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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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分類に悩む読み物です。
義務教育を終えてない方はご遠慮ください。

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

Unbalance.

 

 

 

 

 

 

 

41. Missing.  -2-

 

「それで……どうなったのですか…」

エレオノールの瞳からは大粒の涙が既にパタパタと落ちている。

ギイはこの話をしている間にすっかりやつれてしまったように見えた。口を開くのも苦しそうだった。

ギイの若々しさは今は見る影もなく、老け込んだ声が話を続けた。

 

 

「『しろがね』が町に持ち込んだマリオネットのトランクには大量の爆薬が仕掛けてあった。人形の連中はマリオネットを破壊して『しろがね』を殺すことしか考えてないからね。盲点だったのさ。それとは別にマリーの率いていた後方待機部隊が僕の合図と共に一斉に町になだれ込んで、残りの人形の掃討と負傷者の搬出、更なる爆薬の設置を行った。そしてきっかり10分後、町中の至る所で爆発が起こった」

「……」

「町で一番の高い建物、僕らが戦った教会の尖塔が崩れていくのも僕は見た…」

ギイは自分と握るエレオノールの手を見た。気の毒なくらいに強く握り締めて真っ青になっている。

「瞬く間に町は炎に包まれた。建物は崩れ、跡形もなく…戦いは終わった。…だけれど、鳴海は戻ってこなかった」

エレオノールの手が引きつった。ギイはこれまで以上の力で握り返す。

「総員撤収後も僕はそこに残った。鳴海を待った。あいつのことだ、そうそう簡単に壊れるような身体じゃないからな。しぶとい命冥加な男だ。だから、待った」

「……」

「町の熱が冷めた頃、フウが町に清掃部隊を派遣した。例え焼け焦げたものでも自動人形の残骸は残しておけないからね。僕はそれについて町中を回った。勿論、教会があった場所も。祭壇の名残はあった。でも生きている者は誰もいなかった。鳴海も…金も…」

もっともあの炎の盛り様を考えたら骨も残るまい。それに、教会周辺は『しろがね』が重点的に爆薬をしかけていた。

「清掃部隊が仕事を終えたときには町はまっさらになっていた。そこに町があった痕跡がどこにも見られないくらいに…ただ、そこには焦げた、茫漠とした更地が広がっていた」

それでもギイは町の亡霊を見守り続けた。もしかしたら地面の中から鳴海が這い出してくるかもしれない、一縷の望みをかけて動くものはないか、探し続けた。

 

 

ギイもエレオノールも正二も塑像のように動かなかった。

「ナルミは…どこにもいなかった」

エレオノールの涙が膝を濡らす音だけが多弁だった。

 

 

 

 

「ナルミが…」

しばらくの沈黙の後、ギイの口から鳴海の名前が出たのでエレオノールはギイと視線を合わせた。

涙で汚れた顔を上げた。

「ナルミがエレオノールに伝えてくれと…。すまなかった、幸せになれ、と…僕は」

「もう…聞きたくないわ、何も…っ!」

エレオノールはもう我慢ができなかった。

「エレオノール…」

顔面を苦痛に歪ませると、ギイの手を振り払い自室へと駆け出して行った。家の奥から乱暴にドアが閉められる音が響いた。

ギイはエレオノールの消えた背中に同情溢るる瞳を向け続けた。そして草臥れたように身体を引き摺りながら、今までエレオノールが座っていた椅子に身体を沈めた。

「すまなかったな、ギイ…」

正二はその向かいに腰掛けたまま、ぐったりと組んだ両手の上に額を乗せた。

「鳴海君が行方不明と先に聞いてはいたが……そういうことだったのか」

「死体が見つかったわけじゃない…。だから行方不明だ」

ギイと正二は憔悴していた。

「エレオノールは…鳴海君に懐いていたからなぁ…」

「……そうだな」

ギイの胸が痛くなる。

正二は知らない。でもギイは知っている。

エレオノールが鳴海を女として愛していたこと。鳴海を唯一無二の存在としていたこと。

ふたりが相思相愛だったこと。

エレオノールの悲しみは如何ばかりだろうか。ギイはエレオノールの走り去った方をもう一度見遣って、やるせない溜め息をついた。

アンジェリーナの仇を討つ、その悲願が達成され諸手を挙げて喜べる筈なのに、喜ぶ気になどギイも正二もなれなかった。

鳴海の生死不明が彼らに与えた精神的打撃の方が大きかった。

ふたりはそれから何十分も無言だった。

 

 

