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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。






銀色狼が重たそうな雲の垂れこめる北の空を見上げる。
その髪を冷たい風が吹き散らすのも厭わずに。
何に想いを馳せているのか、白い顔を冬の風がやって来る方に向けたままじっと立ち尽くしている。
まもなく本格的な雪の季節がやってくる。





銀と黒の詩。
そのなな、春夏秋冬 ~晩秋でもあり初冬でもある頃~





前編


今日のナルミたちは冬籠りをするリスたちのドングリ集めのお手伝いに勤しんだ。落ち葉の下に隠れるドングリを拾い上げては籠に入れながら、皆して森中を探し回った。「誰が一番たくさん集めるか競争」なんてものは当然のように行われている。子ども組のマサルとリーゼはもちろんのこと、負けず嫌いのミンシアも参戦、ナルミだって「よーし負けねぇぞー」と一枚噛んだ。しろがねはマサルに「しろがねもやろうよ」と誘われて、「そうですね」と参加することに決めた。
一番負けた人が今日集めた全部のドングリを持って帰る罰ゲーム。



こういう勝負のかかる遊びが好きなナルミは割とムキになる。可愛いリスの子どもたちが冬の間食べ物に困らなくなるときては一石二鳥だ。あちこち歩き回っては大きな身体を屈ませてドングリを拾う。地面の上の目ぼしい戦利品が乏しくなってくると馬鹿力で樹の幹を揺らしたり蹴ったりしてドングリの雨を降らせた。
そんな風にして張り切ってドングリ拾いをしているナルミが視線の先にしろがねを見つけた時、彼女は森の端で北を切なそうに見つめたまま動きを止めていた。手に提げた籠は見るからに軽そうだ。
最近のしろがねはこうして北を見つめてぼうっとしていることが多くなった。明らかに上の空で、いつも苦しそうな溜息をついている。ほら今も、唇から溜息が漏れた。
その様子はナルミの目から見てもおかしくて。
徐にナルミの手も止まり、遠くから最愛の狼をじっと見つめた。



心細そうで寒そうな背中。しゃんと伸びてても華奢すぎて折れそうな背中。今すぐ駆け出して後ろから抱き竦めてやりたい。
オレがいつだって温めてやるのに。
オレがいつだって支えてやるのに。
オレにその背中を寄りかからせてくれたら。
ぎゅうって抱き締めて、どんなことからも守ってやるのに。
「やっぱ…オレじゃダメなんだろうな…」
しろがねは「好きな人がいる」と言った。永遠に結ばれたいと願う誰かがどこかにいる。しろがねの好きな相手、それはオレじゃない。明らかにオレじゃない。だって、オレの贈ったホタルノネドコにはホタルがとまらなかったんだから…。
「でも…それでもオレが、好きなのは…」
ナルミは俯いて、籠の中にほぼ一杯に溜まったドングリを手で掬った。



「だらしないねぇ」
突然、頭の上にしわがれた声が落ちて来てナルミはびっくりしてびょんと跳ね上がった。その拍子に手の中のドングリを辺りに撒き散らしてしまった。見上げるとすぐ傍の木の枝にナルミを見下ろす老鴉ルシールがいた。
「な、何だよ、ルシールじゃねぇか!いっつも言ってんだろ?音もさせずに近寄んじゃねぇっつの!」
ナルミはデカい自分が手を伸ばしても届かないような高い梢で澄ましているルシールにがうがうと吠えた。
「ほっほっほ。相変わらずデカい図体して意気地がない男だねぇ」
「こんなばあさんにいきなり話しかけられたら誰だってびっくりすらあ」
ナルミは見るからに不貞腐れて唇を尖らせた。



「それでもって惚れた女を口説くことも出来ずに、こうやって遠巻きにいじいじ見てるところじゃあ尚更だね」
「う、うっさいなぁ……」
狼を恐れもしない老鴉のルシールは時たまナルミの元にやってきては、しろがねへの想いに悩む青年狼をオモチャにして帰っていく。ルシールの言う事はどれも図星で耳に痛い。そもそも口で勝てる相手ではない。ナルミに出来ることは押し寄せる波が通り過ぎるのを忍の一字で待つことのみだ。
「ちぇ、で、何か用か?またそんな風にオレをからかいに来たのかよ?」
ナルミは警戒の色濃い瞳でルシールを見遣りながら、周囲に撒き散らしてしまったドングリを拾う。
「『またからかう』、だなんて人聞きの悪い…」
「いっつもそうじゃねぇかよッ!」
「あの娘の様子を見に来たのさ」
「あの娘…?」



