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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。





それからのマサルはほとんど毎日リーゼのいる村に遊びに行くようになった。
相変わらず半化けの、三角耳の残る人間の姿で。
ウキウキと弾みながら。







銀と黒の詩。
そのに、秋ギツネ(下)。







森の葉っぱの赤や黄色はかなり鮮やかになってきました。もう本格的に秋です。
天気もよくて、空気も清清しくて。
今日は外で遊ぶのにはもってこいの日でしょう。
皆は外に出て、お日様と遊んでいます。



けれど、ナルミは自分の家でひとり、暗い部屋のベッドの上に転がっていました。組んだ両手を枕にして、組んだ足先をプラプラさせて、天井に突き刺さったままのダーツの矢を見つめていました。あれはマサルがふざけて投げたダーツの矢です。そう、まだマサルがリーゼと友達になる前に刺した矢です。
マサルは今日もリーゼのところに遊びに行きました。



ナルミは別に、自分よりもリーゼとばかり遊ぶようになったマサルを怒っているわけではありません。マサルはちゃんと毎日、午前中はナルミの家に遊びに来るのですから。遊んで、お昼を一緒に食べると、人間に化けてリーゼのところに遊びに行きます。もう行き帰りをナルミに付き添ってもらわなくても平気になりました。そして夜遅く、ナルミの家に少し寄り、サヨナラとオヤスミナサイの挨拶をして自分の家に帰るのです。
それがほとんど毎日の日課になりました。



ナルミは別にマサルが自分と一緒にいる時間を減らした張本人、リーゼにヤキモチを妬いているわけでもありません。むしろ、マサルのいいところを理解してくれる娘さんでよかったなぁ、と思っているくらいです。
ただ、リーゼは人間でマサルはキツネで、これからマサルが本気で彼女を好きになればなるほど、マサルに生まれる悩みは深いものとなり、その心は苦しくて血の涙を流すのだろう、と考えるとナルミの心も苦しくなります。マサルはまだ小さいし、今は夢中で一緒にいられることが楽しいから、自分の未来に待つ苦悩など考えもしないのでしょうが。そのときはマサルとともにどこまでも悩んであげようとナルミは思うのでした。



でも、ナルミが物思いに耽っている内容。
それはマサルのことでもなく、リーゼのことでもなく、自分のことでした。



いつまでオレはひとりぼっちのままなんだろう?
そのことがナルミの頭の中をグルグルと回ります。



マサル、という小さくて大事な友達ができてからナルミの毎日はとても楽しいものになりました。相変わらずナルミは「オレはオオカミだから」とマサルの前でも強がってみせますが、マサルはそんなことはお構いなしにニコニコと笑ってくれます。
今では弟のような存在なのでした。
だから今ではもう、正確には「ひとりぼっち」ではないのですが、今のナルミの心はマサルと友達になる前以上に淋しいのでした。
マサルのように、誰か好きな人が欲しいのです。
あんなに毎日、ピカピカ輝いた顔を見せるマサルが羨ましくてたまらないのです。



オレも誰かを好きになることで悩んで血の涙を心が流す日が来てもいい、誰かに心底惚れてみたい。
そんな誰かに出会ってみたい。
朝起きて一番にそいつのことを考えて、夜寝るときもそいつのことを考えながら眠って、夢の中でもそいつのことを考える。
そんな誰かに出会いたい。
そうしたら、惚れて惚れて惚れ抜いて、そいつのことだけを死ぬまで好きでいてやるのに。
オレが今抱えているような淋しさなんてそいつが感じるヒマもないくらいに、ずっと傍に居てやるのに。



ナルミは手を虚空に伸ばしました。そして目に見えない『誰か』の頬を撫でました。しばらくそのまま手を高く掲げていましたが、虚しくなって拳で空を握り取ると、両腕で目を覆いました。
はあ。
大きな溜め息が次から次へと生まれます。
その大きな溜め息で無意味に膨らむだけ膨らんだ想いが風船のようにどこかへ飛んでいってしまいそうでした。





ナルミが堂々巡りする考えに途方に暮れていると、突然家の戸口がギイイイイとゆっくりと開きました。いきなり扉が開いたのでナルミがガバッと跳ね起きると、そこにマサルが立っていました。
あれ?オレはいつの間にか寝ちまってて、いつの間にかもう夜になっていたのか?と思いましたが室内はまだ明るく、マサルの開けた戸口からもまだまだ眩しい光が入ってきます。
「おう、今日はやけに早ぇなあ。リーゼちゃん、なんか用事でもあったのか?」
マサルは下を向いたまま、手にバンダナを握り締めています。
「ん?どうかしたのか、マサル?」
マサルの様子がどこかおかしいので、ナルミはベッドから飛び降りるとマサルのところにやってきました。マサルに視線を合わせるために、ナルミはしゃがみ込んでその大きな身体を屈めます。
「どうした、マサル?」
「に゛い゛ぢゃん゛…」



