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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。






銀と黒の詩。
そのろく、春夏秋冬 ~ひととせ・初春~





山にゆうるりと春がやってきて、景色は朧な新芽色に染まりつつある今日この頃。
川に張った氷もほとんどが溶けてようやく釣りが楽しめるようになってきたし、おあつらえ向きにここのところ天気も陽気もいいので今日は皆で釣りに出かけようという話になっている。
ナルミは大きな長靴に負けず劣らず大きな足をガフッと突っ込むと自分用のとマサル用の二本の釣竿を手に取った。
「おし!山ほど釣ってやる!」
たくさんたくさん釣り上げていいところを見せるとするか。
ナルミは鼻息も荒く胸を張る。
誰にって、しろがねに。



ナルミは壁一面を賑やかにする写真を見遣った。
マサルと友達になってから今までの思い出の写真をナルミはいつでも見られるようにと壁に貼り付けている。海釣りに行ったときの写真、落ち葉で絵を描いたときの写真、特大の雪ダルマを作ったときの写真。
途中からはリーゼも写り込んでいる写真が増えて何だか清清しさが増す。
それから冬の写真になると突然多くなる銀色の写真。しろがねの写真。



しろがねはきれいな、そしてナルミの大好きな銀色のオオカミ。
相変わらず、ナルミにつれない、いけずなオオカミ。



多少難有りでもナルミがしろがねに夢中なことには変わらないのでどうしてもカメラを持つナルミがしろがねに向けてシャッターを下ろす頻度は増えてしまう。必然的にナルミの家の壁にはたくさんのしろがねが並ぶ。写真の中でだったら怒りんぼのしろがねもナルミに淡く微笑んでくれる。
二次元と三次元のしろがねの違いにナルミは大きな溜め息をついた。
「ちっとくらい…緩んでくれてもいいのになァ…」
ナルミは写真の中のしろがねの眉間を指でとんとん、と小突いた。



マサルのおかげで再会してからかれこれ3ヶ月が経つが、しろがねはいまだナルミを警戒しているのか、態度は相変わらずだ。マサルたちがいる分には朗らかなのに、ナルミとふたりきりになった途端に怒ったような顔になる。目尻も眉尻もキッと上がって口角はきゅうっと下がる。
そして気安く触るな、傍に寄るな、余計なことをするなおせっかい、と散々な言われよう。
確かに再会できたあの日は舞い上がってしまって、月夜に温泉で仕出かした無礼に対してしろがねに謝罪することをすっかり失念していたナルミだったけれど、その次に会った日からは平身低頭、毎回のように謝っているのだ。昨日だって謝ったし、一昨日だって謝った。でも、しろがねは「五月蝿いな」と一言ばかりで、「もういい」の一言はくれないのだ。



折角の、たった二匹のオオカミ同士なのに。
知らず、ナルミの唇が尖る。
根本的にしろがねの好みじゃねぇのかな、オレって?
なんて考えて鳥肌を立てることもしばしばだ。
「どうしたら……いいんだろうなァ……」
許しの言葉をもらえない限りは愛の告白もできやしない。その場になって愛を語れるのかどうかはまた別の話だ。



それはそれで、気持ちを言葉にすることも大事なのだけれど、特に愛を口にしなくても、ナルミがしろがねを好きなことくらい、彼女にも分かっているはずだ。邪険に扱われようが何だろうが、情けなくもこんなにしろがねに纏わりついているのだから。
でも色よい言葉はかけてもらえない。
初めてしろがねの家に遊びに行った時の、マサルとリーゼと4人で撮った写真にナルミの目が止まる。あの時、マサルが「しろがねとナルミ兄ちゃんが真ん中にきなよ」と言ってくれたのだけれど、「マサルさんとリーゼさん、背の低いおふたりが前にどうぞ。私達は後ろに並びますから」としろがねが言って、結果どうなったかというと後ろの列のふたりはナルミがどんなに頑張って手を伸ばしても届かないくらいに離れているのだ。



この距離がイコールふたりの心の距離に思えて(実際にそうなのだろうけれど)ナルミはこの写真を見る度に甚く切ない。その後も何度かしろがねと写真を撮る機会はあったけれど必ず間にマサルかリーゼを挟んでいて、「仲良く(寄り添うように)並んでツーショット」は一枚もない。
溜め息も出るというもの。
「ま……しゃあねぇなァ。『まだ』3ヶ月、そう思おう」
頭を掻きながら苦笑する。
ナルミは気を取り直すと、玄関先に置いてあるバケツを手に暖かい陽光の中に出かけていった。





