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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。






銀と黒の詩。
そのろく、春夏秋冬 ~ひととせ・夏~





3.愛あふるる花


祭りの日、マサルたちを送り出した後、しろがねはじっと居留守を決め込んでいました。というのも、ホタルノネドコを手に求愛しにくる男連中がひっきりなしの様相を見せ始めたからです。いちいちそれに対応するのが非常に面倒なしろがねはカーテンをしっかり閉めて知らん顔をすることにしました。ナルミにも言った通り、しろがねはナルミ以外の誰の愛情も歯牙にもかけることはないのです。どこの誰でも一山幾ら、興味など尻尾の毛一本ほどの重さもないのです。
そんなわけで日中はチラホラと騒がしいしろがねの家の前でしたが、祭りの始まる時間も近くなった頃には表に男たちの気配がなくなりました。



「いくらか暗くなってきただろうか?…祭りは、始まっただろうか…?」
しろがねはカーテンを揺らさないようにそっと持ち上げて、その隙間から空の色を覗き見ました。空はオレンジがかった金色に輝いてます。広場には日の入りを待ちかねた森の住人が少しずつ集まって来ているでしょう。
「皆も大きなホタルノネドコ探しを終えて祭りのある広場に向かった頃かもしれない。楽しんでいるに違いない、マサルさんも、リーゼさんも、そしてナルミも…」
ナルミは昨日、ミンシアと約束をしてました。一緒に祭りに行こう、と。ミンシアはナルミのために一生懸命大きなホタルノネドコを探すことでしょう。マサルもリーゼも、お互いのために花を探します。そしてきっと、ナルミも。



あの酷い雷の日に自分がナルミに告げたこと、それを思い出すとしろがねの心が塞がります。ナルミはあの時の誓い通り、あれ以来一切、しろがねに何も言ってきません、近づいてもきません。でも、ナルミは言動に表わさなくても自分を愛し続けると言ったのです。そうだとしたら、ナルミはどんな想いを抱えて花を探すのでしょうか。探しても、それを自分に渡すことはできないのに。
いえいえ、愛し続けるとあの時は言ってくれても、実はもうナルミは自分のことなど嫌いになったのかもしれません。どうでもよくなったから平然としているのかもしれません。だってしろがねの告げた内容は「愛されることは迷惑だ」と言われたと受け取られても仕方がないのですから。さすがのナルミだって自分に嫌気が差すでしょう。今日の花探しもナルミを愛していると言って憚らないミンシアのためにしているのかもしれません。
そう思うとしろがねはどうしても、マサルが迎えに来てもともに出かける気にはなれなかったのです。



「ふふ…皮肉なものね…。嫌われ者オオカミがいい口実になるなんて…」
苦く笑いながら、しろがねは空を見上げていた瞳を水平に下ろしました。すると、銀色の光が一筋、しろがねの目の前をすーっと飛び去りました。
「あ…、もしかしてこれが…ホシホタル?」
思わず、しろがねはカーテンを思い切り開けました。ちらりちらりと点滅をしながら、数匹のホタルがフライング気味にまだ明るい森をキラキラと飛んでいます。
華やかにも儚げな、求愛のダンス。しろがねは溜息をつきました。
「これは…きれいだな。うちの周りでも見られるのか…夜だったらさぞかし、素晴らしいだろうな…」
ホシホタルを眺めているうちに、しろがねはホタルがとまるというホタルノネドコの咲き誇る様も見てみたくなりました。あまり野次馬根性のないしろがねにしては珍しいことです。



「もしかしたらこの近くにも群生地があるかもしれない。…ちょっと…探してみようかな…」
しろがねはそう呟いて、ひとりで出かけてみることにしました。と、玄関の扉を開けてびっくり。軒先には大ぶりのホタルノネドコが山のように置かれています。
「確かにたくさんのこの花が見たくて出かけるところだったけれど、私が見たいのはこんなカタチじゃない。こんなに…全く…いくら私に持ってきても詮無いと言うのに…」
しろがねは呆れ顔で足元の花々を見下ろしました。男たちの寄せる想いは鬱陶しいだけでも、花には罪がありません。折られっぱしで放置するのは可哀想です。しろがねは一旦家に戻り大きめのバケツに水を張って重たそうにして戻ってくると、花を束ねて抱え上げ、バケツに生けました。
「当座はこれでよし、と」
パンパン、と手を叩くとしろがねは森へと散策に向かいました。
出鼻を挫かれてちょっと不機嫌になっていたしろがねは、ポストに挿し込まれていた一輪のホタルノネドコに気づきませんでした。



