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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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分類に悩む読み物です。
義務教育を終えてない方はご遠慮ください。

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

Unbalance.

 

 

 

 

 

 

 

36. Missing.  -1-

 

東京郊外の高級住宅地にある一際大きく立派な屋敷。才賀邸。

春もうらうらと心地よい午後、才賀正二は自宅のテラスで新聞に目を通していた。

今日は平日だけれども、大事な客が来日するという連絡を昨夜遅くに受けた正二は急遽仕事を休むことにしたのだった。

見た目は平日の休みを満喫する会社社長の姿ではあったが、その実、彼の心労はここしばらく酷いものがあった。

眉間に深い皺を刻んだ、年齢よりも老け込んで見える顔が大きな溜め息を漏らす。

もはや新聞に目を通すことすらも苦痛になってきた正二が眼鏡を外し目頭を指で押さえた時、重たい門が開き、車通しに車が入ってくる音がした。

正二は幾分明るい顔を上げると間もなくして聞こえてきた軽い足音を出迎る。

「ただいまぁ、お父様」

ひとりの少女がランドセルをカタカタいわせて正二の元に駆けてきた。

正二の大事な一人娘、エレオノール。

「やあ、おかえり」

「お父様がお休みだって聞いていたから急いで帰ってきちゃった」

エレオノールは無邪気に笑う。そして正二の胸に抱きつくと改めて

「お父様、ただいま戻りました」

と挨拶をした。

正二もまた愛情を込めてその小さな身体をやさしく抱きとめた。

 

 

日本に戻り、正二と養子縁組をしたエレオノールは(本当は実の娘なのだけれども)この春から私立の小学校に通いだした。

髪を黒く染め、瞳にも黒い色ガラスを入れて目立つ容貌を隠している。

いかにも外国人の血が混じっているくっきりとした顔立ちなので人目はひくけれど、銀色の髪を靡かせて歩き回るよりもずっと衆目を集めない。

その昔、アンジェリーナもこうして髪と瞳の色を隠していたなぁ、と正二は懐かしく思う。

 

 

「お父様のお客様、まだいらっしゃらないの?」

エレオノールがきょときょとと辺りを窺っても、誰かが来た気配は無い。

「ああ…まだ来ていないな。船が遅れているのだろう」

「船?外国の人?」

「ん?…ああ」

『しろがね』関係の人?という質問がエレオノールの喉元まで出かかった。が、それを口にするのは止めた。

『しろがね』を話題にすると正二も困るだろうし、エレオノール自身、どんな顔をしてその後どんな言葉を続けていいのか分からないからだ。

『しろがね』。厳密な意味で彼女にとっての『しろがね』は父・正二の他にはふたりだけを指す。

ギイと、鳴海。

正二もエレオノールが何かの言葉を呑み込んだのを察した。

それがきっと3ヶ月前に消息を絶った男たちのことに関することだろうということも容易に推測できた。

正二はエレオノールを包む腕を解くと

「さあ、荷物を部屋に置いておいで。その間におやつの用意をさせておこう」

と何事もなかったように話を繋げた。エレオノールもそれに倣い

「はあい」

と子どもらしい返事をする。

エレオノールがパタパタと自室に戻る後姿を見送って正二はふうっと大きく息をついた。

 

 

正二にはエレオノールが無理をしているのが痛いほどに分かるのだ。

エレオノールが素直で聞き分けがいいほど正二の胸は締め付けられる。

己の心痛を表に出すことで父親に心配させることを嫌って、普通の子どもらしく振舞う演技をしている。

やさしさ故に、子どもらしくあろうとしている。父親の正二を気遣って。

エレオノールはギイと鳴海が黙って消えてしまったあの時から彼らのことは一言も口にしない。

『本当に』子どもだったら、知りたいことは遠慮なしに訊いてくるものだろうに。

気にならないはずがない。

彼らが向かった先が戦いの場であることを知っているのだから尚更だ。

それをグッと自分の中に押さえ込んでいるエレオノールの心を思うと正二は娘が不憫でならないのだった。

分かっていても自分にはどうにもしてやれないことがやりきれなかった。

 

 

