忍者ブログ
『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。






銀と黒の詩。
そのろく、春夏秋冬 ~ひととせ・初夏~





<中>


雨の帳、稲妻の籠。
流石に。



多少の夕立程度の雨ならば濡れ鼠になってもふたりで手を繋いでゆっくりと進むこともできるけれど、こうもざんざか降りの(まさに『バケツをひっくり返した』という表現が当てはまるような)雨ではのんびりとしている気にもなれない。遠くの雲が時折光っては、時間差でドロドロと空が唸り声を上げ始めている。稲光の足音に追いかけられるのはいい気分がまるでしない。と言うか、むしろ嫌だ。
脳天から髪を伝い落ちる雨の勢いに耳も垂れる。真上で雷が乱痴気騒ぎを始める前に雨を凌げるところに逃げ込みたい。
堪らず、ナルミはしろがねを抱きかかえたまま
「急ぐぞ?足元気をつけろよ?」
と駆け足を速めた。しろがねは大人しくナルミについていく。しろがねとしても雷雨に打たれるのは勘弁したかったからナルミの案内に委任する。



トンボ採りをしていた場所はナルミの家からもしろがねの家からも遠い。ミンシアの家が一番近いのでおそらく先を行ったマサルもリーゼもそこで雨宿りをしているに違いない。
だけどナルミはミンシアの家に行く気にはなれなかった。
せっかく手に入れたしろがねとふたりっきりでいられる好機を手放したくなかった。
許されるならば、しろがねとの時間を引き延ばしたかった。それが甘い時間でなくってもちっとも構わなかった。大好きなしろがねとふたりきりでいられるのであれば何でもよかった。
だから一生懸命、自分だけが知っている【秘密基地】で最寄の場所へと走った。



 

「ふあー、濡れた濡れたっ!」
ナルミがしろがねを案内したのは崖がひさしの様になっている小さな洞窟だった。ご丁寧に玄関扉よろしくとぶら下がる熊の毛皮を跳ね上げて、ナルミはしろがねを自分の【秘密基地】に迎え入れた。
「ここで待ってろ。今、明るくするから」
ナルミはしろがねと腕から放すと洞窟の奥に向かった。洞窟は奥に行くほど暗闇が濃くなる。ナルミの姿はまもなく闇に滲んで溶けた。しろがねはその背中を無言で見送る。



どうしたのだろう。
私は今、物凄く安心している。
ここしばらくなかったくらいホッとしている。



雷は大嫌いだけれど、それよりもナルミとふたりの時間はしろがねにとっては得難いものだった。ミンシアがやってきてからというもの、ナルミとはあまり一緒にいられなくなったから。
けれど。
一緒にいたからと言って私は、ナルミにやさしくしてやれるわけでも、想いを受け入れてあげられるわけでもないのに、としろがねは唇を噛んで俯いた。自分よりもミンシアの方がナルミと近いことが、しろがねの心を洞窟と同じ闇色にする。寒気がして、ブルッと毛が逆立った。ナルミがいなくなったことで自分の温度が急激に下がって立った鳥肌を両手で擦った。
ナルミがなかなか戻ってこないので手持ち無沙汰だったから、門扉代わりの毛皮をそうっと持ち上げて表を覗く。ざんざんと降る雨は更に酷くなっているようだ。



「しばらくはここから出られそうにないな…」
と、しろがねが空を見上げて呟いた時。ピカリ。空が光ってしろがねの瞳を射抜いた。
「きゃあっ」
しろがねは小さな悲鳴を上げて弾き飛ばされたようにして洞窟の中に逃げ戻った。カタカタと止めようのない震えが襲う。
稲光に続く雷鳴は遅い。雷はまだ遠い。でも、怖い。
「あ…」
しろがねの心を覆った恐怖は一体何に由来するものだったろう?恐怖は一気にしろがねに押し寄せて、一気にしろがねを呑み込んだ。ナルミに傍にいて欲しいと切に思った。ナルミの存在がどれだけ自分を支えてくれているかを嫌と言う程に実感する。



