[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
義務教育を終えてない方はご遠慮ください。
Unbalance.
39. Brothers. -3-
鳴海はハーレクインの攻撃を防御するので手一杯だった。とにかく素早い。
その素早い人形が次々に繰り出すトリッキーな飛び道具に逃げ回ることしか出来なかった。
今もハーレクインが手に持つボトルが鳴海に向け弾丸を打ち出したので、鳴海は頭から机の残骸の陰に飛び込んだ。
騒音とともに机の残骸の山の半分が木っ端微塵となる。
「兄さんは逃げ回ってばっかっすねぇ」
ひゃひゃひゃと笑うハーレクインを苦々しく思いながら、頭上にパラパラと落ちてくる破片を手で払った。
これでは逃げ回るだけで体力が消耗しちまう。まともに渡り合ってもいないのに、鳴海の身体はあちこちに血が滲み、服の下では肌が色を変えていた。
何とか懐深くに飛び込むことが一度でもできれば…。
鳴海は自分の左腕をぎゅっと引き寄せた。
「かくれんぼはあんまり好きな遊びじゃないんすよ、おれっち」
ハーレクインは天に指を突き上げた。頭の左右に生える角がバチバチと音を立てる。
空気がピリリと緊張したのに気付いた鳴海は咄嗟に前に転がった。その刹那、鳴海が盾にしていた机を一撃で粉微塵にする雷が落ちた。
「ぐっ!」
爆風に飛び散る机の破片が鳴海の身体に激しく当たる。
「落雷も自由自在かよ。厄介なヤツだな」
直撃雷を受けたら如何に『しろがね』といえども即死は免れないだろう。
「もういっちょ」
ハーレクインが鳴海の上に雷を落とそうとする。鳴海は横っ飛びで直撃は避けたが側撃雷による放電は避けることができなかった。
「!!!」
鳴海は悲鳴を上げることすらできなかった。全身から白い煙を上げて、そのまま床に倒れた。
ブスブスと燻る音。肉の焦げる匂い。
「ありゃりゃ。死んじまった?」
近距離で側撃雷を受ければ高確率で人体は機能しなくなる。心臓や血管の動きに不具合が生じる。それが長引けば訪れるのは死だ。
ハーレクインは少し怯えたように造物主を見遣る。彼は主に「殺しては駄目だ」と命じられているのだ。
「悪魔の腐った爪にかけて。本格的にローストされちまった?」
ハーレクインは足で転がして鳴海を仰向けにさせるとしゃがみこんでその身体ををつんつんと突いた。鳴海はピクリとも動かない。
ハーレクインは鳴海の服をめくる。その身体には電流班が浮かんでいた。
「兄さんが死んじまったらおれっちは造物主様にこっぴどく怒られっちまう」
造物主の怒り。それは最強の自動人形にとっても恐ろしいものだった。存在意義を根底から奪われかねない。
造物主の「壊れろ」の一言で彼のオモチャである人形は壊れなければならないのだ。
ハーレクインはまだ壊れたくなかった。まだ「遊び」たかった。
鳴海はまだ死んでいない。けれど、この様子では助からないかもしれない。『しろがね』は弱いのだ。
ハーレクインはオロオロと造物主と鳴海の顔を落ち着きなく交互に見遣る。造物主に叱られる恐怖がハーレクインを混乱させる。
鳴海から気の削がれたハーレクインが胸元に鋭い衝撃を受けたのはそのときだった。
「ああ?」
ハーレクインが自分の胸を見ると真横文字に小さな傷が口を開けていた。
「ち。浅いな。寝っ転がったまんまじゃ力がのらねぇや」
鳴海はのそりと身体を起こす。まだ筋肉が感電状態から抜けきれない身体は思い通りに動かない。
ハーレクインは鳴海の左腕から異形の刃が生えているのを見た。ギザギザとした長い刃が自分の身体に傷をつけたことは考えるまでもなかった。
「金のことだからオレの手の内を封じるような人形を持ち出してくることは想像できた。だからオレは左腕と引き換えに対抗する奥の手を手に入れたのよ」
アンジェリーナが操っていたマリオネット・あるるかんの左腕。そこから剣呑な顔を覗かせるのは聖ジョルジュの剣。
鳴海はギイに頼み込み、生身の腕とマリオネットの腕を取り替えた。そのために己の左腕を切り落とすことにも躊躇いもしなかった。
「それくらいの覚悟がねぇと金には勝てねぇ。オレはあいつを過小評価はできねぇ」
兄の自分よりも頭の切れる弟だった。切れ過ぎるが故に繊細なことくらい、兄の自分は分かっていた筈だった。
「よくもおれっちの身体に傷つけたな!」
初めてハーレクインからふざけた表情が消えた。
「人形は生身で倒したかったがな。そんな小せぇことに拘っちゃ、エレオノールは守れねぇ」
