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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。





最近、ナルミの様子がどうにもこうにもおかしい。
目は虚ろだし、心はここにあらずだし、はっきり言って腑抜け状態、だのにどうしてか留守がちで。
生返事ばかりのナルミのことが、友達のマサルはとてもとても心配。







銀と黒の詩。
そのよん、ともだちや、再び。(いち)







山も森も原っぱも、ぐるりと360度の銀世界。
ここしばらく雪続きだったけれど、今日は久し振りに青空が広がって風もない好天気。
マサルとリーゼはナルミを引っ張り出して、雪合戦に勤しみました。
ナルミVSちびっ子ふたり。



「おーし、ふたりがかりでもかまわねーぞ!」
ナルミの大きな手の平で拵える雪玉は特大で、その腕が手加減して投げても当たると効果は絶大でマサルとリーゼはばたりと倒れてしまいます。倒れても深い雪がクッションになってくれるから、ちっとも痛くも痒くもないけれど。きゃあきゃあとはしゃぎながら、楽しい雪合戦は続きます。
「リーゼさん、連携しないとナルミ兄ちゃんには勝てないかも」
ナルミはマサルとリーゼの投げる雪玉をひょいひょいと交わし、まだひとつも当たっていません。
「もっと腰入れて投げてこい。そんなんじゃひとっつも当たんねーぞー」
ヒヒヒ、とナルミは笑いながら、ひらりひらりと雪玉をかわします。
かわしながらマサルとリーゼの仲睦まじい姿を見て、ふと、先日出逢った銀狼を思い出しました。
思わず、心が虚空を彷徨います。



数日前の満月の夜、ナルミは一人で自分しか知らない森深くの温泉に浸かりに行きました。そこでナルミは銀色の美しい女のオオカミに出逢ったのです。今思い出しても、ナルミの心臓はドキドキします。
ナルミが初めて出逢えたオオカミはとても美しい銀色の瞳をしていて、素晴らしい姿態をしていました。
温泉に浸かっていた彼女と温泉に入ろうとしていたナルミはお互い一糸纏わぬ姿で。
月明かりに浮かぶ彼女の白い身体は魅惑的で、その妖しいまでに紅い唇に誘われて、ナルミは気がついたら彼女に迫り、唇を重ねていました。それで引っ叩かれて、「莫迦、変態!」と罵声を浴びせられて、そのまま逃げられ、今日に至るのです。



オレって一体何なんだろ?
自分でこんなにも余裕のない男だとは思わなかった。
せっかく出逢えたオオカミ、しかも女、しかも絶世の美女。
しかも、一目惚れ。
しかも、もう、心の中が彼女で飽和して、たった一瞬の出来事にどうしようもないくらいに心を奪われて。
以来、何にも手につかない状態なのだ。
何かの折に、すぐ彼女のことが脳裏に浮かぶ。
ほら、今も――――。



息を合わせたマサルとリーゼのふたりの放った雪玉が勢いよくナルミの顔面にヒットしました。勢いよく頭部を後方に持っていかれ、呆けていたナルミはよろけ後ずさり、真後ろの木の幹に背中を打ち付け、しりもちをつきました。その衝撃でここ数日の大雪で気前よく木の枝を撓ませていた大量の雪が、ナルミの上に落ちてきます。
どかどかどかどかっ!
「うわ!」
「きゃっ!」



悲鳴を上げたのはマサルとリーゼ。
当の本人は声もなく雪に埋まり、尖った黒い耳が見えるだけ。巨大な雪だるまの出来上がり。
本当は、笑いたいところなのだけれど。ここしばらくのナルミはどうにも様子が違うから。
「に、兄ちゃん、大丈夫…?」
ずぼり、と大きな雪塗れのオオカミが立ち上がります。90度に首を項垂れさせて。
つい、この間までのナルミだったら自分で自分を笑い飛ばしているところなのに…。
「オレ、帰るわ…今ので首が痛くなった…温泉に行って来る…」
その声は地を這うように低くて、怒っている、というのではなく、途轍もなく落ち込んでいる感じ。
「ご、ごめんね、兄ちゃん」
「ナルミサン、ごめんなサイ…」
「いいって、大したこたぁねぇ。気にすんな」
頭やら肩やらに山のように雪を乗っけて、ナルミはトボトボと雪を漕ぎながらマサルとリーゼに別れを告げました。マサルとリーゼは大きいのにやたら小さく見える背中を、心配そうに見つめていました。





ナルミは息せき切って細道を走っていました。
あの銀狼と出逢った温泉に続く細道を。
湯気の棚引く岩場へとやってきて、そしてそこに誰もいないのを見て、ナルミはまたがっくりと首を垂れました。



「そりゃあ……そーだよなぁ……」
溜め息と一緒に言葉を吐き出します。
ナルミはあれしきの雪で傷める柔な首など初めから持ってはいません。ここに来るいい口実ができただけで。
でも、会いたい人は今回もいませんでした。
大きなオオカミはしばらく岩場に手をついたまま固まっていましたが、せっかく来たんだ、入っていくか、と服を脱ぎます。ナルミは肩まで温泉に浸かると、ぼうっと銀狼を思い浮かべました。
もう、ここしばらくナルミの頭は彼女のことしか考えていないのです。



実はあれからほとんど毎日、朝な夕なにナルミはこの温泉に足を運んでいました。
もしかしたらまた、彼女に会えるかと思って。
毎日毎日、風の日も雨の日も、あの大雪の日にだってナルミはここにやってきました。日に何度も訪れるのなんてザラ。けれど、一度も会えません。もしかしたらと胸を弾ませてやってきては、胸を萎ませて帰ることの繰り返し。心が無駄に草臥れて、心がその度に擦り切れて。
この一方通行な恋心に夜も満足に眠れない、食事も喉に通らないのです。



会いたくて、会いたくて。
でも、会えなくて。



「初対面でいきなり裸でキスするよーなヤツの出没する温泉になんか、女が好き好んで来るわけもねーよなー……」
己のしでかした大失態に、ナルミは自分で自分を責め続けます。
ナルミはもう一度彼女に会えたのなら、平身低頭、誠意を込めて謝るつもりでした。
彼女が許してくれるまで何度も何度も頭を下げるつもりでした。
そして気持ちを告白するつもりでした。



好きです、オレと付き合ってください。
オレを、愛してください―――――。



「雪がお日様でキラキラしている中、湯に浸かるのって気持ちいいぞ。
だから…どこかにいる、おまえ…ここに来てくれ、今度はあんなことしないから」
オレに初めからやり直させてくれ。
ナルミは自分が湯に浸かっている間にもしかしたら、あの銀狼が森の木々の間からひょっこり顔を出してくれるかもしれない、そんな一縷の希望にすがって、今回も真っ赤に茹で上がるまで入り続けました。





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