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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。






銀と黒の詩。
そのろく、春夏秋冬 ~ひととせ・秋~





後編


ミンシアから逃げるようにして家の裏に回ったしろがねの目にはうっすらと涙が滲んでいた。誰にも涙なんか見られたくない。急ぎ足でナルミの家から離れながら、しろがねは悔し涙が零れないように、そっと指の背で拭う。
好きよ。
大好きよ。
ナルミのこと、本当は誰にも渡したくなんかない。
ミンシアにだって、他の誰にだって、ナルミの隣にいて欲しくない。
他の女に笑いかけて欲しくない。
あの笑顔を一番近くで独り占めしたい。
あの大きな、たくさんのホシホタルを呼び寄せた花を摘んだのは自分だと、声高らかに宣言したい。
愛していると叫びたい。
この胸にはち切れんばかりの想いを伝える事が出来るのなら、きっと、ナルミは…。
そうしたら…私をやさしく抱き締めて、とてもいい笑顔を私にくれるでしょう。



「でも…それは出来ないのだもの…私は帰るのだから…ふるさとに…」
しろがねは高い空に遠い瞳を投げて、途方に暮れた溜息を漏らした。空を見ても花を見ても、ナルミのことが思い浮かぶ。この狭い心に入りきらないナルミが空一面を埋め尽くして、それがまた苦しくて青い色が滲む。
冬が来る。
雪がこの森を真っ白に染める頃、懐かしい手が私を迎えに来る。
そうしたら私は……。
「さ……ナルミを探さないと」
しろがねは、すん、と鼻を鳴らして首を巡らした。巡らした先で、ナルミは拍子抜けするくらいに難無く見つかった。ナルミの家の裏庭の先の、ほんの少し小山になった陽当たりのいい芝生の上に寝転がっていた。



「マサルさんの予想通り、ね……」
しろがねは頬を緩めた。じんわりと温かくなる胸元に手を当てる。
ナルミと一対一になることが怖くてマサルを呼んでこようかと悩んだけれど、ナルミはどうやらぐっすりと眠りこんでいるみたいなので、しろがねは足音をさせないようにそうっと近づいてその傍らに跪いた。ナルミはあどけなく眠っていた。手元にはマサルが探していた長靴と接着剤が転がっていて、皆が来る前に、ここでナルミが長靴の修理をしていたのだと分かった。室内に接着剤の匂いがこもるのを避けたのだろう。そうして小春日和の温かい陽光をポカポカと受けているうちにまどろんでしまったに違いない。
しろがねは久し振りに、しかもこんなに間近で見るナルミの寝顔にドキドキと鼓動を早くする。このやたら大きく響く心臓の音でナルミが起きてしまうのではないかと思う。
しろがねの眺める中、秋の蝶がヒラヒラと飛んできて、ナルミの艶やかな黒い耳で翅休みをした。ナルミの耳がパタパタ振られ、耳をこそばゆくする何かを追い払おうとする。揺れる足元に宙を舞った蝶だったが、またも同じところに舞い戻った。そしてまた、ナルミの耳がパタパタ…。



『蝶々さん、ごめんなさい。ナルミをまだ寝かせてあげてね』
しろがねは手で蝶を追った。ヒラヒラと遠ざかっていく蝶に安堵するのも束の間、
「しろがね…?」
とナルミに名を呼ばれて、しろがねは文字通り飛び上がった。
「あ、あの、私はあなたの姿がないから外を探してくるようにマサルさんに頼まれたから、それで、あの、だから、あ、そうだ、マサルさんにあなたが見つかったって教えに行かなくちゃ…」
しろがねが慌てて立ち去ろうとしているのが目を閉じていても分かる。ナルミは小さく苦笑して、
「これは寝言」
と言った。
「寝てるから…オレはおまえのことを見ないし、触れないし、だから…少しの間でいいから…」
そばにいてくれないか
しろがねは秋風に揺れる黒い前髪を切なそうに見下ろして、立ち上がりかけていた脚を折った。



