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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。






銀と黒の詩。
そのなな、春夏秋冬 ~晩秋でもあり初冬でもある頃~





後編


同じ時、ナルミ以外にも心あらずなしろがねを心配する者がいた。
リーゼもまた違う角度からしろがねのことを見て、彼女の心の中を察していた。リーゼの動きが見るからに鈍くなったので、マサルも夢中でドングリを拾う手を止めて
「リーゼさん、どうしたの?」
と声をかけた。マサルはリーゼが何に心囚われていたか、すぐに気がついた。
寒そうな銀色の狼が北風に吹かれている。
「しろがねのこと?」
リーゼはコクンと頷いた。
「しろがね…最近いつもあんな風だよね…」
マサルもしろがねの最近の変化には心を痛めていた。心配をさせたくないのだろう、マサルにはこれまでと変わらない風を装おうとする彼女の努力がよく見えて、それがまたやさしい小狐には悲しいのだった。マサルもまたしろがねを心配させたくなくて、彼女の変化に知らんぷりのフリをした。



「どう…しちゃったのかなあ…」
マサルにはしろがねがとても苦しそうに見える。でもどうして苦しそうなのかが全然分からなくて首を捻るばかり。
「しろがねサン…悩み事がアルんだと思いマス」
マサルの疑問に答える意図もなく、リーゼがポツリと呟いた。
「悩み事?」
「ええ…それも好きな人に関する悩み事…」
「好きな人…」
マサルはまあるい目でリーゼを見て、しろがねを見て、またリーゼを見た。リーゼは自分と違ってしろがねの気持ちがよく読めているようだ、とマサルは思った。女の子同士だから分かるのかな?と漫然と思った。だから、ここのところずっと思っていた問いをリーゼに訊ねてみることにした。



「ねぇリーゼさん…」
「何でショウ?」
「しろがね……兄ちゃんのこと、好きじゃないのかなぁ?その……僕とリーゼさん、みたいな意味でさ。僕の前では兄ちゃんと仲良くしてるけど…しろがね…何だか無理してるみたいって思うんだ。もう…ずっと前から」
「そんなことありまセンヨ?!」
リーゼが「何でそんな風に受け取るのでショウ?」と驚いた瞳をマサルに向けた。ただでさえ大きな目がこれ以上ないくらいに見開いているので、マサルはちょっとタジタジとなった。



「リ、リーゼさん?」
「しろがねさんはナルミさんのコト、大好きですヨ?」
「そ、そうなの?」
「そうデスヨ?」
「そ…そっか…はは。だったら、良かった」
マサルは苦笑しながら頭をポリポリと掻いた。
「僕……兄ちゃんのために女の狼さんを探したくて、しろがねと出会って、ああ良かったって、兄ちゃんとしろがねを紹介して……。ずっと思ってたんだ。それって僕の自己満足だったんじゃないのかな、って…」
「マサルさん」
「ナルミ兄ちゃんはしろがねのこと大好きなはずなんだけど…いつからかふたりは何だか余所余所しいみたいで…。僕は、僕ばっかり満足してて、肝心のふたりの気持ちを無視してたんじゃないかって。ふたりは…本当は僕のためにただフリをしていて、それがふたりの負担になってきているんじゃないか、って…」
マサルはずっと心に抱えていた重たいモノをすっかり吐き出していくらか気持ちが軽くなったのか、さっきよりも明るい笑顔をリーゼに向けた。リーゼは「大丈夫デスヨ」と笑顔を返した。



「じゃあ…ナルミ兄ちゃんとしろがねがその…僕らみたいに仲良くならないのはどうしてだと思う?」
新たな疑問。ふたりはほっぺたを赤くして、ううーん、と考えた。リーゼがさくらんぼみたいな唇に人差し指をあてて、自分を推察を語り出した。
「私が思ウだけですケド…しろがねサン、最初の頃は…『好き』って気持ちが知らレルのが恥ずかしいのかと思っテましタ。だからナルミさんへの気持ち、表に出ナイようにしているのかなって…すごく傍で見てテ…ナルミさんが好きだっテ見え見えなのに、すぐに誤魔化すノ」
リーゼは右に左に小首を傾げる。
「でも、今は思うんデス。しろがねサン、我慢しテタんじゃないかなっテ…我慢して、ナルミさんのこと『好き』って気持ちが爆発しないようにしテル…。爆発しないように、出来るダケ接点を持たナイように…それが余所余所シク見えてしまうのではないカシラ?」
「我慢?何のために?」