ナルミはルシールの視線を辿った。その先にいるのはしろがね。ナルミは胡散臭そうにルシールを仰いだ。
「何でルシールがしろがねを気にかけんだよ?」
「ふふ…ちょっとね。あの娘はここんとこずっとあんな調子だね」
「ああ…」
しろがねが大きな白い息を吐き出した。遠くからでも彼女が溜息をついたのが分かった。思わずナルミもしろがねにつられて溜息をついた。溜息をついてから傍にルシールがいたことを思い出して、老鴉からいつも通りのからかいの言葉が矢継ぎ早に飛んでくるものと覚悟して身構えた。
けれど、ルシールの口から出たのは意味深な言葉だった。



「ナルミ、あの娘には『待ち人』がいるんだよ」
「待ち人…」
不意をつかれたナルミはきょとんとしながらも、ルシールの言葉を繰り返した。
「そうさ。あの娘の『待ち人』は北からやってくる。だからここんとこ、ああやって北風に顔を向けてばかりいるのさ」
「北…?北に何かあんのか?」
「知らないのかい?ずっとずっと遠い北の地には、あの娘の故郷…銀狼の森があるのさ」
「銀狼の…森…」
「そうさ」
ルシールは今は亡き自分の娘を重ねているのだろうか、どこか懐かしむような瞳でしろがねを見つめている。一方のナルミはとても固い表情で訊ねた。



「……誰か来んのか?しろがねのところに」
「そのようだね」
「……オレらと同じ、狼か?」
「そのようだよ」
ナルミは訊かなくともそれが雄の狼だと確信できた。どうしてか、胸の中に小さな火が灯った気がした。それはまるで芯が煤けて短くなった蝋燭に灯した火のように、気分の悪くなる黒煙をもうもうと吹き上げ始め、ナルミに呼吸もままならなくさせる。
「そいつは…来てどうすんだ?ここに住むのか?それとも……」
しろがねを連れて行くのか?
言葉にすることが出来なかった。チリチリと胸の中が焼け焦げていく苦しさにナルミは唇を噛み締めた。訳もなくイライラしてくるのを抑えられない。
ルシールはそんなナルミに何か問いたげな目を向けて、そしてまたしろがねに転じた。



「あの娘には『待ち人』と『想い人』がいる」
「想い人…」
またナルミはルシールの言葉を繰り返した。ナルミの拳の中でドングリの塊がグシャリと砕けた音がした。
「……待ってるヤツと想ってるヤツは同じヤツか?」
「さあね」
躊躇なく、ルシールから素気無い返事がきた。イライラしている上に、ただでさえ気短なナルミの堪忍の緒がプチリと切れた。
「ルシール、てめえっ!いい加減にしやがれっ!ホントは知ってんだろ、教えろよ!」
ナルミは吼え、ルシールのとまる樹の幹をゲシゲシと蹴った。樹は根こそぎ倒れそうなくらいにグラグラと揺れた。ルシールはフワリと宙に舞うと、揺れの治まった頃にまた涼しい顔で元の枝に戻った。ナルミの抵抗など痛くも痒くもない顔をしているのが全く癪に障る。
「くっ…くっそお…」
「本当に乱暴な男だね。こんなか弱い婆に」
「ふ ざ け ん な。ルシールのどこにか弱さがあんだよ!見たことも聞いたこともねえよ!」
ナルミはドカリと胡坐をかくとフテフテと乱暴に、ドングリを籠の中に放り投げた。



「余裕のない男だねえ…」
「大きなお世話っつーんだよ」
「『待ち人』と『想い人』。それが同じか違うかは、あの娘が自分の口で言うだろう…待ち人来たらずももう終わる…」
「え?」
ルシールの言葉はいつも唐突で。
「あの娘の『待ち人』は雪と一緒にやってくる」
ナルミは空を見た。今にも降り出しそうな雲。降り出したら、凍える北風を巻きこんで雪となるだろう。
「あの娘は未来を選択する」
「……」
「でも未来は、アンタにも選択ができる」
「オレの未来は…」
ナルミはしろがねの細い背中を見つめる。





おまえの選択する未来にオレはいるのか?いないのか?
待ち人って何だ?どんなヤツだ?ソイツはおまえをどうするんだ?
想い人って誰だ?おまえの心は誰を欲してる?





答えをくれない黙する背中に居た堪れなくなって、ナルミはシャベルのような大きな手の平で地面の上のドングリを掻いた。掬っては入れる作業を何べんか繰り返すと、瞬く間に籠はドングリでいっぱいになった。籠を抱え上げ、ナルミはしろがねに向かって歩き出す。
しろがねにかける言葉は見つからないけれど、身体が勝手に動き出していた。
「答えは自分で見つけなくては意味ないさね」
ルシールは悩める若者ふたりに言うでもなしに呟いた。



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