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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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分類に悩む読み物です。
義務教育を終えてない方はご遠慮ください。

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

Unbalance.

 

 

 

 

 

 

 

43. Brothers.  -6-

 

ギイの姿が教会の重たい扉の向こうに消えると、鳴海はゆったりとした動作で血溜りに横たわる金の頭の傍らに腰掛けた。

鳴海は拘束から逃れようともせず、金の血に汚れることも厭わず、口元には笑みさえ浮かべてのんびりと脚を投げ出す。

「何の…つもり…だ…」

空気がタイヤから抜けるような掠れた声で、金が訝しんで言う。

「最後まで…足掻く、んじゃ…なかったのか…」

「ああでも言わねぇとギイは梃子でもここを動かねぇだろうからよ」

鳴海は後ろに手をついて頭を仰け反らせ、仰ぎ見る。そこには大きな十字架が自分と金を見下ろしていた。

「足掻け…よ、フラン…シーヌのところに…帰りたい、って…僕に、泣きつけ…よ」

金は鳴海をありったけの力で睨みつける。

 

 

金は鳴海が全てを悟りきったような顔をしていることが気に食わなかった。確実に近づいてきている死の足音に怯えることなく泰然と構えていることも、愛する女に二度と会えなくなるというのにそれに乱れるでもないことも金の癪に障る。

金は全身から血が抜け身動きもできず死を避けられなくても、フランシーヌへの想いから生への執着が捨て切れないのに。

自分が鳴海の立場だったら何が何でも脱出しようと形振り構わずに足掻いて足掻いて、足掻きつくすのに!

エレオノールの元に戻り、彼女と手を取り合うことができるのならどんなに卑屈な態度でも取れるのに!

でも、自分はもう助からない。自分が死んでいくのに、兄がフランシーヌと今生で結ばれるなんて許せないと思った。

白金という男の死が、ふたりの幸せの礎になるなんてまっぴらだった。

金が死んで良かった、そんなことを銀とフランシーヌが笑顔で語り合う、そんなこと考えただけで血の涙が流れそうだった。

だから鳴海を道連れにしようと思った。

生きて帰れないことを知り、薄見っとも無いくらいに取り乱し、命だけは助けてくれ、エレオノールに一目会いたいのだ、今生では結ばれたいのだと泣きつく兄の姿を見たかった。そして白銀は所詮、ただの情けない男なのだ、と軽蔑して死にたかった。

僕もエレオノールを手に入れられなかったけれど、兄さんも手に入れられない、幸せにはなれない。ざまあみろ!

そう嘲りの言葉を投げつけたかった。

 

 

しかし、鳴海はただ

「もういいから、口利くな」

と、死の淵に喘ぐ金を気遣うような言葉を一言、寄越しただけだった。

 

 

「エレ…ノールに…会いた…ないのか…?」

息も切れ切れの金に鳴海はもう一度、

「口は利くなよ…苦しいだろが」

と言ってから

「会いたいさ」

と返事をした。

「会いたいさ。だって…オレがこの世の誰よりも愛している無二の女だからな。初めて会った時は彼女の中のフランシーヌにオレの中の銀が反応して愛し始めたのかもしれねぇ。けど、今はエレオノールを純粋に愛している、カトウナルミとして」

鳴海は自分の手の平を見つめて、これ以上はないくらいに優しい顔をした。そして

「だけどな。こんな姿の弟をひとりぼっちにして、兄貴が逃げるわけにもいかんだろ?」

と、その優しい顔を金にも向けた。

金の苦しげな呼吸が、ほんの一瞬、穏やかになった。

 

 

「あのな…オレは…いや、正確にはオレの中の白銀はな、ずっとずっと後悔していたんだ。フランシーヌが死んだあの日、おまえの差し伸ばした手に見向きもしねぇで決別したことを。罪もないクローグ村の住人におまえが仕出かしたことを知ってからは、『兄さん』、そう最後に呼んだ、悲鳴のようなおまえの声が耳にこびりついて、辛かった。銀はフランシーヌを失った自分の失意で手一杯でおまえにまで気が回らなかった。フランシーヌを奪ったおまえを…怨んでいたのかも…な」

鳴海は一呼吸を置いてまた語り出す。

「フランシーヌと暮らすことのできたおまえに嫉妬していたのかもしれん。そんなちっぽけなことで壊れかけた弟を放ったらかしにしたんだ。もしも、あの時、おまえにきちんと向かい合っていたのなら、私怨よりも兄としての立場を全うしていたのなら、こんな悲劇を生むことはなかったのじゃねぇか、そう、銀はずっと後悔していたんだ」

