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義務教育を終えてない方はご遠慮ください。
Unbalance.
38. Brothers. -2-
気を取られていた鳴海は自動人形の攻撃に受身を取るのに出遅れ、その衝撃の殆どをまともに食らってしまった。
鳴海の身体は跳ね飛ばされ、激しい勢いで教会に整然と並ぶ机の列に突っ込んだ。
机を半分ほど薙ぎ倒したところで騒音は止まる。
「ハーレクイン。僕は兄さんと話すことがあるんだから殺すなよ。遊んでもいいが足腰が立たなくなる程度にしておけ」
「造物主様、分かってますって。後家の絹のソックスにかけて」
机にめり込んだ身体を起こしながら口元の血を拭う鳴海の頭上にハーレクインと呼ばれた自動人形のハンマーが迫る。
鳴海は身体を捻ってそれを逃れる。ほんの2秒前まで鳴海が居た場所にハーレクインのハンマーが打たれ、硬い机を粉々に砕いた。
「へへ……ずい分と物騒なピコピコハンマーもあったもんだな」
す、と鳴海は地を踏みしめ構えをとった。
「こいつぁおれっちのお気に入りなんすよ。表でけっこうな数の『しろがね』を砕いたっすよ?」
ハーレクインはおどけた仕草でハンマーの大根振りをしてみせる。
鳴海の瞳に殺気が宿った。
「…じゃあ、オレも遊んでもらわねぇとな」
「造物主様のお許しも頂いてるし、兄さんには長く楽しませて欲しいもんすね。鈍間な驢馬の尻尾にかけて」
「なあに。お遊びの時間はすぐに終わるさ」
両者は同時に仕掛け合う。切り合った直後、鳴海は右肩に鈍い痛みを覚えたが、ハーレクインのハンマーの柄はまっぷたつに折れていた。
「仲間の血を吸ったオモチャを悪ガキにいつまでも持たせとくわけにゃあいかねぇよなぁ」
「楽しいっすね」
ハーレクインはニヤリと笑う。
「オモチャはまだまだあるっすよ」
肩にかけたポシェットから何やら取り出す。
巨大なペロペロキャンディと、ファンキーなボトル。
「そんなもん、小せぇカバンにどうやってしまってんだよ」
「ひ・み・つ」
鳴海に定められたボトルの口から栓が放たれた。皮一枚で逸らした鳴海の背後に爆炎が上がる。
鳴海は一気にハーレクインの得物の内側に入り込み、気を練りこんだ拳を打ち込む。
仕留めた、筈だった。
が、ハーレクインは痛痒なしに笑っている。
「ち…気が利かねぇのかよ」
「造物主様の特製品なんすよ、おれっち。めちくち頑丈だから兄さんの気、ってのは通らないっす」
「けっ」
ハーレクインは鳴海が次々と繰り出す攻撃を軽々とそれをかわし曲芸師のように跳ね回り、鳴海をからかい逃げ回る。
「二発目はないっすよ~」
素早い。鼻先近くまで近寄ったかと思うと、瞬時に鳴海のリーチの外に逃げる。鳴海は狙いが定まらない。
「ち。真面目に勝負しやがれ!」
「真面目に、なんてカッコ悪ィ奴のすることっすよ。おれっちはいやだなぁ」
ハーレクインはまともに向かい合わず、次から次へと取り出すギミックで鳴海に攻撃を仕掛ける。
鳴海はハーレクインのトリッキーな動きに翻弄され続けた。
金は鳴海がハーレクインに苦戦している様を祭壇の高みから楽しげに眺めていた。
「気分よく観戦しているところ悪いが、僕の相手をしてもらおうか」
氷のように冷たく硬い声に金は視線を転じる。オリンピアをエスコートするギイ・クリストフ・レッシュに。
ギイはゆっくりと金のいる祭壇に上ると金に対峙した。
「我が母アンジェリーナの仇を取らせてもらう。金……いや、ディーン」
金はヘラリ、と笑う。
「マザコン君。どうしてアンジェリーナを殺したのか、って訊かないのかい?」
「別に。振られた腹いせ以外に理由はあるまい。万年フラレ男」
ギイは冷たくあしらう。
「アンジェリーナ……出会った時は二度目の恋だと信じて疑わなかったんだけどねぇ」
