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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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分類に悩む読み物です。
義務教育を終えてない方はご遠慮ください。

 

 

 



 

 

 

 

 

 

Unbalance.

 

 

 

 

 

 

 

27. The root of all evil.  -3-

 

「君はまた……僕を愛してはくれないんだね…」

感情の抜けた声でディーンがぽつりと言う。

「そうだね。僕を愛さない女なんていらないね。何の価値もない」

鳴海にはディーンがそれこそ悪魔に魂を売り渡すほどにエレオノール(正確にはエレオノールの後ろに見えるフランシーヌ、なのかもしれない)を愛していることが嫌と言う位に分かった。そしてどんなに手を伸ばしても自分のものにはできないのだという絶望感も鳴海はよく知っていた。

鳴海もまた、エレオノールと結ばれたいとどんなに渇望していることか。

そして、それは決して叶わぬ夢だと、どれほどに絶望していることか。

ディーンは鳴海の黒い姿なのかもしれない。

相手の心を無視して、相手の幸せを願わないで、ただひたすらに独善的な愛情を成就させようとするのならば、鳴海もまたディーンになった可能性があるのだ。鳴海はディーンの中に鏡を見るようで、身震いすることを止められなかった。

「ならばもう、エレオノールに関わるな。二度と彼女の前に姿を現すな…!」

鳴海はこのままディーンが諦めてくれれば、と思った。諦めてくれるに違いない、そう願った。

エレオノールの本意が知れたからには、これ以上追い縋るのは惨め過ぎる。

だがそれは安易で儚い願望でしかなかった。

「でもさ、器は完璧だよ。それにオリジナルの記憶。やはりエレオノールは僕の理想の女だよ!」

ディーンはエレオノールの想いなど全く意に介さず、高らかな歓喜の声を上げた。

 

 

「おまえ…どうかしてるぞ?」

「そうかな?」

ディーンは見ている者全てに恐怖を与えるようなとても毒々しい笑顔で、あっと言う間に鳴海との間合いを詰めた。

「な、何っ?」

その邪悪な笑顔の迫力もさることながら、拳法家の懐に無防備に飛び込むなんて、と鳴海はディーンの捨て身の行動に一瞬たじろいだ。

その隙、ディーンはぬっとの眼前に手を突き出すと、その手元から激臭のする液体を噴出させた。その液体は近距離から鳴海の左顔面に命中し、じゅわっと白煙を上げ、焼いた。人体の焦げる異臭が辺りに立ち込め鼻をつく。

「くっ…がぁっ…!」

「お兄様あッ!」

エレオノールが半狂乱になって叫ぶ。

「ぐうっ!エ、エレオノール、触るな、下がれ!」

視界が赤い。顔が溶けていくのが分かる。この液体は人体を焼く。

零れた液体がエレオノールにかかったら一大事と、鳴海は思わずエレオノールと繋いだ手を振り解き、突き飛ばした。距離を取らざるを得なかった。

溶解液が皮膚も肉も爛れさせる、熱さとまさに焼きつくような痛みに鳴海は堪らず膝をついた。液体はじわじわと真皮を越え、肉に到達し悶絶しそうな激痛を鳴海に与える。必死に喘いで痛みを逃そうとする耳元でディーンがいやらしく囁いた。

「濃硫酸だよ?『しろがね』の身体でもなかなかに辛いだろ?」

「嫌っ、放して!」

「エレ、オノール…っ」

ディーンは守り手のいなくなったエレオノールを易々と捕獲する。

鳴海はエレオノールをディーンにあっさりと奪われてしまった。

 

 

「コレ、試作品のギミックなんだけれど、けっこう効果あるでしょ」

「エレオノール!」

「お、お兄様!」

鳴海は懸命に立ち上がり、腕を伸ばす。ディーンがパチン、と指を鳴らすとどこからともなく数体の自動人形が現れ、詰め寄ろうとする鳴海とエレオノールを抱きかかえるディーンの間に、立ち塞がった。

「人形の兵隊は何かと便利でね。僕が暗躍しても真夜中のサーカスの仕業だと『しろがね』の連中も勘違いしてくれて助かった。僕の可愛い子どもたちだよ。今も僕が逃げる時間を稼いでくれる」

