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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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分類に悩む読み物です。
義務教育を終えてない方はご遠慮ください。

 

 



 

 

 

 

 

 

 

Unbalance.

 

 

 

 

 

 

 

29. I love you.  -1-

 

鳴海は昨日と同じ宿の薄汚れたソファに一人腰掛け、背中を丸め顔に氷嚢を押し当てていた。暗い瞳で考え事をしていた。

 

新・真夜中のサーカスで待ってるよ。

 

最後にディーンの残した言葉。

『新・真夜中のサーカス』はディーンの興した新しい自動人形たちの集団を便宜上それまでの真夜中のサーカスと区別するために『しろがね』側がつけた名前だとギイは言った。それをディーンが知っているということは『しろがね』の作戦が筒抜けだということに他ならない。おそらく来月に殲滅戦があることも把握している筈だ。

その上で、「待ってるよ」。

受けて立つ、ってことか。上等じゃねぇか。

エレオノールの存在を知ったディーンにとっては『しろがね』など邪魔な存在以外の何者でもない。本気で潰しにかかるだろう。

山のように自動人形をこさえて『しろがね』の攻撃に備えるに違いない。数ではきっと敵わない。

でも、負けるわけにはいかない。

エレオノールのために。

自分たち『しろがね』が負けるということはエレオノールがディーンの手の内に落ちるということだ。

それだけは命を賭けても阻止してやる。

相打ちになったとて、絶対にディーンの息の根だけは止めてやる。

 

 

かつての弟を殺さなくてはならない、それはものすごく辛いことだった。

鳴海の中にあるのは妻を奪われた忌まわしい記憶ばかりではない。仲がよかった頃の金の記憶だってある。

真っ直ぐで澄んだ瞳。惜しみなく寄せられる全幅の信頼。兄たる自分への純粋な好意。

それがある日突然狂ってしまった。自分がフランシーヌに求愛したことが弟の心を狂わせた。

弟が仕出かしてしまった業を断ち切るのも兄の責任なのだと思う。

鳴海は深い皺の刻まれた眉間に指の背を押し当てて、憂鬱な溜め息をついた。

 

 

 

 

 

 

「お兄様。新しい氷嚢を作ってきたわ」

エレオノールが洗面台で板氷を懸命に割り作った氷嚢を鳴海に差し出した。

「氷を割るのは力仕事なんだからオレが自分でやるって言ったろうが」

エレオノールの手の平が怪我してないか、赤くなってないかを点検して、顔以外は平気なんだからもうやんなくていいぞ、と言葉を付け足す。

「手が冷たくなっちまってるじゃねぇかよ」

「でも…お兄様のために何かしたかったのだもの」

余計なことをしてしまったのか、とエレオノールの顔が暗くなる。

「オレはただ、おまえが痛い思いとかするのが嫌なだけなんだ。…ありがとな」

鳴海はエレオノールに労いの言葉をかけて、温くまったものと取り替えた。

鳴海が微笑んでくれたので、エレオノールにも微笑が戻る。

「かなり、治ってきたのね」

エレオノールが鳴海の前髪を指で掻き上げて顔の具合を見る。

痛々しいことには変わらないが、それでも新しい薄いピンク色の皮膚が全体に張り始め、肉が剥き出しになっている箇所はなくなった。

左目も徐々にだけれど開き始め、焼けた眼球も再生し始めている。

「まだヒリヒリするけどな。まあ、おかげさんで痛みも我慢できるくらいに落ち着いた」

エレオノールは「よかった」と胸を撫で下ろす。

「明日の朝には殆ど治ってるだろ」

「きっとそうね」

ふたりの間で言葉が途切れた。沈黙が今までと全く異なり、どことなく甘いものだったからエレオノールは何だか急に恥ずかしくなって

「それじゃ、私、自分の部屋に戻ります。おやすみなさい」

と頭を下げた。夜の挨拶をして下がろうとしたエレオノールの手を、鳴海はぎゅ、と掴む。

 

 

