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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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分類に悩む読み物です。
義務教育を終えてない方はご遠慮ください。

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

Unbalance.

 

 

 

 

 

 

 

45. Mon amour.  -3-

 

ギイの言うカフェに入ると、鳴海はすぐにその『パートナー』を見つけることができた。どうしたって目立つ銀色の後頭部。『しろがね』の目印。

彼女はガラス張りの外を臨める壁面に設えられたスツールに腰をかけ、退屈そうに遠くを眺めていた。エントランスに到着するタクシーの数を数えているのか、青い空に銀翼を広げる旅客機の数を数えているのか、面は外を向いていた。

ショートカットにした髪から伸びる細い首と、しゃんと背筋を伸ばした細い背中。残り少ないアイスティーの中の殆ど溶けてしまってない氷を手持ち無沙汰にかき回す仕草もどこか優雅で、きっと美人なんだろうな、と鳴海は思った。

大体がギイがパートナーに選ぶような女だ。ルックスが良いに決まっている。

鳴海は歩を進めて女の背後に立った。

「あー…」

「悪いが、私はあなたのパートナーになるつもりはない。私はひとりでやっていける」

鳴海が声をかけるよりも前に女の方から切り出した。低めで柔らかい、何とも鳴海の好みの声ではあるがどこか高圧的で人を寄せ付けない冷たさが漂っている。

「ギイ先生は私をいつまでたっても一人前に見てはくれない。私には信頼関係が築けるかどうか分からないパートナーなんて面倒なだけだ」

女は鳴海と顔を合わせる気もないようだ。少しも顔を上げる気配がない。これは話が早い、鳴海はフッと息を抜いた。何しろ鳴海も同じことを言うつもりだったのだから。

「気が合うな。オレもこの話を断りに来たんだ」

鳴海が声を発した途端、それまで無関心を貫いていた女の手がギクリとした。手の中のストローが強く弾けグラスを真横に倒す。茶色い液体がテーブルの上に水溜りを作った。

「あーあー、何してんだよ」

鳴海はテーブルの上のおしぼりでそれを拭く。テーブルの側面を伝い女の膝を濡らしそうになる雫も慌てて掬う。女は「やってもらうことが当たり前」とでも思っているのか自分ではきれいにする気もないらしい。文句の1つでも言ってやろうかとチラリ、と見た女の胸がものすごく大きくて、鳴海は少し鼻の下を伸ばし、文句を言うのは止めた。

屈んだ鳴海の長い黒髪が女の視界の端で揺れる。

「ゴホン…。ならよ、話が早ぇや。ギイのおせっかいにはオレも迷惑してたんだ。アンタも同じに思ってたんなら…」

凍りついたように身じろぎしない女の手が、カタカタと震えていた。

「どうかしたか?」

鳴海は女の隣の席に座る。座って、その横顔を見て、鳴海もまた凍り付いてしまった。

女はゆっくりと、鳴海に向き直った。銀色の大きな瞳が、大きく大きく見開かれていた。

 

 

女は、鳴海が最愛の少女が成長したらこんな風になるのではないか、と想像したまんまの姿をしていた。かつて彼の夢に出てきたフランシーヌと同じ顔をしていた。だから思わず

「おま、え、エレオ……」

ノールか、と言いかけて止めた。

エレオノールのわけがない。エレオノールは40歳を越えているはず。自分よりも年上になっているはずなのだ。

目の前の女は見たところ、どんなに上に見ても20歳は越えていない。

それにエレオノールはきれいな青い瞳をしていた。目の前の女は『しろがね』の銀色の瞳をしている。

別人だ。

別人なのに。

どうしてこうも、懐かしい?

「あなたは、ナルミ?」

女が泣きそうな顔で名を訊ねるから、鳴海も目元を歪めて「そうだ」と答えた。

「…生きていたの?」

「オレのこと…」

知っているのか?……もしかして……アンタ、エレオノールの娘か?

