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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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分類に悩む読み物です。
義務教育を終えてない方はご遠慮ください。

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

Unbalance.

 

 

 

 

 

 

 

32. Forget - me -not .  -1-

 

厚い雲に覆われた、月も星もない夜。

東欧のある国の片田舎にぽつんと建つ素泊まり宿に、まるで闇に紛れるようにしてふたりの客が音もなく現れた。

時期的にも時間的に、ましてや、こんな辺鄙な場所にある小さな宿に客が来るだけでも珍しいのに、その客達は尚珍しいことに、ここいらじゃまず見かけない外国人だったので宿の主は興味を引かれ、度の強い老眼鏡越しにそのふたりを観察した。

ひとりは鋭い黒い瞳に、黒髪を肩まで垂らした一見して分かる東洋人の男だった。年は二十歳くらいなのだろうか、宿の低くて汚い天井に頭の天辺を擦りそうなくらいの大男だ。全身黒ずくめのせいもあり、非常な威圧感を相手に感じさせる。

もうひとりは、その厳つい大男とは不釣合いなくらいに可憐な、10歳程の美少女だった。薄明かりにもキラキラと銀色に光る見事な長い髪の毛を腰まで伸ばし、大きくて円らな碧玉の瞳を男に向けていた。どこの国の出なのかは分からない。西欧州なのは確かだと思われる。

そしてもう一つ確実に言えることは、このふたりが血の繋がった親兄弟ではないということだ。

宿の主の詮索好きな視線に少女は不安を覚えたか、手を繋いでいる男の右腕にぎゅっとしがみ付いた。

男は少女と瞳を合わせると、それまでの鋭い眼光は薄れ、とてもやさしい光を湛えた瞳で彼女に何やら声をかけた。

その言葉に少女の不安は解消したようで、とても可愛らしい笑顔になった。

それは外国語だったので、無学な宿の主には彼が何と言ったのかを知ることはできなかったけれど、そのふたりの仕草と、彼らの間に流れる空気に主は、ただの青年と少女の組み合わせではないと察した。

このふたりには何かある。

ゴシップ記事の好きな下世話な主は即座にそう判断した。

 

 

「一晩泊まらせてくれ。部屋は一つでいい」

男が話した言葉は今度は主に理解のできるこの国の言葉だった。

「狭い部屋だよ?小さなベッドがひとつしかないよ?」

できたら二部屋分の宿代をせしめたいという算段と、このふたりの関係を詮索したい好奇心から訊ねると

「それでも構わない」

と、ぶっきら棒に男は返事をし、主から鍵を受け取った。

この不釣合いなふたりの客は黙ったまま階段を上がっていく。男の手は労わるように少女の背中にずっと添えられていた。

主は首を伸ばしてふたりの姿が消えるまでジロジロと不躾な視線を送った。

二階の廊下を歩くふたつの足音が主の頭の上を行き過ぎ、その足音が止まると代わりにドアの鍵の開けられる音が聞こえた。

続いて扉が開き、閉まる音。

そしてその後はひっそりと静かになった。

 

 

 

 

 

「エレオノール、ゆっくりしろよ。今日は一日中歩き詰めで草臥れたろ?」

「私は大丈夫。ナルミこそ草臥れたでしょう?荷物は全部あなたが持ち歩いているのだもの」

「これくらいどってこたねぇよ」

鳴海はベッドに腰掛けると靴の紐を解きながらエレオノールに笑顔を向けた。

エレオノールは鳴海がベッドの上に無造作に放り投げたコートと自分のコートをハンガーにかけると、鳴海の傍にやって来てその膝の間に立ち、黒髪に縁取られた顔を両手に挟むと控えめなキスを与えた。

美しい少女の柔らかなキスに、鳴海は紐を解く手を休め、為すがままになっている。

エレオノールの舌先が鳴海の唇を突き、開けて、と催促した。鳴海は求めに答え、唇を薄く開ける。その隙間からエレオノールの小さな舌が滑り込む。

「ん…んっ…」

鳴海は靴の紐から手を放すとエレオノールの腰を抱え、軽い身体を自分の膝の上に乗せた。深い深いキスを返す。

「今日は早朝から表に出っぱなしで軽いキスもできなかったもんな」

鳴海がくくく、と可笑しそうに笑うので

「そうよ?だから我慢ができなかったの」

とエレオノールが拗ねたように頬を膨らました。

 

 

「明日も朝は早ぇぞ?午前中歩き詰めてようやく最寄の駅に着く、ってんだから……田舎だからしょうがねぇけど」

「今度はどこへ行くの?」

鳴海は少し黙り込んだ。エレオノールを抱えたまま、靴から足を引っこ抜く。

「正午前の列車に乗って、一度乗り換えて…夕方にターミナル駅に到着。そこで、おまえの親父・正二が待っている」

「お、お父様が?」

「うん、それで……おまえはようやく日本に帰れる。これからは親子で暮らせるんだ」

エレオノールは突然聞かされた話にぽかんとした表情しか作れない。

「お父様に…会えるの…?どうしてこんな急に」

「急ってわけでもない」

脱いだ靴を床に放り投げて楽にした足を投げ出すと、鳴海はエレオノールを背中からぎゅ、と抱き締める。

「ディーンに遭遇したことはすぐにギイに知らせた。ギイは正二と話し合って、ディーンにエレオノールの存在を知られた以上、これまで同様に世界中を彷徨う必要はもうないと判断したんだ。ディーンにおまえを知られたのは痛いが、正二はそれでも娘にやっと会えるって涙を流して喜んでたってよ」

