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義務教育を終えてない方はご遠慮ください。
Unbalance.
23. crack. - 8 -
エレオノールが鳴海の首に回していた腕をようやく解いた。
だから鳴海も、抱き締める腕を緩めた。
「どうして自分の部屋で大人しく眠っていられない?エレオノール…」
鳴海の声は低くて静かで、どこにも怒気は感じられなかった。
「『兄』として慕ってくれるのは嬉しいがな、年が変われば11歳だ、もうオレからは自立して…」
「私、ナルミお兄ちゃまを『兄』だなんて一度も思ったことはないわ、小さい頃から一度もよ?」
エレオノールの言葉に鳴海は少し身を引いて、その顔がよく見られるようにした。
「ナルミお兄ちゃまにとって、私は『妹』なの?」
エレオノールの瞳が薄闇の中でも分かるくらいに涙で潤んでキラキラと光る。
鳴海はその質問に答えることができなかった。「そうだ」、と答えるべきなのに。
「お兄ちゃま、お金を払って女の人に『恋人』になってもらっているって本当?」
「あ?」
突然、何てことを言い出すんだ?と言葉を詰まらせていると
「さっきの女の人が教えてくれたの」
とエレオノールが真面目な顔で言う。
鳴海は何て話を女二人でしてるのかと思えば、と顔を顰めたが
「ああ、そうだ」
と返事をした。
「ね、私じゃ『恋人』になれない?まだ小さいから駄目?」
「なっ、何を」
突然、何てことを言い出すんだ!と鳴海はさっきよりももっと言葉を詰まらせる。
「私だったらお金なんていらないわ。私、小さくてもお兄ちゃまの『恋人』をやれる自信があるもの」
「おい、おまえなぁ、自分の言っている意味が分からないんだろうが、ああいう『恋人』ってのは…」
「セックスする相手でしょう?」
鳴海は絶句した。エレオノールの口からそんなストレートな単語そのものが出てくるとは思わなかったのだ。
「私の身体は小さいから、まだお兄ちゃまの相手は完全に出来ないかもしれない。でも後、5年、待っていて。私、頑張って大きくなるから。それまで小さくても出来ること、精一杯するから。だからもう……『恋人』を作らないで…」
小さくても出来ることって……。鳴海は想像力を思わず逞しくしてしまい、ぶぶん、と首を振って湧き上がった妄想を振り払った。
「お、おまえ、何を言って…」
「私、さっきの女の人がお兄ちゃまにしたこと、多分全部できるわ」
鳴海は舌が口蓋に張り付いてしまうほどに喉がカラカラになった。
上手く言葉も出てこないし、上手い言葉も出てこない。
鳴海が当惑した表情で黙っているのでエレオノールも少し大人びた困った顔になって言葉を続ける。
「あのね……私が小さい頃から見る悪夢、あの夢の内容はね…。繰り返し好きでもない男の人に……抱かれる夢、なの…。要するに、犯される夢…」
「エレオノール」
あまりの発言に鳴海は顔色も失くす。
「本当よ?こんなこと、冗談でこんな子供が言うわけないでしょう?信じられない…?なら、私がお兄ちゃまの部屋を覗いたとき、お兄ちゃまとあの女の人は騎乗位でセックスしてた。その後、女の人がフェラチオをして…」
「もういい!」
鳴海は大きな声でエレオノールが並べる『子供らしからぬ』言葉を遮った。
エレオノールの肩を包む手にぎゅうっと力が入る。
「さっきお兄ちゃまたちがしていたことを見て、私、夢の意味がすっかり理解できたの……繋がったの……。驚いた?私のこと、気味が悪くなった?」
「エレオノール……オレがおまえを気味悪く思うわけねぇだろう…」
「ありがと…」
エレオノールは小さく笑って俯いた。
「夢の中でされることが怖くて嫌で泣いて起きるの。何でこんな悪夢を繰り返し繰り返し、物心のつく前から見ているのかちっとも分からない。セックスって嫌なこと。怖いこと。……でもね、私……お兄ちゃまとだったら怖くないと思うの。だって私、お兄ちゃまのことが大好きなんですもの」
エレオノールの言葉を頭が理解するよりも早く、身体の方が瞬時に反応した。
心臓が身体全体に熱い血を送り始め、ガタガタと震えがくる。
「それでもやっぱり駄目なのかなぁ。……やっぱり、『妹』、なのかなぁ…。私ね、お兄ちゃまのお嫁さんになるのが夢なのに、な」
「エレオ…ノール…」
オレはおまえを『妹』だなんて思ったことなんざ一度だってねぇ!
初めて会った、おまえがまだ4歳のあの日から、オレはおまえだけを愛してきた!
どんなに鳴海はそう、叫びたかったことだろう。
けれど鳴海は歯を食い縛り、言葉を必死に飲み込んで耐えた。
己の想いを吐露することに懸命に堪えた。
「エレオノール……気持ちはありがたく受け取っておくよ」
「ナルミお兄ちゃま…」
エレオノールが絶望的な瞳を向ける。
思い切ってした告白が、鳴海に届かなかったから。
予想はしていたことだけれど、それでも希望が欠片もなかったというわけでもない。
「あのな……最初に言っとくが、おまえがまだ小さいからだとか、おまえを『妹』として見ているからとか、そんなんで断ったんじゃねぇよ。オレが『しろがね』だから、おまえの気持ちを受け止められねぇんだ」
「どうして?5年に1歳しか年を取らないのなら、私が大きくなるのをそのままで待っててくれるのでしょう?」
「確かに待っているさ。けどな、それは裏を返せば『おまえが先に年を取っていく』ってことなんだぞ?おまえが皺くちゃの婆さんになっても、オレは今とあまり変わらん、若いまんまだ。それがどういうことか、想像できるか?」
オレは年を取って婆さんになっても、おまえだけを愛し続ける自信があるが、耐えられまい?おまえは。
「好きな男と同じ時を歩けないっていうのはそういうことだ。オレは人外の者。人間とは、結婚できねぇんだよ……どうしても」
エレオノールの瞳から新たな涙が溢れ出す。
「泣くなって、もう…」
鳴海は指で涙を拭うが、ちっとも間に合わない。
「もしも、私が『しろがね』だったら……それか、お兄ちゃまが『しろがね』じゃなかったら……そしたら、少しは好きになってくれた?」
「そんなにおまえは…オレが…好きなのか?」
「好き……大好き…」
エレオノールは鳴海にしがみ付き、その胸を濡らす。
「ありがとな…」
鳴海は胸元ですすり泣く愛しい女をぎゅうっと抱き締めた。
我慢に我慢を重ねていた鳴海がずっと手に入れたいと願っていたエレオノールの心。
それが、手に入った。もう、これで充分だ。
エレオノールはしばらく泣いて、初恋をきれいに昇華させて、そして新しい恋を見つけられる日を待てばいい。
自分はこのエレオノールの想いだけで、更に我慢を重ねることができる。
「おれが『しろがね』じゃなかったら……絶対におまえを嫁さんにもらってたよ」
エレオノールはその言葉に泣きながらにっこりと笑った。
例えそれが『子供』の自分をあやすためにかけてくれた『大人』の鳴海の気休めの言葉なのだとしても、エレオノールは嬉しかった。
それでもずっと大好きよ。お兄ちゃまのこと。
そして、エレオノールはその手の平から小さい頃からの淡くて儚い夢をそっと、手放した。
End