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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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分類に悩む読み物です。
義務教育を終えてない方はご遠慮ください。

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

Unbalance.

 

 

 

 

 

 

 

40. Brothers.  -4-

 

ギイのメスは金の喉をえぐるようにして左方へと流れていった。

何事が起こったのかが把握できていない金の瞳が虚ろを映し、その切り口から鮮やかな朱が噴水のように噴出した。

ギイはすかさずメスを持ち替え、今度は左から右へと切りつける。

両の頚動脈から噴いた血は飛沫となってギイの髪や顔を濡らし、己の生暖かさを肌で感じた金は崩れるようにして地面に倒れこんだ。
ギイは死にかけの金には目もくれず、地面に転がるロケットを拾い上げた。硬く丸いカーブを凹ませたそれを開くのには少し力がいった。アンジェリーナが相も変わらず、やさしい微笑みを浮かべていた。
「ママン…」
ギイの指が撫でるように、ロケットについた汚れを擦る。
「僕はママンにまた…助けられたのだね……ありがとう、ママン…アンジェリーナ…」
ギイはロケットを握りしめると、それを胸に強く押し当てた。

 

 

「ギイ!大丈夫か?」

ハーレクインに止めを刺した鳴海がギイに駆け寄る。

そして、血溜りに蹲る金に複雑な視線を落とし、目元を苦しげに歪ませた。血の海は少しずつ少しずつ大きくなっていく。

「殺ったのか?」

「いいや……まだ、息があるようだ」

耳を澄ますとひゅーひゅーと掠れた笛のような音が切れ切れに聞こえてくる。

「でももう、長くは持つまい……仕舞いだ、これで、全部」

アンジェリーナの仇を自分の手で取ることのできたギイは、彼らしくなく興奮しているようだった。頬が紅潮し、肩で息をついている。

ギイは、町の外で待機していた支援部隊を指揮するマリーと連絡を取った。

「…ディーンは生きたまま確保というわけにはいかなかった。ああ、後始末を開始してくれ……そうか、分かった」

ギイは最初から金を生け捕りにする気などサラサラなかった。

その喉笛を切り裂くこと、それ以外は考えていなかった。

「今から10分後にこの町を爆破だ。10分程度ではディーンも『しろがね』とはいえ、頚動脈から失った血液は回復できまい」

ギイは鳴海に言うとはなしに言うと屈みこみ、血まみれの金の髪を掴み、その頭を持ち上げた。

「訊くだけ無駄だとは思うがな、一応訊くよ。ゾナハ病の止め方、おまえは知っているんだろう?」

軽蔑した瞳に軽蔑した瞳がぶつかる。

「お…しえ…ない……よ…」

喉の切り口から漏れてくるような細い声で金は答える。死にかけても強い瞳でそう訴えている。

「そう言うと思ったよ」

ギイはゴミを捨てるかのように乱暴に、金の頭を打ち捨てた。

「だったら僕ら『しろがね』は、この先何十年かけても自動人形を一体残らず壊す道を選ぶだけだ…。幸いにも僕ら『しろがね』は時間に祝福されているからね」

鳴海は静かに金を見つめる。

「止めは刺してやらねぇのか?」

「こいつはもう逃げられやしない。爆発までの僅かの間でも死の淵を見つめながら自分の仕出かしたことを反省してもらおう」

できるだけ苦しんで死ね。

ギイの冷たい視線がそう語っている。

 

 

「さあ、ナルミ行くぞ。負傷者をできるだけ回収しなければ…」

ギイはオリンピアを抱え起こし、その翼を広げさせた。手足を失った無残な姿だが飛行するには差支えがない。

「何とか飛べそうだ。ナルミ…?」

鳴海は蒼白な金の顔を見下ろしていた。

確実にその命は右肩下がりなのに、『しろがね』であるが故にその放物線は緩やかなものに強制的にされ、なかなかゼロに達することができないでいる。

絶命するまでの時間がいたずらに延びる。苦しい吐息を漏らし、金は暗い死の足音を聞いている。

「今、止めを刺してやる。楽にしてやる」

鳴海はボソリ、と呟いた。金の瞳だけが動き、鳴海を見上げる。

「ナルミ!」

ギイが余計なことをするなと鳴海を睨みつけた。だが、鳴海はその焼け付きそうな視線を哀しげに逸らし、

「こんなでも……弟、なんだよ」

と首を垂れた。

「……」

「オレは……銀、は…」

「…分かった。だが早くしろ、ナルミ」

ギイは鳴海にメスを手渡すとオリンピアを抱いて祭壇を下りた。

 

 

「金……今楽にしてやるからな」

鳴海は金の傍らに膝をつくと、ゆっくりと、その首筋に手を伸ばした。

「兄、さん…」

「すまん、オレにはこんなことしかしてやれん」

「に…さんは……やっぱり…バカだ、ね」

金は唇に笑みを浮かべた。

足元が揺れた、と思った次の瞬間、床をぶち破って巨大なマジックハンドが飛び出した。深刻な場面にとてつもなく似合わない、トゥーンワールドから現れたような白い手袋をはめたようなコミカルな造型のその手は真っ直ぐに鳴海に向かい、彼の胴体を鷲掴みにする。

「何……なっ!」

「ナルミ!」

鳴海は両手に渾身の力を込める。が、体勢が悪すぎる。思うように力が入らない。

ギイはオリンピアを放り出すと祭壇に再び駆け上がり、鳴海の身体を拘束する手を引き剥がそうと躍起になった。

「く…何て力だ…!」

死にかけの金がニヤニヤと笑っている。それはおまえたちの力では外れないよ、と笑っている。

「オレはいい、行け、ギイ!」

鳴海はギイを追い払うかのように手を振った。

「ナルミ!何を!」

「おまえは行け!爆発までにこれは取れねぇよ。それよりもおまえは負傷者の搬出を手伝え。時間がねぇんだ」

「しかし、それではおまえが」

「ここにおまえがいたって役には立たねぇ。役に立つとこで仕事しろ」

「しかし」

ギイは鳴海を見捨てるようなことは承服しかねるといった顔を崩さない。

「いいから行け!頼むからよ、行ってくれ。オレの硬気功のすげえの知ってるだろ?オレは最後まで足掻くから心配するな」

「……その言葉、信じているからな」

「ああ」

ギイは仕方なしに祭壇を下りる。

「なぁにトロトロしてんだ!さっさと行け!」

「ナルミ…」

「平気だって」

鳴海は笑う。ギイはオリンピアに手をかけた。

「じゃあ、先に言ってるぞ」

「おう。…あ、そうだ。なぁ、ギイ。エレオノールに何があったのか伝えといてくれ。そんで、すまなかった、って……幸せになれよって」

「それはおまえが自分で言え!僕は言わないからな!」

何故、そんな遺言染みたことを口にする!

鳴海が初めて聞く、ギイの怒鳴り声だった。

何だ、そんな声も出せるんじゃねぇか。いっつも気取りやがってよ。鳴海は何だか可笑しくてくくっと笑った。

「分かったよ、だから行けってば」

「外で待っている」

「おう」

鳴海は手を上げて返事をする。

ギイは後ろ髪を引かれる思いで、教会を後にした。

 

 

 

 

 

「おう」

鳴海は笑っていた。

エレオノールを託した旅先でギイとの別れ際にいつも見せた、変わらぬあの笑顔で穏やかに笑っていた。

そしてそれが、ギイが鳴海と交わした最後の言葉だった。

 

 

 

 

 

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