「ナルミ…早く来て。私の傍にいて…」
図らずに本音が唇から漏れた。
その言葉がナルミの元に届いていたらナルミは飛んで来たに違いない。けれど、しろがねの悲痛な叫びは想いの大きさには似つかわしくないくらいに小さなものだった。毛皮の遮れ切れきれない光がピカリとした。しろがねは頭を抱えてヘナヘナとその場にへたりこんだ。ナルミが消えた洞窟の奥に縋るような視線を向ける。でもそこにはナルミの姿はなくて、あるのは底無しの真っ黒黒。
暗いのも、瞳をくらますピカピカと眩しい光も、しろがねは大嫌いだった。自分がどうされるのか、どうなってしまうのかが分からない恐怖に心が支配される。今はもう、そんな境遇にはいないのに。今はもう、自由なのに。
またピカリ、と空が光る。しろがねはぎゅうっと目を瞑った。



「おい」
項に声をかけられた。
ああ。
目を開けたら私を取り巻く無数の瞳が光っているかもしれない。
私は、私は本当はまだ、あの暗くて狭い檻の中に閉じ込められているのかもしれない。
逃亡の末辿り着いたこの森で出会った小さな友達との楽しい毎日も、誰かを想うこの胸を一杯にする狂おしい気持ちも、絶望の淵に沈む私が見ている儚い夢でしかないのかもしれない。
あの、やさしくて逞しい、大きな狼も私の作り出した幻でしかないのかもしれない。
そんな錯覚に囚われて混乱したしろがねは、目を開けたら辛苦の現実に立ち戻ってしまいそうな気がして呼びかけられても小さく小さく縮こまって目を瞑っていることしかできなかった。



「おい、大丈夫か?」
控え目に、大きな手の平がしろがねの肩に乗っかった。冷えた肩にとても温かいそれはしろがねに「怖がらなくていいから、この夢は覚めることはないから目を開けてごらん」と教えてくれた。しろがねの身体から不自然な力みが消えたので、太い腕がそっと抱き起こす。目を開けたしろがねが恐々と顔を上げるとこの上なく心配そうな表情のナルミが自分を覗き込んでいた。
「具合悪いのか?歯の根が合ってねぇぞ?唇も青褪めてるしよ」
ナルミの親指がしろがねの唇を撫でた。さりげない官能がしろがねをハッキリと現実に連れ戻す。
「そんなに寒いのか?火をつけたからこっちに来い」



ナルミの言葉につられて洞窟の奥を見るとさっきまでしろがねを手招きしていた暗闇は失せ、赤々と燃える炎が薪の上を踊っている。しろがねは安堵の息を肩でついた。しろがねの強気も幾分復活する。
「立てるか?」
立つのに手を貸そうとするナルミを「いい、一人で立てる」と突っぱねた。
「おまえってさあ、もしかして雷が苦手とか?」
「うるさいな!」
からかい口調のナルミに誘われ、焚き火の前の毛皮の敷物にようやく辿り着く。しろがねはくたり、と座り込んでその暖かさに悴んだ手をかざした。その手は先程立ち戻ってきた昏い記憶のせいでほんの少しだけ震えが残っていた。



「本当に平気かぁ、おまえ」
大きな狼がドカリとしろがねの極近くに座った。
「そっ、そんなに近くに座るな!」
過去の記憶を反芻していたしろがねはナルミの挙動に不注意になっていて、自分の真横に平然と腰を下ろすナルミに悲鳴のような声を上げた。
「へへっ、そんだけ大っきな声が出せるなら大丈夫だな」
ナルミが人懐こい笑顔を見せる。ミンシアがやってきてから滅多になくなってしまった独り占めできるナルミ。しろがねにとっては困るけれど本当は嬉しいコミュニケーション。