そう言おうと思った。が、30年という年月のあれこれが鳴海から言葉を取り上げた。感無量で胸が詰まって仕方が無い。自分の見た目は若いままでも内面はしっかりと年を取っているようだ。どうも涙もろくなっているのかもしれない。込み上げるものを懸命に呑み込む。

エレオノールの娘であるならば自分のことは母親から聞いて知っているのだろう。エレオノールも自分の娘には事細かに話をしたに違いない。適わなかった初恋について。消えてしまった最愛の男について。その男がどんな男だったかについて。

だから彼女もまるで30年来の待ち人が現れたかのような顔をしているのだろう。

美しすぎるくらいの、エレオノールと同じ顔。

女と瞳を交わす鳴海の胸がチクチクと痛んだ。

嫉妬だった。

エレオノールと結婚した男への。

エレオノールを抱いてこの娘を作りおおせた見知らぬ男への。

何を言えばいいのか。今度は鳴海の言葉を嫉妬が奪う。

鳴海はエレオノールの幸せを望んでいた。エレオノールが幸せならば、その傍らにいるのが自分でなくともいいと思っていた。だからこそ、30年前に彼女の前から姿を消した。だのに。

鳴海の中に後悔の嵐が吹き荒れる。

「く…薄見っとも無ぇ…」

鳴海は苦々しく口の中で呟いた。

店員が運んできた水を一気に煽り、気持ちを落ち着ける。

「あ…あのよ…」

「はい?」

ようやく言葉が縺れずに出てくることが確かめられた鳴海は、気になっていた「エレオノールの娘がどうして『しろがね』になってしまったのか」、を訊ねてみることにした。

「どうして『しろがね』なんかに……もっとも、身体の中には柔らかい石が入っていたから、何があっても不思議じゃねぇけどよ」

「ええ、何があっても不思議じゃなかった」

「そうだろうな」

「私は12歳で『しろがね』になった。朝起きて、コンタクトを入れようとしたら、鏡の中から自分を見返す瞳が銀色なことに気付いたの」

「そうか……12……若いな……」

鳴海の頭は真っ白だった。頭がうまく働かない。それ以上、言葉を紡ぐこともできなかった。

「あなたはこの30年……何をしていたのですか…?」

潤む銀色の瞳に吸い込まれそうになる。とてもてとても、懐かしい感覚。

鳴海は間近にある美しい顔に見惚れた。

 

 

オレは間違っていたんじゃないだろうか?30年前の決断は間違っていたんじゃないだろうか?

『しろがね』だとか、時間の流れが違うとか、そんなことどうでもよかったんじゃないだろうか?

エレオノールも彼女と同じ年頃にはこんなに美しく成長していただろう。エレオノールがとんでもない美人に育つことなど分かりきっていたことだ。

変な意地を張らなければ、こんなにも美しく成長したエレオノールと愛を交わせたものを。

愛して、抱いて、愛しんで。

オレは誰よりもアイツを幸せにできない男ではあったけれど、誰よりも幸せにする自信があった。

世界中の誰よりもエレオノールを愛していたし、今も愛している。

ずっと彼女が大人になる日を待っていた。でもその日が来たときには傍にはいられないと覚悟していた。

愛していた。エレオノールが『しろがね』だったら、そう願ったこともある。

今、ここにエレオノールと同じ顔をした『しろがね』がいる。オレが愛して止まなかった少女と瓜二つの女がいる。

オレの心臓は激しく脈打ち、年甲斐もなくときめいている。この腕が今すぐにでも抱き締めてしまいそうな衝動を必死に抑えている。

だが、彼女はエレオノールではない。そうでなくともエレオノールの娘に手が出せるのか?

出せるわけがない、それこそエレオノールへの愛に対する冒涜だろう。

ああ、でも。このまま、同じ空気を吸っていたら、エレオノールの娘に手を出さん自信がまるでねぇ…!

 

 

オレはまた逃げるしかねぇんだな。

全くギイのヤツもホントに人が悪ィ…。

 

 

「ま…ギイにしてみたら、この現実に向き合わせることが30年前に逃げたオレへの戒めなんだろ…」

「え?何のこと?」

鳴海は大きな息を肩でついてテーブルの伝票を取り上げ席を立つ。

「え?あ…あのっ…」

「オレの話は訊いたってしょうがねぇよ。おまえさんだったら一人でもやっていけるだろ。そんじゃあな、もう、二度と会うこともねぇだろうが。元気でな」

鳴海は大きな手の平で女の頭を撫でた。ずっと昔、よく似た少女によくしたように。

「あ、ちょっと待って…!」

女も慌てて立ち上がる。途中までその大きな背中を追いかけて、そして自分のマリオネットが詰まったトランクを忘れてきたことに気がついた。

「待って、ナルミ!」

鳴海は悲痛にも聞こえる女の声を無視し大股で出口へと向かい、出口脇のレジに伝票と金を乱暴に置くと釣り銭も受取らずにロビーにごった返す人波に紛れた。

 

 

 

 

 

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