「これも寝言だから、気にしないでくれ。別に返事をしねぇでもいい」
瞳を閉じたままのナルミがしろがねの返事も待たずに語り出した。
「あのよぅ…最近さ、リシャールの野郎が調子づいてんのが気に入らねぇんだが、しろがねが手紙を口実にあいつに会いに行ってるってのは…あくまで噂、だよな…」
さっきミンシアにも言われた話題だ。
リシャールというのはこの森でも有名な色男でかなり女性陣に人気がある隼だ。力強い羽で虚空を駆けるように飛び、その速さはナルミも認めるところだ。そんなリシャールとしろがねの急接近に、ナルミは気が気でなかった。しろがねに変に思われるのを避けそうとして、「別に妬いてなんかねぇよ」って態度をとっているけれど、その背ける横顔にヤキモチが透けて見えていて、しろがねは自分勝手だと理解しながらもナルミが嫉妬してくれているのが嬉しかった。



「これは独り言。聞き流してくれていい」
しろがねもナルミの返事を待たずに語り出す。
「言いたい人には言わせておけばいい。私は彼の事は何とも思ってはいない」
しろがねの言葉に鳴海の耳がピンと立つ。しろがねはクスリと笑った。
「でも…彼に手紙の配達を頼んでいるのは、本当のこと。どうしても、一刻も早く届けたい手紙があって…でも、その手紙が宛先に届かないので彼には何度もお願いをしている」
「手紙が届かねぇ…?何度も?」
「どうにかして…出来るだけ早く…届くといいのだけれど」
もうきっと、届いたところで今更手遅れだろう。
分かっていても、しろがねは一縷の望みを託したかった。
しろがねの話が途切れたので
「それから……もう一つ、寝言」
とまたナルミが語り出した。
「あの…さ。祭りの日……おまえんちのポストにホタルノネドコ、挿さってなかった?」
しろがねはナルミに気付かれないように大きく息を吸い込み、静かに吐き出した。



ポストに挿さっていた、あの小さな花を手に取った途端、一体どれだけのホタルが集まっただろう?
無数の銀色の光に取り巻かれ、まるで自分を中心に小さな星雲が生まれたかのような驚きと、お互いの想いの深さに畏敬の念にも似た感動に身を震わせたことを、私は忘れない。忘れようがない。あの時に心を浸した幸せを語ろうとしても、それを言い表わす言葉など、この森羅万象を探したって見つかりっこない。
だけど、それは私だけが知っていればいいこと。
世界中のどこにいても、私はあなたを想っている。
遠く離れても、あの瞬間も、私のあなたへの愛も、永遠なのだから。



しろがねはもう一度深呼吸をすると静かに嘘をついた。
「あの日……気がついたらポストにたくさんの花が挿し込まれてて…その花たちはまとめて玄関先のバケツの中に……」
ナルミの耳がピリリ、と緊張した。
「バケツ…そういやあったな、おまえんちの玄関先に花が山盛りてんこ盛りになったバケツ……」
どんだけのヤツがしろがねに求愛したんだよ、と呆れるくらいに白い花が生けられていた。
「あんだけ花があっても一匹も…ホタルが飛んでなくて、だから覚えてる……そっか、そう、か……」
あの花の数だけしろがねに惚れている野郎がいて、あの花の数だけしろがねに振られた憐れな連中がいるわけだ。
そんでもってオレもまた、そのうちのひとりで…。



緊張した耳がすっかり力をなくしてしまった。それを悟ったしろがねもとても辛そうに目元を歪めた。
「念のため…おまえに贈られた花で、ホタルが寄って来たの、あったか?」
皆がやってくる前にしろがねはナルミから贈られたホタルノネドコを家の中に持ち込み、クローゼットの中に隠した。ホタルの群がる花を見られたら、懸命に隠しているしろがねの想いが誰の目にも一目瞭然になってしまう。だからしろがねは輝く美しい花を隠さなくてはならなかった。押し寄せる無数のホシホタルが室内に乱入してしまい、それを家から追い出すのに一苦労したことを思い出し、しろがねは少し苦笑をした。
とても苦しく、苦い笑みだった。
「独り言。……なかった」
しろがねの返事にナルミの呼吸が止まった。



「ま…な…あんなの、所詮は気休めなんだよな。他愛のない恋占いっつーか。女々しい子ども騙しっつーか」
ナルミは精一杯空元気を見せる。
「オレは全くあんなものは信じちゃあいねぇからよ、最初っからやる気もねぇっつーか。皆が怖がる悪いオオカミがそんな可愛いの、やったらダメだろ?」
ナルミの嘘にしろがねは
「そうだな」
と話を合わせてやる。
「きっと古い迷信なのだろう」
「だろ?でなきゃオレは困るぜ…姐さんとくっつくことになっちまう…何で姐さんと永遠に想い合わなくちゃなんねぇんだよ…」