好きなら好きって言えばいいのに。ナルミ兄ちゃんはしろがね大好きなんだから、誰にも何にも遠慮することないじゃない?マサルはしろがねの気持ちが複雑すぎに思えて理解ができない。
「それは分からないケレド…何か両想いになっテはいけナイ理由があるのかも…誰にも相談できナイような…だからああやっテ空を見上げて途方に暮れるしかないノ…」
リーゼは子どもっぽく拗ねるボーイフレンドを宥めるように言った。
「理由?」
「もしかしたら何かのタイムリミットが近づいているのかも…」
「タイムリミット?」
「ハイ…」
リーゼは切なそうに眉を顰めた。ここからは遠くてしろがねの表情は分からないけれど、きっと今のリーゼと同じような顔をあの銀狼もしているのだろう、とマサルは思った。



「リーゼさん、何でそんなにしろがねの気持ちが分かるの?」
突然マサルにそう訊ねられて、リーゼは急にあたふたとして顔を真っ赤にして下を向いた。
「リーゼさん?」
「え…あ、あの…」
リーゼはモジモジと籠の中のドングリを弄る。
「あの…しろがねさんが何だか、1年前くらいの私に似てルな、と思って。……人間に化けテた頃、もうじき勝サンとお別れしなくちゃいけない、あの頃…その時の私と今のしろがねサン…似てるような気がして」
リーゼの赤面がマサルにも感染る。マサルも一緒になって籠のドングリを弄る。
「確かにあの頃、リーゼさん、上の空で溜息をよくついてた…」
リーゼはマサルのことを人間の男の子だと思っていた。キツネの自分と人間のマサル、いつまでも一緒にはいられない。秋が終わったら大好きなマサルとお別れになってしまう。近づいてくる別れの日を思うと心が塞がれて、リーゼはその辛さを溜息にして吐き出していた。



ということは何だろう?
しろがねもリーゼと同じなのだとしたら…兄ちゃんとお別れの時が近づいているってこと?お別れ?どこかに行っちゃうの?どこに?そう言えば初めて会った日、しろがねには帰りたいけれど帰れない故郷があるって聞いた。迷子になっちゃって帰り道が分からない銀狼の森…そこに帰る日がもしかして近づいているの?
マサルは物覚えのいい賢いキツネだったから、すぐに正しい結論に辿り付いた。正しいけれど寂しくてつまらない結論だった。
マサルは一生懸命考えて、「よし!」と立ち上がった。
「兄ちゃんがしろがねのこと好きで、しろがねも兄ちゃんが好きだってなら問題ないよね!理由とかタイムリミットとか、僕には関係ないもん」
「マサルさん」
リーゼもマサルが見るからに元気になったので、にっこりと立ち上がる。
「少しずつでもふたりをくっつける手伝いをしよう。全く、大人なのに手がかかるよねえ」
マサルとリーゼは籠を振り回しながらしろがねに向かって駆け出した。





ひゅうひゅうと、北風が耳元で悲しい詩をうたう。
ふたつの想いに引き裂かれそうな心。このまま北風が片方を引き千切って吹き飛ばしてくれたらいいのに。そうして自分の中にナルミへの想いが残った方、残らない方、どっちが幸せなのか、そんな取りとめのないことが堂々巡りをする。
北に面を向けたまま氷の彫像のようになっていたしろがねの耳に、背後で誰かが枯れ葉を踏み踏み近づいてくる音が届いた。重い足音、誰のものかなんて考えるまでもない。



「なあにやってんだ。ちっとも集まってねぇじゃねぇか」
「ナルミ…」
ナルミが近くにいるだけで、不安定な心が更にグラグラと揺れる。ほんのりとじんわりと温かくなって、心がナルミに引きずられる。
「負けた奴が全部のドングリ持って帰んだぞ?重たくておまえになんか持てるかよ」
ナルミは自分の籠の中身を全部、しろがねの籠にザラザラとあけた。
「こんだけありゃあドベにはならんだろ」
「これではあなたが」
しろがねはびっくりして自分の籠の中で溢れんばかりになったドングリを戻そうとしたが、ナルミがワザと空の籠を肩の上に抱え上げているのを見て、抵抗を諦めた。



