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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。






「こちらは私のフィアンセのギイさんです」
しろがねは銀色の涙を頬に貼り付けてそう言った。
「遠い銀狼の森から長い旅をして、やっと、私を探し当ててくれました」
冬木をすり抜ける北風が強く吹き付けるから、彼女の声がよく聞こえない。
何を言っているのか、言葉の意味が分からない。
「これで私は…故郷に帰れます…」
オレはあまり頭が良くないから、そんなに一度にたくさん、
「私は銀狼の森に帰ります」



言わないでくれ





銀と黒の詩。
そのなな、春夏秋冬 ~心象厳冬~





「兄さん、ちょっと待っててね。今すぐ火を入れるから」
しろがねはもう一匹の銀狼を家に招き入れると適当なところで寛いでいてと言い、自分は冷えた室内をパタパタと甲斐甲斐しく動き回り始めた。
「僕が火を起こそう、エレオノール」
「いいの、兄さんは旅をしてきて草臥れているでしょう?」
しろがねは兄を制し、暖炉の前にしゃがみ込んだ。
「あ、そうだ、ワイン飲むでしょう?兄さんが来た時に出そうって用意していたとっておきのがあるの。ホットワインにする?」
「いや、そのままいただくよ」
ギイはしろがねの傍に膝をつくと、彼女の手から暖炉にくべる薪を取り上げた。
「あ、いいのに、兄さん。こう見えて私、一人暮らしも板についたものなのよ?」
「ふふ、そうだろうな…。でも、火を起こすのとワインを用意するの、せっかく手が二組あるんだ、役割を分けた方が早く寛げると思わないかい?」
ギイがからかうように笑いかけるので、しろがねもここは大人しく、兄の言う事をきくことにした。キッチンでワイングラスを用意しながら、改めて安堵の吐息を漏らす。



「ああ、でも…本当に兄さんが無事でよかった…。猟師達の間で銀狼が噂になっている、って聞いて、すごく心配していたの」
「この銀色は目立つからな。心配かけたね、エレオノール」
「だから私、兄さんが危険に晒されているのなら…私のことを無理して迎えに来ないで、引き返して、って手紙も」
「これのことかな?」
ギイはコートの内ポケットから縒れた手紙を取り出した。テーブルの上にワイングラスを2つ並べたしろがねはそれを見てガックリと肩を落とした。
「うん…これよ…」
白い手が自分の出した封筒を力無く受け取った。
「この森に入る寸前に隼から受け取ったよ」
「全然、間に合わなかったのね…」
しろがねは封筒を捩ると薪と薪の間に差し入れた。役に立たなかった手紙は瞬く間にぼうっと燃え上がり、暖炉の火を大きくする手伝いをほんのちょっとした。手紙が炭に姿を変えていく様をじっと見つめる。ギイは、燃え上がる炎が映り込み金色に揺らめく妹の瞳をじっと見つめた。



「何だか寂しそうだな」
「え?」
「僕は…迎えに来ない方が良かったかい?」
「何を言うの、兄さん!」
しろがねはギイに向き直り、縋りつくようにして訴えた。まるで自分に言い聞かせるかのように。
「そんなことない…!私はサーカスから逃げ出せるなんて夢にも思ってなかった。でもそれが叶って、兄さんに『迎えに来て』って手紙をかけた時、どんなに嬉しかったか…故郷が恋しくて、兄さんや父様や母様に会いたくて、寂しくて…」
「そうだろうな」
「友達も、……出来なくて……」



しろがねの脳裏に元気で可愛い小狐たちの笑顔が浮かんだ。
そして、とても大きな身体のクセにやさしくて寂しがり屋の、黒狼……。
胸が苦しくて言葉を詰まらせたしろがねの頭の上にやさしい手が置かれた。
「でも…再会できた今日までに時間が流れた。新しい土地で友達もできたろう?離れがたい存在も、できたろう…」
「それは…確かに…手紙を書いたあの時とは違うけれど…」
しろがねは唇をきゅっと噛む。
「君を、帰したくないと思っている者もいる」
「……」
「明らかに…あのキツネの少年は納得してなかったな」
「ええ…」
「怒っているようにも見えた」
しろがねはその時のマサルたちの表情を思い出し、背中を丸め、心の痛みに身を震わせた。温かな暖炉の前にいるのだというのに、肌が泡立つ程に薄ら寒い心地に身を浸した。





「初めて会った時、しろがねは言ったじゃないか!故郷の森にも恋人やダンナサンはいないって!好きな狼もいないって!」
銀狼の森に帰る、そう言ったしろがねの言葉が終わるや否や、勝が大声で噛みついた。
「僕の質問にそう答えたじゃないか!あれは嘘だったの?!」
でっかい目を見開いて、マサルはしろがねに詰め寄った。いつもニコニコして穏やかなマサルの怒気に押され、しろがねはタジタジと後ずさった。
「マサルさん、それは…」
「嘘だったんだね?!しろがねは、僕に嘘をついたんだね?!」
「嘘…をついたわけじゃ」
「じゃあ僕が子供だから、適当な誤魔化しを言ったんだ」
睚に新たな涙が盛り上がりそうになるのを懸命にこらえながら、しろがねはしどろもどろと弁解をした。きっと納得はしてもらえないだろう、と分かってはいたけれど。