しろがねが思ったよりもずっと近くに、ホタルノネドコの花畑はありました。こじんまりとした広さでしたが夕日になりかけた陽光を浴びて、白い花たちは黄金にさざめいています。その上を銀とも金ともつかない星屑を散らしてホタルたちが飛んでいます。森の奥のオオカミの家の近くということもあってここには誰もいません。しろがねは誰に気兼ねもなく、目の前に広がる美しい景色に魅入りました。
「きれい…お祭りに…なるわけだわ…」
しろがねが花畑に一歩、一歩、足を踏み出す度に馥郁たる花の香りが立ちのぼります。テニスボールほどの大きさの、数多の花弁をつけた花々が風にそよぎ、まるで波のようです。



うねる、うねる、花の海。
あまりに綺麗で、あまりに幻想的で。



感動が極まり自然と、しろがねの瞳から涙がこぼれました。どうしてかしろがねの脳裏に浮かぶのは、あの黒くて大きなオオカミの笑顔。きゅうっと胸が締め付けられます。
「きっと……あの人と一緒だったら……もっと……」
そう言いかけてしろがねは小さく首を振りました。
「ううん、これでいい……もしも今、花を差しだされたら私、我慢できなくなるもの……」
何をしていなくても、湧き上がる想いを懸命に抑えつけている毎日なのだから。
指の背で涙をぬぐって、しろがねは花の海の奥深くまで歩を進めました。そして、あるところまで来て、しろがねの足がぴたりと止まりました。



「……これも……同じ、花、なの……?」
つい茫然としてしまうくらい、感動の涙がピタッと止んでしまうくらい、破格に大きなホタルノネドコが燦然と咲いていたのです。
「昨日、ナルミたちは確か、大きいのだとバレーボールくらいとか、マサルさんの頭くらいとか、言ってたけど…これは…」
ちょっとしたスイカほどの大きさのあるホタルノネドコなのでした。しろがねは特大花の前にしゃがみこんで上下左右から観察をしてみました。見れば見るほどに大きな花です。





「長いこと生きている私だけど、こんなに大きいのは見たことがないね」
突然、しろがねの頭上で誰かがそう言いました。驚いたしろがねが立ち上がり声の主を探していると目前に真っ黒いドレスを着た老カラスが舞い降りました。
「あ…こんばんは…」
しろがねは老婆にぺこりと頭を下げて挨拶をしました。
「こんばんは。アンタのことは知ってるよ、ムササビのマリーの雑貨屋に夜中になると買い物にくるっていう新参者の狼だね?私はルシール」
「初めまして。私はしろがねです」
「しろがね…銀狼の通り名だね。本当の名前は他におありだろう?」
「…よくご存じですね」
しろがねは少し警戒したような硬い声を出しました。



「ほほほ…見ての通りの婆だからねぇ。年寄りは色々と余計なことを知っているものさ。それにしても銀狼の森から随分とあるのにようくここまで辿り着いたものだね…それはここよりもはるか北の遠い地にあって間には高い山脈が遮り、深い海原が隔てている。脚の強い者でも1年ではやって来れまいに。さては人間にでも捕まったかい?」
しろがねは不躾な質問に暗い瞳を伏せて
「…ええ」
とだけ短く答えました。老カラスは何もかも悟った瞳でしろがねをじっと見ています。しろがねは耐えきれずにぷい、と顔を背けました。
「すまないね、触れられたくない話題だったようだね。この話はもう止めにしよう」
ルシールはしろがねの目の前にやってくると少し腰を屈め、大きなホタルノネドコを指で突きました。揺れた白い花がはなびらを震わせました。



