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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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分類に悩む読み物です。
義務教育を終えてない方はご遠慮ください。

 

 

 

 



 

 

 

 

 

Unbalance.

 

 

 

 

 

 

 

4Tears.   - 1 -

 

人気のない無人の駅。

慎ましやかな春の訪れている頃なのに、先程から季節外れの雪がチラチラと音もなく降り出した。

「もう……雪はいらねぇなぁ……」

うんざりしたような声色に

「弱い雪だ。すぐに止むだろう」

と静かな声が答える。

三人は線路沿いに置かれた粗末なベンチに腰掛けていた。

一日に数本しかない汽車の到着を待っていた。

 

 

エレオノールはギイと鳴海と3人で旅をする。

いつもふたりの真ん中に両手を繋がれて、当てのない旅をする。

長距離を大人の男の足について歩くのは4歳の女の子には酷なので、よく鳴海が腕に抱いたり、肩に担いであげたりした。

空気のように軽い彼女の身体を抱くことは鳴海にとっては何の苦でもなく、高いところに持ち上げられて嬉しそうに無邪気に笑うエレオノールを感じるだけで

鳴海もまた嬉しかった。

エレオノールは鳴海の温もりを感じていると心地よくてそのまま眠ってしまうこともしばしばだった。

 

 

「ナルミ、おまえは少しエレオノールに過保護だぞ?」

今も鳴海の胸に凭れかかって眠るエレオノールの頭越しにギイが鳴海を窘めた。

「いいじゃねぇか。今はまだこんなに小せぇんだ。ちょっとくらいよ」

鳴海は自分の胸元に視線を落とす。

眠るエレオノールは体温が上がりポカポカとしてくんにゃりとして猫の子を抱いているかのようだ。

頬を薔薇色に染めて薄く笑っているかのように眠るエレオノールはまさに天使。

「おかげでエレオノールはおまえに生意気な口を時々利くぞ?」

「へへっ、うらやましいのかよ?子供のうちはな、ナマを言える相手も必要なんだよ」

確かにエレオノールはギイの言うことは完璧に聞くのに、鳴海にはどこかワガママを言うところがある。わざと拗ねてみたり、きつい言葉を使ってみたり、まるで鳴海の気を引こうとしているかのようなことをする。

でも、鳴海はそれでも構わなかった。

過保護と言われよう何であろうと。

ああ、そうだ。エレオノールが寒いといけない。

首が曲がって寝苦しいかもしれない。

鳴海はエレオノールを自分の膝の上に頭が乗るようにして横たわらせると、コートを脱いで身体の上にかけてやる。

鳴海の匂いの沁み付いたコートに包まれたエレオノールは気分良さそうに丸くなると、ふにゃふにゃと何やらと呟きながら鼻までをその中に埋めた。

「しかしナルミ、エレオノールは独りでも強く生きていけるようにならないといけない。分かっているだろう?彼女は…」

「分かってるよ。だけど、まだ4歳なんだ。4歳……本当だったらまだパパやママの傍であったかい愛情に巻かれて成長する時期だろう?同年代の子達は両親からのキスや抱擁をその身から溢れるばかりに享受できるのに、エレオノールは……可哀想じゃねぇか」

エレオノールの寝顔をとろけそうな顔で見つめていた鳴海の表情が一転、苦々しいものに変わる。

 

 

 

 

 

エレオノールは日本での『しろがね』の拠点である才賀機巧社の社長・才賀正二と、その妻、アンジェリーナとの間に生まれた一粒種。

ルシールの娘であるアンジェリーナは子供の頃に体内に『柔らかい石』を埋め込まれた人物だった。

4年前、ギイが『しろがね』本部から拝命した任務は、アンジェリーナの腹の中から柔らかい石を取り出し、彼女の赤ん坊にそれを入れフランスに持ち帰ること。(それを打ち明けたとき、鳴海は臭いものを嗅ぐような顔をした。)