「だ、だから離れろと言うのに」
しろがねはドキドキしていることをナルミに気づかれないように顔を背けた。
「何だよ、オレに冷たい岩肌にケツをおろせってのかよ」
しろがねが敷物を見ると確かにこれ以上離れる猶予はどこにもない。ナルミは渋々と腰を浮かせる。
「この岩肌と同じくれぇ冷てぇなぁ、おまえは」
「わ、分かった。敷物の上に戻って」
鳴海に「冷たい」と思われるのは本意ではない。心の距離が縮まるのは困るけれど、離れていかれるのはもっと困る。決して嫌われたくはない。
ナルミは自分のことを「好きだ」と言ってくれている。その場所をミンシアに獲られたくはない。ナルミにはそのままでいて欲しい。込み上がる独占欲に、しろがねは胸を詰まらせた。



私は勝手な女だな。
好き、と言う気持ちに応えてあげることもできないくせに。
しろがねは自分を詰った。
「離れなくていい。だけど」
「触れてくれるな、だろ?分かってるよ」
ナルミは唇を尖らせてぼそっと言うと、手近の焚き木を圧し折って炎の中にいささか乱暴に投げ入れた。炎が一瞬、大きくなる。しろがねはじっと踊る炎を銀色の瞳に映している。ナルミはしろがねの凍ったような横顔に小さな溜め息をついた。そしていきなり「おしっ!」と気合を入れると、何かを思い出したかのように服を脱ぎ出した。



「な、な、な、何をっ!」
それにギョッとしたのはしろがね。
「何を、ってこんな濡れてたの着てたら寒いじゃん。脱いで火に当てとけば雨が通り過ぎた頃には幾らか乾くだろ?」
ナルミはシャツを雑巾絞りにして水分を搾り出すと枝にかけて火にかざし、続いてさくさくとズボンも脱ぎにかかる。しろがねは慌ててグルッと背中を向けた。顔が火照る。焚き火が近いからに違いない。
「うえー、下もぐっしょりだ。脱ぎづれっ」
「ちょっとやだっ…!私が隣にいるの、忘れていないか?」
「別に見られても困るようなカラダしてねぇからな、オレ。おい、おまえも脱いだ方がいいぞ?冗談抜きで風邪引くぞ」
「あなたの傍らで全裸になれと?」
しろがねの顔がとうとう火を噴いた。
「おまえだって見られて恥ずかしいカラダじゃねぇだろ?」



初めて出会った月夜の晩の、温泉での自分の裸体をナルミが思い出していることが言葉の中に暗に見て取れて、しろがねは目を三角にしてナルミを睨んでやろうとしたけれど半分振り返って目に入ったのがナルミの見事な大胸筋だったので急いで視線を自分の膝の上に戻した。
不意に月夜の晩のナルミのアレが思い出された。臨戦態勢のすごいモノ。しろがねはぶぶん、と頭を振ってそれを脳ミソから払い出そうとした。無駄な努力。お互いの裸体を思い出し、これでイーブンになってしまったことがしろがねは悔しい。
「だ、誰がそんな危険なこと!私は脱がないからなっ」
「勝手にしろよ」
しろがねは肌に張り付く冷たい服がどんなに体温を奪っても我慢しようと思った。けれど、背筋を駆け下りた悪寒がぶるっと全身を震わし、くちんくちんとくしゃみを連発し、それを見たナルミに「ほら言わんこっちゃない」と肩をすくめられて、あえなくもあっさりと決意は折れた。すごすごと自分の濡れた服に手をかける。



「最初からヒトの言うこと聞いときゃいいのによ。この意地っ張り」
「うるさいな」
シャツを途中まで捲り上げて、自分を窺っているナルミを白い瞳で牽制する。
「ほれ。オレがこうすりゃいいんだろ?」
ナルミがしろがねに背を向けた。
「私が裸でいる間は絶対に振り向くな!」
「分かってるっつーの」
そんなことしたらおまえに更に嫌われるだけじゃねぇか。そんなこと誰がするかっての。オレの信用っていつになったら回復するんだろ?、とナルミは頬を膨らませた
「大体なぁ、こんなところにふたりっきりだぞ?誰が助けに来るってんだよ。襲うときには関係ねぇって、服着てようが着てなかろうがよ」
「何だと?」
「冗談だから。突っかかってねぇでさっさと脱げってば」
「絶対にこっち見るな!」
「しっつけぇなぁ。誰が見るか」