「それにしてもとんでもなく大きなホタルノネドコだね…こんなのは滅多にないよ。贈り物にするのかい?」
しろがねはまたナルミのことを思い描きましたがふるふると首を振りました。
「いいえ…私には…渡す相手がいませんから」
「ふうん」
ルシールはしばらくしろがねを観察するかのように見つめていましたが、ふっと頬を緩めました。厳しそうな老女が初めて見せた親しげな表情にしろがねが呆気に取られている間に、ルシールはお構いなしに話を続けます。



「夏祭りの日にホタルノネドコを好きな相手に渡す。その花にホシホタルがとまったら永遠に両想いでいられる。森の動物に伝わる言い伝え。本来は花の大きさなんてどうでもいいんだよ。大きくてもとまらないものにはとまらない。小さくてもとまるものには何匹ものホタルがとまる」
「聞いたところによれば…自分の手で摘むのが大事なのだとか」
戸惑いながらしろがねは昨日のマサルの言っていたことを思い出し、返事をしました。
「ホタルがとまる花はどうやって選ばれるのか、知ってるかい?」
「いいえ」
「この花は愛情が好物なのさ」
「好…物?」
ルシールは頷きました。



「摘む者は、花を摘む時に愛する相手を想う。ホタルノネドコにはその愛情を蓄える性質があるのさ。その花が手渡された相手が摘んだ者を愛していたら、要するに相思相愛ならば愛情同士が干渉し合い更に愛情が花に蓄えられ、飽和した愛情が花からあふれるのさ。私らには分からないけど愛情にあふれた花は香りを多少変質させる。その香りが今度はホシホタルの好物になる、敏感に両想いの花に寄ってくる。そういうわけさ」
「そうなのですか…」
「ま、今の若いモンはこんな蘊蓄なんてどうでもいいんだよ。【お祭り】ができればそれでね」
ルシールは肩をすくめてみせました。



「おやおや、おしゃべりが過ぎたようだね。年寄りは話が長くていけないね」
ルシールは言葉少なになってしまったしろがねに苦笑すると、黒い翼を広げてふわりと浮き上がりました。
「やせ我慢はカラダに毒だよ?後悔だけはしないようにね」
「や、やせ我慢だなんて…それに…後悔も何も…」
ルシールの心を見透かす物言いにしろがねの心臓がドキリと大きな音を立てました。
「何が自分にとって一番大事なのか、ようく考えることだよ。アンタの大事なモノは一度手放したら二度と見えることのできないモノだ。後悔はさぞかし大きいだろうね。いいかい、よくお考えだよ?アンタに残された時間は少ない」
「なっ…何を」
ルシールはしろがねの何を知っているというのでしょう?何でも知っているような口ぶりにしろがねは何事かと言い返そうとしましたが、ルシールがそれをやんわりと押し留めました。



「いいかい?他人よりも長く生きて余計なことを見聞きして知っている婆の、最後の余計な一言さ。遠く北の地にある自分たちの森でひっそりと生きている銀狼がここにいるだけでも珍しいのに、もう一匹、隣国で山越えをしたヤツがいるって話だよ。人間どもの間でもちょっとした噂になっていてね、そいつを狩ろうと躍起になっているそうだ」
「そ…」
しろがねの顔色が変わりました。さっきから落ち着きのなかった心臓が更に変な音で軋みます。
「その銀狼はどうしているのですか?無事なのでしょうか?」
「今のところ、噂に変わりはないね。ひたすら、その銀狼は走り続けているそうだよ。おそらく目的地はこの森……初雪の頃には着くだろう。無事なら、ね」
「……」
しろがねは苦しそうな息を吐くと、眉を寄せた顔に両手の平を当てました。



「選択が難しいだろうことは想像に難くない、だからこそようく考えなさい」
ルシールはやさしく諭すように言いました。
「どうして…そんなことを言ってくれるのです?初対面の私に」
「どうしてかね…アンタが昔々に亡くした娘に似ているからかもしれないね」
ルシールは厳しい皺の刻まれる顔に温かな笑顔を浮かべると
「さあて、私も祭り見物に向かうとしようか」
ふわり、と空高く浮かび上がりました。しろがねが光る瞳で見つめる中、ルシールは翼を羽ばたかせるとすぐに小さくなって飛んで行きました。



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