよなぁ…」
シンクの中にある洗い掛けの皿を見遣る。エレオノールが家事をやりかけにして帰るなんて今までなかった。そんな在り得ないことをするくらいに怒っている、それも鳴海の帰宅したと同時に、要は
「オレに腹を立ててんのか…」
エレオノールは昔からあまり笑うことが得意じゃなかった。それが花がほころぶように少しずつ色付いて、今では淡くてもやさしい笑みを浮かべるようになったのに。今日のそれは綺麗な非の打ちどころのない微笑みなんだけれど、どれも判で押したように同じだった。
自分の晩ご飯用の餃子を焼きながら、鳴海は昨日からの己のツキの無さを反芻していた。
「あーあ…」
溜息が出てしまう。するとそれを聞きつけた勝に
「ためいきつくとしあわせにげるって、おとうさんいってたのに」
と咎められてしまった。
「そうだったな、すまんマサル」
苦笑する。更に
「エレオノールもね、ためいきついてた」
と聞かされて、苦笑も引っ込んでしまった。
「なぁんにしても…どうにかしねぇとな」
姐さんを。と独り言ちる。強く断れない自分が情けないのは重々承知しているのだが素直な性質な上、骨の髄まで体育会系上下関係が浸透している鳴海には難しいことなのだ。







『ね、あんた気があるんでしょ、エレオノールに』
帰り道、そんなことをミンシアに言われた。
『な、そ、んなもんねぇよ』
と言い繕うも、嘘が下手だと自認する鳴海は今の言葉に信憑性がまるでないことも自認する。ましてや相手は長い付き合いのミンシアだ。効果はゼロだ。
『マサルの新しい母親候補?』
『違うって。そんなんいねぇよ』
『だったらねぇ?私がなってあげようか?マサルの新しいお母さん』
『それさぁ、マサルに言うの、止めろよなぁ…。言ったろうが、オレは結婚の意志がねぇって』
ミンシアにもエレオノールと同じ説明をしているのに、何でこういうことを平気で言って来るんだろう?鳴海はミンシアの思考回路が理解できない。エレオノールは一切こういうことは言わないのに……と考えて、それは彼女の中に自分に対する特別な感情がないからだ、と思い当たる。
エレオノールは隣人として、鳴海にも勝にも良くしてくれる。でもそれは自分たちが腐れ縁で、彼女の生来のやさしさが生んだ同情のなせるワザだってことは痛いくらいに分かってる。


『姐さんがマサルの母親だなんて、一番の願い下げだよ』
『失礼ね』
ミンシアが口を尖らせた。
『どこがいいのよ、あんな人形みたいなヒト』
『そういうコト言うんじゃねぇよ』
エレオノールを悪く言われて鳴海は不機嫌になった。その感情の移ろいが分かるから癪に障る。ミンシアは鳴海の襟元を掴んで引き寄せると、その首筋に唇を寄せた。齧るようにキスをする。
『もお、止めろってそういうイタズラ。あ、口紅付いたじゃねぇか!』
鳴海は首筋を手の平で擦り、ルージュを拭っている。もしも今キスをしたのがエレオノールだったら、鳴海は絶対にそんな反応はしないだろう。きっと、彼女にキスを返している。ミンシアは悔しさで涙がこぼれそうになった。
鳴海にとって自分はどこまで行っても『姐さん』で特別な感情を抱いている可能性があるなんて欠片も考えてもくれない。
『じゃあね』
『今夜はもう来るなよ?オレ明日は仕事だから何にも付き合えねぇからな!』
自宅に転がり込んでも、宿代をカラダで支払うと言われても、キスをされても、ミンシアの秋波にまるで気付いていない鳴海は一切のデリカシーもなく、彼女を見送り帰路に着いた。







「よし。コレ食ったら一緒に風呂入るか」
熱い風呂に浸かって色々なことをリセットしよう、そう思い立った。でも勝には
「ぼく、エレオノールともうはいった」
と言われた。
「は?エレオノールと?ウチの風呂に?」
「うん」
耳を疑う。勝の発言は時間を掛けて分厚い頭蓋骨に浸透し、その意味を理解した鳴海は物凄く複雑な気持ちになった。 エレオノールのオールヌードという眼福を、年端もいかない我が子に先を越されてしまったのだ。 相手は幼稚園児だと分かっているのに沸々と湧き上がるこのジェラシーは一体。
「あーあ…」
知らず、また溜息が漏れた。
「マサル?」
「なあに、おとうさん」
「…エレオノールと風呂、どうだった?」
とりあえず情報だけは収集しておこうか。と気持ちを切り替える。
「エレオノール、すごいんだ。カラダあらうせっけんをあわあわにしたんだ」
「へえ」
「で、そのあわあわであらってくれた」
「良かったな。道理でお前、ツヤツヤピカピカだ」
「おんなじせっけんなのに、なんであんなにいいにおいしたんだろ」
何となく、勝の言わんとするところは分かる気がする。エレオノールの体臭はとにかく甘いのだ。
「他にはどうだった?」
と訊いたら、少しの間をおいて
「エレオノールのおっぱい、すごいおおきいおっぱいだった」
と返事が来た。
「うん…そうだよな」
としか、鳴海は返せない。それは見れば分かる。服の上からだって分かる熟し切った実は、直に見ればそりゃさぞかし美味そうなシロモノだろう。
「しってる?おとうさん。おっぱいっておゆにうくって?」
「へ…へえ…」
「あんなおおきくておもたそうなのに、ぷかーって」
「……」
意外と自分の想像力って貧困なんだな、と鳴海は思った。
焼き上がった餃子を皿に盛り、勝の向かいの席に着くと「いただきます」と手を合わせる。エレオノールお手製の餃子は美味しかった。


「ぼくね…」
「うん?」
「ううん、なんでもない」
エレオノールがおかあさんだったらいいのにな…は、幼心の中にしまった。
勝はエレオノールのことが大好きだった。綺麗で、やさしくて、あったかくて、柔らかくて、いい匂いがして。
料理上手な父親が作ってくれる男飯は好きだ。
けれど、彼女が作ってくれる『おかあさんぽい』料理はまた格別だった。
この間のおもちつき大会で、勝が手を繋ぐヒトのことを友達が皆して「マサルのママきれいだね」って言ってくれた。それがどんなに、勝にとって嬉しかったか。当たり前のように傍らに母親がいる友達を羨望の目で見て来た勝にとって、皆に羨ましがられたエレオノールの存在が、眩しいか。
そして最近、思うのだ。
『エレオノールがおかあさんになってくれたらな』。
幼い勝の記憶の容量は小さ過ぎて、父親が与えてくれる楽しい毎日が古い記憶を押し流していく。だから今では実の母親の姿があやふやになってきているけれど、きれいでやさしくて温かったことは覚えている。エレオノールは勝の『記憶の母親像』そのものだった。


だから勝は考える。
何とかして、エレオノールに自分の母親になってもらえないかなと。
自分の母親になる、ということは、自分の父親とケッコンする、ということだ。
ケッコンのためには、エレオノールに自分の父親をスキになってもらう必要がある。
幼稚園児でもそれくらいは頭が回る。
勿論、自分の父親にもエレオノールをスキになってもらう必要がある。
が、そっちは大丈夫と思う。もう好きだと思う。
だってエレオノールが家に来ると、父親は本当に嬉しそうなのだ。
エレオノールを追う瞳は物凄くやさしくて、どこかちょっぴり切なそうで。
勝だって、鳴海と伊達に親子をやってない。
「どうしたら…いいのかな」
ふたつめのシュークリームに手を伸ばしながら、賢い勝は考えを巡らせた。



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