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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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分類に悩む読み物です。
義務教育を終えてない方はご遠慮ください。


 

 

 

 



 

 

 

 

Unbalance.

 

 

 

 

 

 

 

19. Crack.   - 4 -

 

「何かオレに用だったのか?」

鳴海はわざと素っ気無く、そしてかったるそうに身体を起こしてシーツを腰に巻きつけた。

「話し声が聞こえたから……もしかして、ギイ先生が来たのかと思って……」

エレオノールは嘘をついた。

鳴海に初めてついた嘘。

本当の理由はあまりにも幼くて醜いから言いたくなかった。

鳴海の部屋に誰か女の人が来たのかもしれない、それに嫉妬して居ても立ってもいられず、盗み見などという浅ましい真似をしただなんて。

でも鳴海はエレオノールの嘘を頭から信じた。

エレオノールの言うことは何だかんだ言っても無条件で信じる鳴海だったし、その嘘の内容が鳴海の描く『子供なエレオノール像』にぴったりだったから。

 

 

鳴海は髪を掻きあげて、低い声で言う。

「もう、これからは夜中にオレの部屋には来るな。夜には『客』が来るんだ。邪魔をするな」

「今までは『お客さん』、来たことなかったのに…?」

エレオノールは掠れた声で訴えた。懸命に。

「おまえがいると呼べない『客』なんだよ。本当はずっと呼びたいのを我慢していたんだ。せっかくおまえが大きくなって別の部屋で寝てくれるから助かったと思ってたのによ」

鳴海はエレオノールの懸命さに手を差し伸べそうになる自分を、あえて無愛想に話すことで押し殺した。

「『恋人』を呼びたかったの?ずっと?」

「恋人?」

エレオノールが突飛なことを言うので鳴海はほんの少しだけ視線を上げた。

エレオノールは商売女をオレの『恋人』だと思っているのか。

それならそれでもいい、鳴海はそう思った。

「ああ、そうさ。呼びたかったんだ。だからおまえはもう…」

エレオノールは鳴海の言葉を最後まで聞かなかった。

脱兎の如く鳴海の部屋を飛び出すと、隣の自分の部屋に駆け込んだ。

自室の鍵を閉め、ベッドに身を投げる音が聴覚の鋭い鳴海の耳に聞こえてきた。

 

 

深い深い奈落が鳴海の足元に口を開けた。その奈落は大きな亀裂となり、鳴海とエレオノールの間に不如意の隔たりを形成する。

己の呼吸音が鼓膜を破りそうなくらいに巨大に聞こえる静謐がただならないほどに息苦しい。海辺の濡れた砂を掻いてその下にある貝殻を探すように、暗い静寂の中で耳を澄ますと聞こえてくるエレオノールの嗚咽。

「くそっ…!」

鳴海は自分の手の平を拳で打ち、ベッドの上に身を投げた。

これでよかったのだと思う反面、激しい後悔と自責の念が鳴海に襲い掛かってくる。

人外の身であったとしても、誰かを愛すること、その誰かに愛されたいと願うことは普通の人間と何ら代わりはしない。

そしてその誰かに嫌われることを恐れることも。

『しろがね』の肉体は傷ついても程なく治癒する。傷跡も残らないくらいに、どこに傷がついたのかも分からないくらいにきれいに。

けれど、心の傷までは生命の水も治してくれない。

人間だった頃と同様、心の傷は簡単には癒えない。

傷つけばずっとずっと、痛み、苦しみ、血を流し続ける。

鳴海は投げ出した左腕が作る空間をぼんやりと見遣った。

いつもならある、でも今はない、小さな温もり。

どんな理由であれ、鳴海はそれを自分の手で永遠に手放してしまった。

エレオノールの居ない、ひとりで眠るベッドを広くて冷たいと感じるのはむしろ鳴海の方だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

鳴海とエレオノールがこの町にもう一泊するのには訳があった。

昨日、この町で自動人形と遭遇したのた。

その場にいた自動人形は全て破壊したけれど、この町か、近隣の町にはまだ奴等の残党がいるかもしれない。

それらを探索し、焙り出し、最後の一体まで破壊する必要があったのだ。

鳴海はその朝、町の中心にある、とある公園のベンチに腰掛け、繊細な知覚の網を最大限に広げていた。

『しろがね』は自動人形の気配が分かる。近くにいればその位置を特定することが出来る。

鳴海は持ち前の精神力を推進力に変えて、鋭敏な知覚力を蜘蛛の糸のように張り巡らせ、自分を中心にして知覚の網を360度に展開した。

半径40kmくらいなら知覚力でカバーすることができる。

研ぎ澄まされた注意力が、知覚の網に自動人形がかからないかどうかを精査する。

 

