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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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分類に悩む読み物です。
義務教育を終えてない方はご遠慮ください。

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

Unbalance.

 

 

 

 

 

 

 

44. Mon amour.  -2-

 

「どれだけの時間を走り続けたのかは分からん。長足クラウン号がようやく地上に出たところ、それは中国とロシアの国境沿いの中国側だった」

長い話を終えて、鳴海はふうっと肩で息をついた。

「中国の辺境に追いやられたオレはそのまま消息を絶った、ってわけさ。訛りが酷くて最初は苦労したけれど言葉は何とか通じたしな。自動人形の気配を察知しては飛び回って、まぁ…それなりに『しろがね』としての仕事もしてたぜ?のんべんだらり、って過ごしてたんじゃねぇ、ってことだけは念を押しとくぞ?」

「そんなことはいい。結局、金がおまえの命を救ってくれたってことになるのか」

皮肉なものだな、ギイは鳴海が辛うじて聞き取れるくらいの小さな声で呟いた。

「どうなんだろうな」

鳴海は自分の左右の手を見比べる。同じような形だが、片方は生身で片方は義手だ。

中身は開けてみないと分からないこともある。本人でないと、分からないことがある。金はもういない。

だから、金の本心は分からない。

「とどのつまり、オレは金の言う通り、銀ではないからな。アニキ面するオレが気に食わなかったんだろう。弾き出されちまった」

結果、それがオレを助けるような形になっただけで。

鳴海は小さく吐息するとギイと視線を合わせた。ギイもまたどことなく神妙な顔つきをしていた。

「僕にとって金はアンジェリーナの仇でしかないから、おまえが抱えた気持ちは理解できない。金が最期に報われることも本当は許容できない。今でも、あいつは後悔と絶望のうちにのた打ち回って死ねばよかったと思っている」

「ギイ…」

「でも僕も、親愛なる身内の情、というものが分からないではない。だから金はともかく、おまえが…おまえの中の銀が納得できたというのなら、それはそれでいいのだと思う」

「そう、思うか?そう…思ってくれるか…」

鳴海は額に手を当てて、しばしの間、首を垂れていた。

「ま…兄として金と最期まで一緒にいてやる、ってのはできなかったがあの戦いの果てには当初の目的は達成できたわけだよな…彼女の未来から脅威を取り去るっつー当初の目的はよ…」

鳴海があえて名前を呼ばずに「彼女」という三人称を使うことにギイは幾分険しく瞳を細めた。ギイは返事をしない。

自分の言葉にギイが無言でいるのに堪えられず、鳴海は

「その……彼女は幸せにやっているか…?」

と訊ねた。

 

 

 

 

「…あれから30年だぞ?今更訊いたところでどうする?」

ギイの態度が一変、頑なで冷たいものになった。

「どうも…しねぇよ。ただ、幸せになっててくれていれば、そう思っただけだ。オレは彼女に会うつもりはない。平穏な生活を乱したくはないから」

「ふん。ずい分と自惚れたものだな。30年前に死んだ筈の男など、彼女の中でとうの昔に忘却された亡霊に成り果てているだろうに」

「そりゃ…そうだろうよ」

鳴海の顔はギイの台詞で見る見る間に傷ついていく。

「30年、放ったらかしで、幸せかどうか訊ねられてもな」

「そう言うなよ。おまえの言いたいこと、分かってるから。オレはあいつが幸せに暮らしていてくれればそれでいいんだ。40歳を過ぎてるあいつが人並みな結婚をして…は、伴侶に大切にされ」

前の席の背もたれを掴む鳴海の両手が力み、鉤爪状に曲がった指が食い込んでミシミシと不穏な音を立てた。

「子どもを生んで育てて…子どもだってもう大きくなっているだろう?」

ギイはそんな鳴海の手元をじっと見ていた。平静を繕おうとする意図は見えるものの、相変わらず自分を誤魔化すのが下手な鳴海の様子に呆れに似た溜息を漏らす。

「おまえがいなくなってからの30年……僕は一度だって彼女の涙は見たことがない」

鳴海はゆっくりと顔を上げる。ギイは正面を向いて独り言のように話していた。

「一度だって彼女の口からおまえの名前も聞いたことがない。いつも柔らかな笑みを口元に浮かべていたよ。それは今も変わらない」

「そうか……笑っているのか。幸せ、なんだな…」

そうか。オレのことはすぐに忘れて、前向きに歩き出せたのか。自分の手で幸せを掴むことができたのか。

ホッとしたような、寂しそうな、そんな笑い声を立てる鳴海にギイは眼球だけを向ける。

「幸せ、っていう概念も相対的だから。他人の目からは幸せそうでも本人は不幸せかもしれん。その逆も然り。僕は何とも言えない。彼女がこの30年幸せだったのかどうかなんて明言できない」