鳴海が真っ直ぐな瞳で金を見つめて、嘘ではない、と訴える。金はフイ、と視線をずらした。

「だからな、オレは思ったのよ。こうなったらとことん付き合おうってな。今度こそ、おまえの道行きを最後まで見守ろうってよ。どうせ、おまえの逝く所は地獄だろ?それだってどこまでも付き合ってやるよ。手を引っ張って、肩を貸して、ふたりで地獄を渡ろう。昔みてぇにな」

「ふん…カッコ…つけて…。信じな…い。済ま…した顔で肝心な場面…僕を出し抜くんだろ?フラン……に求愛した…いにさ」

金は憎憎しげに鳴海を見上げる。鳴海は困ったような瞳を返した。

「おまえはオレを『出し抜いた』、『横取りした』って言うんだろうが、本当はな、オレも一目惚れしていたんだよ、フランシーヌに」

「今更…」

「そうだな、今更だな。オレは……銀は奥手で自分のフランシーヌへの気持ちが愛なのだと気が付くのが遅かった。でもおまえのフランシーヌへの気持ちは知っていたんだから、彼女に求愛する前に、おまえに一言あるべきだった。だけど、あの日、あの教会でフランシーヌに対して湧き上がった気持ちを押し留めることは出来なかったんだ」

鳴海はぎゅっと拳を握る。

「オレはこうなった今でもフランシーヌに求愛したことは後悔してねぇ。だがもしも、おまえにもフランシーヌに求愛する機会があったのなら……結果は違っていたのかもしれねぇんだから」

苦渋の皺が鳴海の眉間に刻まれる。

「違わな…いさ」

金の言葉に鳴海は眉根を緩め、弟を見つめる。

結局は同じだ。例え自分が銀よりも先に求愛したとしてもきっと断られていただろう。恋に破れた自分は兄とフランシーヌの幸せな姿を見ることに堪えられず、やはりフランシーヌを拉致して逃げたに違いない。因果は何も変わらない。自分という人間の未熟さには変わりがないのだから。

どうあっても、フランシーヌは愛する男と引き離される運命にあっただろう。そして、銀は添い遂げることはできなくとも、彼女の至上の愛を手に入れることには違いはない。自分がフランシーヌを求め流転することにも違いはない。

運命に違いを発生させる分岐点はフランシーヌの死んだあの日、銀が自分を待ってくれたかどうか、その一点に限るのだろう。

 

 

「エレオノール…よりも、僕…を選…ぶっていうのか…」

「ああ。そうだ」

「そんなもの、か…」

エレオノールへの想いはそんなものかと言われて鳴海は苦笑する。

「そんなもの、ってこたぁねぇだろう?エレオノールはオレの唯一無二の女だが、おまえだってたったひとりの可愛い弟さ。比べようがねぇだろが」

「ふん…」

「それにな、エレオノールが世界一の幸せを手に入れるためにはオレが傍にいちゃダメなんだ。オレはな、誰よりもエレオノールの幸せを願っている。オレは誰よりも愛している。愛しているから、エレオノールが笑っていてくれるなら誰と幸せになったっていいんだ」

怪訝そうな顔をする金に鳴海は笑いかける。

「彼女には同じ時間を歩いてくれる男が相応しい。呪われた『しろがね』なんかじゃなくって、自分が年を取れば相手も年を取る。相手が死に近づけば自分も死に近づく、そんな伴侶を見つけるべきなんだ」

「ふん…そんなこと言って…自分、のが先に死ぬ…じゃないか…」

「ははっ。その通りだな」

鳴海は心底可笑しそうに笑った。何で今、笑えるんだろう。金は怪訝に思う。

「オレはこの戦いを生き抜いたのだとしてもエレオノールの元に帰るつもりはなかった。姿をくらまして死んだ、ってことにするつもりでいたんだ。だからな、それが嘘で死んだことにするか本当に死ぬか、それだけの違いさ」

爆音が至るところで鳴り響いた。それらは誘爆を繰り返し徐々に近づいてくる。

「エレオノールの幸せは、ギイが見守ってくれるだろう」

間近で爆発が起きた。地震が起きたかのように教会自体が振動する。それに伴い壁中に大きな亀裂が入っていく。天井からパラパラと破片が落ちてきたかと思った瞬間、大音響とともにステンドガラスが砕け散った。色とりどりのガラスが雨となって振り注いだ。

間もなく、この教会の屋根が落ちる。

「いよいよだな」

鳴海は金の上に覆い被さって飛んでくる破片からの盾になった。その身体に落ちてきた瓦礫が当たり鈍い音を立てる。金の手を取り、力強くグッと握る鳴海を金は見上げた。鳴海は清清しいほどの笑みを浮かべていた。

兄の手は、昔と変わらずに大きくて温かかった。

 

 

 

 

 

 