ギイは『しろがね』らしく、その任務を冷徹に敢行しようとした。

その生い立ちから母親というものに不信感しか知らなかったギイは、母の手から赤ん坊を取り上げることにも躊躇がなかった。

むしろ、『母親』という存在に復讐ができる、ざまあみろ、それくらいにしか思ってなかった。

思ったとおり、アンジェリーナは赤ん坊を奪われることに抵抗した。そして、その抵抗にギイは負けた。

いつの間にかアンジェリーナはギイにとってもママンになっていた。

ギイが母親というものを嫌悪していたのは、それを求めてやまなかった気持ちの裏返しだったから。

その後、アンジェリーナの元に思わぬ『モノ』が現れる。

真夜中のサーカスの首領、フランシーヌ人形。

フランシーヌ人形はアンジェリーナの手で破壊されることを望んでいた。

笑えないのに笑う方法を探すことに疲れてしまったのだと、彼女は語った。

フランシーヌ人形への疑心が晴れない中でのエレオノールの誕生。

『しろがね』と、自動人形と、生まれたばかりの命の共同生活は奇妙なものだったが、無垢な赤ん坊は「心をなくした『しろがね』」にも「心を持たない人形」にも何かをくれたのかもしれない。

そして。

エレオノールが生まれて間もなくのある日、アンジェリーナは自動人形の大群に襲撃され絶命した。

「エレオノールをお願いね」

アンジェリーナの最期の言葉がギイの全てとなった。

自動人形の破壊よりも、真夜中のサーカスの殲滅よりも、ゾナハ病の駆逐よりも、何よりも。

 

 

 

 

 

「だが、それでも、だ。エレオノールは強くならなくてはいけない。彼女は過酷な運命を背負ってしまったのだから」

アンジェリーナの体内には柔らかい石はなかった。

どうしてかエレオノールの中に移ってしまっていたのだ。

そして、調べた結果それは彼女の心臓と同化していた。

もう、取り出せない、エレオノールと柔らかい石は切り離せない。

そして、もうひとつ懸念すべきこと。

アンジェリーナを襲った自動人形はフランシーヌ人形の命令を聞かなかった。

 

 

「誰かが裏で手を引いている。自動人形たちは明らかに柔らかい石狙いだった。絶対服従の筈の人形がフランシーヌ人形に攻撃をし、彼女はエレオノールを守りきって消滅した。正二の顔で村人達を隣町へと誘い出したヤツ、おそらくそいつが…」

そしてギイにはその心当たりがあった。

顔を変えることの出来る者など、他にはいない。

正二にも黒賀村の村民にも精通し、周辺のことにも詳しく、村民全員を動かせるほどの財を持っている者。

才賀貞義。『しろがね』、ディーン・メーストル。

「あんなにふたりと親しかったディーンが何故そんなことをしたのか分からない。けれど、アンジェリーナの体内に柔らかい石がないとなると赤ん坊とそれを結びつけて考えることは難しくない。だから、僕らは赤ん坊は生まれて数ヶ月で病死したものとし、それにショックを受けたアンジェリーナは失踪したとして『しろがね』本部に報告した…」

「フランシーヌ人形のことも黙ってな」

鳴海はエレオノールを見つめたまま静かに呟く。

「当たり前だろう?フランシーヌ人形消滅を説明するにはエレオノールの中に石があることを言わなければならない。

それはエレオノールが『しろがね』に利用されるということだ。自動人形の脅威に彼女を晒すことにもなる」

「それは…そうだけどよ…」

「あのまま、黒賀村で表にも出さず育てることには限度がある。何しろ、死んだことになっている子供なのだから」

鳴海はエレオノールがあまりにも不憫でその身体を抱く腕にぎゅっと力を込めた。

 

 

「ありがたいことに、『しろがね』はどこに行くのも、何をするのもフリーパスだ。エレオノール自身を証明するものがなくても何ら問題もない」

「皮肉なことに、の間違いだろ?」

ギイはそれには答えなかった。

「僕らがフランシーヌ人形のこと、アンジェリーナの死亡を『しろがね』本部に報告しなかったことをディーンは不思議に思っているはずだ。

僕や正二が何かを隠していると勘ぐっているに違いない。僕がエレオノールの傍に長いこといるのは得策ではない」

ギイは愛おしそうな、切なそうな視線をエレオノールに送った。

「この4年間、時折、ディーンに探りを入れてはみたが、やはり片手間でどうなるものではない。こちらも本腰を入れてかからないと駄目なようだ」

「可哀想だな、エレオノールは……母を早くに亡くし、父親も知らない、か……」

「かわいそうなのは父親の正二もな……こんなに可愛い娘に父親の名乗りもできず、声をかけることも触れることも、できないのだから。自分との関係が知れると、エレオノールと柔らかい石の関係も白日の下に晒されてしまうからと……」

汽笛が聞こえた。

「何が何でも、ディーンと決着をつけないと、誰も幸せにはなれない」

 

 

もうじき、この駅に汽車が到着する。

 

 

 

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