「よーし!また釣れた!」
「僕も!すごいね、すごい釣れる!」
ナルミの棹にもマサルの棹にも次々と魚がかかる。今日のおかずには困らないようだ。
水飛沫を上げながらご機嫌で魚釣りに興じるふたりからちょっと離れた木陰にリーゼとしろがねは敷物を敷いて、女同士でおしゃべりに花を咲かせていた。それぞれの傍らには魚以外のおかずやおにぎりの入ったバスケットが置かれている。



「私は今日、タコさんのウィンナーをたくさん作ってきまシタ。マサルさんが『お弁当のウィンナーってやっぱり赤いのが定番だよね』って言うものデスカラ」
リーゼがニコニコしながら言う。その他には甘い卵焼き(ちょっと焦げた)やポテトサラダなどマサルの好物ばかりを用意してきたリーゼだった。
「しろがねさんは何を持ってきたんデスカ?」
「私は鶏のからあげとエビフライ、それと温野菜のマヨネーズサラダを持ってきました」
しろがねはにこやかに答える。リーゼが思わず何度も見てしまうくらいにしろがねのバスケットは大きい。



「しろがねさん……重たくなかったデスカ?」
「いいえ、別に。皆さんに食べてもらえることを考えたら重さなんて」
「ナルミさんはたくさん食べますモノね。普通の量じゃ足りナイデス」
ナルミ、の名前が出てきたのでしろがねは慌てて首を振る。
「べ、別に私はナルミのためにたくさん作ったわけではないんですよ?皆で食べるのに足りなくなっては困るかしら、と思ったものですから…!」
しろがねは耳の中を濃いピンク色に染めて勢いよく訂正した。
「ナルミのために、じゃないのですから…!ダメですよ?彼の前でそんなことを言っては。調子に乗らせてしまいますから」
しろがねの語尾が『から』ばかりになっている。そんなに言い訳をしなくていいノニ、とリーゼは思った。きっとしろがねさんはナルミさんのことが好きでそれを知られるのが恥ずかシイのダワ、と。



「本当に、ナルミのことはどうでもいいのですから」
しろがねの言い訳はまだ続く。そして、銀色の視線が川縁でマサルと仲良く並び、魚を釣るナルミの大きな背中に注がれた。眩しそうで、切なそうで、柔らかくて、少し熱っぽい視線を。





「調子が良さそうデスネ」
リーゼが大漁に沸くふたりの背中に声をかける。
「あ、リーゼさん!今日はすごいよ。おみやげを配れるくらいだよ」
「楽しそうデスね。私、釣りってやったコトなくテ」
「じゃあ、リーゼもやってみろ?オレの貸してやるよ。マサルに教わって糸垂らしてみな」
リーゼはナルミから釣竿を受け取ると、マサルの隣にちょこんと腰掛け、嬉しそうにこちょこちょと会話を始めた。



そんなにくっついて釣りをすると糸が絡まるぞ?と言おうとも思ったが、すでに自分はお呼びでないようなので、ナルミはしろがねの居る樹の根元へと足を向けた。ナルミが近づくにつれてしろがねの表情が変わっていくのが分かる。ナルミはまた大きな溜め息をついた。
「ち、近くに座るな。バ、バスケットの反対側に座…れ、というのに!」
ナルミが両耳を手の平で押さえ「聞こえねー」というジェスチャーをしながらさっきまでリーゼが腰を下ろしていたしろがねのすぐ傍らにドカリと座ったために、銀色のオオカミは文字通り飛び上がり、自らバスケットを挟んだ反対位置へと移動した。



「な…何なんだよ、そんなことしなくてもおまえには手を出さねぇって。マサルもリーゼもいるってのによ、変なことするわけねぇだろが」
「ど、どうだか」
「なァ、いい加減許してくれよ。頭ならいくらでも下げる、どうすればオレは許してもらえる?」
しろがねは顔を背けたまま黙り込んだ。
白くて頑なな横顔にナルミは溜め息をくれる。そして徐に立ち上がった。



「な、何?」
彼の一挙手一投足に過敏に反応するしろがねに、ナルミは呆れたような声を出す。
「何って焚き火の準備をするんだよ。そろそろ魚を焼き始めてもいいだろ。……あのな、オレだって傷つくぞ?普通にしてくれよ、マジで」
ほら、しろがねもメシの支度手伝えよ。
力なく言うナルミの背中にしろがねはまた眩しそうな瞳を向けた。そして
「もう……私は怒ってなんかいないのよ、あなたのこと…」
と、ナルミの耳には届かないような小さな小さな声で呟いた。
再会してしばらくの頃は怒っていた。月夜の温泉に現れた不埒で無礼なオオカミのことを。けれど、ナルミがどんなにやさしいか、温かいかを知るうちに彼に対する感情は怒りから別のものに変わっていった。ただ、ナルミにどう接していいのか分からないために態度を変えることができないでいた。



