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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。






銀と黒の詩。
そのろく、春夏秋冬 ~ひととせ・初夏~





<上>


しろがねは葛藤の中にいた。
つい最近、新しく立ち現れた悩みの種。
元々、ナルミとどういうスタンスで顔を合わせるべきか、という悩みはあったのだけれど、今現在、しろがねを叫びだしたいくらいに悩ませるのは数週間前にナルミやマサルの住む森にやって来た一匹の山猫。
ほら、今も親しげにナルミの周りにまとわりついている。
短い黒髪が快活そうなミンシアという名前の可愛い山猫。
しろがねの銀色の眉山が歪む。胸の中いっぱいに溜まる気分の悪さを誰にも気付かれないように溜息にして吐き出した。



空気にはたくさんの水の匂い。
手を打って大きな音を立てたら空から雫が滝のように落ちてきそう。
きっと、まもなく梅雨がやってくる。



ミンシアはナルミの昔馴染みなのだそうだ。ナルミが他所の森で拳法の修行をしたときの先生の娘だとか、兄弟子なのだとか、色々とナルミが紹介をしていたようだったけれど、ナルミの顔を見るなりいきなり抱きつくようにして飛んできた、そしてその後もナルミの半径1M以内から外に出ない、そして初対面のしろがねに挑戦的な瞳を投げてきたミンシアのことが気になって、しろがねは殆ど頭に残っていない。
ナルミのことを「ミンハイ」としろがねの知らない名前で呼び、ナルミもミンシアを「姐さん」と呼んで常に自分の周囲にいるミンシアに違和感はないようだ。
ミンシアが来てからナルミがしろがねに話しかけることも、傍に寄ることもめっきり減った。しろがねの方からはナルミに近寄ることはないから、皆で会ったとしても下手をすると一度も口を利かずに帰ることもしばしばになった。
別にナルミが余所余所しくなったわけじゃない。ミンシアがあんまり傍にいて話しかけるから、しろがねに割く時間が減っただけだ。



いいじゃない。これ以上、ナルミとの距離が近くなると困るだけだったのだから。ちょっと前まで自分から避けていたのだから。
しろがねは強がってみた。





ナルミはマサル・ミンシアと一緒にトンボを捕まえようと草原で虫取り網を振り回している。楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
しろがねにはどんなに離れていてもナルミの声が分かる。これくらい離れているとしろがねもナルミをゆったりと見つめることができる。ナルミを見つめていることを、ナルミに気付かれないで済む。



しろがねはリーゼと一緒に少し離れた木陰に座って3人のことを眺めていた。皆でお弁当をすっかり食べ(お弁当を用意してきたのはしろがねとリーゼで、しろがねはいつにもまして大量のお弁当を用意してきて、ナルミは笑顔で「うまい、うまい」と全部食べて、しろがねは今日の曇り空のような表情の下でとても喜んだ)、その後片付けをしたふたりが楽しそうに会話をしているように一見見える。
でも隣のリーゼが「マサルさんが何匹目のトンボを捕まえた」とか「マサルさんが虫取り編を空振りしておかしい」とか言っても、それもまたあまりしろがねの頭には残らない。こうして座っていても少しも落ち着かず、銀色狼の手は無意識のうちに膝元の草を毟るから手の届くところは皆はげてしまった。



しろがねはもう一度ミンシアに視線を向けた。射るような視線に気付いたか、ミンシアもしろがねに強い視線を返す。一瞬、古典的にバチリっと火花が散ったが耐え切れずに視線を逸らしたのは銀色狼の方だった。どうしてか胸の中には悔しさが込み上げて、しろがねはスカートを握り締めグシャグシャと皺を作った。





「あなたはミンハイのことどう想っているの?」
ミンシアは初めて会った日に、わざわざしろがねにそう言いに来た。
「どうもこうもないわ。ただ、同じ狼、それだけよ」
しろがねは素っ気無く答えた。お互いに相手を観察していることは自覚していた。
ミンシアは「そう?」と軽く返事をするとしなやかな尻尾をしならせてこう言い切った。
「初めに言っておくわ。私はミンハイを追いかけてこの森に来たの。私はミンハイが好き。ずっとミンハイの傍にいたいと思ってるの」
その時、顔色を変えずにいられたのかどうか、しろがねには自信がない。



「種族が違うでしょう?愛していると言っても」
しろがねの真っ当な指摘にミンシアはフフンと鼻を鳴らす。
「確かに、ミンハイは狼で私は山猫。種族が違うわね。あなた、種族が違ったら愛し合えないと思ってるでしょう?とんでもないわ、愛し合えるわよ?」
どうやって?しろがねは視線で訴える。ミンシアはしろがねの無言の問いににっこりと答えた。
「キメラさえ作らなければいいの。異種族間では子どもを作らない、私たち動物の絶対の決まりさえ守り抜くその覚悟さえあれば種族違いでも愛し合えるのよ」
「そんなこと…」
「私は覚悟しているもの。この世に生まれたからには子孫を残すことを第一に考えなければならないのが自然の定めだけれど、私は子どもを産めなくたって構わない。ミンハイさえ傍にいてくれたらそれでいい」



ミンシアはマサルと楽しげに会話するナルミの横顔に愛おしげな瞳を向けた。
「あなたはミンハイと同じ狼。おそらく、ミンハイにとって初めて出会った狼。それも女の狼だわ。でも今日一日見てあなたがミンハイに素気無く対していることがよく分かったわ」
「それがどうしたと言うの?」
どんなに挑発しても本音とは裏腹に冷静な態度を崩そうとしないしろがねにミンシアは呆れたように言った。
「あなた、ミンハイがどれだけ自分と同じ狼に出会いたがっていたか知ってる?ずっとたったひとりの狼で、狼だからって恐ろしいフリをして、それでどんなに寂しい思いをしていたか知ってる?同じ狼がいたらその寂しさも消えるって、それがもしも女の狼だったら愛し合うことができるって、あなたみたいな狼に巡り会える日をどんなに待ち望んでいたか、理解できる?」



