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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。




山も、森も、雪が真白に化粧を施した。
一見、死に絶えたかのように辺りは深々とする。
夜も更ければ尚のこと、あたりは静寂に包まれる。







銀と黒の詩。
そのさん、月の雫のアルペジオ。







真っ暗な森の中、鬼火のように浮かぶ、爛々と光るふたつの瞳。
ぎゅっぎゅっと、雪を踏みしめるナルミの靴底が鳴る。ナルミは独り、深夜の雪道を急ぐ。
今夜は満月が足元を照らしてくれるから、とても歩きやすい。そうでなくても、ナルミはやたら夜目が利くから森の暗闇もどうと言うこともないのだけれど、明るいに越したことはない。



この先、森の奥にある自分の家よりももっと森の奥深くに、ナルミしか知らない小さな温泉が湧いているのだ。彼はそこに向かっていた。こんなに底冷えのする夜は、温泉に浸かって身体の芯まで温まって布団に潜るのが一番。白い息を吐き吐き、脇目もふらず目的地に急ぐ。



温泉にはいつ来ても誰も居ない。ナルミの貸切風呂。森の住人は誰も、恐ろしいオオカミの家の前を通過した更に森の深部になど、好き好んでやってこない。乱暴者と評判のこのオオカミが人一倍心やさしい男だなどと、誰も夢には思わない。
友達のマサルと、最近できたそのガールフレンド、リーゼのふたり以外は。



ナルミは秘密の温泉の場所をマサルにだけ教えた。何度かふたりで入りにきたことがある。
もしかしたらマサルはリーゼに教えたかもしれないが、それでもかまわなかった。
尤も、マサルがリーゼとふたりで温泉を楽しみたいと思うにはもう何年かが必要だろうし(今は大人の楽しみよりも羞恥心の方が先に立ってしまうだろう)、それにこんな時間にマサルやリーゼがやって来るとも思えない。だから、今夜も独りで清々して温泉を楽しめることだろう。



独り。



その単語を思い浮かべて、鳴海の心はまた深く沈んでしまった。
マサルにガールフレンドができて、そのガールフレンドもまたナルミの友達になった。友達は増えた。
けれど、淋しさは減らない。
自分に想う人が居ない、という寂しさはむしろ、日を追うごとに増していく。
幸せそうな、楽しそうなマサルとリーゼの姿を羨望の眼差しで追いかける自分がいる。
特定の誰かを好きになる、そしてその特定の誰かに好きになってもらう、お互いに愛し合う、何て素晴らしいのだろう、と。マサルはリーゼの存在によって、日に日に男らしく成長しているのが手に取るように分かる。出会った頃のマサルはもっともっと子どもっぽかった。泣き虫だったし、弱虫だった。
でも今はそんな片鱗を見せることはない。
誰かを好きになるということは短期間にこんなにも成長と変化を齎すものなのだ。



ならば、自分はどうだろう。
自分の心は。
何も変わらない。
どこも成長していない。
きっと、マサルに追い抜かされるのは時間の問題だろうな。
独りで居る限り、成長など、とてもじゃないけど見込めそうもない…。



溜め息のせいで口から吐き出す白い息が格段に大きいものになった。
そのうちに木立の向こうに湯気が見えた。ナルミはぎゅっぎゅっと雪を踏みしめる音をほんの少し早める。



温泉の上には大きな大きな銀色の満月が出ていた。
こんな月夜には温泉の澄んだ湯にも揺らめいた月が映り、贅沢にも月をふたつも拝めるのだ。
どこからか聞こえてくる水滴が落ちる音が、まるで月が雫を垂らしているかのように耳に響き、癒される。
そう、ナルミはもしかしたら癒されたかったのかもしれない。温まって布団に入りたい、と言っても自宅に帰るまでにまた身体は冷え切ってしまうのだから。
湯気の棚引く岩場に到着するとナルミは手早く服を脱ぎ捨て、勢いよく湯の中に足を突っ込んだ。キンキンに冷えた身体に熱めのお湯が飛び上がりたくなるくらいの刺激を与える。



「くうううっ、利くなぁ」
湯に腰まで浸かりながら、ふと、顔を上げて、ナルミは温泉に先客がいたことに気付き、そのまま固まってしまった。ここで誰かに出くわすことがあるなんて思いも寄らなかった。
相手も目をまん丸にして固まってしまっている。
銀色の瞳、銀色の髪、桜色に染めた白い肌。
それは、温泉に落ちた月の影がそのまま形を成したように美しい女の、オオカミ。



現実味がないくらいに彼女があんまりにも綺麗だったので、鳴海は中腰のまま動けずに、ただただその瞳を食入るように見つめていた。
地上に降りてきた丸いふたつの月。
彼女もまた、独りで湯に浸かり寛いでいた姿のまま、ナルミのことを呆然と見つめている。
華奢な身体に不似合いなくらいに大きな乳房を隠すことも忘れて。
ナルミの視線が思わず顔からその豊満な胸に移ったので、彼女の手がようやく胸元を隠した。
「わ……悪ぃ……先客がいるなんて気付かなかったから……」
悪い、と言いながら目が離せない。
しばらく、沈黙するしか術のないふたりの周りで月の雫の奏でるアルペジオだけが響いた。