顔を上げたマサルはグズグズに泣いていました。堪えても堪えてもボロボロと涙は零れてしまうし、すすってもすすっても鼻が垂れてきてしまいます。
「なっ、なんだ?どした?何があったんだ?」
「うわああああん!りっ、リーゼさんに゛っ、ギツネ゛っ、だってっ、バっ、バレちゃったあああああ゛!」
泣きながら、マサルはナルミの首に縋りつきました。
「どーして……と、とりあえず泣き止め。泣いてちゃ話にならん」
「う…ひっく、うん…」
ナルミに促されて、マサルは懸命に泣くのを堪えると、泣き癖のついた声で説明を初めました。







毎日毎日、マサルとリーゼは楽しく過ごします。
リーゼはおじいさんとおばあさんの手伝いがありますから、ずっと遊んでばかり、というわけにはいきません。だからマサルも一生懸命リーゼの仕事を手伝います。一緒に過ごす、それが大事なので遊んでいようが仕事をしてようが、マサルにとってはどっちでもいいのでした。
「ありがとうございマス、マサルサン」
リーゼがそう言いながらにっこりと微笑んでくれる、マサルはそれだけで天国に昇る気分になれるのでした。



でも、ここしばらく、リーゼの様子がどうも変なのです。楽しくおしゃべりをしていても急に上の空になったり、ふと見ると仕事の手が止まっていて何か物思いに耽っていたりするのです。溜め息ばかり、つくようになりました。
「どうしたの?」、と訊いても「何でもありまセン」と返事が返ってくるだけ。
そして淋しそうにニコッと笑うのです。
マサルはどうしたらリーゼが元気になるんだろう、そう思いました。
何か楽しいこと、リーゼさんが笑ってくれそうなこと……そうだ!



「ねえ、リーゼさん、僕ね、逆立ちができるようになったんだよ!」
マサルはリーゼの前でぴょっと逆立ちをしてみせました。
「わあ、すごいデスね!」
リーゼは目を見張って、パチパチと手を叩いてくれました。
マサルは賢いキツネでしたが、運動神経に一抹の問題がありました。キツネのくせにすばしっこくない、身軽でない、そんな頭でっかちなところが以前いじめられっ子だった所以ではないのか、そうナルミが言い出して、いろいろとマサルに手ほどきをしてくれたのでした。
逆立ちもそのひとつ。



「ほら、片手でだって逆立ちできるようになったんだ!」
リーゼがあんまりにも褒めてくれるのでマサルはもう嬉しくて、有頂天で、片手でぴょんぴょん跳ねてみせました。勢いあまって、バンダナが取れてしまっていることに気付かずに。
リーゼの拍手が突然止まったので、マサルは「あれ?」と思いました。リーゼを見ると、口元を両手で押さえ、涙で濡れたような瞳がまん丸に見開かれています。
「マ、マサルサン……その耳……」
マサルは慌てて地面に立つのを手から足に変えて、手を頭にやりました。
バンダナが取れたせいで、黄色い三角耳がぴょこんと丸見えで。



「もしかして……キツネ……?」
リーゼの声が涙で濡れていました。
マサルはもう、その場に少しもいることが出来なくなって、気がついたら全速力で駆け出していました。
「待って!マサルサン…!」
追いかけてくるリーゼの言葉を振り切って、マサルはナルミのところに一目散にやってきたのでした。







「ぼっ、僕、ぎっとっ…嫌われぢゃったっ…もう…リーゼさんに゛っ…会えな゛くっ、な゛っぢゃったあああああ!」
「よしよし」
わんわん、と泣き続けるマサルをナルミはやさしく抱き締めてあげました。
「泣け泣け。泣きたいだけ泣いちまえ。涙と一緒に苦しいの辛いの哀しいの、皆洗いざらい出しちまえ」
わんわんわんわん。
マサルは泣いて泣いて、いつしか泣きくたびれて眠ってしまいました。ナルミはマサルを自分の大きなベッドに横にするとそっと布団をかけてやりました。
瞼を真っ赤に腫らして、ほっぺたに幾筋も白い涙汚れをつけて、眦に失恋の名残をくっつけて。



ナルミはベッドの脇に椅子を寄せるとマサルの寝顔を見つめ、頭を撫でてやりました。
「失恋もな、いい経験なんだぞ……大丈夫……」
ナルミは静かに呟きました。
尤も、恋をしたことのないナルミには失恋の経験もありません。
マサルの方が大人だな、ナルミは苦笑いをしました。



ナルミは思います。
今回、マサルは失恋して泣くことになってしまったけれど、きっとこれでよかったのだ、と。
キツネのマサルが人間のリーゼを好きになっても未来はないのですから。
今はまだ子どもの恋心で済みましたが、これがもっと長い時間をかけて想いが大きくなり、マサルが大きくなって本当の意味でリーゼが欲しくなった時、もっともっと辛い想いに苦しんだでしょうから。



