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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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分類に悩む読み物です。
義務教育を終えてない方はご遠慮ください。

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

Unbalance.

 

 

 

 

 

 

 

34. Forget - me -not .  -3-

 

夕刻、薄暗いプラットホームに滑り込んだ列車から巨躯の男とフランス人形のように美しい少女が降り立った。

人々が雑多に行き交う大きなターミナル駅。ふたりは手を繋ぐと他の降客たちの流れに乗ってゆっくりと歩き出した。

「ああ、お父様に会えるのね、やっと…」

列車に乗ってからというもの、ずっと鳴海に寄りかかって睡眠をとっていたエレオノールは非常にすっきりとしたした顔で鳴海と手を繋いで歩いている。

昨晩の寝不足はすっかり解消されたようだ。

胸に感動が大きく膨らんでくるエレオノールは何度も深呼吸をして落ち着こうとしている。

「待ち遠しいか?」

「ええ」

「よかったな」

自分を見上げて柔らかく微笑んでいるエレオノールに鳴海も笑顔を返した。

「どう?私、変じゃない?お父様、私を見てがっかりされないかしら?」

「おまえを見てガッカリ?するわけねぇだろ?鼻が高くなることはあってもな?それに誰に訊いてんだ?」

オレの目におまえが変に映るわきゃねぇだろが。

エレオノールは愛しみに満ちた視線を鳴海に向ける。

「そうそう。ギイや親父の前であんまりオレのことをそんな風に見つめたりすんな。できるだけ『子どもらしく』振舞えな。ギイにはおまえがフランシーヌの記憶を取り戻したとは伝えてある。フランシーヌが誰かってことやその境遇もな。だからおまえがすっかり大人びちまった、ってことぁ了解済みで多少印象が変わっててもおかしいとは思わねぇだろうが……特に正二には分からんだろうが、ギイは…鋭いからな」

こうしてただ歩いているだけでも子どもらしさよりも女らしさの方が目につくエレオノールに鳴海はちょっと苦笑した。

「さすがにおまえと寝た、ってことがバレたらオレはおまえの傍にはいられん」

エレオノールはきゅっと鳴海の手を握る。

「大丈夫。ちゃんとお芝居するわ。子どもっぽくね。一緒にいられなくなるのは困るわ、ナルミお兄様?」

「その調子、その調子。何だか久しぶりに聞いたなぁ。お兄様、っての」

鳴海はニヤッと笑った。

ひゅうう、と北風が吹いた。エレオノールが思わず身をすくめた。春はまだ浅く、朝夕はまだ冷える。

「寒いか?」

「平気」

間もなく父親に会えるエレオノールは期待で瞳をキラキラさせて頬を紅潮させている。

寒さなど気にもならないのだろう。

オレは、寒いぞ。

鳴海は自嘲気味に笑った。

 

 

ゆっくりと、ゆっくりと歩く。

なるだけ、ふたりでいられる時間を引き延ばそうとするかのように。

鳴海の心の内を知らないエレオノールは鳴海を引っ張るようにして前を行く。

どんなに鳴海が望んでも、時計は秒を刻む。

 

 

ふたりは大きくて立派な列車が発車を待っているプラットホームへと足を向けた。

「すごい列車……新しいのね、ピカピカしてる……豪華……こんなの乗ったことないわね」

「オレらの旅の基本は貧乏旅行だからなぁ。こんな贅をこらしたのには縁がねぇ」

エレオノールは爪先立って列車の窓から中を覗こうとしている。

充分、ガキっぽい。鳴海は笑った。

「次はこれに乗っていくんだ。おまえの親父も一緒にな。これに乗って、終点の駅のホテルに…」

傍らのエレオノールの足が止まったので鳴海の言葉も止まった。

エレオノールは大きな目を見開いて一点を見つめている。ホームに立つ、見慣れた銀髪の男を見つけたのだ。

きれいな顔の、大きなトランクを携えた男、ギイ。

ギイの隣に同じく銀色の髪の初老の男が立っていた。眼鏡をかけてやさしそうな瞳の、感無量な顔をした男が食い入るような視線をエレオノールに注いでいる。

「あれが……私のお父様……?」

エレオノールが上ずった声で訊ねた。

「そうだ、あれが才賀正二。おまえの親父だ」

鳴海はエレオノールと繋いだ手をそっと解く。

これでもう、手を繋ぐこともないだろう。そう思うと不覚にも眦が熱くなった。

鳴海は奥歯を噛み締めると、離したその手で彼女の背中をとん、と押した。

エレオノールはゆるゆると正二に近づいた。そしてその目の前までやってくると

「お父様…?」

と涙目で呼んだ。

正二は言葉も無い。4歳で別れてから一度も会うことの叶わなかった娘はとても美しく成長していた。

今は亡き愛妻、アンジェリーナの面影を色濃く残したエレオノール。まごうことなき、我が娘。

会いたくて抱き締めたくて、仕方が無かった正二の瞳からは滔々と涙が流れた。

「エレオノール…!」

正二が膝をつき、エレオノールをがしっと抱き締めた。

「お父…様…」

エレオノールも正二の背中に両手を回し、そのコートをぎゅっと握った。

 

 

「感動的な親子の再会だな」

少し離れたところに立ち、ふたりの抱擁を見守る鳴海の元にやってきたギイが言う。

「そうだな」

鳴海はちゃんと年相応に見えるエレオノールを見つめたまま答えた。彼女の頬は涙で濡れている。

正二に負けず劣らず、万感の想いが鳴海の胸に去来する。

「別れの覚悟はできたのか?」

「ああ」

「そんな顔をするな。ディーンを倒したらまたエレオノールに会いに来られるのだから」

「……」

鳴海は小さく息をついた。

「そんな変な顔してるか、オレ?」

「変じゃない時を思い出す方が大変だがな」

「ちぇ」

鳴海は再び、吹き抜ける北風に身をすくめた。変な顔を隠すのにもちょうどいいや、とマフラーを顔半分まで引き上げる。

「寒ィなぁ…」

北風に乗って白い花が降ってきた。季節外れの雪が降る。

「寒いはずだぜ。雪なんか降ってきやがった…」

「珍しいな。おまえが寒がるなんて」

「オレだってなぁ……人並みに寒いって思うことだってあんだよ」

「……ふうん」

鳴海とギイは再会を喜ぶふたりを見守り続ける。

 

 

「…ギイ…」

「何だ?」

「すまん…」

「何がだ?」

「……何でもねぇ」

 

 

身を切るような北風が雪を運ぶ。

鳴海の立ち去る足跡をエレオノールから隠すために。

 

 

 

 

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