金は芝居がかった大袈裟な身振り手振りで恋に狂う男が胸を掻き毟る仕草をしてみせる。
「だけどね、やっぱり似ているだけの別人だったんだ。僕を選ばないなんてフランシーヌじゃない」
「当のフランシーヌにだって選んでもらえなかったんだろう?」
ギイの言葉は皮肉そのもの。金の瞳が一段、闇色に堕ちる。
「それは兄さんが抜け駆けしたからだ」
金はハーレクインと戦う鳴海を睨み付けた。
「兄さんさえいなければ……だから今度は兄さんには邪魔をさせない、確実に消してエレオノールを迎えに行く。何てったって、エレオノールはアンジェリーナとは別格さ。瓜二つなだけじゃない。フランシーヌの記憶がある。僕の愛するフランシーヌの生まれ代わりなんだから」
金は自分の身体を抱き締めた。瞳が更に一段、闇色を増す。
「エレオノールはフランシーヌ人形とオリジナルのフランシーヌの髪が融けたアクア・ウィタエを『しろがね』にならない程度の極少量を飲んだのかもしれない。そのためにフランシーヌの記憶が蘇ったのかもしれない。でも、フランシーヌはエレオノールの口を借りて何と言ったのか、忘れたわけじゃあるまい?
どんなことがあってもフランシーヌは銀を選んだ、そうなんだろう?」
金の顔から笑みが消えた。触れられたくない、金が顔を背けている真実にギイが土足で踏み込んでくる。
「そして今生でも同じことだ。エレオノールはおまえを決して愛さない。エレオノールが愛しているのは鳴海だからだ」
ギイは金を呷り続ける。金の高過ぎるプライドを傷つけていく。
それは功を奏し、次第に金の顔は豹変していった。凶悪な、顔になる。
「だから、アイツを殺した後に、エレオノールを捕まえて、いらない記憶は消してやるんだ」
「そして自分に都合のいい記憶を植えつけるのか。そんな人形のような女とするのが恋愛なのか?そんな女が瑞々しく笑えるとでも思っているのか?
お仕着せの記憶でおまえは愛されて、それで満足なのか?愚かで寂しい男だな、おまえは。相思相愛の者達を引き離して楽しいのか」
「五月蝿い!!!」
「銀とフランシーヌ、正二とアンジェリーナ、そして鳴海とエレオノール。彼らの運命に干渉しても誰もおまえのものにならないではないか!おまえに一体何が残った?」
「五月蝿い、五月蝿い!!!」
「エレオノールは絶対に、鳴海に笑うようにはおまえには笑わない」
「五月蝿い、五月蝿い、五月蝿い!!!」
金が両手に銀の糸を閃かせると、祭壇を跳ね上げて大きなカボチャのお化けが現れた。
金のマリオネット、ジャック・オ・ランターン。
「ジャコ!切り刻んでしまえ!」
「オリンピア。ダンスの時間だ」
ギイもこれ以上の会話は無用とオリンピアを優雅に舞わせる。
ジャック・オ・ランターンの振り下ろす大鎌とオリンピアの腕の刃が切り合い、鋭い音を立てた。
ギイは幾度か切り結んだ後、距離を取る。金のマリオネットの間合いは異様に長い。これではなかなか懐に飛び込めない。
ギイは『しろがね』の中でも屈指の人形遣いだが、金は稀代の人形繰り師なのだ。
「どうしたんだい、ギイ?防戦一方じゃないか?」
「く…」
ギイはジャック・オ・ランターンの大鎌に苦戦を強いられる。ギイは苦戦も防戦もしたことはない。はっきり言って不慣れだ。
鎌の先が振るわれる度にオリンピアのドレスを引き裂いていく。
「レディのドレスを引き裂くなんて紳士のすることじゃないな」
「そうさ。僕は紳士なんかじゃない」
金の顔が奇妙に歪む。
フランシーヌだって引き裂いた。心も身体も、運命も。
愛する女だって引き裂いたんだ。
「操り人形のドレス如き、何ということもない!」
ジャック・オ・ランターンの大釜が小刻みに振動を始め、その刃先を受け止めたオリンピアの刃は腕ごと易々と寸断された。