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義務教育を終えてない方はご遠慮ください。
Unbalance.
7.Believe it ? - 1 -
「わあ!ギイ先生!会いたかったわ!」
ギイは別れ際の約束通り、時々、大体は半年に一度くらいエレオノールに会いに来る。
エレオノールはギイの姿を認めると鳴海から手を離し、駆け出した。
そして本当に嬉しそうに顔をほころばせて、その身体に飛びついた。
「エレオノール、久し振り。元気そうだな」
「はい。ギイ先生も元気そう」
「ああ。それにしても大きくなった」
「だって私、あと2ヶ月で9歳ですもの」
鳴海は少し離れたところからふたりの再会を見守った。
ふと、自分の手を見遣る。さっきまでエレオノールと繋いでいた手の平。エレオノールの手の感触がまだ残っている。
でも、今は空っぽで。
変な感じ。鳴海はいつも思う。
「よう。どんな塩梅だ?」
「芳しくないな」
「そうか」
既に大人な上に『しろがね』であるふたりには、特に交わされる挨拶はない。
つい昨日別れたかのような言葉が交わされる。
そうではあるが。
ギイは戻ってくる度に、鳴海がやつれていく印象を受ける。
大人びた、と言えば聞こえもいいが、どこか影を帯びて思い悩んでいる、と言った方がいいのかもしれない。
鳴海は『しろがね』だから身体の調子が悪いということは在り得ない。精神面に何かの負荷がかかっているのか?
「ナルミお兄ちゃま!さあ、行きましょう」
ギイとは既に手を繋いだエレオノールが鳴海に声をかけ、手を差し出す。
以前のように3人で横並びになって歩きたいのだ。
「ああ」
そう短く返事をしてエレオノールの手を取る鳴海の、彼女に送る視線とその手の握り方にギイは何かを感じた。
そう、ある種の熱っぽさのようなものを。
「よかったなぁ、エレオノール。ギイと会えてよ。…そこら辺、氷が張ってるから気をつけろよ?滑るぞ?」
「はい。お兄ちゃま」
「ナルミ…」
「あ?何だ?」
「いや……何でもない……」
「変なヤツだなぁ」
「……」
普段通りの鳴海に見える。相変わらずエレオノールに対していささか過保護な、面倒見のいい『兄貴』の顔。
いつもと何ら変わらない鳴海の何気ない行動に垣間見える、何か。
そしてそれは会う度に、日を追う毎に大きく育っているような風にギイには思えて仕方がない。
鳴海は自分の中に繁茂するそれを懸命に押し殺そうとしているように見える。
ギイは鳴海の挙動に観察の目を走らせた。
特にエレオノールに対する行動を。
ギイがやって来ている間だけはエレオノールも鳴海から離れる。
夜も、ギイのベッドに潜り込んで眠る。
ベッドに並んだふたつの銀色の頭が、夜が更けるのも忘れておしゃべりに興じている。
「幾つになっても甘えん坊だな、エレオノールは」
「ギイ先生が来るのはたまになのですもの。こんなときくらいはいいでしょう?」
会う度に背が伸びて、女の子らしくなっている。
ギイはこの可愛い『妹』をとても大事に思う。ママンの宝物はすくすくと真っ直ぐに成長している。
「でも、そろそろ独りで寝ないとな。同じ部屋に寝るのは構わないが…」
「はあい」
ギイがエレオノールの髪を撫でる。
それが嬉しくてエレオノールはにっこりと微笑んだ。
「……ナルミともまだ一緒に寝ているのか……?」
探るような色が声に出てしまったかもしれない、ギイはそう心配をしたけれど、エレオノールは特に気にもせず
「ええ。いつも一緒よ。ナルミお兄ちゃまは大きいから窮屈なんだけれど」
と弾むように答えた。
「さっきも言っただろう?もうエレオノールは大きくなったんだから独りで寝なければ」
「耳に胼胝ができるわ…。ナルミお兄ちゃまも同じことを言うけれど、どうして?一緒に眠ると温かくって落ち着くのだもの」
鳴海はエレオノールと旅をして初めの頃はいつもツインルームを取っていた。
エレオノールが4歳だとしても独りで布団に入る習慣をつけた方がいいからと、安宿でシングルしかない場合を除いて必ずツインを取っていた。
けれど、何遍試みても言い聞かせても、エレオノールは鳴海のベッドに潜り込んだ。
その度に元のベッドに戻しても、エレオノールは鳴海の胸元に帰って来た。
鼻が垂れるほどに大泣きをして鳴海の傍に居たがった。
そしていつも最後に根負けをするのは鳴海だった。
鳴海が溜め息をついて「こっち来い」と手招きをするとエレオノールは嬉しそうに笑って、鳴海の隣で猫のように丸くなるとすぐにスヤスヤと眠りに落ちるのだ。
そのうち、鳴海はツインを取るのは諦めた。
けれど、これまでにも何度がツインを取り『特訓』を繰り返した。が、全て皆、不発に終わっている。
鳴海としては、本音は別としてエレオノールに独り寝をしてもらいたかった。
そうすれば多少の心の平穏が自分の元にやってくるだろうことが予想できたからだ。
それに、その方がエレオノールの身の安全を守る確率が高くなる。
鳴海本人からの身の安全。
このエレオノールの無邪気な好意が鳴海の神経を磨り減らしているに違いない。
だが、エレオノールをただの子供だと思っていれば、例えば自分のように彼女を完全に『妹』として見ていれば何の苦もない筈だ。
もう少しエレオノールが成長すれば、「自分は女である」という分別が芽生え、例え『兄』であっても恥ずかしがって異性とは同衾しなくなるだろう。
それはおそらく、遠くない未来。
エレオノールは立ち居振る舞いや考え方に、大人のような一面を見せて驚かせたかと思うと、ささいなことに年齢以上に子供っぽい一面を覗かせることがある。
これまで同年代の子ども達に揉まれたり、母や姉のような存在が身近にいないからだと思われる。
おそらく異性に対する考え方の成熟が遅いのだろう。ましてや、幼い頃から毎日顔を合わせている相手だったら尚のこと。
鳴海が大人であるという安心感も手伝っているのかもしれない。
本当は大人が、一番危ういことを彼女は知らない。
「ナルミお兄ちゃま、私が居なくてもちゃんと眠れているのかしら?」
鳴海を語るエレオノールの瞳は暗い部屋でも分かるくらいにキラキラと輝いている。
「そうだな…」
ギイはその一言だけを発し、連れの泊り客のことを考えた。
隣の部屋からは物音一つ聞こえてはこなかった。