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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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分類に悩む読み物です。
義務教育を終えてない方はご遠慮ください。

 

 

 

 




 

 

 

 

Unbalance.

 

 

 

 

 

 

 

26. The root of all evil.  -2-

 

ディーンはプラハでのフランシーヌとの出会いから順番に丁寧に語りだした。

自分は何物にも代え難いくらいにフランシーヌを愛していたこと。

自分がフランシーヌを愛していることを知っていながら、兄・白銀が自分を出し抜いて彼女に求婚し、まんまと夫婦の誓いを教会で立ててしまったこと。

兄の裏切りが許せず、本来は自分と妻になるはずだったフランシーヌを拉致し、力づくで彼女を妻にしたこと。

9年後、銀が自分たちを見つけ出したときにはフランシーヌは不治の病に冒されていて、ようやく作り出した『柔らかい石』も虚しく、彼女は死んでしまったこと。

 

 

ディーンの独演会は聞いていて胸の悪くなるものだった。

鳴海は正直、聞きたくなかった。聞けば聞くほど、心の奥底から狂おしいくらいに哀しい記憶が鮮明に湧き上がってくるのだ。

けれど、知らなければならなかった。思い出さなければならなかった。

金の兄として。フランシーヌの夫として。エレオノールを愛する者として。

ディーンの語ったそこまでの内容が自分たちの夢にぴったりと合致したことから、自分たちをこれまで苦しめていた夢が遠い昔に実際に起こったことだということを鳴海もエレオノールも確信した。

そして、お互いにどうして出会ったときからこんなにも惹かれるのかも。

それは生まれる前から出会う前から、愛し合うことが運命づけられていたのだと、鳴海も、エレオノールも天啓を受けた。

鳴海には銀の記憶が、エレオノールにはフランシーヌの記憶がふたりの中に出口を見つけ、大きなうねりとなって溢れ出す。

哀しい記憶も幸せな記憶も、細部まで鮮明に蘇り、涙が零れそうになった。

エレオノールの手が鳴海の手の平にそっと重ねられた。鳴海がその手を包むように握り込む。

ふたりは鳴海の背中でぎゅっと手を握り合い、ただそれだけで気持ちを伝え合った。

 

 

そうとも知らず、ディーンの演説は続く。

フランシーヌの死後、何年もかけて彼女にそっくりな人形を作ったこと。

でもその人形は笑うことができなかったから、フランシーヌを死に追いやったクローグ村の住人に病の贈り物をし、フランシーヌ人形を笑わせる演目に参加させたけれど人形は結局笑うことはなく、そのまま打ち捨てて独り当て所もない旅に出たこと。

故郷を前に死を決意した時、フランシーヌ人形の髪の毛とアクア・ウィタエさえあれば、新しいフランシーヌを誕生させることができると気付いたこと。

老いている身体をアクア・ウィタエに溶かし、それを浚ってきた子どもに飲まし、ディーン・メーストルに生まれ変わったこと。

フランシーヌ人形は真夜中のサーカスを結成しキュベロンからいなくなっていたがそこでアンジェリーナに出会い、二度目の恋をしたこと。

 

 

「アンジェリーナ?」

その名前はエレオノールの心の琴線を震わせた。

「何だ、知らないのかい?アンジェリーナは君の母親だよ」

「お母様…?」

「そうだよ?尤も、もう死んでこの世にはいないがね。キザったらしいギイ君とそこの大男は君に何も教えてはくれなかったのかい?」

エレオノールが「どうして?」という意の瞳を鳴海に向ける。

鳴海はエレオノールの手を二、三度握り、心配するな、の合図を送る。

「そのアンジェリーナを殺したのはあんたなんだろう?どうしてだ?愛していたのだろう?なのにどうしてエレオノールの母親を」

「馬鹿な女だからさ」

ディーンは事も無げに鼻を鳴らした。

「フランシーヌ人形に生き写しなのに耐えかねてだか知らんが、ある日僕の前から姿を消したと思ったら、次に連絡が来たときには東洋のサルと結婚してました、だって!寂しさに忍耐できなくて情にほだされて結婚したのかもしれない、そう思って何年も待ったよ、アンジェリーナの心変わりを。だのに、サルの子を身ごもったとさ!そんな愚かな女には興味はない。もはや存在価値は『柔らかい石』を持っていることだけだ。腹を掻っ捌いて『柔らかい石』を取り出して、フランシーヌ人形を探す。当初の計画に戻っただけだ。アンジェリーナはそのままくたばればいい。実際、くたばったがね」

ざまあみろ。そう言いたげなディーンの邪悪な表情にエレオノールは身震いをした。

「でも、アンジェリーナの中には『柔らかい石』はなかった。僕の手持ちの人形は一体残らず破壊され、受けた報告はそれだけだった。僕は引き上げるしかなかった。正二もギイも、『しろがね』に報告をしない。人形に襲撃されたことも、アンジェリーナが死んだことも。アンジェリーナに関しては赤ん坊が死んだショックで行方不明だってさ。何でそんな嘘をつく?ずっと訳が分からなかった……『柔らかい石』もどこに行ったか分からない……けれど、エレオノール、今日、君を見てパズルが全部はまったよ」

ディーンはギラギラと脂ぎった視線をエレオノールに向ける。

「あの時の赤ん坊は生きていたんだ。君だ。それを証拠に君はアンジェリーナそっくりだもの。その青い瞳はフランシーヌのもの。君は生まれ変わったフランシーヌそのものなんだ!」

