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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。






銀と黒の詩。
そのろく、春夏秋冬 ~ひととせ・秋~





前編


朝晩の空気にどことなく冷たさを覚えるようになった時節、今日は、めっきり釣りキチとなってしまったリーゼを先頭に、少し山を登ったところにある湖に釣りに行く日。
しろがねは待ち合わせ場所であるナルミの家に向かっていた。それも約束時間の数分遅れで着くタイミングで。梢からキラキラと零れる眩しい陽射しに目を細めながら、サクサクと下草を踏みしめる。
ナルミの家はすぐそこ。マサルもリーゼもミンシアも、もうナルミの家に到着していることだろう。ナルミの家でバケツや竿や釣り針や、釣りの支度にバタバタしていることだろう。
最近のしろがねは意図的にいつも遅刻気味で待ち合わせ場所にやってくるようになった。そうすれば、ナルミとふたりきりになる事態を避けられるからだ。自分とナルミの他に誰かがいないと、しろがねは辛くて堪らない。祭り以来、ナルミはいつもしろがねに物問いたげで、しろがねはナルミの訊ねに自分の気持ちを抑えてちゃんと答えられるか自信がまるでないのだ。マサルたちがいてくれれば、ナルミも個人的な質問をぶつけてくることはないとしろがねは分かっている。
だから今日も、今やお約束の大きなバスケットを携えて、「大遅刻!」と皆に怒られないくらいの時間を逆算して、歩調を調整しながらナルミの家に向かっていた。



「おはようございます」
しろがねがそう言って玄関を開けると案の定、皆がバタバタと支度をしている最中だった。マサルは自分の長靴が片っぽが見つからないと探しているし、リーゼは絡まってしまった釣り糸を解す作業に専念している。ミンシアは…いることはいたけれど、しろがねはあえて見なかった。が、狭い家の中に、家を殊更狭くする巨体が見当たらない。あら?、と思い首を伸ばすしろがねにマサルが
「おはよう、しろがね。ねぇ、来る途中、ナルミ兄ちゃん見かけなかった?」
と声をかけた。
「いいえ?見かけませんでしたけれど…。ナルミ、いないのですか?」
「うん。僕が一番先に来たんだけど留守だった。玄関は開いてたから兄ちゃんはすぐ帰ってくるつもりで出かけたと思うんだけど」
「そうですか…。今日が釣りの日だと、忘れてるってことはないでしょうか?」
重たいバスケットをダイニングテーブルに置いて、しろがねは小首を傾げた。
「昨日、『明日の釣りどっちがたくさん釣れるかな?』って話をしたんだ。だから忘れてるってことはないと思う」



「私、家の周り、ちょっと見てきましょうか」
とても心配そうなマサルに思わず、しろがねはそう提案をした。
「そうだね。もしかしたらどこかの木陰で昼寝しちゃってるのかもしれない。見て来てくれる?それまでに僕、長靴を探さなきゃ…」
しろがねはマサルに「分かりました」と頭を下げて、くぐったばかりの玄関をまた表に出た。いつも先陣切って張り切って支度をしているナルミがいないのは確かに心配と言えば心配だ。そうでなくとも、例えどう接していいのか分からないのだとしても、しろがねの瞳はナルミの背中を追いかけてしまうのが自然なのだから。
ナルミはどこにいるのかしら?マサルさんの言う通りどこかで寝てしまっているのかもしれない、とナルミの行動を推理しつつ立ち止まるしろがねの背中に
「しろがねさん?」
と快活な声がかけられた。ミンシアだ。



しろがねはミンシアに悟られないように小さな溜息をついた。しろがねはナルミ同様、ミンシアとも夏祭り以来距離を置いていた(元々、ミンシアとは距離があるのだけれど)。彼女からの質問も身に堪えるだろうことが容易に予想できたからだ。
「……何でしょう?」
「ねぇ?ここのところあなた、隼のリシャールに接近してるんだって?」
幾ばくか返事の硬いしろがねに如何にも興味津津な様子を隠せないミンシアが詰め寄った。しろがねが身構えていたのとは違う質問が飛んできたので少し、肩から力が抜けた。
「リシャールがあちこちで吹聴しているみたいよ?『件の幽霊オオカミはオレに気があるっぽい。受取人が見つからない手紙を何度もオレに頼んでくる。それはもう、オレに会う口実を作ってるとしか思えない』って」
「……そう」
「否定しないの?」
「彼に手紙を頼んでいるのは本当だもの。それ以外のことは、言いたいなら言わせておけばいいわ。わざわざ否定して回る方が面倒」
「それを聞いたミンハイが誤解しても?」
ミンシアの大きな瞳がクルリ、と表情を変えた。



「……別に構わないわ。彼になんて思われたって」
しろがねは『そんな話題には興味はない』という意思表示を込めてミンシアに背中を向けた。その背中にミンシアの
「嘘つき」
という言葉が突き刺さった。
「嘘つき。ミンハイにどう思われてもいいだなんてカケラも思っちゃいないくせに。あなた、どういうつもりなの?気がないフリをするのは無駄よ?私はもう分かってるの。あなた、本当はミンハイのこと、大好きなクセに」
「……」
「……祭りの花のこと、あの花を摘んだのは自分だって、いつまで経ってもミンハイに言わないのは何故?」
ミンシアの言葉にしろがねの頭は知らず、項垂れた。