顔を焼く硫酸を拭き取ろうとする手もズルズルと溶けていく。

鳴海は脳天を裂くほどの痛みに耐えながら、ディーンとの間合いを計り、自動人形の数を数え、最短で倒す流れをシミュレートする。

「ああ、フランシーヌ…!君からは懐かしいフランシーヌの香りがするよ。僕に抱き締められて君も懐かしい心地がするだろう?」

「やめて!」

エレオノールはバタバタと手足を動かして抵抗を試みる。

しかし、エレオノールの抵抗など、ディーンにとってはウサギがもがいているのと何ら代わりはない。

ディーンがエレオノールを抱き締めている光景は鳴海には耐え難いものだった。あんな唾棄すべきヤツ、エレオノールには指一本だって触れて欲しくない。

痛苦と嫉妬心で鳴海の心は煮え繰り返る。しかしそれを強靭な精神力で押さえ込み、努めて冷静であろうとした。

頭を冷やさないことにはエレオノールを助けることができない。



「自分を愛さない女はいらないって言わなかったか?」

鳴海は時間を稼ぐ。血と脂を吸った酸が顔から胸に零れ、服をぶすぶすと焼いていく。

「言ったよ。だから僕に逆らう『この』エレオノールはいらない。僕はこれから『記憶を都合のいいように塗り替える技術』の開発に専念することにするよ。僕が最近考えている理論を応用すればできるはずなんだ。エレオノール時代の余計な思い出も、兄さんを愛したフランシーヌの記憶も消去して、僕だけに従順なやさしいフランシーヌを作り上げることが。とりあえずは強い催眠術でもかけて大人しくさせとくさ」

歪んだ笑みを浮かべたディーンは鳴海に向かって長く舌を突き出した。

「君の中の『柔らかい石』を取り出してアクア・ウィタエを作って……君も不死人になれば……ずっと一緒だよ」

「『石』はエレオノールの心臓と同化している!取り出すことはできねぇんだよ!」

鳴海は叫んだ。ディーンはその言葉の意味をゆっくりと噛み砕いているようだったが、不意に

「クローン技術って知ってるかい?」

という返事が返ってきた。

「何だって?」

「まだ実現されていないけれどね……これも理論上はできる筈なんだ。『柔らかい石』を取り出すために『この』エレオノールが死ぬっていうならそれでもいいよ。死体はアクア・ウィタエに溶かす。それとは別にエレオノールのクローンを作る。クローンにエレオノールの溶けたアクア・ウィタエを飲ませる…。ほら、完璧じゃない?エレオノールは元通り。それどころか、僕と同じ『不死人』さあ!」

「ディーン!貴様!」

「エレオノールの身体が充分な大人になるまでには完成させてみせるよ。やることがいっぱいだなぁ。それまで僕らは雲隠れするよ。今度は兄さんが何年かかっても絶対に追いつけないところにね」

ディーンの頭上に、頭の天辺にプロペラ状のモノを回旋させて飛行する自動人形が二体降りてくる。

「じゃあね、兄さん。今度もフランシーヌは僕のものだ。エレオノールはもらっていくよ」

ディーンの物言いに鳴海の中の何かが切れた。

 

 

「違う!エレオノールはオレの女だ!」

その言葉に絶望的な状況下にいるはずのエレオノールがキラリと瞳を輝かせる。

お兄様、今何て言ったの?もう一度言って!私はお兄様の何ですって?

「往生際が悪いね。じゃあ言い直すよ。フランシーヌもエレオノールも僕の女だ」

「巫座戯るな!」

鳴海の獅子吼。理性で心に閉じ込めていたエレオノールへの想いが止め処もなく流れ出す。

「エレオノールはオレの女だ!『しろがね』とじゃ幸せにできねぇからこれまで我慢に我慢を重ねてきたんだ!だけど、おまえのモノになるだ?冗談じゃねぇ!今生でまでおまえのいいようにされるなら、エレオノールはオレがもらう!『しろがね』が何だってんだ!オレはエレオノールを愛している!おまえに汚させるくらいならオレがこの手で女にする!」

「ナルミ…お兄様…」

痛いまでの愛情がエレオノールの肌に突き刺さる。心が震える。

鳴海が自分を愛していると叫んでくれた。嬉しくて嬉しくてパタパタと瞳から涙が零れてくる。

「でも残念だったね。僕らが兄さんの手の届かないところに行くまで人形たちと遊んでてよ。次に会う時までにはエレオノールは僕が食べちゃってるよん。ま、会うことがあれば、だけどね」

ディーンは自動人形の垂らす帯に手をかけた。

「させるかよっ!」

鳴海は構わず突進する。

 

 

足掻くね。

ディーンは優越感を露にする。

僕らの間には自動人形が5体も立ちはだかっているんだ、どうあっても僕らが出発するまでにあの男は間に合わない。

人形を全部倒し終わった頃には、僕らは天高く飛び上がり、どう頑張っても捕まえられないよ。

ディーンはそう踏んでいた。だがそれは大誤算だった。

鳴海が人形たちの影に隠れた、ディーンがそう感じた瞬時に5体の自動人形は銀色の体液を噴出して瓦解した。

 

 

 

 

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