ミンシアの言葉にしろがねは、ハッと胸を突かれる思いがした。
そうして初めて、あの温泉で出会った日のナルミの泣きそうな瞳を思い出した。黒い瞳に映り込んだ銀色の月の光がうるり、と涙に融けた様を、しろがねは思い出した。
「私はね、ミンハイの寂しさを癒してあげたいの。例え種族が違うのだとしても」
しろがねは肩で大きく震える息をついた。ミンシアがきつい瞳でしろがねを牽制する。
「ミンハイはあなたのことが好きみたいね。全く分かりやすいったらありゃしない。でもきっと、ミンハイも同じ狼でもあなたみたいな冷たいのに恋をしてても埒が明かないってすぐに分かるわ。振り向かない同種族よりも自分を愛してくれる異種族の方がいいって分かる日はすぐに来るわ。私の腕はミンハイを温めてあげられる。あなたはどう?ミンハイに触れる気もないんでしょう?」
しろがねはミンシアに何一つ言い返すことができなかった。





「見て見て!こんなにトンボを捕まえたよ!」
リーゼに突き出す虫カゴにやくさんのトンボ。どれもこれも「ここから早く出せ!」と翅をうならせて怒っている。
「さあ、逃がしてやれ。キャッチアンドリリースだ」
ナルミが近づいてくるにつれてしろがねは視線の先を曖昧にする。ナルミの顔からその胸元に少しずつずらしていく。その周りにミンシアが張り付いている。
ナルミの寂しさを癒してあげるために。
しろがねは手の甲が真っ白になるくらいにスカートを握り締めた。



私だって。
私だって本当は…。



たくさんのトンボが低い雲が垂れ込める空に向って翅を広げた。
四方八方に散っていくトンボを目で追って仰向いた頬に最初の雨粒が当たる。
「あ、雨デスネ」
「皆、急いで帰り支度しろ!すぐに来るぞ、本降りが」
どうしてこんなに悔しい思いをしなくてはならないのだろう?しろがねは不覚にも涙が零れてしまいそうで、皆が荷物をまとめるのに右往左往しているのに顔を下げることができなかった。
ザアアっと堪えきれずに雲が落とした大粒の雨が顔を打つ。



「リーゼさん!僕の上着、傘にして!手、繋げる?」
マサルは片手に荷物を持って、空いた手をリーゼに伸ばし、リーゼは
「アリガトウ、マサルさん」
とその手を取った。ふたりは仲良く、こんもりと葉をつけた枝が庇のような森に向けて駆け出して行った。
「きゃー、いきなりすぎるわよぅ」
「そら来たぞ!走れ!」
ナルミも荷物を鷲掴んで発破をかける。ナルミの大声に我に返ったときには皆が走り出した後でしろがねの周りには誰もいなかった。しろがねは独り出遅れて、大雨の中、足が出ない。ナルミはミンシアと肩を並べて走っていく。しろがねは大きな背中に縋るような視線を縫い止めてトボトボと歩き出した。



行かないで。
私を独りにしないで。
雨のカーテンに隔てられた自分とやさしい狼との距離が苦しくて堪らない。



しろがねの想いが届いたのが、視線が刺さって痛かったのか、ナルミはすぐに振り返り何やら大雨の中を優雅に歩いている銀色の狼に向って駆け寄ってきた。しろがねの心に言葉では言い表すのが難しい喜びが充ちる。ナルミがミンシアから離れ、自分に気をかけてくれることがどうしようもなく嬉しい。
いつの間にか芽生えていた、独占欲。
冷たい態度を取ることを心がけていたのに皮肉なものね…しろがねは小さく笑った。



「何してんだ、早く原っぱを出ねぇと」
ナルミは問答無用でしろがねの手を掴んだ。
「マサルみてぇに雨よけになるようなもの、貸せればよかったんだけどオレ、上着なんか着てこなかったからよ。すまん。走るぞ?」
何であなたが謝るの?そう訊ねてみようかとも思ったけれどナルミが自分の身体を傘にするかのようにしろがねの身体を抱きかかえて走り出したものだから、しろがねは何も言えなくなってしまった。雨に濡れた服越しにナルミの熱が伝わってくる。



「……何だか……こうやってふたりでいるの、久し振りだよな」
「そうだな」
「……雨は鬱陶しくて嫌いだけど、今日はオレ、ちょっと感謝してる」
「……」
「おまえには……鬱陶しいのが増しただけなのかもしれねぇけどな」
肩に置かれた手に込められた力とは裏腹に、ナルミの声はどこか寂しそうで弱弱しい。



あのね。
私も、今日の雨には感謝しているのよ?
しろがねは心の中で答える。
私だってナルミの寂しさを癒してあげたい。
でも。
私はいつか、帰らなければいけないから。



降頻る雨。
ナルミとしろがねがここまで身を寄せ合ったのはこれが初めて。
急いで雨を避けられるところまで行かなければならないのに、ぐっしょりと濡れた黒と銀の狼の足はゆっくりとしか走れない。
雨が包んでくれなければ、寄り添うことなどできないことをふたりともが知っている。
だから、せめて、時間を延ばそう。
できるだけ、この切なくとも幸せな時間が長く続くように。



雨が濡らしてくれるから、頬を流れるのが本当は静かな涙だとナルミに気付かれなくて済んだことにも、しろがねは感謝した。



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