祭りが終わった後の夜遅く、マサルたちと合流したナルミがしろがねの家にやってきた時、その手には特大のホタルノネドコが握られていた。誰もが目を見張るくらいに特大のホタルノネドコは無数のホシホタルを引き連れていて、その有様にナルミが困惑しているのが簡単に見て取れた。
困惑するのもその筈、何故ならミンシアが手渡してナルミが受け取ったホタルノネドコにホタルがとまった事実に唖然とせざるを得なかったから。
ホシホタルがとまるということはふたりが両想いであるという証。
永遠に結ばれるという印。
彼らの住む森に古くから伝わる言い伝え。
だから、ナルミと結ばれるのはミンシアということになる。
同じオオカミの、ナルミが大好きであることは誰もが知っている、しろがねではなくて。



「そんなのただの迷信だよな、マサル?」
ナルミはそう言いたかったけれど言えなかった。友達に「うん、そうだよね」と言ってもらえたらきっと心強かったことだろう。でも言えなかった。
マサルの持つ花にも、リーゼの持つ花にもホシホタルが潜り込み、淡く光る白いランタンになっていたから。ナルミは可愛い小さな恋人たちの両想いになれた喜びにケチをつけることはできなかった。
一方のマサルもリーゼもコメントのつけようがない表情をしていた。最愛のしろがねではなく、全く眼中になかったミンシアと両想い認定をされた形のナルミがショックを受けているのが一目瞭然だったから。
「兄ちゃん、そんなの迷信だよ」
マサルはそう言いたかったけれど言えなかった。マサルにはナルミが自分にそう言って欲しがっているのが分かっていた。でも言えなかった。
ナルミのことを否定することはイコール、自分たちのことも否定してしまうことになるから。マサルはただ心の中で、「ごめんね、兄ちゃん」と謝り続けていた。
そんな凍った空気の最中、ミンシアだけが喜色満面でナルミの太い腕にぶらさがっていた。



「あなたも人が悪いわ。私の糠喜びを内心ほくそ笑んでいたんでしょ?ホントは両想いじゃないのに浮かれてバカみたい。ホントは私が両想いなのよ、ってさ。まんまとマヌケなメッセンジャーガールにされちゃったわ」
「そ、そんなことは……」
ナルミに花を贈った時、ミンシアはマサルの話をまともに聞いていなかったために、『手渡した花』にホシホタルがとまればいいのだと思い込んでいた。『摘んだ花』であることが大事なのだと知ったのはそれからしばらくしてから、改めてこの話が皆との話題に上ったときだった。その時のミンシアのショックたるや筆舌に尽くしがたいものがあった。ナルミは一貫して「あんなもん、子ども騙しだって」とミンシアに言っていて、それでも「伝説は伝説なんだから!」と薔薇色の未来を信じて疑わなかったというのに、そもそもの行為が成り立っていなかったとは!
ミンシアには即座に、誰かからもらった巨大なホタルノネドコを話のタネにナルミの家に持っていこうと思った、というしろがねの話が作り話だということに気がついた。しろがねに懸想しているどこかの雄が寄こした花がナルミの手に渡ってホタルをとまらせるなんてありえない。あれをしろがね自身が摘んだのならしっくりくることこの上ない。



要は、これまでナルミのことに全然気のない顔をしていたしろがねは実は(というかやっぱり、というか)その真逆で、ミンシア同様、深くナルミを愛していたということなのだ。
愚かしくも狂喜乱舞した自分の姿を見て、しろがねがどう腹の中で思っていたのかを考えるとミンシアの羞恥心は恐ろしいくらいに膨れ上がった。しかし同時に、ナルミを愛しているはずのしろがねがミンシアに月桂冠を被らせたままにしておくのかがまるで理解できなかった。どうして好きな相手と他人とが『永遠に結ばれる』ままにしておくのか。
「裸の王様でなかっただけまだマシよね。ミンハイもマサルもリーゼも、あの花は私が摘んだモノだって思い込んでるもの。今現在のミンハイの気持ちはともかく……将来、何らかの理由でミンハイが心変わりをする可能性があるんだって、思い込んでくれてる」
「いいじゃないの、それなら。あなたは、ナルミが好きで、この森まで追いかけて来たのだから」
「そうね。ミンハイがこれをきっかけに私に気をかけてくれるようになれば願ったりだわ」
森をわたる風がぬるいのか、寒いのか。しろがねにはよく分からず、息苦しさだけを覚える。ミンシアは塑像のように身じろぎしないしろがねの銀色の頭をじっと睨みつけた。



「ずっと訊きたかったの。どうして名乗りでないの?本当の両想いの相手は私です、って」
「……どうしても何も……」
しろがねは言葉を詰まらせた。
「名乗り出る気はないの?」
「……」
「好きなんでしょ?ミンハイのこと。何で私がミンハイとくっついているの、黙って見ていられるの?私だったら耐えられない。ミンハイがあなたに近寄らなくても、彼の心の中があなたでいっぱいだと考えるだけであなたをこの爪で引き裂きたくなる」
ミンシアは尖った爪で自分の唇を掻いた。
「ミンシアさんはナルミのことを愛している。だから、ナルミは大事にしてもらえる、ナルミは寂しくなんかない。ナルミは……幸せになれるわ」
「好きならどうして自分でミンハイを幸せにしてあげようって思わないの?ミンハイはあなたのことが好きなのよ…悔しいけれど認めるわ。あなたが好きだってなら一緒になるのに何の障害があるって言うのよ?何でそんなに…」



「もういいでしょう?この話は!」
しろがねは、いつも感情を表に出さない彼女にしては珍しくイライラとして振り返り、ミンシアに向かい合った。
「私があの花を摘んだことは誰にも言わないわ!あなたとナルミが仲良くするのも邪魔しない!だから、私のことは放っておいて!」
しろがねは脱兎の如く駆け出して、当初の目的、ナルミ探しへと向かった。
ミンシアはしろがねの後ろ姿を見送って
「あなたがそのつもりならそれでいいわ」
と、したたかににっこりと笑った。



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