「ナルミお兄様…?」

「戻らなくていい。今日からまた、一部屋に戻そう」

「え?」

「一緒に寝よう」

「あ、あの…」

一緒に寝る。それは言葉の上ではほんの少し前の状態に戻すことだけれど、その意味はまるで違う。

エレオノールはその言葉の裏に潜む意図を汲んで、頬を朱に染めた。

「嫌か?」

自分を見つめる鳴海の瞳の色が違う。『兄』を演じることを放棄した、鳴海の素の感情がストレートに滲んでいる。

男の瞳だ。身体の奥底がじんと熱くなる。

「い、いいえ…嫌じゃないわ、ナルミお兄様」

エレオノールは高鳴る胸を押さえ、恥じらいながら答えた。

「ナルミでいい」

鳴海はエレオノールの手を引き、自分の傍らに座らせる。

「おまえはまだ11歳の身体だけれど、中身はもう成熟した大人の女なんだから。フランシーヌの記憶が戻ったってことはそういうことだろ?」

エレオノールはあどけない顔に大人びた笑みを浮かべる。

「何か……変な感じ……つい昨日までは子どもの部分もあったのに。金の話を聞いてフランシーヌの記憶が全部戻った途端、すっかりどこかに行ってしまって」

鳴海はエレオノールの身体を抱き寄せて、柔らかな髪にキスをする。

「結局、おまえは誰もが満喫する子どもの時代を全く知らないで大人になっちまったんだな…」

「いいの。あなたを愛する気持ちにこんなにも早く気付くことができた。あなたの気持ちも知ることができた。可笑しな話だけれど、今はジンに感謝しているわ。あなたが告白するきっかけをくれたのですもの」

エレオノールは鳴海の胸に頬を寄せてうっとりと瞳を閉じた。大好きな鳴海の匂いで鼻腔を満たす。

「嬉しかった。あなたに愛していると言ってもらえて」

「でもオレは……『しろがね』だから…」

「言わないで、分かっているから……いいの、先のことは」

鳴海の手を取って、それを頬に埋めるエレオノールの眦にはまた涙が光っている。

「いいの……時間の流れが違うのだとしても……バランスが取れている間だけでも傍にいることができればそれで…」

「エレオノール」

「私の中にはフランシーヌがいて、あなたの中にはインさんがいる……出会えたことが本当に不思議」

鳴海は親指の腹でエレオノールの涙を拭いた。

「やっと分かった。おまえが4歳でオレに初めて会ったとき、『やっと会えた』って言った意味が」

「無意識のうちに私の中のフランシーヌがあなたの中にインさんを見つけたのね…。でもね、エレオノールはカトウナルミが好きになったのよ?」

「オレもだ。加藤鳴海はエレオノールを愛している」

エレオノールは鳴海の愛の言葉に鳥肌が立つ。一字一句、一文字一文字が肌に穿たれていくようでエレオノールは至上の幸福に酔った。

 

 

「エレオノール」

鳴海は首を下げると、エレオノールと唇を合わせた。

きれいな色の柔らかい唇。

エレオノールと出会ってから、どれだけの夜、こうしてキスをしたいと願ったことだろう。

この腕に抱いてキスをしたら、エレオノールはキスを返してくれるのか、そんな自問自答をずっと繰り返していた。今、その答えは出た。

エレオノールは鳴海の愛撫に濃厚に応えてくれる。鳴海の舌に可愛らしい舌が巻きついて、音を立てて唾液をすする。

「ナルミ……顔痛い?」

「どうってことねぇよ。おまえとこうしていると気持ちよくて他のことは考えられねぇから」

小さな手が控えめに鳴海の怪我をしていない頬に添えられた。そして首を傾けたエレオノールが更に深く鳴海の口の中に柔らかい舌を挿し込んだ。

 

欲しかった、エレオノールが。

欲しかった、フランシーヌが。

ずっとずっと欲しかった。

 

唇を重ね合わせたまま、ズルズルとふたりの身体がソファに沈む。

鳴海の手がエレオノールの服をゆっくりと剥ぎ取っていく。

鳴海の舌が少しずつエレオノールの肌を下る。

「ん…あっ…あ…」

 

 

その後は、少女の善がる声が狭い室内に連続した。

  

 

 

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