ディーンは両の拳を天に突き上げる。

「アンジェリーナの体内に『石』はなかった……となれば、何らかの理由で『石』は娘のエレオノールに移ったんだろう?ギイと正二はそのことで可愛いエレオノールがかつてのアンジェリーナのように『しろがね』どもに利用されるのを恐れ、嘘の報告をした。辻褄が合うね」

地獄から響くような狂喜の笑い声が高らかに上がった。

 

 

「長い演説にご清聴痛み入る…。さあ、これで分かったかい?彼女の夫は誰なのか、僕が如何にフランシーヌに恋焦がれて永い時を流離っていたのか。僕は君を心から愛しているんだよ?兄さんよりもずっと…」

ディーンは芝居がかったおどけた素振りでエレオノールに手を差し伸べた。

が、エレオノールは差し出された手に氷のように強張っただけだった。

鳴海はエレオノールと繋いだ手に力を込めて、彼女を脅かす男を白眼視する。

「あんた……こんな話を聞いたエレオノールが自分に惚れるって本気で思ってんのか?母親殺しの張本人だろうが?」

「それも全て愛するフランシーヌに再会するためじゃないか。気高い犠牲なんだよ」

「フランシーヌだって……拉致されて……愛する男から引き離されて……どんな哀しい思いをしたか、考えたことあるのか?!」

「何を言ってるんだい?フランシーヌは僕の妻じゃないか?」

以前聞いた台詞。狂った瞳もあの時と同じ。

だが、今度はその狂気に呑まれるわけにはいかない。

「違う!『オレの』妻だ!」

鳴海はきっぱりと言い放った。

「オレは、おまえにフランシーヌを奪われて、どんなに血を吐く思いをしたと思う?どれだけの屈辱を舐めたと思ってるんだ!」

「あんたが先にフランシーヌに求愛さえしなければ……フランシーヌは僕と結婚の誓いを立てていたさ。あんたが僕の気持ちを知りながら出し抜かなければ、万事が丸く収まっていたんだよ!」

「順番が何だって言うんだ?オレは言葉にしなかっただけだ。初めて会ったときから、オレもフランシーヌに魅かれていたさ」

時を越えて兄と弟の思いがぶつかり、感情が軋んだ音を立てた。噛み合わない言い争いが繰り返される。

それを遮るように、エレオノールが叫んだ。

「私が神様の前で結婚の誓いを立てたのはインさんよ?だから私は死ぬまで、インさん以外の人を受け入れてはならなかった。神様に生涯愛すと誓ったのはインさんだから」

ディーンがゆっくりと、エレオノールに首を巡らせた。

エレオノールの言葉にディーンの瞳が常軌を逸するほどに爛々と輝く。

「君は……姿形がフランシーヌに生き写しなだけじゃなくて、フランシーヌの記憶もあるのかい?ああ、何て素晴らしいんだろう?!」

ディーンは自分の身体を抱きしめて、ワナワナと身を震わせた。

 

 

長年、追い求めていたフランシーヌがそこにいる!

ディーン、否、白金は久方ぶりに彼に悲運を与えた神に感謝した。愛しのフランシーヌに巡り会えたディーンは有頂天になった。

「なら分かるだろう?兄さんが僕を出し抜かなければ、君が心安らかに僕と夫婦になれた未来もあったことを。君は僕の求婚の前に兄さんの求婚を受けてしまったから頑なになってしまっただけだもの。君は神の敬虔な信者だったから」

ディーンはエレオノールに両手を広げる。彼はフランシーヌが手に手を取ってくれると信じて疑わない。が、その手は彼女の

「ジン。それは違うわ」

という硬い声の前に凍り付いてしまった。

「私はインさんだから求愛を受けたのよ。他の誰でもよかったわけじゃない。私はインさんが求愛してくれるずっと前からインさんのことが好きだった。でも私みたいな莫迦な女、泥棒の烙印のある女なんて頭のいいインさんが好きになってくれるはずがないって諦めてた……」

鳴海がエレオノールを見下ろす。エレオノールが鳴海を見上げる。

「でも、インさんは愛してくれた、私を…」

ふたりの視線は愛撫を交わすように絡み合う。

この鳴海とエレオノールはあの時の、教会での銀から告白を受けたフランシーヌを彷彿とさせる。

至上の幸せを微笑みと言う形で表現していたフランシーヌ。

自分には一度だってあんな笑顔をくれたことはなかった。

もう神に祈らないと誓った自分の惨めさが再びディーンの胸の内に濁流となって押し寄せる。

鳴海は口元にやさしい笑みを浮かべエレオノールを見つめると、一転、キッとした瞳でディーンに向き直った。

「分かったか、ディーン。あんたがどんなに一方的に愛情を垂れ流したところでフランシーヌもエレオノールも、あんたには愛情を返さねぇ。諦めろよ」

ディーンは力なく両手をだらん、と下げた。

死んだ魚のような濁った瞳で鳴海とエレオノールを見遣る。

「あんたの愛情は独り善がりでしかねぇんだ」

そんなんで……数え切れないほどの人間に災厄を振り撒きやがって。鳴海は唇を噛み締める。

数多の子どもたちがゾナハ病に苦しめられたのも、フランシーヌやアンジェリーナが愛する者と引き裂かれたのも、幼いエレオノールが寂しい人生を送り悪夢に苦しめられたのもこの一人の男が発端なのだ。

かつての自分の弟が。

そう思うと鳴海はディーンが憎くて憎くて辛くてやり切れなくて堪らないのだった。

  

 

 

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