しろがねには事情があったから。
今は誰のことも本気で好きになれない事情が。



しろがねも溜め息をついた。
怒りとは違う別の感情。初めて会った時には既に、怒りながらも淡く生まれていた感情。
空は抜けるように真っ青で、吹き抜ける風も爽やかに温かいのに、その下のオオカミふたりはどんよりとした心を抱えたまま、縮められない距離に胸を痛めていた。





「いっただきまーす!」
皆して釣りたての焼き魚に齧り付く。
「美味しい!」
ハフハフ、アチアチと齧ったところからホカホカと湯気の立つ魚たち。
「それにしてもリーゼはすごいなァ。川の主を釣り上げたな」
バケツから溢れんばかりに魚は釣れたけれど、初心者のリーゼが一番の大物を釣り上げたのだ。金ピカに輝く大きな鮭。リーゼやマサルには一抱え以上ありそうな大物。
その主もとうとう焼き魚にされて皆に囲まれつつかれて骨を晒している。



「本当に大きな魚ですね」
「季節が来ても海に戻らないヤツがいる、って話は聞いてたけどよ」
「リーゼさん、きっと釣りの才能があるよ」
「いいえ。ビギナーズラックです。それにきっと先生の教え方が上手だっタんデスヨ」
マサルとリーゼはえへへーと顔を見交わせて嬉しそうに笑う。



「リーゼさんの握ってくれたおにぎりは美味しいね」、とか、「卵焼きはお口に合いマスカ?焦げちゃったんデスけど」、とか、「ううん、焦げてても美味しいよ!リーゼさん、僕の好きなものばかり用意してくれたんだね」、とか、「今度一緒に釣りに行こうよ」なんて小さいふたりの微笑ましい会話をナルミはやさしい顔で聞いている。仲良しなふたり、気持ちの通じ合っているふたりが羨ましい、そんな顔にも見える。
しろがねはナルミの面差しをじっと眺めて、それから自分の用意した弁当に目を落とした。



リーゼはきっとマサルの喜ぶ顔を思い描きながら作ったに違いない。作りながら心を温かくして楽しかったに違いない。
ならば自分は?と問うてみる。
作りながらマサルやリーゼの様子を勿論考えた。喜んで食べてくれるかしら、なんて思いながら。でも。でもマサルよりもリーゼよりも私は誰のことを考えていただろう?朝も暗いうちから起き出して、こんなにもたくさんの揚げ物を作ったりしたのは誰がため?
誰の笑顔を見たかった?



「いいじゃねぇか。ふたりで太公望、ってのもおまえたちには似合いだよ。なァ、しろがね」
突然、ナルミに自分の名前を呼ばれてハッと我に返ったしろがねは何のことに同意を求められたのか分からなかったけれど、「そ、そうですね」ととりあえず相槌を打った。
ナルミに呼ばれて騒がしくなる心臓。
しろがねはそれを持て余すようにして手を左胸に当てた。
「なァ、しろがね。適当におまえの作ってくれたヤツ、皿に盛ってくれよ」
自分のことは自分でやったらいいだろう!ふたりきりなら絶対に言っている。けれど今はマサルもリーゼもいる。だからふたりは仲のいい風を装える時間。



「はいどうぞ」
「さんきゅ」
ナルミはしろがねから皿を受け取ると今度は
「しろがね、箸も取ってくれ」
と言う。それくらい自分で取ったらどうだ!ふたりきりなら絶対に言っている。けれど今はマサルもリーゼもいる。だからしろがねは笑顔で取ってあげる。
箸を、それを持つしろがねの手ごと鳴海が握った。しろがねの手がビクリと震える。ぎゅ、と自分の手を包むナルミの手は温かい。



ナルミは分かっている。こういうことをするからしろがねが嫌がるんだろうことを。でも、マサルたちがいてくれるところでないと、しろがねに触れることができない。ナルミはしろがねに触れたいのだ。彼なりにささやかでもしろがねに愛情表現をしているつもりなのだ。
好きでもない奴にこんなことをされたって鬱陶しいだけだと思われているのは百も承知。
ナルミはすぐに手を解くとしろがねの手の間から箸を抜き取って
「さんきゅ」
と礼を述べた。
騒がしい。騒がしい心臓。
ナルミはしろがねの作ったおかずを美味しそうに食べる。



「すごいね、しろがねの作ってきたの、兄ちゃんの大好物ばかりだね。良かったね、兄ちゃん」
「ん!最高だよなー!うめぇよ、しろがね」
ナルミがしろがねに笑顔を向けた。
しろがねもその笑顔に
「ありがとうございます」
と答えた。



私が見たかったのは誰の笑顔?



しろがねの心臓は弁当箱が全部空になっても騒がしいままだった。



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