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義務教育を終えてない方はご遠慮ください。
Unbalance.
25. The root of all evil. -1-
その男が現れたのは本当に突然だった。
ギイの乗った汽車をいつも通りに見送って、エレオノールの想いが儚く散ったあの日から繋ぐことのなくなった手にふたりが涼しさを覚えつつ駅舎から表に一歩足を踏み出したとき、鳴海とエレオノールの行く道に立ち塞がるようにして、その男はいた。
ふたりはハッとして足を止める。
男は鳴海とエレオノールの姿を認めてにっこりと微笑んだ。
ギイと同じ、銀目銀髪の男。『しろがね』。
エレオノールはその男のいでたちから彼が『しろがね』と知れたのですぐに警戒を解いたが、鳴海はかえって警戒の色を濃くし、エレオノールをその背中に隠すようにして身構えた。エレオノールは鳴海のただならない様子に再び身を硬くし、鳴海のコートにしがみ付く。
「ディーン、だな?」
鳴海の声は低すぎて聞き取ることも難しいくらいだったが、ディーンは
「初対面なのによく僕の名前を当てられたね」
と薄気味が悪いくらいににこやかに「初めまして」と挨拶を返した。
「よく知ってるよ、あんたのことは」
ディーン・メーストル。
諸悪の根源。
エレオノールから彼女の享受すべき幸せをすべてもぎとった男。
鳴海はこれ以上はないくらいの憎悪を込めてディーンを睨み付けた。
一方のディーンは初対面の鳴海から焼け付きそうな憎悪を向けられても、痛くも痒くもないようで、へらり、と笑っただけだった。
「僕も君の事は噂でかねがね。アクア・ウィタエを飲んでも銀色にならない、白銀の記憶に支配されない、マリオネットを使わずに徒手空拳で自動人形を倒す『しろがね』。けっこう有名人だよ?『しろがね』の間でも、……自動人形の間でも」
ディーンの瞳にも憎悪に似た影が忍び込む。
「どんな男かって興味はあった…。気になっていた、他人には無関心なこの僕が。今日会ってその理由がようく分かったよ。君は、彼に、とても、よく、似ている」
鳴海はディーンを取り巻く空気が妙に歪んでいるような圧力を受けて、吐き気がするくらいだった。
「彼?何のことだ?」
ディーンは鳴海の質問には答えずに、一方的に自分の言いたいことを喋り出した。
「僕さあ、随分前からギイ君が僕の周りをチョロチョロしていて目障りだなぁと思ってたんだよね。彼が何をしたいのかと後をつけるんだけれど尾行を警戒されてて、いつもギイ君を見失っちゃうんだ。そこまでして行き先を気付かれないようにする理由って何だろうって不思議だったんだけどさ、ギイ君も流石『しろがね』、なかなか尻尾を掴ませてくれなくてね。だから肉を切らせて骨を絶つ、ってヤツをやってみたんだ。的中だね、今回は気が逸れてたみたいで僕を巻き切れなかった」
顔は笑っていてもディーンの瞳は笑っていない。鋭く鳴海を探っている。
「そのお陰であんたも正体がバレちまっているじゃねぇか。そんな余裕をかましてていいのかよ?」
「かまやしないよ。だって」
ディーンは言葉を区切り、エレオノールに指を差すと
「そのおかげで最愛の人を見つけちゃったから」
と、にいいい、と笑った。
「ひっ」
エレオノールはディーンの絡みつくような視線から逃れようと、ぎゅ、と瞳を閉じた。
怖い!
あの瞳をどこかで見た気がする。
私はあの瞳を知っている!
「ギイ君が隠していたのは君だったんだね……エレオノール、って名前なんだね…今は」
今は、ってどういうこと?私はずっとエレオノールなのに、他の名前で呼ばれたこと、なんて……。
エレオノールは怖くて堪らない。堪えようとしても骨の芯まで染み渡った恐怖がそれを許してくれない。
身体の内側からあの悪夢が手を伸ばす。
「エレオノールが最愛の人、ってどういうこった?あんたはエレオノールと初対面だろうが?」
エレオノールの恐怖が直に伝わる鳴海は彼女の細い肩に腕を回し、ぎゅっと抱き締めた。
鳴海とエレオノールが固く身を寄せ合う姿にディーンは一瞬表情を険しいものに変える。けれどすぐに表面上はにこやかな仮面をつけて
「初対面?とんでもないよね、元々彼女は僕の妻だもん。ね、エレオノール……いや、フランシーヌ?」
とエレオノールに呼びかけた。
フランシーヌ!
その名前を聞いて、鳴海にもエレオノールにも驚愕が走る。
何故ならその名前はふたりが悪夢の中でよく聞く名前だったから。
エレオノールは悪夢の中でその名で呼ばれ、鳴海は悪夢の中で最愛の女性をその名で呼ぶのだ。
それをどうしてディーンが知っている?
エレオノールは頭皮に爪が食い込むくらいに強く頭を抱えた。
「嫌!その名前で私を呼ばないで!」
「ど、どうして……フランシーヌと彼女を呼ぶ…?それは、オレの夢の中での…」
青褪めた鳴海の声には隠し切れない動揺が走る。エレオノールもその言葉に顔を上げた。
「ふうん……夢ね。夢でフランシーヌの名前を聞いたって?やっぱり君は、兄さんと何らかの繋がりがあるのか」
「兄さんて……一体あんたは何を言っている?」
どう見てもディーンの方が年上だろうに。鳴海は何が何だか分からない。この男の何もかもが理解できない。
「君は兄さんの記憶を断片的に見るだけなのか?いずれにしても、兄さんの記憶がある人間が存在するなんてそれだけで驚きだ。どうしてだろうね、君は兄さんに雰囲気がそっくりだ。やり直せとでも言うのかな、神は」
ディーンは冷めた瞳を鳴海とエレオノールに向ける。
「そんな君と彼女が一緒に居るのは見てて面白くない」
「あんたの言うことはいちいち意味が分からない。あんたは一体何を企んでいる?」
ディーンが一歩歩を進める。鳴海はエレオノールを庇いながら一歩後退した。
「ナルミ君。君は覚えてないようだから思い出させてあげる。折角だから教えてあげるよ。これまでの顛末を。そして僕とエレオノールが如何に運命的に結ばれているのかを。彼女は僕のものだってことを。
僕の本当の名前は白金。160年くらい前に中国の傀儡師の家に生まれた錬金術師さ…」
ディーンは滔々と演説を始めた。