「長足クラウン号!来い!」

死にかけた金のどこからこんなにも大きな声が出たのかと、鳴海が一瞬呆気に取られるくらいに金は唐突に叫んだ。

金の呼び声に応え、ふたりの眼前に剣呑なドリルが顔を見せ、続いて地割れを起こし騒々しく瓦礫を跳ね散らしながら巨大な列車が地面から現れた。

「到着ゥー、到着ゥー」

列車の前面に取り付けられたホワイトフェイスがギョロリと目玉をこちらに向け、この場の緊迫感にそぐわない愉快そうな顔で笑っている。

「お、おい!何だこりゃ?!」

「僕が…脱出用に用意…していたヤツさ」

「こんないいもんがあったのか。なら、これで出るぞ!さぁ」

鳴海は金を抱き起こそうとそのぐったりとした身体の下に手を差し入れた。しかし、鳴海が抱き上げるよりも早く金は再び叫ぶ。

「クラウン号!この男を客車に乗せろ!」

「毎度ゴ利用アリガトウゴザイマスー」

吐血しながらの金の命令に、列車型の自動人形である長足クラウン号は鳴海を掴んでいるマジックハンドを持ち上げた。マジックハンドは長足クラウン号の客車の後部から伸びていた。引っ張られて金と繋いだ鳴海の手が解けそうになる。鳴海が抜けそうな金の手をしっかりと握り直そうとした時、金がその手を振り解いた。

「金!どうしてだ!金!」

宙に持ち上げられた鳴海はもがき、懸命に金に手を差し伸ばす。

「冗談じゃないよ…僕は…無様に命乞い…をするアンタを道連…れにしたかったんだ…そん、な風に達観し…ている男なんか道…連れにする価…値なんてな…よ」

金は半分身体を起こし、最後の力を振り絞って鳴海を睨んだ。

「金!掴まれったら!」

「僕は同情…なんてされた…ないね。それにアンタは……僕の兄さんなんかじゃない」

「金!」

「アンタのおしゃべりに…つきあうの、厭きた…んだ」

鳴海は抵抗も虚しく、長足クラウン号の中に強制的に放り込まれた。客車のドアがバタリと閉まる。

「行キ先ヲ仰ッテクダサイー」

「地下に潜りフルスピードで行けるところまで行け!この町からずっと離れた安全なところでその男を降ろすんだ!」

「了解シマシター、ソレデハ出発シマスー」

客車の泥除けが閉まる。必死の形相で窓ガラスを破ろうと叩き、何やらを叫ぶ鳴海の顔も見えなくなり、長足クラウン号は仰々しいドリルを回転させながら土の中に潜っていった。

 

 

 

 

 

 

金の耳にはもう何も聞こえなかった。

長足クラウン号の立てる騒音も、すぐ隣でで花火が炸裂するかのような爆音も、何も。

冷たい床に投げ出された手足は既に石となり、視界もだんだんと狭くなる。

天から石礫の雨が降る。

 

 

兄さんは昔から自分を過小評価するところがあったよね。生まれ変わっても変わらないんだね。

馬鹿だなぁ、兄さん。兄さんがいない世界じゃ、フランシーヌは笑わないんだよ?僕は知ってるんだ。

僕はフランシーヌに笑って欲しくて頑張ったけれど、ダメだった。

僕はフランシーヌに笑って欲しかったんだ。教会で、兄さんに見せたような、あんな幸せそうな笑顔を僕にも向けて欲しかったんだ。

でもね、兄さんじゃないとダメなんだ。フランシーヌってそんな女なんだよ。

だのにどうして、兄さんは自分がいない方がフランシーヌが幸せになれる、なんて考えられるのかなぁ?

贅沢だよ、兄さん。今度はフランシーヌの傍にいてあげてよ。

僕はフランシーヌが好きだった。だから何が何でも、フランシーヌを自分のものにしたいと思った。今度こそは僕に笑って欲しかった。

だけど僕はね、兄さん、兄さんが僕よりもフランシーヌを選んだことの方が哀しかったんだよ、きっと。

きっとフランシーヌがいなくなったことよりも、兄さんに徹底的に見放されたことの方が、僕をくるわせたんだよ…。

 

 

でも、いいや。にいさんはさいごにぼくをえらんでくれたね。

ぼくにてをさしのべてくれたんだ。にいさんはぼくをきらってなんかいなかった。

ごめんね、ふらんしーぬ、すきなひとからひきはなして。

ごめんね、いんにいさん、あまったれなおとうとで。

ぼくはふたりともがだいすきだったんだ…。

ぼくはひとりぼっちがいやだったんだよ…。

 

 

「にい…さ……ん…」

金の脳裏に最後に浮かんだのは歩みの遅い自分を立ち止まって待ち、そんな自分へと手を差し出してくれる兄の暖かな笑顔だった。

 

 

 

 

End

 

 

 

 

 

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