「お父様が……そんなに…」

「数日前にそういう連絡を受けた。いきなり会わせて驚かせるつもりで黙ってた。…よかったな、親父に会えるぞ?」

驚かせるつもり、は建前でしかない。本当は思い悩むことが多くて言い出せないでいた。

「うん」

エレオノールは鳴海の心中を知らず、胸に頬を擦り付けて純粋に感激の情を表した。

 

 

「ね、ナルミも一緒に日本に来てくれるのでしょう?これからも日本で私を守ってくれるのでしょう?」

鳴海はエレオノールのその質問に曖昧に笑ってお茶を濁した。

「そうだなあ」

と肯定とも肯定でないとも取れるような返事をする。

父親に会えることを知って舞い上がるエレオノールはその答えの煮え切らなさには気が付かなかったようだ。

「お父様、ってどんな人?」

「んー…そうだなぁ…立志伝中の人を地でいってるような人物だな」

鳴海は話題が変わってホッとした。

「一代で才賀機巧社を世界的な大会社に育てて、『しろがね』になる前は医者で、三浦流目録の剣術の達人」

鳴海の口にする自分の父親像の大きさにエレオノールの瞳はキラキラと輝いている。

「男として憧れる。正二はゾナハ病ではなかったが……アンジェリーナの伴侶になるために人間であることを捨て、躊躇わずにアクア・ウィタエを飲んだらしい」

「わ、私も!」

突然、エレオノールは大声を出した。

「私もアクア・ウィタエを飲みたい!そうしたら『しろがね』になれるのでしょう?そうしたらナルミとずっと一緒にいられる。そうしたら…」

「残念。エレオノール」

鳴海はゆっくりと首を横に振った。

「アクア・ウィタエはもうないんだ。オレが飲んだので最後なのだと、ギイが言っていた」

「そ…そうなの…」

エレオノールの最高の思いつきで膨らんだ期待はあっという間に弾けて、小さく萎んでしまった。

 

 

「そうガッカリするなよ。とりあえずは正二と暮らせるようになることを素直に喜べ」

「うん」

「正二とアンジェリーナにそっくりなおまえが一緒に暮らすこと、それをどうやって『しろがね』連中から誤魔化すか、そういう問題も残ってはいるんだけれどな」

『柔らかい石』が体内にあるエレオノールの存在が『しろがね』に知れるのも厄介だった。

一度死んだことになっているエレオノールなので知らぬ存ぜぬを通せば、他人を決めこめるかもしれない。だけどアンジェリーナと瓜二つ。

正二はどうやって誤魔化すつもりなのか、と鳴海が考えていると

「誤魔化さなくていいわ」

と、エレオノールはにっこりと笑って鳴海を見上げた。

「誤魔化さなくてもいい?」

「そうよ。私、お母様みたいに『石の容れ物』として自動人形達の囮になればいいんだわ」

エレオノールは甚く明るい声でぱちん、と両手を打った。

「エレオノール、何を言って…」

自動人形の矢面に晒されることの危険性を理解しているのだろうか?

鳴海とのこれまでの旅で人形たちの恐ろしさは嫌と言うほどに身に沁みているだろうに。

「お父様も、ギイ先生も、ナルミも皆『しろがね』。私だけ『しろがね』じゃない。でも、『石の容れ物』なら『しろがね』のナルミの傍にずっと居られる」

「そんな危険なことをおまえにさせたくなくて、正二もギイも」

「いいの。決めたの」

エレオノールはきっぱりと鳴海の言葉を遮った。

「意味もなく、普通の人間は『しろがね』のナルミの傍には居られない。…でも『しろがね』にとって大事な物を隠している身体なら別でしょう?それを守護することはナルミのちゃんとした任務になるわ。私が生きている限り守らないといけないのですもの。私、その役目がナルミだったらって引き受けるって話をつけるわ。そうしたら幾らでも囮になるって」

「エレオノール」

「ね、素敵でしょう?」

鳴海はエレオノールの提案にこの上なく渋い顔をする。

エレオノールはこれまでの明るい態度を一変させ、ものすごく辛そうな顔になって鳴海にしがみ付いた。

「ごめんなさい、我侭だって分かってる。そんなことしたら、これまで父やギイ先生やナルミが私のために頑張ってきてくれたことを無にしてしまうってことも。でもどんなことをしてでも私はナルミの傍にいたいの。離れたくないの…」

もう今生までは、愛する人と離れる苦しさを味わいたくない。

小さく肩を震わせるエレオノールの頭をやさしくやさしく撫で、鳴海はその艶やかな髪に顔を埋めた。

「分かったよ……泣くな…」

鳴海はエレオノールの涙をくちづけで消しながら、その身体をベッドに押し倒した。一枚ずつ服を剥いで、肌を露にさせていく。

 

 

エレオノールに続き、鳴海も鍛え上げられた肉体をさらす。

灯りを落とし、枕元の燭台に火をつける。

エレオノールの上に覆い被さった時、教会の夜の鐘が重々しく鳴り響いた。

 

 

鳴海の中にもカウントダウンの鐘が鳴る。

 

 

 

 

 

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