「…最下位になってしまうぞ?」
「何位になろうとオレが持って帰ることには変わんねーよ」
「…そうだな」
しろがねは山盛りのドングリに目をやった。これだけ集めるのは時間もかかって大変だったろうに。
「あなたは…一位になっても余計な仕事を引き受けるの、目に見えるな」
「な、何だよー。け、どうせ力自慢のお節介って言…」
「ありがとう」
「……」
「いつもありがとう、ナルミ……あ、マサルさんとリーゼさん」
素直な感謝の言葉に二の句が継げないでいるナルミの隣で、しろがねは子どもたちに手を振った。



「ナルミ兄ちゃーん、しろがねー、写真撮るよー?」
「ふたりトモ、くっついてくださーイ!」
小狐たちはきゃいきゃいと無邪気にはしゃぐ。ナルミはしろがねを横目に見ながら、一歩、近寄るので精一杯。
「ほら!もっともっとくっついテ!」
「くっつけ言われても……」
「兄ちゃん!要努力!」
「よ…」
努力なんざ散々しとるわ!
ナルミのお世辞にもいいとは言えない人相が更に悪くなった。



これまでしろがねと写真でまともなツーショットが撮れた例はない。ナルミだって撮るための努力をしてこなかった訳じゃない。だけど寄れば寄っただけ、この銀色狼は離れていくのだから。物理的に近づくために心理的に離れていくのでは意味もなく、大いなる悩みどころがいつもそこにあるのだ。
好かれているのかも分からない。近寄れば嫌われるかもしれない。現状よりも嫌われるのは困る。だからもうこの距離で満足すべきなのだ。
「もーいいよ!このまま撮れってば!」
ナルミは間が持たず、マサルを急かす。
「しろがねさんも寄ってくだサイ!」
「兄ちゃん、フレームに入らないよ!ほら間詰めて!」
「だったら少し下が…!…あ?」



思いがけず肘の裏にやさしい感触、控え目な重み。



ナルミは心底驚いた。無理もない、あのしろがねが自分からナルミの腕にそっと掴まってきたのだ。ルシールが若返ったと聞いたってこんなには驚くまい。
ナルミがカチンと固まってしろがねを見下ろすと、恥ずかしそうな笑みを浮かべたしろがねが、透明な瞳で見上げていた。
「一枚くらい…こういう写真があったって…悪くない、わよ…ね?」
「……」
初めてのしろがねからの歩み寄りにナルミ本人よりもマサル達の方が先に反応した。マサルはすごく嬉しかった。しろがねの方から近づいたことでどれだけナルミが舞い上がっているのかを想像するだけで、マサルも同じように興奮できた。
しろがねに何らかのタイムリミットがあるのだとしても、両想いなら時間切れになる前にくっついてしまえばいいのだ。離れることが出来ないくらいくっついてしまえば、しろがねもお別れを諦めざるを得ないかもしれない。
「ナルミ兄ちゃん、頑張れ!」
マサルは何べんも何べんも叫んだ。



声援が聞こえてくる。しろがねがしていることが何なのか、どうして頑張れなのか、混乱しているナルミにはサッパリだったけれど、頭で考えるよりもはるかに早く、身体が動いた。次の瞬間には、ナルミはしろがねを抱き上げていた。いきなり膝をすくわれたしろがねはバランスを取るために咄嗟にナルミの首にしがみついた。
「ちょ、ちょっと!」
下ろして、と言おうと思った。けれど、ナルミの瞳が本当にキラキラと輝いていたから言うのを止めた。ナルミの速い心臓の音が響いてくる。力強い腕も、包み込むような温かさも、染むような大好きな匂いも、しろがねの思考を麻痺させる。しろがねはうっとりと、ナルミの胸に身体を預けた。
「マサル!早よ撮れ!」
「行くよ!」
パシャッ、とシャッターの音が聞こえた。
「撮れたよー」
とマサルが言った。



