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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。






銀と黒の詩。
そのろく、春夏秋冬 ~ひととせ・夏~





4.蛍舞う


しろがねは暗くなる家路をひとりトボトボと歩いていました。ついさっき、烏のルシールに聞かされた噂に胸を苦しくさせながら。
隣国で山越えをした銀狼がいるという。その銀狼は人間たちの間でも噂になって、格好の獲物になっているという。冷たい銃口が狙いを定め、ガウンガウンと大きな吠え声を上げる。銃から吐き出された鉄の礫は狼の肉を引き裂き、破壊的な痛みとともにいとも容易く絶命させるだろう。人間たちは死んだ狼に尚、毛皮を剥ぐという辱めを与えるだろう。
しろがねの脳裏に暗い想像が立ち現われました。



「兄さん……」
しろがねは自分の頬を銃弾が掠め飛ぶ、生きた心地のまるでしない冷たい感触を思い出しブルブルと身震いをしました。
「兄さん、どうか、無事で…」
自分の大事な存在が、自分の為に危険に身をさらしている。自分にできることはただ待つことだけで。ただ、無事を祈ることしかできなくて。不安で、自分ひとりではもう、押し潰されてしまいそうで。
夏なのにうすら寒い思いをしながら、しろがねは森の中を歩きました。
しろがねの手にはどうしてか、あの途轍もなく大きなホタルノネドコがありました。そしてその足はどうしてか、まっすぐナルミの家に向かっていました。



花を摘んでどうするつもり?
ナルミの家に向かって、この花をどうするつもり?



しろがねは道々、自分に訊ねます。
もしも、この大きな大きなホタルノネドコをしろがねから手渡されたら、ナルミはどんな顔を見せるでしょう?しろがねが手折ってナルミに手渡したホタルノネドコにホシホタルはとまってくれるでしょうか?もしもとまったら、ナルミはきっととてもとてもいい笑顔をしろがねに見せてくれることでしょう。ホタルノネドコよりも柔らかく、ホシホタルよりも目映い笑顔をきっと。
でも、そんなナルミの笑顔を見てしまったら
「兄さんが危険を冒して私を迎えにくるのに…私は…帰ることができなくなってしまう」
苦しくて、どうしたらいいのかまるで分からなくて、しろがねは救いを求めるかのようにホタルノネドコに額をつけました。こんなにも大きくこんなにも花弁の多い花なのに、素晴らしく軽いのです。そしてとても柔らかいのです。香りのよいこの花は本当に天使の羽根を束ねたブーケなのではないかと思いました。



天の御使いよ。
どうか迷える私を助けてください。
もう想いを秘しているのが難しいのです。



「この花はナルミに渡せない、渡せない…渡してしまったら…。私は兄さんと一緒に銀狼の森に帰るのだもの。そのために兄さんに手紙を書いたのだもの、『迎えに来て』って…」
愛する兄に会いたい。
大好きな両親に会いたい。
懐かしい森に帰りたい。
そう思って人間の元から必死に逃げて、ようやく辿りついた平和な森に定住する見込みがついたしろがねは兄に手紙をしたためました。兄は「逃げることができたらいつでもどこからでも手紙を寄こしなさい。僕が必ず迎えに行ってあげるから」、そう言ってくれました。だから、一刻も故郷に戻りたかったしろがねは手紙を送ったのです。



けれども、その後に
しろがねは出会ってしまいました。
一匹のやさしくて寂しいオオカミに。



まさか彼をこんなにも好きになってしまうなんて思いも寄りませんでした。狂おしい想いに翻弄される日がくるだなんて考えもしませんでした。いえ、しろがねは分かっていたから、ナルミを好きにならないようにと最初から距離を置こうとしたのかもしれません。
「ダメ、帰ろう。この花はナルミに渡してはいけない。兄さんと一緒に帰ることができなくなる。想いを通じ合わせてしまったら…まだナルミに、私の気持ちがないと思われていた方が別れが…辛くない、から…」
でも、しろがねの足はナルミの家に勝手に向かいます。ナルミは皆と一緒に祭りに出かけているのに。誰もいない家に向かってどうしようというのでしょう?花を抱えて、ナルミの帰りを待つとでもいうのでしょうか?
しろがねはもう何も考えず、ナルミの温かい腕に抱きしめてもらい、その頼りがいのある厚い胸に凭れかかりたいのでした。



