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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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分類に悩む読み物です。
義務教育を終えてない方はご遠慮ください。

 

 

 

 



 

 

 

 

 

Unbalance.

 

 

 

 

 

 

 

22. crack.   - 7 -

 

肌寒く陰気な空気が篭るホテルの薄暗い廊下で、鳴海とエレオノールはそのまま動けないでいた。合わせた胸と胸がお互いの温もりを交換する。コトコトとお互いの鼓動が響く。

 

 

商売女を抱いた自分の部屋に入る気には到底なれなかった鳴海は、自分の首にしがみ付いて離れようとしないエレオノールの身体を抱き上げると、そのまま彼女の部屋の扉を開けた。真っ直ぐにベッドへとやってきてエレオノールを下ろす。

が、やはりエレオノールが首に絡めた腕を解かないので鳴海は自分もベッドに腰を下ろし、エレオノールを両足の間に挟むようにしてエレオノールを抱えた。

細い身体に長い腕を回して、そうっと抱き締める。

エレオノールの温もりも、甘い息も、滑らかな頬も、柔らかな髪も、彼女の持つ何もかもが鳴海の欲しいものではあるけれど、今の鳴海は欲情とか劣情とか、そういったものは抜きにしてただ純粋に愛情だけでエレオノールの身体を抱いていた。

腕の中にエレオノールが居る。

それだけのことが鳴海の心を安らかに温かくしていた。

心底、ホッとしていた。

 

 

鳴海はずっとエレオノールを扉の向こうに感じていた。

商売女が訪れるよりもずっと前からエレオノールが自分の部屋の前で泣いていることに気がついていた。

本当はすぐにでも出て行って、抱き締めてやりたかった。

女は追い返すから。

もう、同じ部屋で寝よう、一緒に寝ようと脆くも折れてしまいそうだった。

けれど、突き放すことこそが自分達の関係にけじめをつけるためにはいいのだからと知らぬフリをした。

女を夢中で抱いた。

頭の中からエレオノールを閉め出したくて、遮二無二抱いた。

間断なく、ただひたすら。

それでも鳴海の神経は扉の向こうのエレオノールに向けられていて、半ば、エレオノールを抱いているようなものだった。

通りすがりの酔っ払いが彼女に声をかけたのに気がついたときは泡をシャワーで流すこともそこそこに表に飛び出してきた。

よもや、とは思ったがエレオノールがその男について行きそうになったので慌てて身支度を整えて間に入った。

その時、鳴海の心に蔓延したのは嫉妬心だった。

自分はこんなにもエレオノールを愛している。けれど、『しろがね』であるが故にその想いを昇華することはできない。

自分に課されたことはひらすら我慢をすることだけ。

どんなに愛していても、愛することは許されない。

なのに、さしてエレオノールを愛しても、大事にも思わないこの男がエレオノールの身体を自由にできるとは何という理不尽だろう?

こんなにもこんなにも、長い年月、彼女を愛して我慢をして、感情を押し殺しているオレの前で、エレオノールを連れて行こうというのか?

 

 

ただ、『しろがね』というだけで!

オレはエレオノールに想いを告げることすらもできないのに!

 

 

鳴海は男が羨ましかった。妬ましかった。

この男に八つ当たりしてボコボコにしてやれば、オレの気は治まるかもしれない、そんな衝動を必死に押さえつけた。

そしてそんな男について行こうとするエレオノールが不憫でならなかった。

そんなにも寂しい思いを彼女にさせていたのかと。

見ず知らずの男について行きたくなるほどに孤独が辛いのかと。

悲しくて切なくて、泣きたくて仕方がなかった。

 

 

 

 

 

鳴海はじっとエレオノールの温もりを抱く。

この温もりを徒に感じて、オレはどうするつもりなんだろう。

これでは元の木阿弥じゃねぇか。それどころか更に後退している。

これまではせいぜい手を繋ぐ止まりだったエレオノールを、今はこんなにも抱き締めてしまっている。

オレはこれから、どうしたらいい?

たった一日やそこら手を繋がなかっただけで鳴海は手の平に風穴が開いてしまったかのような錯覚に陥った。

たった一日やそこら一緒の部屋に寝なかっただけで身体中に霜が下りてしまったかのように強張っている。

得も言われぬ不安が鳴海を苦しめていた。

こうして抱き締めて、その存在を確かにしているとその不安が霧散霧消していくのがひしひしと分かる。

見失っていた母を見つけた迷い子の気持ち、鳴海の今の感情はそんなものに近いのかもしれない。

 

 

エレオノールに甘えているのはオレの方だ。

 

 

鳴海は途方に暮れて、エレオノールの身体を抱き締めて、灯りもない部屋の中で暗い壁を見つめていた。

黙って、視線で穿たれた壁の穴に、このエレオノールへの想いが全部吸い込まれてしまえばいい、そう願った。

  

 

 

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