正二はもうひとつ大きな溜め息をつくと、メイドにエレオノールのお茶とお茶菓子を用意するように言いつけた。

正二から指図を受けたメイドが屋敷の中に下がり、また正二がテラスにひとりになった時、その頭上に大きな素早い影が過ぎった。

それが合図に、正二は立ち上がり空を見上げる。

程なくして、正二から少し離れたところに真っ白いドレスを纏った人形が大きな羽を広げて、ふわり、と音もなく舞い降りた。

純白のマリオネットはそのたおやかな腕に一人の男を抱いている。

「ギイ」

正二が震える声でその名前を呼ぶと、男は優雅な仕草で地に足をつけた。

「港からオリンピアで来たのか」

「あそこからここまでの足を捕まえるのが面倒でね。彼女の方がずっと速い」

気取った手つきで前髪を上げる癖も何とも懐かしい。たった数ヶ月のブランクなのに。

ギイが指先の銀糸をきゅっと操るとオリンピアは瞬く間にトランクの中に折りたたまれ仕舞われた。

「よく……戻ってきたな」

正二は右手を差し出した。ギイはその手をしっかと握り取る。

「ああ。報告はもう受けただろうが、ディーンの脅威は取り除いたよ。エレオノールを脅かす者はもうどこにもない」

「そうか…」

「アンジェリーナの仇はとった…」

「ありがとう…」

正二はギイの肩に両手を置いて、深々と頭を下げた。ギイは正二の革靴に雫が落ち色の変わるのを見たが知らないフリをした。

 

 

そんな正二とギイの元にダダダと忙しない足音が近づいて、テラスに面した出入り口からエレオノールが血相を変えて飛び出した。

「や、やっぱりギイ先生…!今踊り場からオリンピアが降りてくるのが見えたような気がしたから、もしかして、って思って…」

髪を振り乱し瞳を涙で潤ませたエレオノールがギイに飛びついた。

「正二はエレオノールに僕が来ることを伝えなかったのか」

「ああ。何と言っていいのか分からなくてね」

ギイは正二の瞳の中に苦渋を読み取った。

それもそうだ。

ギイはエレオノールに回した腕に力を込めた。

「酷いわ、ギイ先生……さよならも言わないでいなくなってしまうのですもの」

「すまなかった、エレオノール」

「それも戦争に行っただなんて……私、とても苦しかった…」

「おまえに本当のことを言ったら後ろ髪を引かれそうで怖かったのだよ。おまえに泣かれるのが一番辛かったからな…」

「もういいわ」

エレオノールは涙を指で拭って微笑んだ。

「無事にこうして帰ってきてくれたのですもの。お帰りなさい」

「ただいま」

エレオノールとギイはぎゅうっと抱き合った。

そこへメイドがエレオノールのお茶を運んでくる。メイドはいつの間にかいる美形の客人に頬を染めて、ギイのために「何かお持ちしましょうか?」と声をかけたが、ギイが「いや、けっこう」と答えたので残念のそうな表情で奥へと引っ込んだ。

 

 

「話には聞いていたが……黒髪黒目のエレオノールか。日本にはこんな人形があったな」

「市松人形みたいで可愛いだろう?」

正二は可愛い娘に鼻が高いようだ。

「ギイ先生。今はエレオノール、じゃなくて『輝子』って名前なの」

「輝子?」

「エレオノール、は『輝くもの』という意味だからな。ぴったりだろう?」

「銀色を隠している間は、てるこ、って呼んでね」

エレオノールはにこり、と笑った。

そしてその笑顔を期待に満ちたものに変えると、少し辺りを窺うような動作をして

「それで……あの、ナルミ……お兄様はどこに?」

と訊ねた。 

ギイは、彼には珍しいことだが困ったような顔をして正二を振り仰いだ。ギイの視線を受けた正二もまた辛そうな困惑した表情を見せている。

ふたりは視線を交わして頷き合うと、ギイが思い切って不穏を嗅ぎ取り表情を強張らせているエレオノールに打ち明けた。

「エレオノール、気をしっかり持って聞いてくれ。ナルミは……先の戦いで行方不明になってしまった」

「え?」

耳には入ったけれども理解が出来ない言葉に戸惑っているエレオノールにギイは追い討ちをかけるように言葉を続ける。

「確認したわけではない……が、状況から判断して死亡した、と思われる」

「死亡って?誰のことを言っているの?」

「鳴海がだ」

 

 

かくり、とエレオノールの身体から力が抜けた。

ギイは気の毒そうな視線を少女に向けると、そっとテラスの椅子に座らせた。

呆然として感情の色のなくなってしまったエレオノールの前にしゃがみこみ、その冷たく硬くなってしまった拳をそっと握る。

「輝子……いや、エレオノール。苦しいだろうが聞いてくれ。僕はおまえに顛末を伝えなければならない。鳴海とそう約束したんだ」

エレオノールは涙も出ないガラス玉のような瞳をギイへと泳がせる。

ギイはできるだけ客観的に感情を移入しないように気を配りながら、先の戦いで何が合ったのかを淡々と語り出した。

 

 

 

 

 

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