もう、どうしていいのか分からなくて。
「ああ…ダメだと言うのに…この花はどこかに捨ててしまおう…」
でもどうしても、花を手放すことができません。道すがら抱き締め続けたこの花が、ナルミに直接伝えることのできない自分の愛情そのもののように思えて捨てることができないのです。
「ナルミは留守…ならば、彼の家の前に置いてこようか?この花の香りでオオカミの鼻だって利かないはず。私が置いたって分からないはず…」
そうね、そうしよう。それならば私たちの距離は変わらずに、でも私の気持ちも幾らか落ち着くだろう。
しろがねは花に顔を埋めたまま、前も見ないで歩きました。
そのせいでしょう。しろがねは脇の小道から急に飛び出してきた誰かに気づくことができず、思い切りぶつかって尻もちをついてしまいました。



「きゃっ!」
「きゃあ!」
しろがねも、ぶつかった誰かも小さな悲鳴を上げました。ぶつかった誰かも派手に転んでいます。
「ご、ごめんなさい。ぼーっとしてたものだから」
「あいたたた…もう、気をつけなさいよね!って、何だ、しろがねさんじゃない」
「ミンシアさん」
「何してるのよ、こんなとこで…って何ソレ?そのバカでかいの、本物のホタルノネドコ?作り物じゃなくて?」
ミンシアはしろがねの膝の上にフワリと載っている花の大きさに目を剥きました。そして花としろがねの顔を交互に見比べて、とても訝しそうな顔になりました。



「もしかして…私がいない間にソレ、ミンハイに渡そうとしてたとか?」
「そういうわけでは…」
「だって、この道を真っ直ぐに行くとミンハイの家じゃない」
「……」
「ミンハイの近所で花を持っているあなたに出くわすのって何だか不自然。今までミンハイに気のない風を装っていたくせにどういう風の吹き回し?私にミンハイをとられちゃうと思って焦ったの?人がいいっていうからミンハイがよく見えてきたの?」
ミンシアが意地悪を言います。しろがねはミンシアがこの森にやってくる前からナルミのことが好きです。だからミンシアの言うことは間違いなのですが、ミンシアの目にはそう映ったとしても仕方ありません。しろがねはミンシアにそういういじましい性質だと思われたくなくて咄嗟に嘘を言いました。



「違うわ。ちょっと用があって表に出たら、もらったのよ。私はこういうのに興味がないのだけれど、興味のない私から見てもあんまりに大きな花だったから…ナルミの家に置いておけば皆で楽しめるかと思っただけ」
「だったら自分ちに持って帰ればいいじゃない。どうせ、あなたの家にも流れて行く予定なんだから」
「もらった場所が私の家よりもナルミの家により近かったのよ。こんなの持って歩き回りたくなかったの。やたら目立つのだもの」
「ふうん。確かに話のネタにはなるわね」
ミンシアはしろがねの説明に納得したのとしないのと半分半分でしたが、しろがねが花をナルミに贈らないというのならそれでいいと思いました。
「ミンシアさんこそどうしたの?もう祭りが始まる頃じゃないの?急がないと」
「そうなんだけどできるだけ大きいホタルノネドコを、って粘ってたら遅くなっちゃったのよ。マサルたちは先に行って…で、やっとの思いで満足できるの見つけてさ…まぁ、あなたの花に比べちゃったら小さいんだけど」



ミンシアはぶつかって転んだ拍子に手から放してしまったホタルノネドコを探しました。あれあれ?、と手元を見渡しても花はありません。そして立ち上がって初めて、自分のお尻の下で無残にも潰された花を見つけたのです。
「あー!」
ミンシアは叫びました。
「ど、どうしてくれるのよ?あなたがぶつかってきたからよ?あなたのせいよ!私、すごく頑張って大きなホタルノネドコを見つけたのに!」
「ご、ごめんなさい」
ふたりがぶつかったのは確かにしろがねが目を閉じて歩いていたせいもありますが、半分は周りが見えなくなるくらいに先を急いでいたミンシアのせいでもあるのですが。
「責任とってよね…て、あ。そうだ」
血相を変えていたミンシアでしたが、しろがねの持つ特大のホタルノネドコに目を止めるとニヤリと笑いました。



「あなた、何その花ちょうだい」
「あ…これは」
ミンシアはしろがねの答えを待たずにホタルノネドコを取り上げました。
「まさか…それ、ナルミに渡すつもり…」
「だって私の花こんなにしたの、アンタでしょ?どうせもらったところで愛着もない花なんでしょ?だったら私がミンハイにプレゼントしたっていいじゃない?」
「でも、贈り物にする花は…」
自分で摘むことが大事なのだとマサルもルシールも言っていました。そう言えばミンシアはマサルの話もよく聞いていないようでしたし、きっと大きければ何でもいいと勘違いしているに違いありません。でもミンシアは「いいから」と、しろがねの話を聞こうともしません。
「祭りの前にミンハイの家に届けようと思ってたんだけど、それはやめて、これを持ったまま広場に行こうっと。誰も彼も、きっとびっくりするに違いないわ」
マサルやリーゼのびっくりした顔が目に浮かびます。祭りに集まった森中の皆の注目の的になること、間違いなしです。そう考えただけで、何だかミンシアは気分がいいのでした。