ハーレクインが鳴海に向かって襲い掛かる。鳴海の身体はいまだ先の感電の余波から抜け出せず完全ではなかったが、出来る限りの力でハーレクインに向かって踏み込むと左腕を閃かせた。ハーレクインのスピードも利用し、その身体に聖ジョルジュの剣が突き刺さる速度に上乗せさせる。奥歯が沁みるような音が響いた。
ガシャン、と物々しい音を立ててハーレクインが床に背をつけた。
「硬ぇなぁ。一撃でこれかよ」
鳴海はハーレクインの身体から引き抜いた刃を見て呟いた。
金剛石並みの硬度を誇る聖ジョルジュの剣がボロボロと刃毀れを起こしている。どんな素材でできているのかは知らないが、これでは気が通らないのも頷けた。
「外から利かない気でも、内側からなら効果があんだろ」
「死んだフリなんてズルいっすね」
「フリじゃねぇ。死にそうだったんだ」
「死に掛けのジジイの入れ歯にかけて…」
「あばよ」
身動きができなくなったハーレクインの銀色の体液を垂れ流す傷口に鳴海は気を打ち込んだ。
ハーレクインは全身の擬似体液を沸騰させて、その場に動かなくなった。
ギイは失策を犯した。
突然教会内に響き渡った爆雷の音に思わず鳴海の安否を気にかけてしまったのだ。
もうもうと立ち上がる煙の中の鳴海を探すために一瞬、視線を彷徨わせたことがギイの命取りになってしまった。
その隙を金は見逃さず攻撃を仕掛ける。ギイもそれに即座に反応したものの後手に回ったことには変わりなく、オリンピアの片足はジャック・オ・ランターンの吐き出した強力な接着剤で床に固定され、大鎌を受けた腕は根こそぎ切断されてしまった。
「蜘蛛みたいにたくさんあったオリンピアの腕も一本だけになっちゃったね」
「く…っ」
ギイはオリンピアの自由になる方の足で、固定されてしまった足を蹴らせた。マリオネットの足を破壊することでギイは不自由な状態から逃れる。
けれど片足を失ったオリンピアは立ち続けることができずに膝をついた。
「そんなボロボロの人形で何ができるっていうんだよ」
オリンピアが刃のついた足でジャック・オ・ランターンが蹴りかかる。が、その足すらも大鎌の餌食となった。大鎌はまるでチーズを切るようにオリンピアの足を切り取った。
オリンピアが地に堕ちる。ギイは両手をだらりと下ろした。
「そんな惨めな姿のギイ君は見たくないなぁ。花嫁は死んじゃって、花婿には蛆が湧くのかな…?」
その時、二度目の爆雷が鳴り響いた。見ると鳴海は倒れ、その周りをハーレクインが落ち着きなく動き回っている。
金の目元に怒りが滾る。
「ち…ハーレクインめ、やりすぎたな…」
金は鳴海に用事があった。鳴海を絶望のうちに死に沈めるのは彼の仕事だった。今こんなところで死んでもらっては困るのだ。
「今ならまだ間に合うかもな」
鳴海を殺すためには生き返らせないといけない。無力なギイと戦うことは既に無意味だった。
「ギイ…もう、君と遊ぶのは止めだ。死んでくれ」
ジャック・オ・ランターンが悪魔の大鎌を振りかざす。
「君は僕の首を掻き切りたくて堪らなかったのにね。首を落とされるのは君の方だなんて皮肉だね」
ジリジリとギイは後退する。カボチャのお化けはニタリと笑った。
「ママンの仇がとれなくて腸が煮えくり返りそうかい?残念だったね」
大鎌が狙いをつける。
「バイバイ」
金の指が優雅に動き、ギイの首にギロチンが落とされた。
ママン!
僕はあなたの仇をとれないで終わるのか?!
エレオノールの幸せを見届けることなく朽ちなければならないのか?!
あなたを殺し、あなたの娘に辛い運命を与えた男に一矢も報いることができないのか?!
ママン・アンジェリーナ!
僕はまだあなたに会うわけにはいかないんだ ―――‐!
ギイは悪あがきと知りつつも後退を試みた。足を一歩後ろに下げる。
するとギイの足は何かを踏んだ。先にジャック・オ・ランターンに切り落とされたオリンピアの腕だった。
丸いそれに乗った足は前に滑り、ギイの身体は勢いよく後倒した。偶然にも、ギイの首は大鎌の軌道から逸れる。
ギイの首を落とそうと弧を描いた大鎌は、ギイの鎖骨の下に鋭い痛みを与え、薄く通り過ぎていく。金の舌打ちが聞こえた。
その時だった。
振り抜いたジャック・オ・ランターンの大鎌の切っ先にギイのペンダントの鎖が掛かったのは。
強い力で引っ張られたペンダントの鎖は容赦なく引き千切られた。そしてその反動でロケットが宙を飛んだ。
弾丸のように、金の顔面に向けて。
金は己の目元目掛けて飛んでくるそれに一瞬気を取られた。
ギイは指貫を抜いた。
そしてベルトに挟んであったメスを引き抜くと顔面に迫る異物に眉間を突かれた金に迫り
その喉笛に深々と
鋭い刃先を突き立てた。