「ギイ」

「僕には彼女の笑顔は僕や正二に心配をかけるまいと無理をしている象徴に見えた。僕は彼女の涙を一度だって見たことはない、けれど彼女が心の底から笑っているのも見たことがない。彼女の笑みを見るたびに、おまえが別れ際にどんなに酷い負荷を彼女に課したのかが見て取れて、見ている僕もどんなに苦しかったか。無責任に姿をくらましたおまえが心底憎らしかったよ」

「なっ…!」

視線を合わせようともしないで冷たい顔で真正面を見据えるギイに鳴海は詰め寄った。

「ギイ、オレが彼女の前から姿を消したのは…!」

「先に年を取っていく彼女の傍にいる未来に嫌気が差したのだろう?現に、彼女はおまえよりもはるかに年上になってしまったものな。この先老いさらばえていく女と添い遂げるだけの覚悟が若いままのおまえにはなかったってことさ」

「違う!!!」

鳴海は立ち上がり、怒号ともとれるような大声を出した。ロビー中の耳目が鳴海とギイに集まった。鳴海はまだまだ大声を出しそうな勢いだ。

「ナルミ、落ち着け。いいから座れ」

「オレに座って欲しいのなら今の言葉を取り消せ!オレは、エレオノールなら皺くちゃのババアになってって抱けるぞ!」

「分かった!分かったからそんなことを大声で叫ぶな!さっきのは取り消す!」

鳴海はギイを睨みつけたまま不遜な態度で席に着き、

「おまえだって知っているだろう?オレが…!どんなにエレオノールを愛していたのか。今だって愛しているんだ。この30年、忘れたことなんか一瞬たりともねぇ」

と噛み付くように言った。

「大体が、おまえだろが?オレに我慢しろ、そう言ったのはよ」

「そうだったかな」

「そうだよっ…!オレはもう、ああいう形でしかエレオノールから離れることができなかったんだ。自惚れって言われてもいいよ、エレオノールはオレを愛してくれたから、オレがいたら他の男に目がいかねえだろ?」

ギイは身にまとった冷たさを和らげた。

「…すまなかったな。おまえがエレオノールからどういうつもりで離れたのか、今でもどう想っているのか、それを知りたくて、おまえの口から聞きたくて試すようなことを言った。おまえの苦悩は分かっているつもりだ」

「フン…人が悪ィ」

澄ましたような銀色の瞳に向って鳴海は舌を突き出した。

 

 

 

 

「オレはエレオノールを愛している。二度と会えなくても、一緒になれなくても、オレの女は未来永劫、エレオノールだけだ」

それだけだ。

鳴海は吐き捨てるように言うと、哀しい色の瞳を閉じた。

 

 

 

 

ロビーにギイの乗るフランス行きの飛行機の搭乗手続きが始まった旨のアナウンスが流れた。

鳴海もギイも顔を上げ、掲示板に目を遣る。ギイがコートの内ポケットにあるチケットを確かめた。

「よし」

「行くのか?フランス行き…キュベロンに定時連絡か?」

「ああ…あ、そうそう。そのことで、僕もおまえに言うことがあったのだ」

「何だよ」

「僕は今後、ルシールの補佐をすることになった」

「あ?」

ギイが立ち上がり、鳴海もそれに続く。

「あの戦いでタニアが死に、マリーもこの30年の間に自動人形との戦闘中に命を落とした。今回おまえが『柔らかい石』を見つけたことで新しい『しろがね』誕生の算段がついた。となると教師役が足りないからな。ルシールも高齢だ、バックアップも必要なんだろう。そういうわけで僕は第一線から退くことになった」