「あの時は…自分ではもう帰り道が分からなかったから…もう半ば諦めて…いたから…」
「だから、帰れるかどうか分からない故郷のフィアンセと、この森で出会ったナルミ兄ちゃんと秤にかけてたっての?!」
「そ、それ…は…」
「フィアンセが迎えに来れば、ナルミ兄ちゃんのこと、どうでもいいって…!」
マサルも泣きそうな目をしていた。そんなマサルに痛い言葉を投げつけられて、しろがねはもう二の句が継げなかった。スカートの前を皺だらけにしながら下を向くしかなかった。名前を出されたナルミの視線が反射的に、しろがねから「フィアンセ」へと移った。男のクセに綺麗な面をした「フィアンセ」とナルミの目が合った。「フィアンセ」は冷静にナルミのことを観察していた。それに気がついたナルミはギッと目力を込めて一睨みすると、その間も今にも飛びかかりそうな勢いでしろがねに向かって文句を言い続けているマサルの両肩をそっと押さえた。



「やめろ、マサル」
「で、でも!兄ちゃん、これじゃあんまりで…」
「もういい、放っておけ」
「に、兄ちゃ……」
マサルの両目から堪え切れず、大粒の涙がボロボロと落ちた。
「ご…ごめ、ごめんね、僕が…よっ、余計な…」
「おまえは何にも謝るこたぁねぇさ。マサル…ありがとな」
ナルミはやさしくマサルの頭をグリグリと撫ぜた。泣きじゃくるマサルはナルミに抱き抱えられるようにして、しろがねに背中を向けた。リーゼもミンシアもそれぞれに意味ありげな目線をしろがねに残して、降り頻る雪の向こうに消えていった。





マサルを泣かすつもりなんかこれっぽっちもなかった。あんなに泣かれてしまうなんて考えもしなかった。小さなマサルに涙を流させた自責の念で心がとても痛かった。
でもしろがねを一番苦しくしていたのは、ナルミの言葉。
「もういい、放っておけ」
別れを切り出したのは自分だというのに。
放り出すのは自分だというのに。
ナルミに切り捨てられてこんなにも傷つくなんて身勝手も甚だしい。
「きっと……嫌われてしまったわ……勝手に帰ればいい、知るか、そう思っているわ…」
しろがねの両手が力無く床に落ち、木目をカリリと掻いた。ギイも大きな息をついた。



「やっとのことで再会できて、抱きついてきた妹の第一声が『フィアンセのふりをして』。驚いたけれどね。おかげで合点がいったよ」
薪が暖炉の中でパチパチと賑やかに歌い出した。ギイはそうっと妹の様子を窺った。
「あの少年が言ったように、あのやたらとでっかい黒狼とはどうなんだい?」
薪の位置をいじって暖炉の火の勢いを大きくしているギイに観察されているのを知ってか知らずか、しろがねは割合に明るい声で
「ええ」
と返事をした。
「私、彼に気に入られているみたいで……でも、私は故郷に帰るわけだから、ずい分素っ気なく、してたのだけれど…。あのキツネの男の子、マサルさんは私と彼を引き合わせたきっかけ作りをしてくれたから…私と彼が仲良くなることを望んでいたわけで…」
「おまえはどうなんだい?エレオノール?」
「え?どうって…?」
しろがねは見るからにギクリとした。



「おまえはあの黒狼のこと、好きじゃなかったのかい?」
「それは…」
しろがねはソワソワと立ち上がると、先程置いたワイングラスを無意味に弄った。
「だけれど、こうして兄さんは迎えに来てくれたわけだし、私は…故郷に帰るし、銀狼の森には銀狼しか入ることが出来ない決まりがある。神の使いである私たちは、本当は…森を出るのに長老様の許可がいる。そうしたら…」
ワイングラスの縁が、カチン、と鳴った。
「最初から……出会っても……私たちは……」
離れ離れになるしか道はない。
だから私は、頑なにナルミとの間に壁を作った…。
ピクリとも動かなくなった妹の手元を、ギイは切なそうに見遣った。



「エレオノール。おまえにはもう一つの選択肢があるのだよ?」
「もう一つの選択肢?」
しろがねはギイに顔を巡らせた。
「ここに残るという選択肢だ。別に、僕と一緒に帰らなくてもいいのだよ?」
「兄さん!」
しろがねは叫んだ。
「ここでいいヤツと巡り会えたのなら帰らなくともいいのだよ?僕も、両親も、おまえが幸せになってくれればそれでいいのだから」
「兄さん!そんなこと言わないで…!」
しろがねは懐かしい兄の背中にしがみついて噎び泣いた。
「この森と、銀狼の森と、どれだけ離れているのか…旅をしてきた兄さんが一番分かっているでしょう?私を連れ帰るためにどれだけ頑張って来てくれたのか…綺麗な兄さんが、こんなに傷だらけになって。私、兄さんのためにも銀狼の森に帰らないと!兄さんが…報われないわ…!」
「エレオノール…僕のことはいいのだよ?」
ギイは自分の肩に載る妹の手に手を重ねた。