「大丈夫、また好きな子が見つかるよ……おまえなら……」
ナルミは大事な友達の頭をいつまでも撫でていてあげました。
やさしい夢が傷ついた心を癒してくれますように、と祈りながら。








森の葉っぱがハラハラと風が揺するたびに地面に落ちてきます。まもなく、冬がやってきます。
今日もナルミとマサルはなかよく森の中の道を散歩をしていました。ナルミはマサルを肩車して、赤や黄色の絨毯を踏み踏み歩きます。マサルは服のポケットにいっぱい詰めた落ち葉を雪のようにナルミに降らせています。
ふたりで秋の歌を大声で歌っていると、左へ行くとナルミの家、右へ行くと人間の村へと繋がる二股道に差し掛かりました。
マサルの歌声が少し弱くなりました。



失恋した次の日から、マサルは人間の村に行かなくなりました。
リーゼの話題を一言も出しません。
マサルが辛い気持ちを懸命に堪えているのが、傍にいてナルミはひしひしと感じられましたから、彼もまた何事もなかったかのように振舞っていました。
あれから、一月近くが経ちます。



ナルミがそれに気付かないフリをして足先を左の道に向けたとき、右の道から誰かがやってくるのが見えました。長い黒髪で色白の可愛い女の子です。
マサルの歌声はピタリと止まってしまいました。
それか誰かが分かったナルミも歌うのを止めて、マサルを下に下ろしました。
帽子を被って、長いコートで暖かそうにしている女の子はマサルの目前で足を止めました。すぐ傍の大きなオオカミにも物怖じをしません。
ナルミは大した玉だな、と内心思いました。
マサルは呆然と声をなくしていると
「マサルサン」
と、リーゼは声をかけました。



何で僕がマサルだって分かるの?今の僕は人間に変化していないのに?人間の目には『狐』に映るはずなのに。
びっくりしているマサルの前で、リーゼは帽子を取りました。
なんてこと!
リーゼの頭にも黄色い三角耳がついているではありませんか!
マサルだけでなく、ナルミも目を丸くしました。
「マサルサン、やっと会いにこれまシタ。私もキツネ、なんデスヨ」
リーゼは嬉しそうににっこりと微笑みました。







リーゼはすぐ隣の森の住人です。
ある日、リーゼは人間の仕掛けた罠にはまってしまいました。痛くて怖くて哀しくて、ああもうこれで自分は人間の襟巻きか何かにされてしまうんだ、と絶望的な涙を流していました。そこに、あの人間のおじいさんが通りかかったのです。
「こんな子どものキツネじゃ可哀想だのう。ほら。お逃げ」
おじいさんはそう言って、罠をはずし、リーゼを逃がしてくれました。
リーゼがこっそりと後をつけるとおじいさんの家ではおばあさんが腰を痛めて寝たきりになっていました。おじいさんはおばあさんの世話も仕事もしなくてはならず、とても大変そうでした。



だからリーゼは人間に化けました。おじいさんに恩返しをするために。
そしてお願いして住み込ませてもらい、一生懸命お手伝いをしていたのでした。
ようやく、おばあさんの腰も治り、秋の収穫もすっかり終わったので、リーゼはおじいさんにさようならをしてきたのでした。



リーゼがここしばらく元気がなかったのは、マサルが人間の男の子だと信じて疑わなかったから。もうすぐ、恩返しが終わりを告げたら、マサルとも会えなくなってしまいます。それに、自分はキツネですから人間のマサルとずっと一緒にはいられません。マサルとお別れをする、それがリーゼには辛く耐えられないものになっていたのでした。
何故なら、リーゼはマサルのことが好きになっていたからです。
そんなとき、マサルが自分と同じ人間に変化したキツネだということが分かりました。そのときのリーゼの心をいっぱいにした喜びと嬉しさと言ったら!



「道理で初めて会った時、キツネ臭いと思ったわけだな、マサル…」
ナルミはマサルに話しかけて、口を押さえました。
邪魔者は、とっとと退散、退散。



ナルミはできるだけ落ち葉をカサカサ言わさないように、そうっと歩きながら、ふたりから離れました。
小さな恋人たちの邪魔をしないように。
ナルミはニッと笑って小道の向こうに消えました。



ナルミは空を見上げました。葉っぱが錦の雪のように降ってきます。
でも、木の枝に残る葉っぱはもう多くはありません。
「もうじき、本物の雪の季節がやってくるなぁ…」
どんなに寒い季節でも、今年の冬はマサルとリーゼには暖かいことこの上ないでしょう。
「オレにはやっぱ、寒い季節なんだろうなぁ…」
ナルミはそう独り言を呟きながら背中を丸めて、独りの散歩を続けました。



End





postscript 谷山浩子さんの歌に 『秋きつね』というのがありましてそれがモチーフです。歌の中のキツネは人間の女の子にフラれてしまいますが、マサルとリーゼですからね。



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