ナルミは味気ない岩壁を睨む。本当は物凄く物凄く振り返りたいけれども。
自分の背後ではしろがねが服を脱いでいる。その事実にどうしたってナルミの尻尾はパタパタしてしまう、ナルミ本体が頑張って気のないフリをしてみても。
「ちょっと…くすぐったいから尻尾、大人しくしてくれないか」
と言われても、視界の端にさっきまでしろがねが着ていた服が焚き火端に並べられたのが見えたら更にまた尻尾が落ち着きをなくしてしまうのをどうやったら止められるというのだろう?だって、服がそこにあるってことはしろがねは裸、ってことだしっ!



とはいえ、フサフサの立派な尻尾で尻をサワサワとくすぐられては背中合わせのしろがねが堪らない。だからしろがねはその落ち着きのない尻尾を丸い尻で踏んづけた。
「動くなと言うのに!」
「うっ!」
ナルミの背筋にしびびっと桃色の痺れが突っ走る。尻尾、ってのは急所で踏んづけられると痛いものだが、何なのだろう?このエも言われぬ幸せな感触は!尻尾はしろがね尻の割れ目にはまり、アソコで圧迫され、滑らかな内股にぎゅむっとされている。柔らかなしろがねの尻の感触が敏感な尻尾に具に伝わってくる。



「我が青春に悔いなしッ!」
あまりの感激にナルミの尻尾がバタバタと振られ、しろがねの尻の下でビチビチと跳ねる。
「や、やめっ…動かすな、と言うのにっ」
はみ出す尻尾をしろがねは両手でも押さえつける。
フサフサ尻尾の毛叩きで肌を擦られても変な気分になるけれど、尻の下で尻尾の筋肉がウネウネ蠢かれるのも、毛先で微妙なところを細かく触られても困るしろがねだった。
「いい加減にしろ!」
「ああもう、うっせえなぁ。こうすりゃええんか?」
ナルミは尻尾をしろがねの尻の下から引っこ抜いた。と、
「ひ、あっ」
としろがねの口から嬌声が飛び出した。



「何、今の声?おまえ?」
即座に鼻の穴が広がったようなナルミの声が返ってくる。
「何でもないっ!」
股の間をフサフサの毛で刺激されて思わず奇声をあげてしまった自分をしろがねは恥じた。予想外に気持ちが良くて、ちょっとHな…変な声を出してしまった。そんな声を聞いてナルミが妙な気を起こさなければいいのだが。
実際、ナルミはムラムラとしていた。しろがねの声があんまりにも女だったから。裸体のしろがねが後ろにいるってだけでも興奮モノで我慢するのが大変なのに相乗効果を醸すようなことは止めて欲しいとも思う。欲情をこの場で消化することはできないのだから。



「すげー…ヘビの生殺し…こうやって尻尾を前にすりゃいいんだろ?」
しろがねに踏まれていたせいで愛しく思える我が尻尾を前に回す。そして股間から生えているような自分の尻尾を確かめるようにして愛撫してみた。自分の尻尾がこんなに可愛く思えたことなど今だかつてあっただろうか?いや、ない。
「おい。オレの尻尾、何だか濡れてるんだけど」
ぼふん、としろがねの顔面が再び発火した。
「な、何て冗談を言うの!そんなわけないでしょ!バカっ!」
そんなわけない、と言いつつもナルミの言葉が実は冗談とも言い切れなくてしろがねは真っ赤になった。



「何をムキになってんだよ?おまえまだけっこう雨で濡れてんじゃねぇのかって…は・はーん?おまえ、もしかして…」
「うるさい、うるさい!」
「ちょっと感じてたり」
「うるさいと言うのにっ!少し黙ってくれ!」
ナルミはしろがねの言う通り、それ以上は何も言わなかった。言わないけれど肩を震わせて、声を殺してククク、と笑っている。
しろがねはナルミと背中合わせで本当によかった、と心底思った。



next
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
ブログ内検索

PR
Template by Emile*Emilie
忍者ブログ [PR]