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義務教育を終えてない方はご遠慮ください。
Unbalance.
37. Brothers. -1-
ロシアの南西、国境沿いの寂れた地方。
山に囲まれた、寒さばかりが厳しく土地の痩せたこの一帯は他に栄えた町もなく人口も少ない。特に人を惹き付ける何かがあるわけでもない。
かてて加えて数年前、この地方のある町を真夜中のサーカスがパレードをした。
町の人間は人形の餌食となり、フランシーヌ人形(彼らはそれが本物が用意した偽者だと知らない)を笑わせるために彼らの芸のアシスタントを強制的にやらされ、その褒美は必ずと言っていい程に死であった。ゾナハ病を撒かれ、死と病に支配され汚染されたその町はいまやゴーストタウンとなっていた。
誰も住む者のなくなった沈黙の町。
色濃い死の腐臭に好き好んで誰も近寄らない町。
世の中から忘れられて久しい町。
ディーンの率いる新・真夜中のサーカスはその死の町を本拠地としていた。
新・真夜中のサーカスを殲滅することを目的に召集された『しろがね』の選抜隊1万が町に近づいても人形たちの動きは無かった。
人形の棲む死の町に生き物の匂いがまるでなくても不思議でも何とも無い。
ただ、『しろがね』の誰しもが違和感を覚えた。数年前にゴーストタウンになっている筈のその町は、寂れるような過去などどこにもなかったかのような古い外観ながらも手入れの行き届いた建物で埋め尽くされていたからだ。荒涼とした雰囲気などどこにもない。
「それにしても古い様式の家ばかりだな」
それもこの地域の建築様式ではないように思われるが。
ギイが怪訝そうに呟くと
「け、悪趣味だぜ」
と、その隣で苦虫を噛み潰したような表情の鳴海が吐き出すように言った。
「悪趣味?」
「ああ、そうさ。ここは昔のプラハの町並み、そのまんまだ」
鳴海の目元に刻まれた皺がだんだんと深くなる。
銀と金とフランシーヌが出会った頃のプラハ。それを見事なくらいに再現している。鳴海は奥歯が砕けそうなくらいに歯噛みをした。
銀の深い記憶を持つ鳴海にしか分からない金からのメッセージだ。
3人が出会ったこのプラハであの時の決着をつけようよ。
フランシーヌがどちらのものなのかを。
ディーンが手薬煉引いて待ち構えているのは鳴海だけなのだ。そしてヤツは『しろがね』の軍隊など少しも恐れてはいない。
「皆、よくお聞き」
総指揮を取るタニアが小型無線にて呼びかける。
「1200に作戦を発動する。特に作戦に変更はなし。前もって申し合わせた通り」
鳴海は天を仰ぐ。ひ弱な太陽が中天にある。
「人形相手に夜襲もねぇもんな」
「それにどうせこちらの情報は筒抜けだろう」
続けて、副の立場にいるマリーが言う。
「攻勢を崩すな。人形の殲滅、そしてディーンの確保が目的だ。ディーンは中央の教会を根城にしていると思われる」
「本隊は人形には構わず突貫しろ。殲滅隊は本隊の援護を忘れるな」
『しろがね』の時計が定刻を打つ。町の正面から前衛の殲滅隊が突っ込むとそれまで静穏だった町のあちらこちらから有象無象の自動人形たちが現れた。
醜悪な本性を剥き出しにして『しろがね』たちに襲い掛かる。前衛に続き、タニアやギイや鳴海らのディーンの元へと向かう本隊が彼らの作ってくれた穴に突入する。
両翼に展開した『しろがね』は前衛の『しろがね』を倒すことに夢中になっている自動人形たちの背後を叩く。殲滅隊はとにかく人形を蹴散らして本隊の進む血路を開いた。
総攻撃。
さして大きくない町は『しろがね』とマリオネットと自動人形が犇めき合い、さながら祭りのようだ。
殲滅隊の『しろがね』と自動人形の戦いは、どちらも相手を一兵残らず倒すことが目的のために熾烈を極めた。