「ギイはこれからどうするつもりなのかね?」

正二がぽつりと訊ねた。

「僕は……エレオノールが成人して、どこかの誰かと幸せな家庭を築く姿を見届けるまで日本に拠点を置こうと思う。エレオノールを見守っていたいんだ。

エレオノールの幸せを見届けること、それがアンジェリーナとの約束だが、今それはナルミとの約束でもあるからな」

「そうか……そうしてくれ。エレオノールも喜ぶ…」

正二がようやく口元に小さな笑みを浮かべた。

「どうだね?いっそ我が家に住むかね?」

「いや、遠慮しておくよ」

ギイも小さく笑う。

「確かに才賀邸には余っている部屋だらけだが…僕は気まぐれだからね。自由気ままなホテル暮らしを決め込むさ」

所帯地味そうだからな、ここにいると。

ギイは冗談を言って、遠く空を見上げた。

 

 

ギイは思う。

鳴海は最初から戻る気はなかったのではないかと。

別れ際、エレオノールにマフラーを手渡した行為も、何の問題もない左腕を奥の手が欲しいから、攻撃力を上げる必要があるからと潔すぎるくらいに切断した行為も鳴海が二度とエレオノールと会えなくなることを覚悟し、エレオノールと会えなくなる人生に執着をしていない証拠のような気がしてならない。

エレオノールの幸せを見届ける役はギイがいればいい、『しろがね』である自分が傍にいるとエレオノールのためにならない、自分はいなくなってもいい。いなくなった方がいい。

最初から金と運命を共にする決意をしていたのではないか、時間が経つにつれ、ギイの確信が強くなる。

それくらいギイが見た鳴海の最後の笑顔は清々していたのだ。

鳴海は……正確には鳴海の中の銀は、フランシーヌが死んだあの日、金に背中を向けてしまったことを酷く後悔していた。

だから鳴海は、鳴海なりにけじめをつけたかったのではないかと思う。

愛するエレオノールと大事な弟を想って。

 

満足できたのか?おまえは?

 

空に答えの返らない質問を投げかけて、ギイは友人であり相棒である男に思いを馳せて大きく吐息をした。

 

 

 

 

 

 

 

「う……うぅ……っ……ふ…ぐ……っ」

エレオノールは自室のベッドに身を投げて止め処なく流れる涙に身を震わせていた。

嗚咽を堪える気もなかった。

その手にはあの鳴海のマフラーが握られていた。

父・正二に心配をかけさせまいとひたすら子どもらしく振舞い、寂しい顔ひとつしなかったエレオノールは自室に戻ると必ず鳴海のマフラーを抱き締めて涙を零した。

夜寝るときは常にマフラーを抱き締めて、その匂いを深く吸い込んだ。懐かしい匂いに寂しさを紛らわせた。

その大事な匂いももう、薄れている。大事な人が消えかかっている。

でも、マフラーから鳴海が消える頃には戦争を終えた本人が帰ってきてくれると信じていた。

そう、願っていた。

なのに!

 

 

行方不明だなんて。

あの話を聞いて、生存の可能性なんてどこにあるというのだろう。

暗に、死んだ、と告げられた。

 

 

「うぐ…ふっ……ナル、ミの……バカっ…!何よ…ひくっ、何が時計が、ひっく、違う、私がおばあさんになっても…ひっく、若いまま、よ……『しろがね』、っく、なのに、私より先に、逝っちゃった、ひっく、じゃないの…」

鳴海は一貫してエレオノールの幸せを口にした。

これまで享受できなかった普通の暮らしを送るように、そしていつか自分と同じ時計を持つ最高の男と結婚して幸せになるように、と。

だが、鳴海の言う幸せはエレオノールにとっては少しも幸せだとは思えなかった。

大好きな鳴海と共にいられないで何が幸せなのか。

 

 

莫迦なナルミ。

少しも私の気持ちが分かっていない。

だけど、私があなたの思い描いた『幸せ』を手に入れることがあなたの望みだというのであれば、それがあなたの最期の言葉だというのであれば

私はあなたの言う通りにするわ。

あなたの希望通り、誰かと結婚して、子どもを生んで、育てて、幸せな顔で年を取って死んであげる。

『幸せ』な女を演じてあげるわ。

だから……いつか、幽霊でもいいから会いに来てね。

 

 

 

あなたに会いたいの…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

けれど、鳴海がエレオノールに会いに来ることはなかった。

一年経っても二年経っても、エレオノールが匂い立つ程に美しく成長しても、十年経っても、三十年経っても

鳴海は会いに来てはくれなかった。

 

 

鳴海の遺した言葉の通り、幸せな人生を送ることを念頭に置いたエレオノールは

哀しいくらいに空虚な年月を過ごしたのだった。

彼女には、分かりきっていたことだった。

 

 

 

 

End

 

 

 

 

 

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