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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。






銀と黒の詩。
そのろく、春夏秋冬 ~ひととせ・春~





天上の青。
新緑に萌える丘。
丘を渡る麗らかな風。
紺碧に還る白い花びらの風舞。



ナルミは小高い丘の上に一本だけ立つ桜の黒い木肌に寄りかかりながら、重たそうにたわわな花をこんもりとぶら提げた桜の梢を見上げ
桜の花びらの散る音って、サラサラ?ハラハラ?何なんだろう?
そんなことを考えていた。
実際に桜の花びらが舞う時に音なんか聞こえないのに、どうして擬音を当てはめたくなるのか。
それはきっと、ナルミを取り巻く沈黙が彼の居心地を少し悪くしているからだと思われる。
本当は桜の散る音なんてどうでもいい。



ナルミはチラリと視線を横に振った。
そこにはナルミの大好きな銀色オオカミが手持ち無沙汰な顔でナルミと同じように桜の梢を見上げている。キラキラとした春の陽射しにさざめくように光る銀色はそのまま光に溶けてしまいそうなくらいに眩くてナルミは思わず瞳を細めた。
出会ってもう何ヶ月も経つのに相変わらず自分と他人行儀な距離を開けて立つ、そのきれいなオオカミのことがナルミの最大の関心事なのだから。
ナルミが半歩寄れば、半歩離れ、一歩寄れば一歩離れる。
桜の樹の周りをクルクルクルクル。
同じ色の磁石みたいだ。



今、ふたりはマサルとリーゼの到着を待っている。
丘の上の桜の樹、それが今日の待ち合わせ場所。
「あいつら…遅ぇなァ…」
しろがねからの返事はない。ただ彼女はナルミの言葉にそれまで空を仰いでいた白い顔を俯かせて黙っているだけだ。
ナルミは桜の枝の間から覗く青い空を透かし見つつ思う。
最近のしろがねはあまり怒らなくなった。怒らなくなったけれども、それにつれて口数が少なくなった。怒られなくなったのはありがたいけれど、反面素っ気無さが増したようでそれはそれで寂しい。
どっちがいいのかな。
始終怒られてんのと、相手にされてんのかされてねぇのか分かんないようなだんまり。



今も先に来て待っていたしろがねにナルミが「よう」と挨拶をして、それに「こんにちは」と返事が帰ってきてそれきりだ。それきりナルミは空気と会話している。
しろがねが黙ったままだから何となくナルミも言葉少なになって、せめて桜が舞う時に詩でも詠んでくれたらなァ、なんて思ってしまうのだ。
ナルミは溜め息をついた。しろがねと出会ってから何万回目の溜め息だろう。
桜がふたりの周りで無言の薄紅の詩を吟詠する。





「なァ、まだオレを許しちゃくれねぇのか?」
何だか静けさに居た堪れなくなってしまったナルミはもう一度謝ることに決めた。
「すまなかった、この通り!」
ナルミは深く首を垂れる。しろがねはその様子を横目で見て、苦しそうに唇を噛んだ。
「しろがね、オレはおまえにどうしたら許してもらえる?おまえの言う通りにするからさー、ああ、だけれど二度と顔を見せるな、とかそーゆーのは抜きにしてくれ」
首を垂れたままナルミは陳謝を繰り返す。その髪に、白い花びらが降る。
しろがねは考えて考えて考えて。吐息とともに言葉を紡いだ。
「頭を上げて…許すから、もう謝らないで…」
とうとうその唇からお許しのお達し。



しろがねはもう大分前からナルミのことを許していたし、怒ってもいなかった。ただ、ナルミとの距離を縮まるのが怖くて怒ったフリをしていた。もう許しているのに許してないフリ。ナルミが謝る度にしろがねは苦しかった。
もう止めて。こんなにしても許さない私のことなんかどうでもいいって思って。こんなに可愛げのない女のことなんか嫌いになって。
だのにどうしてこんな私との仲直りに拘るの?
ナルミが謝るとしろがねはその度に突っぱねて、悲しそうなナルミの顔を見なければならない。それがしろがねには堪えた。怒ったフリをするのにも疲れ、自然と口数も減ってしまった。ナルミに悲しそうな顔をさせたいわけではない。だからしろがねはナルミにこれ以上悲しい気持ちになって欲しくなくて終に「許す」と言ってしまった。



距離が縮まってしまう。
ハードルが、ひとつ、意味をなさなくなった。
案の定、しろがねの言葉にナルミはパッと顔を上げ、輝くような笑顔を零した。
ナルミの笑顔を見るのもまた苦しい。身体中が温かく幸せになって一生懸命に隠している本心が飛び出してしまいそうになる。しろがねは慌てて目を逸らした。



「ホントに!本っ当に怒ってねぇのか?」
「ああ」
ナルミが歩み寄って、ふたりのスペースを詰める。しろがねは反射的に飛び退って
「ダメ!近寄らないで!」
とナルミと制した。
「何で」
明るくなったナルミの顔がまた曇る。
「許したけど……それとこれはまた別だから」
「だから何で」
「……」