「引退するにゃ早いだろ?オリンピアの恋人は」

鳴海はギイの携える大きなトランクをコツコツと指先で叩いてみせた。

「まあね。僕も自動人形を破壊し足りないが、ルシールの名指しじゃ仕方ない」

ふたりはゲートに向かい並んで歩き出した。

「ふうん。で、それがどうした?」

「僕が戦線を退くとなると、僕のパートナーが余ってしまう」

「まだパートナーなんてのを持ってたんだ、おまえ」

「ああ。でだ。僕のパートナーをおまえにやろうと思う」

「は?」

突然の話の展開に鳴海は思い切り訝しそうな顔になった。歩きながら押し問答が始まる。

 

 

 

 

「僕は一線を退くが、おまえはこれで晴れて『しろがね』の現役復帰だろう?ちょうどいいではないか」

「ちょっと待て、勝手に決めんな」

鳴海は手の平をギイの顔面に突き出し、ちょっと待て、のジェスチャーをしてみせた。

「なかなか腕のいい人形使いだぞ、彼女は」

ギイはそれには構わずに話を続ける。

「彼女、って女かよ?」

「ちょうどいいじゃないか。メカマンとしても優秀だ。そのオンボロな腕をメンテナンスしてもらえるぞ?それにかなりの美人だ?胸も大きいし…おまえ好みだったろう、巨乳」

「大きなお世話だっての!それに腕のメンテくれぇ自分でできらぁ」

「へぇ。イノシシがメカのメンテねぇ」

「うるせぇな」

「ナルミ。この機に新しい恋でも見つけてみたらどうだ」

ギイはしれっと薄笑いを浮かべている。

オレの女はエレオノールだけだ、ってさっき言ったばっかだろが!

鳴海は鼻の頭に皺を寄せる。それを見たギイは、まるで威嚇する大きな黒犬のようだ、と思った。

「け。おまえのお下がりなんざごめんだよ」

「神に誓って僕は彼女に手は出してないぞ?」

ギイが甚く真面目になって反論する。

「何ムキになってんだよ…変なヤツ。そうでなくてもオレはもう女は抱かねぇことにしてんだ。約束だからな」

「約束?」

「ああ。だからオレはこの30年、女を抱いてねぇ」

「おまえがか?」

ギイは目を丸くする。それもそうだ、かつての鳴海はエレオノールに手を出さないようにするためとはいえ、一晩に何人もの商売女を相手にする豪傑、絶倫男だったのだから。

「凄ぇだろ?」

鳴海は胸を張った。

「だからオレに女を押し付けんな。それにオレにはパートナーはいらん。一人で平気だし」

そう言った鳴海は非常にさばさばと、明るくギイに笑ってみせた。

 

 

 

 

「そうか。ならば、僕はもう何も言わん」

ゲートに着いたギイは内ポケットからチケットを取り出し、受付に差し出した。

「その旨をおまえの口から彼女にそう言ってくれ」

「あ?」

「僕はもう行かねばならん。フライトの時間だ。おまえがもっと早くに着いていれば僕が伝えにいく余裕もあったんだがな。彼女もここに来ている、あそこのカフェにいるから」

鳴海はギイの指差すカフェに視線を走らせる。

「後はおまえの好きにしろ。無理強いはしない」

「断るからな、オレは」

「好きにしろ、と言っている。そうそう、一度キュベロンに顔を出せよ?ルシールの雷は覚悟しておくんだな」

「ちぇ。分かったよ」

じゃあな。

30年前、旅立つギイを見送ったのと寸分違わない仕草で鳴海は手を上げる。

ギイはそれを横目で眺めた。そしてギイもまた30年前と変わらない後姿で機内へと伸びるタラップに消えた。

 

 

 

 

ギイは座席にゆったりと腰掛ける。そしてギイの登場に次々とやってくる客室乗務員とにこやかに会話する。

彼女たちとの挨拶が一通り終わると、ギイは小さな窓からカフェに向ったであろう鳴海のいるビルに視線を投げた。

「さて。どんな顔をするのか…」

ギイはどうしても持ち上がってしまう口角をずっと手で隠していた。

 

 

 

 

 

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