 

この作業を始めると鳴海は1,2時間は動かない。じっと腰掛けたまま自動人形を探す『しろがね』に徹する。

その間、エレオノールはいつも鳴海の邪魔にならないようにその傍らに座り、一緒になってじっとしている。

傍から見たら非常に奇妙な図かもしれないが、エレオノールは仕事に従事する真剣な鳴海の表情も好きだったので、その横顔を間近で眺めているだけでも嬉しかった。

だから今日も、エレオノールは鳴海の傍らに座っていた。

けれど、その横顔を見つめるエレオノールの眼差しはこれまでと違っていた。

苦しそうに切なそうに、今にも泣き出しそうな瞳で鳴海を見る。

無意識のうちにエレオノールがスカートの膝の辺りをあんまりにも強く握るので、そこには皺が寄ってしまっていた。

 

 

もしも昨夜、鳴海の言い付けを守って、鳴海の部屋になど行かず、鳴海と鳴海の『恋人』の姿を見なければ、自分と鳴海は昨日までのふたりでいられたのだろうか?

エレオノールは静かに自問自答する。

そうかもしれない。

けれど、昨夜行かなくても近い将来にはこうなっていたはず。

早いか遅いかの違い。

だって私はナルミお兄ちゃまを愛しているのだもの。

他の女の人にお兄ちゃまを渡したくなんかない。

本当は、私がお兄ちゃまの『恋人』になりたい。

私は、お兄ちゃまのためにならどんなことだってする。どんなことだってできる。

それに私は『あの悪夢』の持ち主だから、お兄ちゃまの『恋人』がするようなことは『知っている』。

そういった知識を持っていることが子どもらしくない、尋常ではないことはエレオノールも分かっていた。

その事実を知った鳴海に軽蔑されるのではないか、汚らわしいと嫌われてしまうのではないか、そう思うと恐怖心に苛まれる。

でも、鳴海を愛する気持ちには歯止めは利かなくて。

 

 

エレオノールの内面は一分一秒毎に、女性としての成熟を深めていった。

幼い身体とのバランスが取れなくなっていった。

 

 

 

 

 

「ふう……この辺りにはもう自動人形は居ねぇ……どこにも気配を感じねぇ……」

鳴海が知覚の網を解いた。

緊張状態から開放された鳴海はぐったりとベンチに沈み込み、頭を背もたれに寄りかからせた。

目元に細かな皺を刻んで瞼を下ろすその顔は普段よりもずっと老けて見えた。そう、それはまるで『年相応に』。

精神力を振り絞るこの作業は酷く疲れるらしい。

いつもなら

「お兄ちゃま、大丈夫?」

と鳴海の膝に手を乗せて声をかけると

「大丈夫。ありがとな、エレオノール」

そう言って鳴海は膝の上のエレオノールの手に手を重ね、頭をやさしく撫でて笑ってくれる。

エレオノールの笑顔、声、温もり、それが鳴海の回復剤。

でも、今日のエレオノールはそれができない。

ただ俯いていることしか、できない。

 

 

鳴海もそれに気づいていた。

だから、早々に

「自動人形の脅威がねぇなら、この町には『オレ』はもう用はねぇな」

と立ち上がった。

立ち上がってつい、これまでの習慣で鳴海はエレオノールに手を差し伸べてしまった。

エレオノールが立ち上がるのに手を貸すことは鳴海の身体に沁み付いた習慣。

歩くときに足を前に出すのと同じで、意識しないでも身体が勝手に動いてしまったのだ。

今日は朝から手を繋ぐこともなかった。

こんなことは今までなかった。

なのに。

 

 

鳴海はしまったと思ったが、杞憂と終わった。

その手にエレオノールが手を重ねることがなかったからだ。

エレオノールは差し出された手に視線を止めると弱弱しく首を振って一人でベンチを下りた。

鳴海の手の平は空を握る。

「明日の朝一の列車に乗るから、今日は早く寝るとしよう。必要な買い物を済ませて宿に戻るか」

「はい」

『寝る』という単語にエレオノールの肩が一瞬震えたが、何とかそれを誤魔化した。

鳴海について歩き出すエレオノールは一度も笑顔を見せない。殆ど話すこともない。

悲しそうに、思いつめたように俯くエレオノールを見下ろしながら、鳴海は

オレがエレオノールにさせたい顔は、こんな顔じゃなかったはずなのに、

そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

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