しろがねの心の中を安堵や満足観、ナルミへの独占欲といった様々なものが一杯にした。この期に及んでナルミの目がミンシアを見ていないことを確認して安心している自分がさもしいと思いながらも、満たされる幸福感は紛れもなく存在する。
あの夜、しろがねはナルミの手にする花を、数え切れないホシホタルの撒き散らす光のせいで燃え上がるホタルノネドコを見た。ナルミはミンシアから手渡された花にホタルの大群が押し寄せていることに言葉をなくしていたが、その花を摘んだのは自分だと分かっていたしろがねもまた感慨から言葉を失った。そうして、ナルミが贈ってくれた花にホタルが集まってきたのは偶然ではないのだと、それが単なる言い伝えではないのだと、そこには確かに相思相愛の関係が存在するのだと確信した。
決してそれが成就することはない愛なのだとしても、しろがねはそれで充分だと思った。



自分達は離れても永遠に想い合うことができるのだから。
もうナルミの心は永遠に、自分だけのものなのだから。
『星祭りの夜、贈り合ったホタルノネドコにホシホタルが留まったら、そのふたりは永遠に結ばれる』、この言い伝えが決して迷信ではないことを自分だけが知っていればいい。
自分達が贈り合った花のどちらにも無数のホタルが集まって来たことも、ナルミは、知らなくてもいい。



「例え…あの言い伝えが『仮に』迷信で、存在しないのだとしても…」
しろがねの唇から独り言がこぼれる。
「…遠く離れても永遠に続くという愛は…本当にあるといいな…」
「……」
「決してただの願望や絵空事などではなく…真実に存在するものであって欲しい…」
ナルミはじっと目を閉じたままでいたけれど、どうしてかしろがねが綺麗に微笑んでいるのが感じられた。そして同時に、今にも泣きそうな瞳をしているのも。
「しろがね…おまえ…誰か好きなヤツいるのか?」
「……」
「永遠に繋がっていたい、そう思うくらいに好きなヤツが」



しろがねからの返事はすぐにはなかった。しばらくふたりで暖かさの中にも冬の混じる風がコスモスを揺らす音を黙って聞いていた。あんまりにも時間が空いたのでしろがねの口から溜息にも似た
「ああ」
という肯定の返事は、ナルミにとって唐突に思えたくらいだった。
「私には好きな人がいる。その人と永遠に想い合えることができるのなら…」
「しろがね」
「ああ、あんまりにも小春日和の陽気が気持ちいいので長居してしまったな。そろそろ皆にナルミが見つかったと伝えないとな。あなたも早く起きるといい。マサルさんの長靴は私が持っていく。探してらしたからな」
「あ…」
ナルミが何か言おうとした瞬間、しろがねは潔く立ち上がった。ぽたり、と何かの雫がナルミの頬に落ち、濡らす。しろがねがさくさくと芝生を踏み鳴らしながら遠ざかっていくのが耳で分かった。



「雨…?」
ナルミが目を開けると雨には縁のなさそうな青空が見えた。ナルミは寝っ転がったまま、濡れた頬をべろりと舐める。そして、はあ、と大きく息を吐いた。
「しょっぺえ雨…」
しろがねの涙がナルミの舌の上に溶けた。言いようのない倦怠感が全身を駆け巡る。これから釣りに行く予定があるだなんて考えたくもなかった。
「何で泣いた…?好きなヤツと…会えないのか?遠く離れたところに好きなヤツがいるのか?アイツにはやっぱ…好きなヤツがいるんだな…だから…オレの…」
ナルミはとびきり渋い顔を作ると勢いよく跳ね起きた。拳法の型で空を打ったり蹴り上げたり、地球を両手で持ち上げたり、固まった身体を闇雲に動かした。
「さあ、でっかい魚でも釣りに行くとすっかあ…」
ナルミは手の甲で涙の名残を拭くと足元に残された接着剤を拾い上げ、皆の待つ家へと向かった。



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