死の概念のない自動人形には初めから恐れがない。一方の『しろがね』も自動人形への憎悪が際限なく高められて決死の覚悟が強固だ。
如何に血を流そうと自動人形を破壊することに喜びを感じていく。死すらも使命感に塗り替えられていく。
鳴海は木っ端となった人形に混じり、仲間たちの血飛沫が上がり、飛び散った肉片が空中で石化する光景から目を背けた。
ただひたすら、仲間が切り開いてくれた血路を走り抜けた。
本隊はディーンが居るとされる教会には特に問題もなく(数人が脱落した程度で)辿り着く。
ただ、そこには『最後の4人』と名乗る自動人形が立ち塞がっていた。
「ボスを倒す前の中ボス戦、ってとこか」
「まあ、ここで立ち止まっても仕様がないさね」
タニアは薄く笑った。
「強いのだろうな」
「弱いわきゃねぇよな」
『しろがね』本隊は、それぞれに『最後の4人』へと攻撃を仕掛けた。
「それでどうなったの?」
身を乗り出してギイの話に聞き入っていたエレオノールがその先を催促する。ギイと握り合う手がじっとりと汗ばんでいる。
「僕が相手をした大法螺吹きの人形は大したことがなかった。名前はカピ…何だったか。まあ、どうでもいい。
倒すのにそれほどの時間はかからなかったが空中戦になってね、教会に戻ってくるのに一苦労な距離まで移動したのだ。
鳴海は自分と同じ中国拳法を操る人形と渡り合っていたな。結構、苦戦を強いられていたようだったが僕が戻ってきた時には決着がついていた。
タニアに「先に行け」と指示されて……それで僕と鳴海はふたりで先へ、教会の中へと進んだ。タニアは少女の姿をした人形と戦っていた。
タニアは……残念だが相打ちになり戦死した。最後の一体の道化人形は本隊のその他の『しろがね』が束になっても敵わなかった」
ギイは顰めた瞳を伏せる。
「ディーンの手持ちの中であいつが一番強い自動人形だったのだ」
「それで?」
「ヤツは、僕と鳴海以外の『しろがね』本隊を全滅させると、僕たちの後を追いかけてきた」
「……」
「ちょうど僕たちが、教会奥の祭壇に立つディーン、正確には金を見つけ、詰め寄ろうとしたところだった」
「…金」
その名を口にしたエレオノールの瞳が暗く沈む。
「僕たちが追い詰めたディーンは金という男に容貌を変えていた。僕は金という男のことは知らない。しかし、鳴海が『あれは金だ』と言っていた。
ディーンは面相を変えることが特技だったからな」
エレオノールは苦しそうに息をつくと、唇を強く噛み締めた。
教会に足を踏み入れた鳴海は思わず、自分が居るこの場所が現実なのか、それとも夥しい夜を絶望に染めてくれたあの悪夢の中なのかが分からなくなった。どんな手を使ってこの教会を再建したのかは知らないが、ここはまさに彼の記憶の中にあるプラハの教会そのものだった。
銀の中に残るフランシーヌとの最高に幸福な記憶、彼女に求愛をし、誓いのくちづけを交わしたあの教会。
「…金…」
そして教会の祭壇に立つ男は先日会ったディーン・メーストルではなく、紛れも無く、鳴海に記憶を残す白銀の弟・白金だった。
当時の錬金術師が着た黒衣も、そしてそれを纏う男の顔も、鳴海が記憶する『弟』そのものだった。
「よく来たね、兄さん」
声も、銀の知っている声。
「金…」
鳴海はフラフラと後ずさった。
「ナルミ、しっかりしろ!」
ディーンの目的はエレオノールを奪うのに邪魔になる鳴海一人なのだということをギイは悟った。
鳴海を肉体的にこの世から葬り去るのが最終目的なのだろうが、その前に精神的にも徹底的に打ちのめしたいのだろう。
そしてギイは、ディーンが周到に用意した視覚効果が鳴海の戦意を揺さぶるのに成功していることを認めざる得なかった。
そこに『最後の4人』の残り一体が鳴海に掴みかかった。