一方、しろがねはミンシアの言葉の中にナルミが自宅にいるという情報を見つけ
「ナルミは祭りには…」
と訊ねました。
「自分はオオカミだから行かないって。あなたもそうなんでしょ?」
「え?ええ…」
「オオカミってつまらないわね。それじゃ、こんなところで油を売ってるのヤだから祭りにいくわ」
ミンシアはしろがねに背中を向けるとさっさと祭りの始まっているだろう広場へと走って行きました。
「ナルミは家にいる…」
ナルミが留守だと思っていたから家に向かって歩けたのです。そうでなくともナルミに会う理由のダシにつかえたあの大きなホタルノネドコももうありません。しろがねはもうナルミの家に行く勇気が挫け、すごすごと帰路につきました。





しろがねが自宅に辿りつくと、玄関先に置かれたバケツに無造作に突っこまれたホタルノネドコの花の小山が目に入りました。家を出たときよりも小山は若干大きくなっているように見えます。どんなにきれいな花でも、しろがねの口から出るのは溜息だけ。ナルミの気持ちにすら応えてあげられないのに、それ以外の想いに丁寧に応えることなど出来ようがありません。
「ごめんなさいね…私じゃない他の誰かに贈られていたら大事に愛でられていたのにね」
バケツの中のホタルノネドコには全くホシホタルが寄って来ません。当然、と言えば当然なのですが。しろがねには、両想いの花にホタルが寄ってくる、なんて話は迷信にすぎないように思われてきました。年に一度のお祭りを楽しく盛り上げるための、ただの迷信。ルシールに聞かされた蘊蓄すらもこじつけ話に思えてなりません。



「そんなことのために摘まれて…可哀想な花ね…」
しろがねは淋しく笑って、また溜息をつきました。
「あら、こんなところにも花が…」
力無く、玄関の扉を開けようとしたしろがねは、ポストにもホタルノネドコが挿し込まれているのに気が付きました。大きなホタルノネドコに見慣れてしまったしろがねには違う種類の花に思えるくらいに小ぶりな花でした。しろがねは何もかもが面倒で、この花をこのまま放置してしまおうかとも一瞬考えましたがそれも何だか可哀想だったので、やはり溜息をついて、花に手を伸ばしました。
花には罪はないから。
誰が贈ってくれたにしても、いたずらに萎れさせるのは気の毒だから。



でもね。
私が愛しているのは彼だけなの。
想いに応えられなくても、想いを告げられなくても。
例え、遠く、離れ離れになるのだとしても。
愛してるのよ……ナルミ……本当は。



しろがねは花をポストから抜き取って、他の花たちの待つバケツに向かいました。そして花をバケツに刺そうと腰を屈めたとき、しろがねの頭の上がパッと明るくなりました。
「何?流れ星…?」
黒い木々の先、星の海に流れ星が幾筋も軌跡を描いています。けれど、しろがねの周りを明るくしたのは星ではなく、
「ホ…ホタル…?」
星屑をきらめかせながら1匹のホシホタルがしろがねの持つ小さなホタルノネドコにスッととまると花弁の中にもぐりこみました。ホタルは花の中で点滅し、それはまるで灯籠のよう。



「きれい…」
柔らかく白銀に光る花の美しさにうっとりと見とれていたしろがねでしたが、そのうちにその鼻筋に涙が伝いました。
この花が誰から贈られたものなのか、しろがねには分かるから。
しろがねは花弁に唇を押し当てました。
どれだけ自分がナルミに愛されているのか。
どれだけ自分がナルミを愛しているのか。
小さな花弁から溢れる想いの深さ、大きさに、しろがねの瞳からはハラハラと涙が零れます。
「とても…幸せだわ。私…これで充分…」





その後に起こった光景を、しろがねは一生忘れないでしょう。
しろがねが掲げるお世辞にも大きいとは言えないホタルノネドコに無数のホシホタルが銀色を撒き散らしながら群がって、あまりにもたくさんのホタルが集まったものだからしろがねはまるで天に輝く流星の川に放り込まれたのかと思ったくらいでした。
星と花と光の祝福。
しろがねの心は今までにないくらいに温められたのでした。



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