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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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分類に悩む読み物です。
義務教育を終えてない方はご遠慮ください。

 

 

 




 

 

 

 

 

Unbalance.

 

 

 

 

 

 

 

17. Crack.   - 2 -

 

エレオノールは眠れなかった。

静か過ぎるし、ベッドは広すぎるし、冷たいし。

眠りに落ちたら絶対にあの悪夢を見る自信があった。

そして何より、鳴海がどうしていきなり

「今日からは別々の部屋を取ることにしたから」

なんて言い出したのか、その真意が分からなくてエレオノールは苦しんでいた。

 

 

窓から射し込む月明かりが残酷なまでに明るい。

お陰で、エレオノールの心の中に逆巻く真っ黒い影のような不安がくっきりと浮かび上がってしまう。

堪えても、眩しい月光のせいで涙が零れる。

ひとつ、ひとつ、透明な雫がピローケースに吸い込まれていく。

「ナルミお兄ちゃま……私のことが嫌いになったの……?」

 

だけれど、私はこんなにもお兄ちゃまが好きなのよ?

胸が痛いの。

割れそうなの。

息が出来ないの。

どうしたらいいの?

涙も止まらないし、このまま涙の海ができちゃうかも。

溺れそうになったら助けに来てくれる?

いつもみたいに

「エレオノール、大丈夫か?」

って、にっこり笑ってくれる?

 

 

昨日、叱られるようなことをしたから、鳴海は自分を疎ましく思うようになったのかもしれない、とエレオノールは自分を激しく責めた。

どうして普段出来ていたことが、昨日に限って出来なかったのだろう?

好きな人の前で裸になることが恥ずかしいことだと、それが分からない程に自分は子供だったのだ。

どんなに鳴海に近づこうと背伸びをしてみても、所詮は子供。

鬱陶しくなったのかもしれない。

エレオノールの胸がズキンを痛んだ。

鳴海は自分のことが鬱陶しくなった。

けれど、もしかしたら、鳴海はもうずっと前から自分のことを鬱陶しく思っていたのかもしれない、そう思った。

よく考えてみなくても、鳴海が自分とこうして旅をし、一緒に過ごしているのは『しろがね』としての仕事だからなのだ。

子供好きな鳴海だからこの仕事が割り振られたのだろう。

とは言っても、いくら子供好きだからと言っても、限度はあるはずだ。

鳴海はもうエレオノールと6年も一緒に居る。

その間、面倒見良く、やさしく労わって、何の不自由もなくエレオノールを大事にしてくれた。

でももう、飽きてきたのだ。

自分と居ることに。

「どうしよう……お兄ちゃまが……私の傍から居なくなってしまったら、私、どうしたらいい…?」

 

 

どうして自分が旅暮らしをしなくてはならないのか、そして、自分はいったい何処の誰なのか、エレオノールは詳しいことを知らない。

鳴海もギイも

「もっと大きくなったら自然と知るようになる。けれど今は知る必要はない。まだおまえは『知らないフリ』が出来ないだろう?」

と口を揃えて言う。

だからエレオノールは父のことも母のことも知らない。小さな頃から、身の回りにいるのは鳴海とギイだけだった。

友達も居ないし、同年代の子と遊んだことも殆どない、おしゃれに興味がないわけじゃないけれど、そんなことなんかしている暇もない。

鳴海が

「女の子の服ってよく分からねぇんだよなぁ」

と言いながら選んでくれる服を何枚か着回しているだけ。でもエレオノールはそれでもよかった。

人並のことが何も出来なくても。

誰もが当たり前に持っているものを何一つ持たなくても。

鳴海さえ居てくれれば。

どんなに辛くても、鳴海が居てくれるから我慢ができた。笑っていられた。幸せだった。

だけど、もし、鳴海が居なくなってしまったら?

 

 

怖い。

 

 

怖くて堪らない。

 

 

暗闇も、静けさも、息をすることも、眠ることも、明日を迎えることも。

 

 

怖くて、怖くて叫んでしまいそうだ。

 

 

「お兄ちゃま、助けて!」と。

 

 

エレオノールは布団を身体に巻きつけて、小さく小さく丸くなった。

ぎゅうっと目を閉じる。

そして息を止め、壁越しに鳴海の鼾でも聞こえてこないかとじっと耳を澄ませた。

鳴海を間接的にでも感じることができれば、もしかしたら怖くなくなって、ひとりで眠ることが可能かもしれないと思ったから。

ふと、エレオノールの目がぱちっと開き、更に壁の向こうの気配に耳を欹てる。

話し声が聞こえる気がする。

「誰と話しているの…?もしかしてギイ先生が来たのかしら?」

エレオノールはガバッと身を起こすと、にじにじと壁に寄り、耳をぴたっとくっつけた。

確かに鳴海の部屋から人の声がする。鳴海が誰かと話している。

不鮮明にエレオノールの鼓膜を振るわすのはギイの声ではなかった。

知らない、女の声。

鳴海の声は低くてよく聞き取れないが、切れ切れに、楽しそうな女の声が聞こえる。

何か歓声を上げているような…。

エレオノールはバッと身を離した。

「誰がお兄ちゃまとお話をしているの?誰…?女の人…?恋人?」

エレオノールは無意識のうちに自分の小さな胸を押さえていた。

 

 

ずうっとずうっと前からのエレオノールの悩み。

『私が大きくなる前にナルミお兄ちゃまに恋人ができたらどうしよう。』

今、その悩みが現実の形をなってエレオノールの前に立ち現れてしまった。

カタカタとエレオノールの身体が小刻みに震える。

「恋人ができたから、私と同じ部屋が嫌になったのかな?私が邪魔だから…」

『恋人』なんてものが突然降って湧くように現れるものではないということが、そういった事情に疎い10歳のエレオノールには分からない。

 

 

「どうしよう……どうしよう……」

鳴海のお嫁さんになるという彼女の夢が儚く潰えそうになった。

「確かめなきゃ……恋人でない、ただのお客さんかもしれないし……」

エレオノールは不安と恐怖をゴクリと呑み込むと、そうっとベッドを下り、ドアを静かに開け、裸足のまま人気の全くない薄暗い廊下に出た。

そろそろと足音を立てないように鳴海の部屋の前まで進む。

鳴海は『しろがね』で恐ろしいまでに耳が敏いから、絶対に気付かれないように慎重に慎重に進む。

ドアノブに手をかけると、それには鍵が掛かっていなかった。

エレオノールは細心の注意を払って音をさせずにほんの少しだけドアに隙間を作ると、そこから中を窺った。

 

 

 

 

 

隙間から『話し声』が流れ出し、更に鮮明に聞こえる。

窓から射し込む月明かりが残酷なまでに明るい。

眩しい月の光は窓際のベッドの上で縺れ合う男と女の姿を切り絵のように浮き出させていた。

 

 

 

 

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