しろがねの細い指がナルミの服をそっと掴んだ。写真を撮り終えてもこのまま抱かれていたかった。ナルミは感無量だった。でも、しろがねの「ありがとう」も素直にツーショットにおさまってくれたことも、何故かナルミの不安を掻き立てた。嬉しさと不安が綯い交ぜとなった奇妙な感覚に落ち着かない。
「しろがね…」
「……はい」
しろがねを抱き抱えたまま南に逃げてしまおうか。『待ち人』の手も足も届かない遠くまで。
ナルミの腕にきゅっと力がこもる。
「しろがね…オレ…」
「ナルミ、私……」



ふたりの唇がお互いへの想いを語ろうと開いた。その刹那、辺りにピンと張り詰めた空気が立ちこめた。北風が嗅ぎ慣れない匂いを運んできたのだ。その場にいた全員の耳と鼻と目が一斉にピクっと同じ方向を向く。
みぞれ交じりの雨が重たい空から落ちてきた。
滑り落ちるように、しろがねはナルミの腕から降りた。





「狼…雄の狼の匂い…」
警戒の色の濃い瞳を北にヒタッと向けたまま、リーゼが少し後ずさった。
「兄ちゃんじゃない、雄の狼だね…」
マサルが庇うようにリーゼの風上に立つ。小狐を守るように、そしてしろがねを隠すようにしてナルミが更に風上に立った。
「来やがったか。さっきルシールから聞いたばっかだってのによ…」
ナルミは牙をガチガチ鳴らしながら、風の吹く方向に挑むような視線を向けた。
みぞれはあっという間に雪に変わった。次第次第に雪で白く翳み出す視界、見知らぬ狼の匂いは濃くなっていく。遠くでルシールの声がかすかに聞こえた気がした。しろがねは蒼白く見えるくらいに頬を強張らせて、瞬きもせずに雪の向こうを見つめている。



「誰か…来た」
マサルが囁いた。ナルミの目にもゆっくりと影が近づいてきているのが分かっていた。
「……あ……」
ふらり、としろがねが歩を進める。その手から籠が落ち、地面にたくさんのドングリがバラ撒かれた。
「しろがねっ!」
行くな!
ナルミはしろがねを掴まえようと手を伸ばした。けれどそれは寸でのところで間に合わず、しろがねは目前の影に向かって駆け出していった。しろがねは降り頻る雪を擦り抜けて全力で駆けていく。走る毎に影は鮮明となり、そこに懐かしい顔をついに見つけた時、しろがねはナルミが聞いたことのない感情を爆発させた悲痛な声を上げて『待ち人』の名を呼んだ。



「ギイ…!」
雪の向こうから姿を現したのは、しろがねと同じ銀色の綺麗な男の狼だった。長い旅をしてきたのだろう、姿恰好は薄汚れかなり草臥れてはいたけれど、そんなことでその美しさは損なわれてはいなかった。男のくせに、やたら『綺麗』『美しい』という単語がしっくりくる、しろがねとの組み合わせは文句なく『美男美女』となる、ナルミからすれば「いけすかねぇ」の一言の狼だった。
しろがねは躊躇うことなく、その狼の腕の中に飛び込んで噎び泣いた。
「やっと会えた…。迎えに来たよ、エレオノール…」
「ギイ」と呼ばれた銀狼はしろがねを愛しげに深く抱擁し、彼女をナルミの知らない名前で呼んだ。
「何何何?何があったの?誰が来たの?え?しろがねさん、何?」
初めて嗅ぐオオカミの匂いに釣られて、ミンシアが遅れてやってきた。
「あのイケメン、もしかしてしろがねさんの恋人?しろがねさんたら恋人いたんじゃない。なるほどねぇ…だからか…」
だから、あの花を摘んだのは自分だって、言えなかったんだ…。
ミンシアは棒立ちになっているナルミの腕に絡みつき、故意に煽るように言う。
「…うわー…お似合い…ねえ、ミンハ…」
当然、ナルミは笑ってはいなかった。ミンシアの言葉が途絶えてしまうくらいに傷ついた顔をしていた。ナルミは項垂れるように目を背けた。





銀色の狼たちはあまりにも美し過ぎて現実味がなくて、ナルミには自分と別世界の生き物に思えた。雪がほんの少し隔てただけなのに、遠く、遠く。
漠然と、しろがねはこの森を去るのだろう、そんな予感が去来した。



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