しろがねは答えられず、また黙り込んだ。
「ちぇ。まただんまりかよ」
余所余所しい距離を挟んで桜の樹にもたれ掛かったふたりは同じ角度で梢を見上げる。番いの小鳥が小枝に止まり、愛の歌を歌いだした。ほんの少しだけふたりを取り巻く沈黙が柔らかいものになる。





「なぁ」
「何?」
「おまえさァ…もしかしてオレのこと、嫌いなのか?」
ナルミの問にしろがねの肩が揺れた。
「いーよ、ハッキリ言ってくれて。覚悟してるからさ」
ナルミの声が硬い。これから発せられるであろうしろがねの答えにかなり緊張しているのが窺える。しろがねはきゅっと拳を握った。
嫌い。
そう言えば、自分とナルミの距離はこれ以上縮まらず、むしろ離れていくことだろう。しろがねはナルミとの距離を縮めたくなくてナルミにいけずをしていたわけだから、願ったりだ。嫌い、と一言言えばいい。


言えばいいのに。


しろがねはナルミとの距離が縮まること以上に距離が開くことの方が怖かった。それが正直なところ。だから彼女は
「嫌いじゃない」
と答えた。
「ホントにか?!」
またまたナルミの表情がパッと輝く。そしてまた近づきそうになって、おっと、とナルミは身体を引いた。
「好きか、と訊かれたら返事に困るけれど、嫌いではない」
苦し紛れのしろがねの返答は非常に微妙なものだったけれど
「ま、いーや。嫌われてねぇだけでもありがてぇ!」
とナルミは手放しで喜んだ。



「嫌い、って言われたら男らしく諦めようって思ってたんだがよ、嫌いじゃねぇならまだ芽はあるよな?」
ナルミは長い腕を伸ばしてしろがねの手の甲を握り取った。しろがねがそれを振り解こうとして何やらと言う前に
「近寄らねぇから。だからせめて手くらい、今は握らせてくれよ」
と先手を打った。しろがねは諦めて、腕から力を抜いた。
桜の枝の仲良しの小鳥達は恋の喜びを囁く。
素直になったら?言いたいことを言うなら今だよ。
それにサラサラハラハラの桜の伴奏もくっついてナルミはちょっと背中を押された。だから



「オレはおまえのこと好きだから」
ずっとずっと言いたかった告白を桜の花の下でした。



しろがねの手がビクッと震え、ナルミの手の中で小さく丸くなった。ナルミは更にその手を包み込む。嫌がらないでくれ、祈りにも似た気持ちを抱きながら。
「今はまだ……おまえに好かれてねぇけどさ。頑張るから、オレ」
手の平が痺れて痺れて仕方がない。ナルミもしろがねも。
「返事はいつでもいい。オレはずっと待ってるから。でももし、オレが待ってても無駄な努力だってなら…」
ナルミの手が震えている。この先の言葉を口にするのには勇気も覚悟も要るのだろう。こんなに強くて大きな身体を持っていても、怖いことはあるのだろう。
「今、この場で言ってくれ。おまえを好きになる可能性なんてゼロだ、って。ジジイになるまで待ってたっておまえの子どもを産む日なんて来ねぇ、ってよ。おまえにその気がないのにオレが好きだって言ったって迷惑なだけだろ?オレはおまえにもっと嫌われちまう。それだけは、嫌だから」
ナルミは断頭台に差し出すように少し首を前に傾けて、訴えるような瞳でしろがねを見つめる。しろがねの目元が歪む。振り絞るようにしてしろがねは嘘を言う。



「待ってても無駄…」
その言葉にしろがねを見下ろすナルミの瞳の色が絶望に染まる。息を止めているナルミがそのまま死んでしまいそうで、しろがねは急いで
「そんな風には今は言えない。分からない。そうなるかもしれない、でも今は本当に分からない。分からない。でも、そんな顔はしないで…」
と付け足した。見る見る間にナルミの瞳の中の絶望が消える。
ナルミは半分泣きたそうな顔で、でも額に希望の星が張り付いた。
うまくいかない。
この人を、うまく遠ざけることができない。



「ちっとは…オレ、期待してもいいのか?」
「……期待はしないで……でも、絶望もしないで……」
遠ざけなければいけないのに。
しろがねは苦しい息を大きく吐いた。
「そっか……」
しろがねの手を握るナルミの手に力がこもる。
「なァ、しろがね」
「何」
「桜の花びらの散る音ってどんな音?」
「……しんしん?」
「それって雪の降る音じゃねぇか?」
「雪も桜も、似てるからいいんじゃないの?」
ほんのちょっとだけ、会話が続くようになったかもしれない。





桜の花びらが踊るようにして降り注ぐ。サラサラと、ヒラヒラと、しんしんと。
いつの間にか、ナルミはしろがねの手の甲ではなく手の平と手を繋いでいた。
マサルとリーゼが丘を駆けてくるのが見えるまでの、束の間。
「オレ、おまえのこと好きだから」
「何度も言わなくても…分かったから」
「言いたいんだよ。何度でも…」
ふたりの距離は半分になっていた。



End



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