「おまえが人間に捕まったのは僕の責任だ。幼いおまえを勝手に銀狼の森から連れ出しておきながら、おまえから目を離してしまった。おまえのために身体を張るのは当然のことだ」
旅サーカスのテントの中、檻に閉じ込められていた妹を探し出した。その時はどうしても助け出すことが出来なくて、もたもたしている間に人間に見つかってしまった。
また迎えに来るから!
逃げ出せたら手紙を書いて、どんなに遠くても迎えに行くから!
すぐに銃声が鳴り響き、ギイは逃げるしか術がなかった。次にサーカスのあった場所に足を運んだ時には、妹の姿はなかった。サーカスは新しい興行先に旅立ってしまっていた。
過去の後悔を思い出し、ギイは整った眉間に深い皺を寄せた。



「おまえが元気に楽しく暮らしていると分かればそれでいい…郷を出る時にママンにも言われた…だからもし、おまえに好きな男がいるのなら」
「いいの、兄さん…」
しろがねの、兄の肩に置く手に力がこもった。
「私は帰るって決めたの…父様や母様にも会いたい…だから…」
「エレオノール」
「もう、言わないで」
これ以上、私の決心を鈍らせるようなこと、言わないで。
「そうか…」
ギイは妹の意を汲んで、それ以上は何も言わなかった。







ナルミはかなり乱暴に玄関のドアを閉めて家の中に飛び込んだ。粗く震える息を肩でつきながら、暗い部屋に呆然と立ち尽くす。大きな身体中、真っ黒い髪にも、尖った耳にも、白い雪がこびりついているが頓着もせず、ただただ凍えた瞳で立ち尽くした。
冷たい風に打ちつけられる大粒の雪が窓ガラスをバチバチと鳴らす。
かなり吹雪いてきた。明日の朝には家も森も山も、真っ白に雪化粧していることだろう。
でもナルミにはそんなことはどうでもよかった。雪が降ろうが降るまいが、森が白くなろうが黄色くなろうが黒くなろうが、関係なかった。しろがねに婚約者がいた、この森からしろがねがいなくなる、自分の気持ちは最初から最後まで空回りだった、その事実以外には何もかもが存在しないに等しかった。
ナルミは大きな両手で顔を覆った。自然と身体がくの字に折れ曲がる。
「クク…ククク…」
指の隙間から何時の間にか低い笑い声が漏れた。



何て無様な道化だったんだろう。
しろがねの心が自分に向いてないことなんて百も承知でいたくせに。
もしかして振り返ってくれるかも、なんて儚い願望に縋りついてさ。
アイツ、オレのこと、どんだけ鬱陶しく思ってたのかな?
アイツも人が悪ィよなぁ…婚約者がいるんなら最初っから言ってくれりゃあいいものを。
そうすりゃこんな見っともねぇこと……



自分を茶化して諦めようとしているのに、マサルが言った、『帰れるかどうか分からない故郷のフィアンセと、この森で出会ったナルミ兄ちゃんと秤にかけてた』、その言葉にまた一縷の望みをかけようとしている浅ましい自分がいる。しろがねは反論しなかった、ということはそれは図星で、フィアンセと同じくらい、自分のことを気にかけてくれていたのかもしれない……だからそれが何なんだ、しろがねは帰るって宣言したんだ……考えが堂々巡りする。
「ク…クク…っ…く…ぅ…ぅ…」
顔を覆う指の間からボタボタと雫が垂れた。
「何で…こんなに苦しいんだ…?何でオレ…こんなに淋しくて、悲しくて、死にそうになってんだ…?」
ナルミはしばらく歯を食い縛り、嗚咽を漏らしていた。そして、そのうちにひとつの考えに行きついた。



ああ。
そうか。
心があるから苦しいんだ。
こころがあるから、さみしくて、かなしいんだ。
何でこんなに簡単なこと、気づかなかったんだろ。
だったら



「心なんか、いらねぇぞおっ!!!」
ナルミは天井に向かって、家がビリビリと震えるくらいの大声でそう叫んで、心を吐き捨てた。
すると、心を捨てた途端、ナルミの心は軽くなった。ナルミを苛んでいた、苦しさも寂しさも悲しさも消えてなくなったから、ナルミはもう辛くなくなった。心がなくなれば、もう二度と、辛さを感じる事はないのだ。
でも。
心を捨ててしまったから、ナルミの中からは楽しいことも嬉しいことも消えてなくなってしまった。笑顔も消えた。



そこにいるのはただ空っぽなだけの狼だった。



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