本当に、何て綺麗な銀狼だろうか。
こんなに綺麗な女がこの世に存在するなんて、考えてみたこともなかった。
ナルミはもうずっと、自分と同じオオカミに出会えたら、と考えていた。
それが女のオオカミだったら、マサルとリーゼみたいに、いや、それ以上進んだ関係になりたいと思った。
身体を重ねあって愛を確認するような関係に。
そうすれば自分の淋しさはすぐに解消できると信じてた。
すぐに癒えると信じてた。
すぐにそんな関係になれると思っていた。
『オレと一緒になろう』
そんなセリフを口にするのは簡単なことだ、そう思っていた、のに。



でも、口が少しも動いてくれない。見つめることしか出来ない。
動いているのはこれまでになく自分の身体の中で忙しなく血液を送り出す作業に没頭している心臓だけで、肺ですら呼吸をするのを忘れてしまっている。
とりあえず、何か話しかけねぇと。
ナルミはほんの少し身体を彼女の方に進め、その手が水面を軽く打った。
ぱしゃん、その音に驚いたように美しい銀狼は弾かれたように立ち上がる。
両腕で隠しきれない乳房は大きく撓み、ナルミの目の高さに濡れそぼる銀色の薄い茂みが現れた。
ナルミの下腹部がドクドクとうねり出す。
ナルミから間合いを取ろうと彼女は後ずさりする。背中を見せるのは危険だと考えているのかもしれない。綺麗なふたつの銀色の月に力を込めて、ナルミを威嚇するように睨んでいる。



「そ、そんなに睨むな。オレは別におまえに危害を与えるつもりは…」
「動くな!ならば、あなたの股間のソレは何だ?!説得力がないぞ!」
言われてナルミは下を向いて、慌てて両手で押さえ、湯の中に身体を浸けた。
見られた。臨戦態勢のモノを。
別に見られて恥ずかしいモノじゃねぇけど。
いやむしろ、オレのは胸を張れる方だ。
それにこんな綺麗な女の裸を間近で見たら勃起しない方が失礼ってもんだろが。



「これは生理現象だから気にすんな」
「気にしないわけにはいかないだろう?!」
少し低めの柔らかい声。
その声の紡ぐ言葉の内容がどうあれ、彼女の声はナルミの心をビリビリと痺れさせた。
今は棘だらけに尖っているが、もしもこの声が甘く自分の名を呼んでくれたら卒倒してしまいそうだ。
いずれにしても赤い顔のふたりの距離は縮まらない。
じりじりとナルミは間合いをつめ、女はじりじりと退路を探す。
仕方がないとはいえ、自分から逃げないで欲しい、とナルミは思う。



「なあ、そんなに警戒するなって」
「動くな、と言っている!」
とうとう、女の背中は岩壁に遮られた。これ以上、後ろへは進めない。左右へ逃げ道を探す視線を送っているうちに、目前にはナルミが控えていた。
ナルミの手が伸びる。女はびくっと身を竦めた。その頬をナルミの手の平が包んだ。



「……幻、じゃねぇんだなぁ……」
ナルミの声色が涙で濡れているような気がして、女はナルミと再び瞳を合わせた。
その顔に浮かぶ表情に、女は眉を寄せた。
ナルミの手は女の髪に触れ、耳に触れ、唇に触れる。ナルミの手がずれる度に女の身体がピクピクと揺れる。滑らかで、吸い付くようで、何て素晴らしい肌だろう。
ならば、『コレ』はどんな味がするんだろう?



ナルミの頭の中にはそのことばかりがグルグルとして
あんまりに彼女の唇が赤くて艶かしくて美味しそうだったから
ナルミはつい



その唇を食べてしまった。



深い考えはどこにもなかった。
ただ、熟れてて甘そうだな、って思って、考えるよりも早く身体が、動いてしまった。



ばちん。
ナルミの頬が鳴った。
「は……?」
ナルミは頬に残る小さな痛みにハッと我に返る。
「莫迦!変態!」
頬を手で押さえながら自分の仕出かしたことに絶句するナルミから女はするりと逃れると、素早く温泉から上がった。女は自分の服を乱暴に掴むと森の中に駆け込んだ。



「あ!ちょっと待ってくれ!今のナシ!!」
今のナシ、と言ったところでナシになるわけもない。
ナルミは急いで女の消えた方へと湯を漕いだが後の祭りだった。
女はとっくに遠くへと逃げて行ってしまった。
ナルミは力なく、湯の中に座りこむ。



何やってんだ、オレは!
せっかく会えたオオカミだったのに!
それも女のオオカミで、しかもべらぼうに美人なオオカミだったのに!
それに……こんなにも胸が高鳴って、どうやって落ち着かせたらいいのか分かんねぇくらいなのに!
名前も聞かなかった。
どこに住んでいるのかも。
初対面でいきなり裸で迫ってきて、唇を奪うような男なんて
「普通、嫌いになるよなぁ……」
ホント、何やってんだ、オレ!



己を叱り飛ばしながらも、考えることはさっき会った銀狼のことばかりでナルミはそのままクタクタに茹で上がるまで湯に浸かっていた。
逆上せたのは、湯あたりのせいなのか、それともあの銀色のせいなのか。



クラクラと目の回る世界に響く月の雫の歌が、ナルミにはあの綺麗な女の声に聞こえていた。



End





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